俺の本音を悟られぬように、なんとか誤魔化しながら、今後極力ノアさんには料理をさせない方向へと持ってこさせることに成功すると。
その後、気合と根性とやけっぱちでなんとか串焼きを食べ終えるたのだが。さらにその後、ノアさんの目を盗んで大量の水を飲んだのはここだけの話だ。
こうして、夕食を終えた俺達は、特に雑談を楽しむでもなく。
明日に備えて就寝する事となった。
しかし、早く忘れたい思いとは裏腹に、あの串焼きの記憶は俺の脳裏にばっちりとこびり付いてしまったのか。
その夜、俺は文字通りの悪夢を見る事となった。
だだっ広い空間の中、巨大化したあの串焼きが大量に整然と並んでいるかと思えば、ひとりでに動き出し。俺を目指して迫ってくるのだ。
当然、捕まらないように逃げたが、逃さないとばかりに、逃げた先にも巨大化したあの串焼きが待ち構えていた。
やがて、巨大化した大量のあの串焼きに囲まれると、巨大化したあの串焼き達が俺目掛けてゆっくりとその身を預けて……。
と、クライマックスが始まる手前で強制的に意識が覚醒させられたお陰で、何とか最悪の場面を目にする事は免れた。
「ん? あまり眠れなかったのか?」
「え、えぇ。何だか寝つきが悪かったみたいで……」
だが、その代償として、再び寝付こうとしてもなかなか眠れず。
結果、俺は大変寝不足となった。
「では、今日は少しペースを落として行くとするか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、しかし、無理はしないようにな。何かあれば、直ぐに言ってくれ」
「ありがとうございます」
しかし、まさか寝不足の原因が自分自身にある等とノアさんに悟られまいと、朝食時には強がるのであった。
「それでは、行くとするか」
「はい」
缶詰の朝食を終え、一夜をお世話になった自作住居第一号に別れを告げると、俺達は昨日見つけたロナルド・レーガン記念ハイウェイに足を踏み入れ、東へと向けて歩み始めた。
路上に放置され朽ちている自動車の間を縫うように東へと進む俺とノアさん。
戦前は多くの自動車が目的地目指して走行していたであろう路上も、車上から流れるように見えていた景色も、今となっては空虚なものへと成り果ててしまった。
そんな路上を襲撃に警戒しつつ進んでいると、ふと、俺達の進行方向の地平線上に、空の青さに負けるとも劣らぬ青色の電話ボックスらしきものを発見する。
「……?」
まさか。
目を凝らして、もう一度確認するも、間違いなくそれは青色の電話ボックス。
「おや、何だあれは?」
どうやらノアさんもそれの存在に気が付いたらしく、声が漏れ聞こえてくる。
「近づいてみましょう」
足早に、それに近づく俺とノアさん。
近づいていくにつれ、それの外見の詳細を観察できるようになってくる。
青で塗られた木製の外観には、ポリス・ボックスの文字に、上部にはランプが一つ。
間違いない。あれは……。
「き、消えた!?」
と、残り数メートルの距離まで近づいた所で、突如ランプが点灯しだしたかと思えば。
次の瞬間には、まるで風に舞い散る花びらのように、青色の電話ボックスらしきものは跡形もなく姿を消したのであった。
「あ、あれは、一体何だったんだ?」
「……」
訳が分からず声を漏らすノアさんを他所に、俺は、まさかこの世界でドクターをお目にかかれるとは思わず、内心感動するのであった。
因みに、青色の電話ボックスらしきものが立っていた場所には、特に何かが落ちている訳ではなかった。
意外な遭遇を体験し、東を目指して再び足を進めて幾分。
立体交差する場所に近づいた時であった。
「はははははっ!」
不意に、周囲に響き渡るほどの笑い声が聞こえてきたので、声の発生源を探し始める。
と、立体交差している上段の高速道路上で、太陽光を背に仁王立ちしている人影を見つけた。
「よくぞここまでたどり着いたな! レッド・ドクロの手先どもめ!!」
しかも、目を凝らして人影をよく観察してみれば。
それは、メカニストのアーマーに身を包んだ、年齢は分からないが、声からして男性であった。
「だがしかし!! ここから先は、この、"キャプテン・パワーマン"が通しはせんぞ!!」
