ノブレス・ザ・ホテルの屋上は、元々展望台として整備されたいたようだが、今ここは、文字通り地獄の光景が広がっていた。
ロード・バイロ率いるバイロ班の生き残りが陣取る、土嚢や家具などで作られた陣地の周囲には、これまで襲撃を試み見事に撃退されたフェラル・グール達の屍が転がっている。
「現状、我々の置かれている立場は非常に苦しいものだ。部下は度重なるフェラル共の襲撃で疲弊し、重傷者も既に二人ほどいる。加えて、予備の弾薬も残り少ない。あと、襲撃を一度か二度耐えられる程度だ」
陣地に案内されながら、ロード・バイロは俺達に自分達の現状を簡潔に説明してくれる。
陣地内で見張りに当たる社員達や、休息をとる社員達の顔には、一様に疲労の色が見て取れた。
また、敷かれたシーツの上で寝かせられた二人の社員は、片足がなく、顔色もかなり悪い。応急処置を受けた重傷者の二人だろう。
「医療品も不足している。所持していたスティムパックも既に底をつき、彼らの痛みを和らげてやる事もできん」
「……あの、もしよかった、これを使ってください」
ピップボーイを操作し、スティムパックを二本取り出すと、ロード・バイロに手渡す。
「本当にいいのか!? 貴重なスティムパックをこうも……」
「予備はまだありますから、遠慮なくどうぞ」
「本当に、恩に着る」
受け取ったスティムパックを、衛生兵の社員へと手渡すと、早速重傷者の二人にスティムパックが打たれる。
ゲームでは、重傷を負ってもスティムパックを一本打てばたちまち元気百倍になれる魔法の薬であったが、流石にこの世界ではその限りではない。
失った片足などは戻らないが、一時的に痛みを和らげる事は可能だ。
「さて、現在我が班で戦う事のできる者は、私を含め四人。君達を含めると合計七人だ。この人数を念頭に、今後の行動計画を立てていこうと思うのだが……」
陣地の一角、ホテルの部屋から拝借した椅子に腰を下ろすと、ロード・バイロと共に、今後の行動についての話し合いが始まる。
「俺達が通ってきた道を全員で一気に戻るというのは、どうでしょうか?」
「確かに、それが一番無難な方法だろう。……だが、正直に言って、私は難しいと考えている」
「それは、何故?」
「私は、重傷者の二人も、共にこのホテルから脱出させたいと思っている。甘いと思うのなら、そう思ってくれて構わない。この屋上に逃げてくるまで、私は数人の部下を失っている。……だから、もうこれ以上、部下は失いたくないんだ」
屋上に来るまでに目にした、名も分からぬロード・バイロの部下の姿が思い出される。
指揮官としては、重傷者二人を見殺しにして、残りの部下の生存を最優先に考えるのが正しい。
だが、心ある人間としてならば、やはり重傷者の二人も含めて、ここにいる全員を助けたいと思うものだろう。
「分かりました。では、重傷者の御二方も含めて、全員でここから脱出しましょう」
「……本当に、すまん」
頭を下げるロード・バイロに対して、俺も見殺しにするのは後味が悪いと、言葉を続けるのであった。
「でも、重傷者の御二方は自力で歩けないので、必然的に誰かが手を貸す事になりますね……」
「では、私はあの二人を脇に抱えていこう」
そこで名乗りを上げたのは、ノアさんであった。
「私なら力もある、二人を両脇に抱えて行くことなど、容易い事だ」
「確かに、ノアさんなら……」
「だが、二人を脇に抱えた状態で、ホテルの廊下を通れるのかね?」
名案だと思った矢先、ロード・バイロの言葉に、何と浅はかな考えだろうと思い知らされる。
人を両脇に抱えていない状態でも、ノアさんはホテルの廊下を少々窮屈に通っていた。
そんな状態で、更に人を両脇に抱えればどうなるのか、難しく考えるまでもない。
「あー、となると、両脇ではなくおんぶと抱っこで抱えていくというのはどうでしょうか?」
「確かに、横よりも前後なら廊下を通れない事もないだろうが……。いや、やはり別の脱出方法を考えた方がいいだろう。フェラル・グール共の闊歩する只中を突っ切るのはリスクが高すぎる」
結局、ノアさんが重傷者を抱えていく案はおろか、俺達が通ってきた道を逆走する案も却下される事となった。
「それでは、別のルートで脱出を?」
「いや、このホテルには非常階段もなく。屋上から下層に行く手段も、君達が通ってきたルート以外には確認できない」
「え、それじゃ、一体どうやってこのホテルからの脱出を?」
「本部の救助だ」
ロード・バイロから出た言葉に、俺は一瞬理解が出来なかった。
「我々の本部はシカゴ・ミッドウェー国際空港と呼ばれていた空港跡地に設営されている。そして本部には、今でも稼働可能なベルチバードを数機、保有している」
しかし、"ベルチバード"の単語が出た途端、彼の言葉の意味を理解するのであった。
ベルチバード、核戦争前のアメリカ軍が運用していたティルトローター機だ。
ずんぐりな胴体に真ん丸なコクピットの窓、真ん丸なトンボを彷彿とさせる見た目を有したこの機体は、核戦争後、プリドゥエン等の一点物を除けば、ウェイストランドにおいて唯一の量産型航空機である。
フォールアウトシリーズでは、エンクレイヴと呼ばれるアメリカの正統な後継者を掲げる組織の専売特許であったが、4のナンバリング作品以降、他の組織も運用を行い始めている。
タロン社が保有しているベルチバードは、おそらくエンクレイヴ以外の組織から流れた機体であろう。
因みに、ベルチバードはミニガン等で武装する事も可能ではあるが、本来の用途は人員の輸送である為。
攻撃機としての運用は、あまり適しているとは言い難い。
