「おはよう、お父さん、お母さん」
「おはよう、ユウ。ご飯出来てるわよ」
「おはよう、ユウ」
自室を出るとそこは直ぐに、ソファや家具が並べられた、家族の憩いの場であるリビングキッチンだ。
幾らボルトよりも大きいと言っても、収容できる人数も倍になるならば、必然的に割り当てられるスペースはそう広くはない。
とはいえ、流石はアメリカは言った所か、前世で暮らしていた窮屈なアパートよりも断然広く感じる。
「はい、どうぞ」
「いただきます!」
椅子に腰を下ろすと、目の前のテーブルにキッチンから母親が出来たての料理を運んできてくれる。
お皿に盛り付けられ運ばれてきたメニューは、真ん丸綺麗な目玉焼きにカリカリベーコン、付け合せの野菜とトースト、そしてジュースだ。
流石に、幾ら自他とも認める肉好きの国とはいえ、朝からガッツリとステーキなどは出てこない。
最も、出せたとしてもリーアの食糧事情からして一部のご家庭のみだろう。
さて、美味しい朝食に舌鼓しつつ、俺の両親の話をしよう。
名前からも分かるとおり、俺の新たな両親は日系アメリカ人である。
正確に言えば、コーヒーの入ったカップを片手に新聞を読んでいる父親の『グレッグ・ナカジマ』が日系アメリカ人だ。
キッチンで洗い物をしている母親の『メリッサ・ナカジマ』は白人である。
偶に語るそれは盛りすぎだろうと思わずにはいられない二人の馴れ初めは割愛し、更に話を続ける。
母親のメリッサは、美しいブロンドに父親が惚れ込むのも無理はないと言わんばかりの美貌を持った女性だ。
親としても、きちんとしつけは行い、教育も俺の自尊心を尊重する等、まさに良き妻良き母だ。
そんな良き母親なのだが、どうやら最近、自身の体重について悩んでいるようだ。
次に、父親のグレッグ。少々子供に対して甘やかしすぎのきらいがある、正義感の強い優しい男性だ。
そんな彼は、リーアにおける治安維持の為の組織、リーアセキュリティと呼ばれる警備隊の一員として、日々このリーアの安全を守っている。
グレッグ曰く、この職は天職であると漏らしていた事があったが、まさにその通りだと思う。
というのも、グレッグの家系は代々警察関係の職に就いていた者が多く、戦前は地元でも有名な警察一家だったと、ご先祖様の話をする中で耳にしたからだ。
さて、そんな新しい両親であるが、俺の中ではまだ、本当の両親として接しられていない部分がある。
まだこちらの世界に来てから半年と経っていない為か、未だに二人の事を心の底から両親として受け入れられず。
何とか親しく接していても、時折、他人行儀な返事などをしてしまいそうになる。
それでも、いつか二人の事を本当の両親と心の底から思える日が来ると、俺は信じている。
と、心の中で感傷に浸りそうになっている間にも、メリッサが作ってくれた美味しい朝食は、俺の胃の中に全て消えていた。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様」
感傷に浸りそうな気持ちを元気付けるべく、元気よく食後の挨拶をした所で、リビングに姿が見えなかったオネットが姿を現した。
「奥様、バスルームのお掃除、完了いたしました」
「ご苦労様、オネット。……それじゃ、悪いんだけど、ユウの支度の手伝いをしてくれるかしら?」
「お安い御用です、奥様」
俺の朝食の後片付けをメリッサから、俺の身支度の手伝いを仰せつかったオネットは、早速ふわふわと俺のもとへと近づいてくると支度を始めましょうと俺を急かす。
「さぁ、ユウ坊ちゃま、急がないと学校に遅刻しますよ!」
「分かったから、近いよ、オネット」
あまり近づきすぎないでくれよ、低出力ジェットの炎が引火しそうで怖いんだよ。
「教科書はお入れになりましたか? 筆記具はちゃんと使えるようにしていますか? 授業でお使いになる楽器は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、オネット。ちゃんと昨日の夜に確認してるから」
「もう一度よく確認することは大事です! これは、身支度のみならず、今後の日常生活や社会に出た際においても……」
自室に戻り学校に行く為の身支度をしていると、リュックに入れ忘れが無いかの確認を、しつこい位に繰り返すオネット。
こういう時、オネットがロボットである事を忘れそうになる。
悪い意味ではなく、人間味に溢れているという意味でだ。
「本当に、本当に忘れ物はありませんね!?」
「オネット、だから大丈夫だって……」
ただ、ちょっぴりそれが癇に障るのもまた事実だ。
