諸君、ご機嫌はいかがかな? 私の名前はカウルである。
そう、ご存知、シカゴ・ウェイストランドで一二を争う奴隷商人にして、緊急時以外の常套手段としての暴力を禁じ、道徳的規範を重視するレイダーグループ、ア・カーンズのリーダーを務めている。
ちなみに、個人的な最近の悩みは、日に日に生え際が後退している事と、腹の出っ張りが服で誤魔化しきれなくなってきた事だ。
そんな私が率いるア・カーンズは、シカゴ・ウェイストランドでも有数の大所帯レイダーグループである。
思い起こせば、よくここまでグループを大きく出来たものだ。
初めは、私の師であるズリーに教えを請いながら、仲間を勧誘し人手を増やし、同時に装備も充実させ、支配地域も拡大させていった。
因みに、グループの名であるア・カーンズの由来についてだが。
私の師であり、西海岸出身のズリーが生前、口を酸っぱくして言っていた教えがある。
──薬はあかんで! 薬だけは手ぇ出したらあかんで!!
その教えを忘れぬよう、またグループの理念たる道徳的規範厳守の戒めも込めて、ズリーがかつて所属していたという組織の名と組み合わせ、グループの名をア・カーンズとしたのだ。
では、ここで諸君に、私の素晴らしき一日の活動内容を紹介しておこう。
先ず、かつて医療関係の施設として使用されていた我らがアジトの一室にある、私の寝室から一日は始まる。
かつて施設の高位な者が使用していたであろうベッドから起き上がった私は、着替えを済ませると、自室兼オフィスたる部屋で用意された朝食を食す。
それを済ませると、アジト内の見回りを兼ねた部下達との交流を行う。
「おはようございます、リーダー」
「リーダー、おはっす!」
「おはよう、リーダー」
「皆、今日も一日ご苦労」
こうして見回りを終えると、昼食を食べた後、午後は、私の生業たる奴隷の品定めを行う。
施設に隣接するように建築した、通称奴隷小屋に収監している奴隷達の状態をチェックするのだ。
「既に奴隷共は整列させてあります」
「ご苦労」
管理責任者たる部下から報告を聞き終えると、私はゆっくりと奴隷達の間を進んでいく。
奥行きのある小屋の中は左右均等に、奴隷一人につき一つ、奴隷達唯一のプライベート空間たるベッドが置かれている。
そんなベッドの前に立たされている奴隷達は、皆、薄い生地の衣類を一枚だけ羽織り。体の自由を利かせぬよう、手には手錠、足には足枷。
更にその首には、万が一の逃走防止用に爆破首輪が漏れなく装着されている。
さて、人とは思えぬ扱いに加え抜け出せる希望も見いだせないからか、奴隷達の目は皆、生気のない死んだ目をしている。
とはいえ、奴隷達が皆最初から死んだ目をしていた訳ではない。
こんな場所から逃げ出し、自由の身となる事を切望し、その熱意に燃えた目をしていた者もいた。
だが、体の自由を奪われ、首輪をつけられ、脱走を図ろうとした奴隷の末路を聞かされ、奴隷として購入者様に仕えられる素晴らしさを聞いていく内に、誰しもがその目の輝きを失っていくのだ。
「ふふふ、今日も皆健やかに育っているな……、ん?」
しかし、そんな中にあっても、例外という存在はあるもの。
「ははは、今日もまたいい目をしている」
「……」
一見すると美しい顔立ち、それに舌なめずりしたくなるような体つき。しかしその目は、恐ろしい程に輝きが衰える事はない。
奴隷として高値で取引される事が容易に想像できるその奴隷は、私のもう一つの事業によって幸運にも得られた奴隷だ。
奴隷商人を生業としてはいるものの、市場としてはまだ活気はあるが、奴隷商売は環境の変化を受けやすく将来的な安定性には一抹の不安を抱かせる。