ただし、核戦争以前と異なり、核戦争後は対空攻撃手段も限られる為、例えミニガン程度であっても、空からの攻撃というアドバンテージは計り知れないものとなる。
しかし、流石はレイダー等とは一線を画す組織力を持つタロン社。
一機だけでも貴重なのに、それを複数も保有し、尚且つ運用できるとは、恐れ入る。
「ベルチバード……、確か、戦前にアメリカ軍が運用していたティルトローター機、ですね」
「あぁ、我々タロン社が保有しているのは戦前のものではなく、"連邦"で生産された物を購入したものだが」
連邦、Fallout4の舞台であるボストン周辺の地域の事であろうか。
年代的に、現在は同作品の作品内時系列以降だ。故に、連邦が作中に登場する何れかの勢力によって統治されていてもおかしくはなく、その結果、ベルチバードの輸出等が行えていてもおかしくはない。
なにせ、同地域はシリーズ内でも屈指の科学技術力を有しているのだから。
とはいえ、その辺りの事情を調べるのは、また後日になるだろう。
「それで、そのベルチバードを使って本部が救助に駆け付けてくれると考えているんですね」
「そうだ、空から脱出できれば、危険な橋を渡らなくて済む」
「しかし、それには本部が救助に駆け付けると確信を得られなければ……」
「大丈夫だ。ミロは必ず本部に我々の窮地を伝える筈だ」
そういえば、俺達と別れた後、ミロさんは無事に本部へとたどり着けたのだろうか。
もし、もしも途中で力尽き、本部にこの惨状が伝わっていなかったら。
嫌な考えが頭を過った刹那、見張りの社員が声をあげた。
「おぉ、あれは間違いない!!」
声をあげた社員が指をさす方を見つめたロード・バイロは、何やら意味深な言葉を発する。
俺も、彼らが見つめる先を、目を細めて凝視すると、そこには、廃墟と化したビルの間から遠く立ち上る、黄色の煙があった。
「あれは?」
「あれは、合図だ。無線などが使えなくなった時等の緊急時に用いられるな」
「それで、その内容は?」
「どうやら、無事にミロが我々の窮地を本部に伝えてくれたようだ!」
現在からすればもはや石器時代の手法とも呼べる、狼煙を用いた情報の伝達手段で伝えられたのは、地獄に伸びた一本の蜘蛛の糸であった。
この知らせに、それまで半ば意気消沈していた社員達も、生気を取り戻し。希望に満ち溢れた表情へと変わっていく。
「では、もう間もなく本部が救助に駆け付けるんですね」
「いや、直ぐではないだろう。少し時間はかかる筈だ」
「そうですか。……でも、これで一安心ですね」
「あぁ、そうだな。これも、君達が来てくれたお陰だ」
「そんな、俺達は特になにも……」
「いや、君達がホテル内でフェラル・グール共の動きをけん制してくれたからこそ、今もこうして我々が生き残っていられる。本当に、感謝する」
あまり自覚はなかったものの、間接的に援護していた事実に、俺は少しばかり照れながらロード・バイロの感謝の言葉を受け取るのであった。
こうして、成り行きで受けた救助の依頼も終わりを告げる、と一安心した時の事であった。
不意に、見張りを行っていた社員の声が耳に入る。
「フェラル共がくるぞ!」
「聞いたか野郎ども! 我々がここからいなくなるのを寂しがって、フェラル・グール共がさよならを言いに来てくれたぞ!! さっさと歓迎の準備だ!!」
ロード・バイロの命令に、慌ただしく迎撃態勢が整えられていく陣地内。
「聞いての通りだ、フェラル・グール共が押し寄せてくる。だが、これを凌げば、我々は脱出できる」
「分かってます。俺達も、迎撃に参加します」
「ありがとう」
そして、俺達も迎撃に参加すべく準備を整え始める。
「あぁ、そこの君。確か、ロバートソンだったか」
「え? わ、私?」
「そんな豆鉄砲では心許ないだろう、これを使うといい。パワーアーマーならこいつでも片手で扱えるはずだ」
ニコラスさんに声をかけたロード・バイロは、手にした銃をニコラスさんに手渡した。
ニコラスさんが受け取った銃は、M199 ヘビー・アサルトライフル。Fallout4にてアサルトライフルの名称で登場した銃である。
おおよそ、アサルトライフルと名をつけるには難しい外見を有している。
その為か、この世界では、パワーアーマーでの突撃銃としての運用を前提として開発されたものの、生身の人間でも軽機関銃として運用可能な汎用性の高い銃として登場しており。
この事から、突撃銃にも軽機関銃にも分類されない、ヘビー・アサルトライフルという独自の名称を与えられる事となった。
因みに、使用弾薬は5.56mm弾なので、俺のM4カスタムと相互性を持っている。
「そうだ、一応弾薬を、どうぞ」
「弾薬まで!? いいのか!?」
「予備はまだありますし、それに、自分が後悔しないように使うと決めましたから」
予備の弾薬も少ないと言っていたことを思い出した俺は、ピップボーイから予備の弾薬を取り出すと、社員の方々に渡していく。
幸い、彼らが使用する銃の使用弾薬は特殊なものではなかったので十二分に揃っており、なんの問題はなかった。
ヴァルヒムさんだって、文句は言わないだろう。
こうして予備の弾薬を渡し終えると、自身のM4カスタムの状態を見定め、次いでピップボーイから、万が一の為の予備の銃も取り出しておく。
そして、一通りの迎撃準備が整った頃。
遂に、屋上への唯一の連絡口である扉が、バリケードにより塞いでいた事など物ともしない勢いで開かれる。
そこから現れたのは、自らの欲望に飢えた悪魔たち。フェラル・グールの集団であった。