更によく目を凝らして観察してみると、着用しているアーマーは星条旗カラーに塗装されており。
それが、自ら名乗った漫画キャラであるキャプテン・パワーマンの装備しているパワーアーマーを意識しているのは、もはや言うまでもない。
というよりも、先ほどから高速道路上で大声で恥ずかしげもなく自らを架空の存在たるキャプテン・パワーマンだと豪語したり。
俺達の事を、勝手に漫画に登場する敵組織の一員であると決めつけていたり。
これって、所謂自分の事をキャプテン・パワーマンだと思い込んでる危ない人なんじゃないだろうか。
「それでは行くぞ! とおぅぅっ!!」
漫画でも描かれていた、キャプテン・パワーマンの決めポーズである、卍ポーズに似た決めポーズを決めた所で。
大声で行くぞと叫び、その場から飛び降りてくるのかと思いきや。
その場でジャンプし終えると、カッコよさもへったくれもなく、安全第一で俺達のいる下段を目指して高速道路を走って近づいてくる。
そんな様を目の当たりにするや、改めて確信した。
これは、関わってはいけない人だと。
「はぁ……。はぁ……。は。……っ、ははは! また、んんっ!! 待たせたな!! さぁ、私のこの有り余る正義のパワーで、貴様たちの悪魔の所業を打ち破ってくれようぞ!!」
正義の味方らしくかっこいい台詞を吐いてはいるが。
どう見ても肩で息をしていて、格好がついていない。
「ノアさん。ほっといて行きましょう」
「うむ、そうだな」
生憎と、痛い人の相手を真面目にしている程俺達も暇ではないので、さっさとその場から立ち去ろうとする。
「ま、待て!! 逃げる気か! ……ふふふ、そうかそうか。この私の偉大なる正義のパワーに恐れ戦いたのだな。ははは! 所詮、デカい図体を見せびらかしていた所で、そのハートはラッドチキン並だったようだな!」
しかし次の瞬間、彼の口から出た言葉に、ノアさんがその足を止めてしまう。
「あの、ノアさん?」
「相手をするだけ時間の無駄だとは分かってる。だが、ラッドチキン並の腰抜け野郎などと言われて、そのまま黙って去ってしまうのは、私のプライドが許されんのだ!」
ヘルメットで表情は分からないが、おそらく、青筋の一つくらい浮かべているのだろう。ノアさんの声質から、それ位の事は容易に想像できる。
同時に、もはや無視して去る事が叶わない事も。
「そこまで言われて、私も、黙っている程ではないんでな!」
「ははは、何だ、やっとこの絶対正義たる私と戦う気に……、あれ?」
踵を返して自称キャプテン・パワーマンの男性に近づいていくノアさんであったが、一方の自称キャプテン・パワーマンの方は、何だか様子がおかしい。
急に威勢が衰えてきたかと思えば、次の瞬間には、目に見えてあたふたし始める。
「え? あれ? 近くで見たら、上から見てた時よりもデカい……。え? 貴方、三メートル位あります? うそ、デカい。……強そう」
何やら小声でぶつぶつと呟いているようだが、漏れ聞こえる内容を聞くに、どうやらノアさんの大きさを見誤っていたようだ。
想像以上の大きさに面を食らい、加えてちゃんと相手の確認もせずにノアさんに勝負を挑んでしまったものの、あれだけ大口叩いてしまったが故に、今更やっぱり撤回だなんて言って引くにも引けず。
八方ふさがりであたふたしている、そんな所だろう。
それにしても、一見して分かりそうなものだがな、ノアさんの凶暴さは。
いや、もしかしたら、なりきっていたので節穴になっていのかもしれない。
「……ふ、あははは! だだだ、大丈夫だ! 例え相手が私の背丈の倍ほどあろうとも、この正義の使者たるキャプテン・パワーマンの前には、悪人は何人たりともかないわせぬ!」
「ほう、では、早速その実力とやら、拝見させていただこうか!」
腹をくくったのか、それとも破れかぶれか。
いずれにせよ、自称キャプテン・パワーマンとノアさんの何とも形容しがたい対決が幕を開ける。
「くらえ! 必殺ファイナル・ザ・ジャスティ……」
が、自称キャプテン・パワーマンが繰り出したパンチはあっさりとノアさんに躱され。
逆に、ノアさんは繰り出してきた自称キャプテン・パワーマンの腕を掴むや、もう一方の手で掴んだ腕を固定すると、最後に掴んだ腕をひねって技を完成させる。