故に、今後これ一本で生活していけるかの不安があった。
そこで、新たな事業を展開し、奴隷との両輪によって将来への安定性を図ろうと画策したのだ。
そして、新たな事業として展開したのが、金融業、即ち金貸しであった。
こうして始めた金融業の中で、私はジミー村と呼ばれる村の村人に貸しを行った。
最初は少額だけの貸しではあったが、そいつの妹が村でも大層な美人と評判である事を知り、また貸した男が趣味にかまけてばかりの大層なダメ男という情報を仕入れるや、私はそこに大金のにおいを見つけた。
奴隷にすればかなりの上玉を、男の借金返済不能を理由に合理的に手に入れられる。
そこで私は、言葉巧みに男に多額の貸しを作らせる事に成功し。
返済期日のその日、借金のかたを理由に、男の妹を連れ帰る事に成功したのだ。
こうして上玉の奴隷として手に入れたのが、今まさに目の前にいる女だ。
既に奴隷として生活を始めて数日が経過しているが、未だにその目の光は失せる事がない。
だが、それもいつまでも持つまい。何れ、他の奴隷同様、死んだ目をして出荷されるその時を待つだけとなろう。
「はははは!」
そう、その時の私は、暢気にそう思い込んでいた。
後に、この女が、まさかあのような悪魔であるなど、その時の私は知る由もなかった。
それは、それから数日後の事であった。
「リーダー! たた、大変だ!!」
「なんだ? そんなに慌てて」
「兎に角奴隷小屋に急いで来てくだせぇ!」
優雅な朝食を食べている私のオフィスに息を切らせてやってきた部下に急かされる様に、私は一路奴隷小屋へと足を運んだ。
「……な!」
そして、私はそこで目にした。
あの上玉奴隷として連れてきた女が、部下の一人の胸ぐらをつかんでいる姿を。
「き、貴様! 何をしている!!」
「んぁ!? やっとリーダーさんのお出ましか!!」
そして、私は更なる衝撃を受ける事となる。
今まであまり喋らなかったので分からなかったが、この女、なんて見かけによらず高圧的な口調なんだ。
「んじゃ、テメェはもう用済みだ!」
「うぶ!」
両手の自由が利かぬ筈の手錠がされてもなお、胸ぐらをつかめる程の怪力。
そんな怪力から解放された部下は、尻餅をつき声を漏らす。
「リーダーさんよぉ、アタシ、あんたに話があんのよ。聞いてくれる?」
普段なら、奴隷の話など聞く耳を持たん所だ。
だが、この女は、体の自由を奪われてもなお、部下を脅し、私を呼び寄せた。
もしここで対応を誤れば、この女が中心となって他の奴隷を先導し、反旗を翻しかねん。
「……いいだろう、おい、外に連れてこい!」
「は!」
先ずは、この女を他の奴隷たちの目に届かない所に移動させなければ。
話を聞くという理由で奴隷小屋を出た我々は、近くのテントへと入り込んだ。
物置として使用されているこのテントならば、他の奴隷達の目にも耳にも、女の言動が入ってくる事はない。
「それで、話というのは?」
「その前にさ、この手錠と足枷、それにこの首のダッセェ首輪、外してくんない?」
開口一番、何と身の程を弁えぬ図々しい要求。
そんな要求、当然呑めるはずがない。
「あっそ……、なら、ふんっ!!」
刹那、私は、開いた口が塞がらぬほどの衝撃的な光景を目の当たりにした。
目の前の奴隷女は、あろうことか、手錠と足枷の鎖部分を引きちぎったのである。
これには、私を含め護衛の部下達も唖然とする他ない。
何だこれは、これは、質の悪い夢か。
華奢そうなその手足の何処に、そんな馬鹿力が隠されているのだ。
いや、そもそも目の前のこの奴隷女は、本当に人間か?