因みに、リーアには高校までの学校教育機関が存在するが、学校指定の制服というものは存在しない。
では私服登校かと思うかもしれないが、それも違う。
何故なら、リーアの学生、否、リーアの住民全員が同じデザインの衣類を服装規定として着用しているからだ。
その衣服とは、ボルトと象徴する衣類たるVaultジャンプスーツ。その色違いとも呼べる衣類だ。
Vaultジャンプスーツは、フォールアウトのコンセプトの一つである古き良きアメリカ人々が夢見た未来、それを基にしてデザインされており。
その見た目はまさに、青を基調に黄色いラインの入ったツナギ、或いは全身タイツである。
一方、リーアジャンプスーツとも呼ぶべき衣類は、オレンジを基調に黒のラインが入っており。どこかの特捜隊を彷彿とさせる。
なお、Vaultジャンプスーツの背面には居住するボルトのナンバーが入っているが、リーアジャンプスーツも同様に、背面にはでかでかとサイド6とリーアの文字が入っている。
さて、リーアの普段着の説明の間も、オネットに耳がたこになる程言われた最終確認を終え。
リビングでメリッサからお弁当とおやつを受け取ると、いってきますの挨拶を済ませた後、俺は玄関を潜って登校を開始しようとした。
だが、そんな俺に待ったをかける声が背後から聞こえてくる。
「あぁ、ユウ、ちょっと待って。広場までパパと一緒に行こう」
声の主は、グレッグであった。
「え~、恥ずかしいよ」
「何言ってるんだ。さ、行くぞ。……それじゃメリッサ、いってくるよ」
「いってらっしゃい」
「いってきます!」
「ユウ、気をつけてね」
両親のいってきますのキスを見て、再びいってきますの挨拶を終えると、グレッグと共に登校を開始する。
自宅を出てグレッグと共に肩を並べながら、他にも学校への登校や職場へと出勤する人々の流れに乗り、俺は足を進める。
「勉強はどうだ? 解らない所があったら、パパが何でも教えてやるからな? 遠慮なく聞いていいんだぞ」
「じゃぁ今度、数列の極限と関数の極限の融合、に関する問題を教えてよ!」
「……ゑ?」
「何でも教えてくれるんでしょ?」
「……は、はははは! さ、最近の小学校の授業の内容は進んでるな! はははは! ぱ、パパの小学生の頃とは段違いだ」
返事を誤魔化しながらも、顔が引き攣り冷や汗を流し始めるグレッグ。
すまないグレッグ、これ、当然ながら小学校で教わるような内容じゃないんだ。
と、少しばかりグレッグをからかった所で、ネタバラシとばかりに冗談であると告げる。
「こ、こら! お、大人をからかうんじゃないぞ! ……はぁ良かった、本当にそんな内容教えられてたらどうしようかと思った」
うん、グレッグの最後の部分の独り言は聞かなかった事にしておこう。
こうして、また一つ親子としての愛情を深めたところで、俺とグレッグは中央広場にさしかかろうとしていた。
中央広場、それはこのリーアの自宅がある居住エリアやその他のエリアを連結すると共に連結通路としての機能も果たしており。まさに、リーアの骨格部と言っても過言ではない。
朝のピーク時という事もあり、広大な広場には多くの人の姿が見える。
そんな人々の隙間から時折見える広場の全体像は、他のエリア同様に鉄骨むき出しの味気ないものではあるが、それでも各所に設けられた休憩用の椅子や等間隔に置かれた観葉植物がアクセントを生み出している。
また、高い天井高に設けられた巨大な案内掲示板いは、各エリアで本日行われる行事の案内が表示されている。
「それじゃユウ、気をつけてな」
「うん。お父さんもお仕事頑張ってね」
そんな中央広場でグレッグと別れると、俺は同じく小学校に登校する児童や、中学や高校に登校する学生たちの波に乗りながら、学校教育機関が集中している教育エリアへと向かって歩む。
やがて、俺はこの世界での母校であるリーア小学校に、無事遅刻することなく登校する。
学校といっても、前世のように広いグラウンドや立派な校舎などは、当然ながら限られた空間内では存在せず。
まさに箱物と言わんばかりに、正方形の学校スペースを、各学年ごとに細分化した間取りとなっている。
また、空間の限られるリーア内でも学校施設は大人数を収容できる広さを有してる為、授業のない週末には礼拝の為の教会としても利用される。
終末の週末に行うれいは……、いや、何でもない。
いかん、こんな事を考えて偶に口に出してしまうから、クラスメイトの子達から──ユウ君って偶におじさんみたいだね──、なんて言われてしまうんだ。
でもしょうがないだろ、見た目は子供、
話がそれたので元に戻そう。