その技の名を、アームロックと言う。
「あ、あがぁぁぁっ!!」
技をかけられ声を挙げる自称キャプテン・パワーマン。
ヘルメットで表情は窺い知る事は出来ないが、おそらく、涙目になっている事だろう。
にしても、最初から勝負にならない事は分かってはいたが、ここまで瞬殺とは思わなかった。
とはいえ、ノアさん、相当手加減しているんだろうな。
なにせ、スペースマリーンパワーアーマーを着ていなくとも、スーパーミュータントであるノアさんなら人の骨を折る事など造作もない筈だからだ。
それを痛みを感じる程度に抑えているのだから、想像に難しくない。
だが、そろそろ止めてあげないと、折れなくともヒビくらいは入りそうだ。
「あ、あの、ノアさん。駄目です、それ以上はいけない」
刹那、ノアさんが俺の方に顔を向けてじっと見つめてくる。
ヘルメットで表情は見えないが、ノアさん、寂しそうな顔をしているのだろうな。
すると、次の瞬間、ノアさんがアームロックを解除し、自称キャプテン・パワーマンの腕が解放される。
「ひ、ひ、ひーっ!」
やっと痛みから解放された自称キャプテン・パワーマンの男性は、その場に座り込むと、痛めつけられた腕をかばいながらノアさんの方を見つめ続けるのであった。
「これに懲りたら、もう二度と、あのようなふざけた振る舞いなどはしない事だな。相手が私達でなければ、殺されていても文句は言えんぞ」
「あの、それじゃ、もう気が済んだと思いますんで、俺達はこれで失礼しますね」
こうしてお灸をすえられた彼を残し、東を目指して再び歩き始めようとした俺達だったが。
「……ま、待ってくれ!!」
刹那、その足は、自称キャプテン・パワーマンの男性の声によって止められるのであった。
「すいませんでした!! 先ほどの身勝手な言動は謝りますから! どうか待って、私の話を聞いてください!!」
振り替えると、ヘルメットを脱ぎ捨て土下座している自称キャプテン・パワーマンの男性の姿があった。
急な豹変具合に若干戸惑いつつも、俺達は、再び彼のそばへと歩み寄る。
「あの、話を聞きますんで、顔、上げてもらってもいいですか?」
「本当ですか!?」
俺の言葉に反応して上げられたその顔は、やはり男性であった。
少々頬がこけてはいたものの、無精髭や茶髪オールバックが似合う、三十歳前後と思しき顔立ちをしていた。
黙っていれば、おそらく異性から好意の目で見られることもあったのだろうが、天は二物を与えず。といった所か。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そんな折角の端正な顔立ちを崩壊させるように、涙と鼻水でめちゃくちゃにしながら、彼は喜びを表現するのであった。
それから暫くして、彼が落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい、話を聞く前にまずは互いに自己紹介を行う運びとなった。
「俺の名前はユウ・ナカジマです。で、こちらが」
「ノア、だ」
「私は、キャプテン・パワーマン……、ではなく。ニコラス、ニコラス・ロバートソン、と言います」
「やはり本名は別にあったか、全く。見たところ、一人前と言うに相応しい程の年齢と思うが、そんな年齢であるにもかかわらずあのような年甲斐もない立ち振る舞い、恥ずかしいとは思わないのか?」
呆れ気味にお説教を行うノアさんに対して、ニコラスさんは、終始うなだれるのであった。
「あの、ノアさん、そろそろ本題に入りたいんですけど」
「ん? あぁ、すまなかった」
「えっと、それで、ニコラスさん。話というのは?」
「え、あ、はい。……先ほども見ていた通り、私は、いい年をして実際にいる筈もない漫画の主人公に憧れ、身振り手振りを真似してなりきって楽しんでいます」
その後も、ニコラスさんは自身の事について話を続けた。
今も着用しているお手製アーマーを着ている間は、まさに身も心もキャプテン・パワーマンになりきっているが。
一度それを脱げば、本来の、臆病で小心者な本来のニコラス・ロバートソンに戻るのだそうだ。
そんなニコラスさんにも、帰るべき家や大切な家族が存在しているそうだ。