「あー、やっぱちょっと痛いわ。……つか、この首の無理やり外したら爆破するんでしょ、ならさっさと外してよ」
「あ、いや、その……」
「外せって頼んでんだろうが、おねがいしますだよ!!」
「あ、はい」
先ほどの衝撃的な光景から未だ正気を失っていた私は、結局彼女の圧に負けて、爆破首輪を外してしまっていた。
程なくして我に返った時には、既に彼女を縛るものは、なにもなかった。
「あのさ、一つだけ言っとくけど、アタシ、このまま逃げる気とかねぇから」
「へ?」
「一応これでも、馬鹿なアニキが作った借金の責任、自分にもあるって感じてんだわ。だから、逃げねぇよ」
「そ、そうですか」
「でもさ、アタシ、他人にいいようにこき使われんの、好きじゃないんだよね~、分かる?」
「あ、はい」
「それにさ、あの家畜小屋みたいなクソ狭い小屋で、しかもクソ固ってぇ寝心地のわりぃベッドで毎晩寝て、他の奴のいびきとかクソ気になる中、アニキが返済しに来るの待つだなんて、クソ耐えられねぇんだわ! 分かる?」
もう何この女、そこまで注文つけるならいっその事逃げてくれて行った方がましだよ。
「つーわけで、あんた達の手伝いしてやるから、その代わりにアタシの快適な眠りの為にさ、部屋、用意してくんない?」
「いや、だが。君は奴隷で……」
刹那、私の左顔をかすめるように、彼女の右腕が私の背後の木箱を突いた。
よく見ると、木箱には彼女の拳によって開けられた穴が確認できる。
「もう一回、聞くわ。アタシ手伝う、あんた達部屋とベッド用意する。はいorイエス?」
「い、イエス……」
こうして、圧迫選択により個室の提供をする事となったのだが。
まさか、これでもまだ、ここが地獄の一丁目であったのだと、後日思い知る事となるとは、この時は思いもしなかった。
それから数日後の事。
「ブーン、ドドド! ギャータイチョー!」
「ジョニー!!」
私の日頃の疲れた心を癒すべく、自室で周囲にはひた隠しにしている私の密かな模型遊びに興じていると。
「リーダー!!」
「ちょ、馬鹿野郎!! 部屋に入る時はちゃんとノックして反応を確かめてから入れと言ってるだろうが!!」
不意に部下が部屋に押しかけてきたのだが、若かりし頃のような俊敏性を発揮し、何とか密かな模型遊びを既の所で隠す事が出来た。
「す、すいません」
「……まぁいい。それで、一体どうした?」
「は! それが、またあの女がリーダーに話があるとかで……」
あの女。
その言葉が部下の口から出た途端、私の血の気が引いていくような気がした。
施設の部屋を一部屋、あの女の為に分け与えてやってから、もはや文句はないと思っていたのに。
「……わ、分かった」
内心、次は一体どんな無茶な要求が飛んでくるのか戦々恐々としつつ、部下たちにそんな素振りを見せる事無くあの女の部屋へと足を運ぶと。
そこには、部下に作らせた特注ベッドの上で胡坐をかいて私の到着を待っているあの女の姿があった。
「さて、今回はいった……」
「不味い!」
「ん?」
「だから、メシが不味いってんだよ! なんだよこのクソ不味い飯はよ!!」
女が指さした先には、テーブルの上に置かれた、部下が用意した朝食の食べ残しが置かれていた。
「なんだよこれ! これが飯か!? あんなクソ不味いの人間が食うもんじゃねぇぞ!」
「いや、しかし。食事は私を含め部下や奴隷達も同じものを……」
「だから、その飯がアタシの舌には合わねぇって言ってんだよ!」
怒りの矛先を自身が寝るベッドに向ける訳にはいかなかったのか。
女は、朝食の入った食器に対して、その怒りの矛先を向けた。
その結果、食器は無残な姿となってしまった。
やはり、この女はとても同じ人間とは思えない。
「……はぁ。もういいわ! んじゃ、作るわ!」
「へ?」
「だから!! アタシがあんたらの分も含めて食事を作ってやるって言ってんだよ!」
「いや、しかし」
「毒でも入れるかと思ってんのか!? んな事しねぇよ! おら、厨房どこだ? 案内しろよ」
「あ、はい」
こうしてまたも、選択させてもらえる間もなく、あの女が我がア・カーンズの食事を作る事が決まってしまった。
そして、その日の昼食。
あの女が作った昼食が、自室で食事をとる私のもとへと運ばれてくる。
「……ふむ」
見た目は、確かに今まで担当していた部下よりも美味そうに感じる。
だが、所詮見た目だ。
