第三十五話 Vaultシティ
眼下を流れる荒廃した大地を眺め、流れる風を頬に受けつつ。
「や、やっぱり、二度目と言っても、こうして空を飛ぶ感覚は、まだ慣れないです」
「あらそうなの、私達は全然平気よ」
「おっさん、ノアさん見習ったら? あたし達よりも酷い環境なのに、文句の一つも言ってないわよ」
「まぁ、比べる相手は兎も角。私達みたいに、空を飛ぶ乗り物に乗り慣れてる人ってまだまだ少ないから、こうした反応の方が自然なのかもね」
「ふーん。あ、ねぇ、あんたはどうなのよ?」
「え? 俺は……、別に怖くはないよ」
「さ、流石はナカジマさんです」
「おっさんと違って、"若い"から順応が早いんでしょ」
「がーん!!!」
皆と会話を楽しみながら、空の旅を続ける事数十分。
ベルチバードのパイロット達が、何処かとの交信を始めた。
「Vaultシティ・タワー、こちらタロン社シカゴ支店所属、ブラック・プラネット。南東方向、
「目的? 乗客の輸送だ。──え? 許可? そんなもんある訳ないだろ、貸し切りのお急ぎ便だ!!」
「あ!? 支店に確認するから空中待機してろだ!? 馬鹿言うな!! こっちはちょっと無理して飛んでんだ、そっちの鈍間な確認の間に、バランス崩して墜落したら、責任取れんのか!?」
「っち、クソッタレが! 分かったよ、もう頼まねぇ!!」
しかし、パイロットのみだが会話の内容を聞くに、どうやら着陸許可は下りなかったようだ。
「ったく、あの偏屈野郎どもが。──悪いな大将! Vaultシティへの着陸許可が下りなかった! なので、悪いが外の荒地に着陸させてもらう!!」
「分かりました!!」
刹那、機体は翼端のエンジンの角度を変え、徐々に高度を下げ始める。
そこは、かつては巨大な公園だったのか、廃墟などの建造物が見当たらない、今や枯れ果てた木々が寂しく佇むだけの荒れ果てた大地へと着陸を試みる。
「デカいパワーアーマーの大将、足を付けたら合図してくれ! それから、合図と共に自力でワイヤーを外してくれるか?」
「了解だ!」
やがて、ノアさんの両足が大地に付くと、パイロットの指示通り、合図が送られ。
次いで、合図と共に機体とノアさんをつなげていたワイヤーが外される。
「よーし、着陸するぞ」
機体の真下からノアさんが離れた事を確認すると、機体は程なくして、荒れ果てた大地へと着陸を果たすのであった。
「送っていただき、ありがとうございました!」
「いいって事よ! ──そうだ大将、一つアドバイスだ、あの町の連中、特に"中心街"の連中は偏屈な奴が多い、だから、気を付けろよ!」
「ありがとうございます!」
別れの挨拶とアドバイスを送ると、俺達を送迎してくれたベルチバードは、やがて南東の空に消えていった。
「さ、行こうか」
そして、ベルチバードを見送った俺達は、一路、Vaultシティへと足を進めるのであった。
元公園の荒野を北へと進んでいくと、地平線の向こうから、背の高い建物の頂上部分が姿を現す。
やがて、徐々に進んでいくにつれ、建物の全体像が露わとなっていく。
「あれが、Vaultシティ……」
それは、荒廃した大地に突如として現れた、巨大なタワーと呼ぶに相応しい高層建築物。
ナンバリングタイトルの3に登場した、テンペニータワーを彷彿とさせるそのタワーを中心に、一定の範囲をコンクリートの壁と有刺鉄線柵が囲んでいる。
更には、過剰とも思える程、等間隔にタレットが配置され、まさに二重壁は鉄壁の様相を呈している。
そして、そんな二重壁の外側には、壁どころか有刺鉄線柵も何もない、外からの脅威に対して剥き出しのバラック街やテント群が広がっている。
おそらく、タワーを中心として二重壁で囲まれた内側が中心街で、二重壁の外が中心街への入植希望者達が作り上げた街、所謂スラム街なのだろう。
ウェイストランドに出てきてから幾つかの村や町を見てきたが、ここまで貧富の差、持つ者と持たざる者が鮮明に分け隔てられている町は初めてだ。
例え世界が滅んでも、人間という存在が存命である限り、人間が持つ欲望も尽きる事無く。
故に、表裏たる存在の格差も、尽きる事無くこの大地に生き続ける。
Vaultシティは、そんな人間の悲しい性を体現した、一つの存在なのかもしれない。
「どうしたのよ、早く行くわよ!」
「え? あ、あぁ」
そんなVaultシティを眺めていると、不意にマーサから声をかけられ、ふと我に返る。
そうだった、今は悲観論に漬かっている場合ではない。