といっても、ニコラスさん自身はあの趣味のお陰もあってか結婚しておらず。
数年前に他界した両親が残してくれた実家で、唯一の家族である妹さんと二人で暮らしているそうな。
そして、案の定というべきか。
本人の口から意見を聞かずとも、妹さんがニコラスさんの趣味に振り回され、苦労していたであろう事実は、想像に難しくなかった。
しかし、それでもこの世でたった二人の血のつながった家族。
実家のある村で、ニコラスさん兄妹はつつましやかに生活していたそうな。
「ルシンダは、私の唯一の家族なんです。そのルシンダが、ルシンダが……」
「妹さんが、どうしたんです?」
「レイダー達に連れていかれたんです! あぁ、くそう!!」
「なに!? 人さらいだと! 何と悪質な」
「それは、お気の毒に……」
「いくら"借金のかた"にとはいえ、ルシンダを連れて行くなんて……くそう!!」
ん? あれ? 今、借金のかた、と言ったよな。
「えっと、ニコラスさん。妹さんって、借金のかたに連れていかれたんですか? ある日突然理由もなく連れ去らわれた訳じゃなく?」
「はい。……両親が実家を残してくれましたので、そこは問題ないんですが。二人とはいえ、生活していくには生活していくためのキャップを稼がなければならず。……でも、その、お恥ずかしながら。私は、趣味の方に夢中になって、生活費の工面を疎かにしてしまって」
話を整理すると、兄妹二人で生活していくための生活費を稼ぐ筈が、自身の趣味に没頭したため思うように稼げず。
ならば自給自足と農業に手を出してはみたものの、結局それも趣味に没頭したいがために断念。
結果、問題のレイダーグループにキャップを借りて一時をしのいだ。
が、当然、借金である以上借りたら返すが当たり前。
しかし、ここでもニコラスさんは自身の趣味を優先し、結果、期日を過ぎても返済できず。
こうして、妹さんが借金のかたとして連れていかれたのであった。
「あの……、それって」
「自業自得だな」
ノアさんがバッサリと切り捨てるように言い放つと、ニコラスさんは再びうなだれた。
「確かに、私の不甲斐なさが招いた結果です。……でも、だけれども! それでも妹は、ルシンダは私にとっての唯一の家族なんです!! お願いです! どうか、ルシンダを助けるのに協力してはもらえませんか!!?」
「自身でまいた種なら、自分で刈り取るのが筋ではないか?」
「重々承知してます、でも、私には、私にはレイダーからルシンダを助け出す度胸も力もない。……だから、この通りです! お願いします、どうかお力添えを!!」
その場で再び土下座を繰り出すニコラスさん。
妹さんが連れていかれたのは、確かにニコラスさんの自業自得だ。
でも、連れていったレイダーグループが、妹さんを狙っていて、借金を理由に狡猾に連れていった可能性だって否定できない。
「ルシンダはとても綺麗で、料理上手だから。今頃、連れていったレイダー達に無理やり手をつながされたり、食事の度に"あーん"なんてさせられてるに違いない!! 一刻も早く助けないと!」
仮にニコラスさんの想像するような事が行われていたら、それはそれで別の意味で怖い気がするが。
兎に角、ここまで話を聞かせられると妹さんの身の上を心配せずにはいられないし。
何より、自業自得とはいえニコラスさんが不憫に思えてならない。
「分かりました。ニコラスさん、俺達で出来る事なら、協力しますよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、ルシンダさんを助け出した暁には、生活を第一にして真面目に頑張ってくださいね。趣味は、影響のない程度にほどほどに」
「は、はい! ありがとう、ありがとうございます!!」
「ノアさんも、協力してくれますよね?」
「彼が今後、趣味にかまけず、真面目に生活の為に働くと誓うのなら、な」
「誓います! 協力してくれたら、今後は真面目に働いて、農業して、借金せずとも困らない生活を目指します!!」
「なら、ま、いいだろう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
こうしておせっかいにも、俺はまた、新たな問題に首を突っ込むのであった。