あの怪物の如く性格で作られた料理、その味も、まさに壊滅的に違いない。
──その料理を口にするまで、私はそう思い込んでいた。
「んんっ!!?」
だが、その料理を一口、口にした時。
まさに電流が走ったかの如く衝撃に出会う事となる。
予測に反して、その味は美味く。
気づけば自然と涙が流れてしまう程、今まで出会った事のないその美味さは、あの性格から生み出されたものとはとても思えなかった。
「……ぅぷ、ふう」
が、分かっていても、気づけば、ぺろりと平らげてしまっていた。
「……まぁ、悪くはない、な」
これなら当分料理番を任せてもいいだろう。
その考えが、まさかあんな悲劇を生むこととなるとは、その時の私は思ってもいなかった。
この後、あの女、ルシンダが我がア・カーンズの料理番を務めるようになってからというもの。
部下達は次々にあの女の料理の虜になっていった。
「姐さん! 手伝います!」
「姐さん!! 今日は生きのいいイグアナ手に入れました!」
しかも、いつの間にかあの女の事を"姐さん"と呼んで慕うようにまでなっていった。
「ん~、この奴隷、ちょっとこけ過ぎじゃねぇか? 胸もちいせぇしよ」
「そ、そうですか?」
「こっちの奴は背ぇ低いな、食わせりゃ少しはまだ伸びそうだけどよ。……ま、顔は合格点だな」
「は、はぁ」
しかも、いつの間にか私の生業たる奴隷の選定にまで口出しするようになってきて。
尚且つ、その意見に部下達は多くが賛同している。
更に、最近はもっとお洒落な服が着たいと言って、部下が何処からか調達してきたドレスを着たり。
更に更に、女の部屋が部下達が調達してきたアンティークで模様替えされたりと。
部下達は日を追うごとにあの女の虜になっていく。
あれ、何だかこれ、どんどんあの女にア・カーンズを掌握されていっていないか。
そう気づいた時、私の背筋が凍るような気がした。
だが、もはや気付いた時には、後戻りできないほど、グループ内の私の立場は危ういものとなっていた。
あぁ、どうすれば。どうすればいいんだ。
もはやあの女の操り人形として生きていくしか道はないのか。
そんな事すら真剣に検討し始めた頃であった。
捨てる神あれば拾う神あり。
救いの手を、解放のキャップを持ってきてくれた者が現れたのは。
「リーダー! リーダー!! 大変だ!!」
「ん、どうした?」
もはやあの女の事もあり、ちょっとやそっとの事じゃ動じなくなった私だが、次いで部下の口から飛び出した言葉には動揺を隠せずにいた。
「姐さんの事について話がしたいって連中が来てるんです!」
「な!?」
まさに降って湧いたような幸運の兆しに、私は勢いよく立ち上がると、部下が話す連中というものを窓から確認し始める。
「あれ、あれか?」
「はい、そうです」
一体幸運はどんな格好をしているのか、窓の隅から視線がバレないように外の様子を確かめると、そこには三人組の姿があった。
何だ、あの三人組は……。
一人はパワーアーマーを着用しているが、残り二人は見た事もない装備に身を固めている。
手前の一人は、我々のくたびれた手直し満載の装備よりも状態も性能も良さそうなものに身を包んでいる。
そして奥のもう一人、あれは、本当に人か?
手前の者や隣のパワーアーマーの者よりも更に大きく、見た事もないパワーアーマーの一種と思しき装備。
戦前の戦闘ロボットの一種と言われても疑わない様相だ。
そして、そんな三人組を見て、私は思った。
あれは、間違いなくヤバい連中であると。
私の直感が告げている。奴らと争ってはいけないと。
「リーダー、パワーアーマーを出しますか?」
部下の言う通り、我がア・カーンズは独自に廃材等で修理し運用可能とした、巷ではレイダーパワーアーマーと呼ばれるパワーアーマーを有している。
だが、レイダーパワーアーマーはまさに虎の子、切り札だ。
そもそも、あのデカい奴相手にレイダーパワーアーマーで優位に戦闘を進められるとはとても思えん。
無駄に、いや下手したら確実にア・カーンズは壊滅させられるかもしれん。
そもそも、あの三人はあの女について話したいと言っている。
ならば、先ずは話して、それからあの三人とどう対峙するかを決めよう。
「……よし、先ずは直接会って話をしようじゃないか」
果たして、あの三人は悪魔の格好をした幸運の使徒か。はたまた、見た目通り死神の使いか。
意を決し、私はあの三人のもとへと向かった。