Fallout THE ORIGIN   作:ダルマ

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第三十話 黒の根城

 前世では何度か体験した空の旅も、現世ではこれが初めてとなる。

 最も、現世では空を飛ぶ乗り物に乗る機会なんて、前世以上に稀有である為、当たり前と言えば当たり前だ。

 

 そんな現世初の空の旅は、とても愉快で、のんびり景色なんて楽しんでいる暇がない程であった。

 

 そう、隣で地上のフェラル・グール目掛けて射撃大会なんて開催されていたら、嫌でもゆっくり過ごせない。

 

「フゥーッ!! イェーァッ!! どうよ、俺の腕前はよ?」

 

「はぁ? ざけんな! ありゃ転んだだけだろうが!!」

 

「ならここから飛び降りて見てくるか? あぁん? 一体も仕留められてねぇからっていちゃもんつけんなよ」

 

「っち!」

 

「おーし、次は俺だ。お前ら目ん玉かっぽじって見とけよ!」

 

 ビルの間を飛行するベルチバードから、何発もの銃弾が地上目掛けて放たれる。

 しかし、地上の狙いを定められる時間は短く、まさに一瞬の判断力と俊敏性が試される射撃大会となっている。

 

「ははは! どうだ見たか! 二体だ! イェァ!! 大会は俺の勝ちで決まりだな!!」

 

 そんな射撃大会のこれまでの戦績は、先ほど二体倒したと申告した恰幅の良い社員以外は、数人が参加したがそのどれもがゼロか一体だけという結果に終わっている。

 そして、新たな参加の意思表示もなさそうなので、どうやら大会の優勝者は二体倒した恰幅の良い社員になりそうだ。

 

「君も参加してみてはどうだ!?」

 

 と思った矢先、対面に座っていたオーバーロード・デュバルが、不意に大会参加を勧めてくる。

 

「いや、しかし……」

 

「構う事はない、銃を持ってる者なら誰でも参加可能、そうだろ?」

 

「サーイエッサー」

 

「という事で、君も参加条件は満たしている」

 

 俺の顔を見据えるオーバーロード・デュバルの、サングラスの奥に潜む瞳は、おそらくその目で直接俺の腕前を確かめたくて仕方がない、と物語っているように思えた。

 また、同乗している他の社員達の視線も、ひしひしと感じる。

 おそらく、オーバーロード・デュバルと同じく俺の腕前というものを見極めたいのだろう。

 

 ここまで周りを固められて、辞退するという意思表示ができるだろうか。

 

「……分かりました」

 

 生憎と、今の俺に、それはできなかった。

 

 M4カスタムを手に持ちながら、開けっ放しのドアの淵まで移動すると、高速で流れる地上目掛け、構えたM4カスタムの銃口を向けた。

 

「よーし、ルールを説明するぞ。射撃のタイミングはあんたの自由、ただし、撃てるのは十発まで、制限時間は二十秒だ。オーケー?」

 

「オーケー」

 

「よーし、では、スタート!」

 

 開始の合図が響くが、俺はトリガーを引く事はしない。

 地上に見える、ターゲットとなるフェラル・グールの数が疎らで、数を稼げないと判断したからだ。

 

「おいおい、あいつ固まってんじゃねーだろうな?」

 

「ボクー! もしかして高い所、こわいのかなぁ~? っははは!!」

 

「あいつ自体は大したことねぇんじゃねぇか、連れの奴らの方が強そうだったしよ」

 

 様々な声が聞こえてくる中、俺は、集中を切らす事なく、絶好のチャンスが流れてくるのを待った。

 そして、残り五秒前。

 視界に、勝利をものにする絶好の光景が飛び込んでくる。

 

 刹那、セレクターレバーを単射から連射へと切り替えると、狙いを定め、俺はトリガーを引いた。

 通常、連射動作へと切り替えると、トリガーを引いている間は弾倉に装填されている弾丸を撃ち尽くすまで銃から弾丸が発射される。

 しかし、弾丸が数発発射された時点でトリガーから指を離し、任意で点射、所謂バースト射撃を行う射撃方法がある。それが、指切りと呼ばれるものだ。

 

 だが、毎秒十数発もの連射速度を有する銃で指切りを行うには、それなりの腕前が求められる。

 

 一応、指切りの練習などを密かに行っていたお陰か。

 今回は、上手く指切りを行える事ができた。

 

 指切りにより八発のみが放たれた5.56mm弾は、やがて狙いを定めたターゲットに着弾し、軽快な金属音を奏でる。

 

「おい、今どいつに当たった?」

 

「倒れてるやつはいねぇみたいだったが?」

 

「全弾外れたんじゃねぇのか!?」

 

「って事は、コイツ、ゼロかよ!!」

 

 刹那、俺の射撃の結果を見届けた社員達の口から、高らかな笑い声が響き渡る。

 だが、そんな中、同じく結果を見届けていたオーバーロード・デュバルは、口元に不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