そんな小学校内の三年生の教室へと足を運ぶと、早速、一人のクラスメイトが俺に声をかけてくる。
「よぉ、ユウ、今日もパパと一緒に登校してきたのか!?」
俺と同じリーアジャンプスーツに身を包みながらも、その体格は俺や同年代の子達と比べても力強く、その言葉遣いも、何処か他人を見下している感が拭えない。
そんなクラスメイトの名は、スカイリー・ラモン。
彼はまさにガキ大将であり、言うなればボルト101におけるブッチという名のキャラクターと同じポジションの子だ。
「三年生にもなってパパと一緒に登校なんて、まだまだお子ちゃまだな~」
スカイリーの小馬鹿にする言葉を背に、俺は自分の座席へと着席し、淡々と授業の準備を進める。
「おいユウ! 無視すんなよ! 生意気だぞ!」
期待した反応を全く返さない俺の態度に、スカイリーの言葉には苛立ちが滲み始める。
「……でもスカイリー、親の立場からすれば、我が子を万が一の事故から守るために付き添い登校するのは、それは労力や根気のいる事だよ。それに、幾ら当人が背伸びして大人と同じだと思い込んでいても、僕達はまだまだ子供なんだ、だから、親からの愛情は無条件でよろ……」
「だぁぁぁ! おめぇはいつも小難しい言葉で反論するんじゃねぇよ!!」
「じゃ簡単に言うと、僕の為に途中まで毎日付き添い登校してくれるお父さんは、恥ずかしいと思う部分もあれど、僕にとっては世界一素晴らしいお父さんだと思う」
「……け! なんだよ! あぁ、しらけた!!」
勝手にちょっかいを出しておきながら、結局しらけて自身の座席へと戻ろうとするスカイリー。
そんな彼に、俺は声をかけて足を止めさせる。
「所でスカイリー、今日の一時間目の算数の授業、ミニテストがあるって言ってたけど、ちゃんと勉強してきた?」
刹那、スカイリーの顔から血の気が引いていく。
補足として説明しておくと、スカイリーはあまり勉強が好きではなく、成績もあまり良いものではない。クラスでも下から数えた方が早く見つけられる程だ。
「余計なお世話だ!!」
そう言い捨てると、スカイリーは足早に自身の座席へと戻っていった。
やれやれ、何とか今回も彼を追い返すことに成功してとりあえずは一安心。
というのも、彼は何故か、俺が転生する以前から俺によくちょっかいを出している。
最初は何故なのかと思っていたが、最近、彼の家庭環境の話を耳にし、これが理由ではないかとの推測が立ってきた。
スカイリーは、自身が幼い頃に両親が離婚し、現在まで父子家庭で育ってきた。
故に、物心付いた頃から母親の愛情を受けられておらず、母親からの愛情に飢えていた。なので、母親の愛情を無条件で受けられる俺を妬み嫉みしているのだろう。
しかし、母親からの愛情だけなら、他のクラスメイトも俺同様に母親からの愛情を受けられている。
では、何故俺がターゲットにされたのか。それは、俺の父親であるグレッグの仕事が関係している。
いつの時代にも、子供が憧れる職業というものは存在する。それは、このリーアでも変わる事はない。
リーアの子供が憧れる職業の上位三つの内の一つ、それが、グレッグの職業でもある『リーアセキュリティ』だ。
その業務内容は名前からも分かる通り、外敵からの守備、そしてリーア内の治安維持である。
ボルトにも似た性格の組織はあるが、あちらの方は、ボルトの性質上、警備というよりも看守としての性質が強い。
セキュリティアーマーやセキュリティヘルメットといった専用の装備を身にまとい、日夜リーアの治安を守っている彼らは、まさに子供たちにとっては憧れのヒーローだ。
そんなリーアセキュリティの一員である父親を持つ俺のことを、スカイリーが気に留めないわけがない。
しかも、そこに加えて彼の父親は、子供たちの『なりたくない』職業の一つ、『清掃職員』と呼ばれる清掃業者を生業としてる。
方や憧れの職業、方やブルーカラーの不人気職業。
この様な比較背景も相まって、スカイリーは俺のことが気に食わなくて仕方がないのだろう。
とはいえ、清掃職員だってリーアにおいては立派な職業だ。そもそも、このリーアの中において、不必要な職業など存在しない。
なので、スカイリー自身が、いつか自身の父親の仕事は立派なのだと理解して、他人に対する妬み嫉みをやめてくれることを願うばかりだ。
と、スカイリーとの関係や家庭環境を説明している間にも、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り響き、担任の先生が教室内へと入室してくる。
さて、今日も再び送れる学生生活を懐かしみつつ、勉学に励むとしよう。