リーアの未来の為、一日でも早く浄水チップを探し出すべく行動すべき時だ。
再び足を踏み出した俺は、あの町で希望を見つけ出すべく、一歩一歩を力強く踏み出し続けた。
Vaultシティの外縁たるスラム街へと足を踏み入れた俺達は、この町の何処かにいるピートという名の収集家の居所について、情報を集める事となった。
「情報と言えば、酒場よね。さ、酒場を探しましょう!」
そこで、情報収集に長けたナットさんに相談した所、いの一番に酒場という具体名が飛び出す。
やはり、どんな時代でも、どんな世界になろうとも、酒場には情報が溢れるものなのだな。
ほぼ荒地同様のろくに整備もされていない道を歩き、方々から視線を感じながら、俺達は、スラム街にある酒場を見つけ出す。
周囲の建物との違いは、建築面積が少しばかり広い事と、出入り口の真上に設けられた、店名が書かれたネオンサイン位だろう。
店の名前は、酔いどれハンツマン、という。
なんだろう、店内でモヒカン達が"ドヴァキンを称えよ!"、と集会を開いていそうな名前だな。
そんな酔いどれハンツマンへと足を踏み入れると、まだ昼前だというのに、店内は活気に満ち溢れていた。
流石に木のぬくもりは感じられず、暖炉もないが、バーカウンターやテーブル席には、安酒で上機嫌な客達で殆ど埋まっている。
店内には、ラジオから流れだすクラシック音楽が、その美しい音色を響かせていた。
「それで、ナットさん。誰に収集家の居所を聞きますか?」
「あ、その役は私一人に任せてくれる?」
「え? お一人で、ですか?」
「そう。こういうのは、女一人でやる方が相手から情報を引き出しやすいのよ、特に異性にはね」
小悪魔のような笑みを浮かべるナットさんを見て、成程と感心する。
使える武器は何でも使う、そして、その武器の効果を引き出す術を、ナットさんは熟知している。
餅は餅屋に任せるに限る。
俺はナットさんに情報収集を任せると、彼女の成果を待つ間、残った俺達は、とりあえず移動の疲れと喉の渇きを癒す事にした。
丁度空いていたカウンター席に腰を下ろすと、バーテンダーにメニューを見せてくれるよう頼む。
「らっしゃい……、どうぞ」
やはり場所が場所だけはあるのか、バーテンダーを務めるアフリカ系アメリカ人の人物は、身なりこそ戦前のスーツを着込んで雰囲気を醸し出してはいるが。
スキンヘッドとその鋭い目つきが相まって、一見するととても堅気の人間には見えない。
おまけに声も低音なので、相乗効果で裏側人間に思えて仕方がない。
「あら、意外とあるじゃない」
「……あ、本当だ」
「どれにしましょう?」
と、バーテンダーの人相を本人に気付かれる前に観察するのを止め、その視線を、受け取ったメニューへと移す。
するとそこには飲料以外に、いくつかの軽食も書かれていた。
「ねぇ、あたしまだ朝食食べてなかったんだけど、ここで頼んでもいい?」
「え? そうだったの。なら、いいけど」
「じゃ、支払い宜しくね」
「……え?」
「え?」
互いに何を言っているのか一瞬理解できず、互いの顔を見合わせる。
おかしいな、マーサの言い様だと、支払いは俺が支払うことが決定事項となっている。
「だって、ナットさんはあんたの為に頑張ってるのよ、なら、ここでの飲食の支払いはあんたが支払うのが筋でしょ?」
確かに、ナットさんは俺の為に情報収集してくれているので、マーサの言う事も一理ある。
が、それは当人が主張すればこそ正当性がある訳で、マーサが主張するのは、強引なタダ飯の要求ではないのか。
と、喉まで出かかった言葉を、俺は何とか飲み込むと、そうだね、とマーサに返すのであった。
こんな支払い云々で遺恨を残し、後々大問題になる可能性と支払額とを天秤にかければ、素直に支払った方がリスクは小さい。
「じゃ、あたしこの"ラッドチキンの卵のオムレツ"とシュガーボムと冷えたヌカ・コーラ」
「そ、それじゃ私はリスの角ぎ……、りぃ!」
と、マーサの注文の後に続き、しれっと自身も軽食を注文しようとするニコラスさん。
いや、別にいいんですよ、食べたければどうぞ注文していいんですよ。
声には出さず、そう視線で訴えかけていたのだが。何故かニコラスさんはその意味を履き違えてしまったようで、先ほどの注文を取り消すと、ヌカ・コーラのみを改めて注文するのであった。
そして、俺とノアさんもヌカ・コーラだけを頼み。
四人の注文分のキャップを支払うと、慣れた手つきで四本のヌカ・コーラの瓶が、カウンターの上に置かれる。
「じゃ、乾杯するわよ!」
──乾杯!