「おいおい、ヒーローさんよぉ、ホテルの屋上じゃぁあんなにヒーローしちゃってたのによぉ、いゃ~、悲しいねぇ」

 

「全くだ」

 

「その通り」

 

 と、次の瞬間、搭乗するベルチバードの後方から爆発音が聞こえてくる。

 刹那、オーバーロード・デュバルが無線機のマイクを手にし、スイッチを入れた。

 

「バッド・ドッグよりブラック・ルーク、今の爆発音は一体なんだ?」

 

「こちらブラック・ルーク、どうやら地上で車が爆発したようです。フェラル共も十体近く巻き込まれて黒焦げになってますよ」

 

 搭乗機の後方を飛行するベルチバードに爆発音の正体について確認を行い、その答えが返ってくるや、オーバーロード・デュバルは一際白い歯を輝かせながら笑い始めた。

 

「ははははっ!! との事だ諸君! これは、大会の優勝者は彼で決まりのようだな。どうだ、異論はあるかね?」

 

 オーバーロード・デュバルの問いに、先ほどまで笑っていた社員達は押し黙り、異論を唱える者はいなかった。

 

「では、決定だな」

 

「サーイエッサー……」

 

 こうして、最後の最後で大番狂わせが巻き起こった射撃大会は終わりを告げた。

 因みに、大会の優勝賞品のようなものは特にない。ま、暇つぶしのゲームのようなものだったので、出ても大したものではなかったのだろうが。

 

「しかし、車の周辺に腐った死体どもが屯し、尚且つ車のエンジンがまだ生きていると判断を下す。しかもそれを移動中のベルチバードから行うとは。瞬時の判断能力もさる事ながら、車のエンジンに確実に弾を命中させる腕前。……やはり、君を諦めるには惜しいよ」

 

「それは、どうも」

 

 再び定位置に戻ってきた俺に、オーバーロード・デュバルはタロン社への入社勧誘を諦めきれないとばかりの言葉を口にするも。

 そこは分別のある人物らしく、再び蒸し返すような事はしなかった。

 

 

 

 こうして楽しい時間が流れた空の旅にも終わりの時が近づいてきた。

 それまで流れるように広がっていた廃ビル群が終わりを告げ、眼下には廃墟と化した住宅地が広がり始める。

 やがて、廃墟と化した住宅地に突如、開けた空間が姿を現す。

 

 二千メートル級の滑走路を二つ有し、敷地面積を有効活用する為のX型配置の滑走路を持つ、かつてシカゴの空の玄関口の一つ。

 それは今や、タロン社のシカゴ支店本部にその姿を変えた、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地の姿であった。

 

 管制塔からの指示と誘導員の誘導に従い、ベルチバードの群れはシカゴ・ミッドウェー国際空港跡地の一角に着陸を果たす。

 

「よーし、いいか、外すぞ! ワン、ツー、スリー! よし!!」

 

 吊り下げられていたノアさんも、無事にその両足を大地に付け。

 こうして俺達は、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地へと降り立つ。

 

「では、支店長(ボス)のオフィスに案内しよう。おい、後の事は任せたぞ!」

 

「サーイエッサー!」

 

「では君達、ついてきたまえ」

 

 オーバーロード・デュバルの後に続き、元ターミナルビル、現シカゴ支店本部ビルともいうべき建物を目指す。

 その最中、ふと敷地内の様子を観察する。

 

 整備員と思しき黒を基調としたツナギ姿の者達が、先ほど翼を休めたベルチバードに群がり状態を確かめている。

 方や、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地を取り囲むフェンスに沿うように、武装したタロン社の社員が、歩哨であろうか、その鋭い眼を周囲に光らせている。

 

 場所柄、やはりタロン社の社員の姿が多くみられるが、中には、明らかにタロン社の社員とは異なる出で立ちの者の姿もちらほらと見られる。

 

 そしてそれは、巨大なシカゴ支店本部ビルに足を踏み入れると、より一層目に付くようになった。

 

「あの、あの方々は?」

 

「あぁ、彼らは我々と取引しているトレーダー達だ。他にもその護衛達に、入社希望者、地元の住民にスカベンジャー、それに旅人など。ここは我々の本部であると同時に、交易所であり町でもある」

 

 オーバーロード・デュバル曰く、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地はこの近辺で最も安全な場所らしく。

 故に、シカゴ支店本部と直接取引しているトレーダーの他、流れ着いたウェイストランド人達がキャンプ街と呼ばれる町を形成し、彼ら相手に場所を借りて店を出し商売を営んでいる者もいるなど。

 ここはまさに、安全が人を呼び、人が物や金を呼び、更に人を呼ぶなど。発展を続ける好循環が巻き起こっているようだ。

 そして、その中心的役割を担っているのが、タロン社である事は言うまでもない。

 

 ゲームでは愛すべき敵、と思っていたが、どうやらこの世界ではゲームのような悪という一辺倒な側面のみを有している訳ではないようだ。

 最も、ゲームで敵になるのは、主人公を殺すのが彼らの仕事だから。であるのだが。

 

「ん?」

 

 そんな地域に役立つタロン社の側面を感じつつ、シカゴ支店本部ビル内の様子を見て回っていると。

 ふと、気になる装いを目にしたような、気がした。

 

「どうかしたんですか? ナカジマさん?」

 

「なんだ、どうした?」

 

 と、俺が急に足を止めた事に気が付いたニコラスさんとノアさんが、声をかけてくる。

 

「いえ、今さっき、Vaultジャンプスーツを着た人を見かけたような気がしたんですけど……」

 

「本当か?」

 

 Vaultジャンプスーツ、という単語にノアさんも反応し、その人物を探しているようだが。

 結局、見つけられなかったようだ。

 

 一瞬だけ見えた気がしたあれは、見間違いだったのか。

 いや、あの鮮やかな青色は見間違える筈はないと思うのだが。

 

「どうしたのかね? さぁ、来たまえ! あまりボスを待たせるんじゃない」

 

 とはいえ、今は探し回っている暇はない。

 見間違いかもしれないが、ボスと会った後、時間があれば少し捜索してみよう。

 

 

 こうして気がかりを残しつつ、オーバーロード・デュバルに案内されたのは、シカゴ支店本部ビルの一角。

 ターミナルビルとして利用されていた頃は、VIPルームとして利用されていたのであろう部屋であった。

 

「ボス、お連れしました」

 

「通してくれ」

 

 そして、通された部屋で待っていたのは、戦前の高価なデスクで自らの職務に邁進していた、一人の熟年男性であった。

 

 黒縁の眼鏡をかけ、汚れや痛みの少ない戦前の黒のスーツを着こなし、光沢輝く革靴を履いたその姿は。

 荒くれ傭兵集団の幹部社員、というよりも、凄腕弁護士や実業家を彷彿とさせる。

 

「はじめまして、私が、シカゴ支店の支店長を任されている至高のオーバーロード・スミスだ」

 

 自らの椅子から立ち上がり、歩み寄ってきた熟年男性は、自己紹介をしながら、そっと手を差し出した。

 

「はじめまして! ユウ・ナカジマと申します。こちらが仲間の、ノアさんとニコラスさんです」

 

 差し出された手を握り返し、握手を交わしながら自分達の自己紹介を行う。

 

「大まかな話は聞いている。さぁ、どうぞ掛けたまえ。……あぁ、デュバル、彼らの為にコーヒーを用意してくれたまえ」

 

「イエッサー!」

 

 オーバーロード・スミスの勧め通り、俺は、応接用のソファーに腰を下ろす。

 ノアさんとニコラスさんは、パワーアーマーを装備している為、立ったままだ。

 

 暫し、オーバーロード・デュバルがコーヒーを持ってくるのを待ってから、彼が退室した後、至高のオーバーロード・スミスはゆっくりと口を開き始めた。

 

「さて、今回の君達の活躍は、我がシカゴ支店、ひいては、タロン社の歴史に刻まれるべき素晴らしい活躍だ」

 

「ありがとうございます」

 

「私も職業柄、長年様々な者を見てきたが、君達のような素晴らしい精神と行動力を兼ね備えた者を見たのは初めてだ」

 

「そんな、結局、ホテルから救出したのは救助隊のベルチバードでしたし」

 

「謙遜しなくてもいい。結局、君達がいなければ救助隊の到着時に無事に救助できたかどうかは不確定だった。君達がいたからこそ、バイロ達の生存確率は確かに高まったのだよ」

 

 その口から零れたのは、まさに称賛の嵐。

 何だか、照れくさい。

 

「さて、今回、君達が行った称賛の行為に対し、我々としても相応の謝礼を用意した。さぁ、こちらだ」

 

 立ち上がった至高のオーバーロード・スミスについてゆくと、部屋の一角に置かれた、布で覆われたテーブルへと誘われた。

 

「どうぞ、遠慮せずに受け取ってくれたまえ」

 

 そして、覆われていた布を外すと、そこには、テーブルに山のように積まれた大量のキャップの姿があった。

 

「全部で二千キャップある」

 

「に、二千!?」

 

「今回の君たちの活躍に相応しい額だと思うがね?」

 

 そして、その数を聞き、俺は驚かずにはいられなかった。

 まさかの破格、二千キャップ。

 ゲームでは、あれほど苦労したのにたったこれだけと言わんばかりのしょぼい報酬もしばしばあるというのに。

 こうも良いと、何だか、逆に裏があるのではと勘ぐってしまいそうになる。

 

「本当に、いいんですか?」

 

「あぁ、構わんさ」

 

「そ、それでは」

 

 と、キャップの山からキャップを一つかみした、その時。

 至高のオーバーロード・スミスの口元が、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さて、ここで提案なのだが。実は、君達さえよければ、もう一働き、我々の為に協力してはくれないだろうか。無論、報酬もちゃんと用意するが、どうかな?」

 

 あぁ、成程。

 どうやら、この二千キャップは、海老で鯛を釣る為に用意された、海老であったようだ。


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