マーサの合図と共に、景気付けの乾杯を行うと、蓋を開けた飲み口から瓶の中身を口の中へと流し込む。
甘さと共に感じる清涼感、二世紀以上経ても戦前から変わらぬ味が、口の中へと広がる。
「はいよ、おまち」
と、瓶を半分ほど飲んだ所で、マーサが注文していた軽食が彼女の目の前に置かれる。
小奇麗な容器に盛られたラッドチキンの卵のオムレツとシュガーボム、一見するとそこまで気にするものでもないのだが、俺は、今回ばかりは気になって仕方がなかった。
その原因となるのが、オムレツのケチャップであった。
黄色いふわふわオムレツのスケッチブックにケチャップで描かれたのは、可愛く愛らしい猫の絵。
所謂ケチャップアートのその出来栄えに、俺は目を疑った。
え、この絵、まさかあの厳ついバーテンダーが描いたのか。
ふと、カウンターを覗くと、彼以外、調理等を担当する人物は見当たらない。
つまり、この可愛い猫の絵は彼が描いたものである。
もしかして、見た目は厳ついが、中身はすごく優しい紳士なのかもしれない。
本人に直接聞くのは失礼なので、真相は闇の中だが、これだけは言える。
人間は見た目だけで勝手に判断してはいけない。
「ん~、おいしい!」
そして、マーサの美味しそうに食べる姿は、絵になる程可愛い。
「お待たせ。とりあえず、集められるだけ集めてきたよ」
丁度マーサの食事も終わり、俺達の飲んでいたヌカ・コーラの瓶も殆どが空になった頃。
情報収集を終えたナットさんが、俺達のもとへと、その成果と共に戻ってくる。
「それでナットさん、何か手掛かりはありましたか?」
「えっとね……」
集めた情報を書き込んだ手元のメモ帳に視線を落としながら、ナットさんは収集家の居所に関する情報を口にする。
「集めた情報を整理すると、収集家の居所を知っていそうな人物が浮上してきたの。名前はケビン・シムズ、このスラム街の保安官を務めている人物よ」
「保安官なら、確かに町の人々の居所を把握している可能性が高いですね!」
「で、ナットさん、その保安官は今どこにいるの?」
「それが、この時間帯は巡回に出てるから、今どこにいるかは分からないのよ」
希望に続く貴重な手掛かりを手に入れたと思ったのも束の間。
どうやら、そう簡単には希望の下へとたどり着けるわけではないようだ。
「なら、早速保安官を探しに行きましょう!」
こうして俺達は、酔いどれハンツマンを後にし、保安官を探すべく、再びスラム街へと繰り出した。
とはいえ、やはりそう簡単に見つかる筈もなく。
時折道行く人に保安官を見なかったかどうかを尋ねながら、数十分、スラム街を探し回る。
そして、本道から脇道へと足を踏み入れた時であった。
「よぉ、あんたら」
俺達の目の前に、一人の男性が立ちはだかったのは。
「あんたら、保安官を探してるんだって? 俺よぉ、実は保安官の居場所、知ってんだよね。なぁ、案内してやろうか?」
口では親切な事を言ってはいるが、その男性の雰囲気は、とても親切心に溢れた人物とは思えない。
薄汚れたつぎはぎだらけの布製の衣服を身に纏った男性の視線は、明らかに、ナットさんとマーサの身体へと注がれている。
そんな視線を遮るべく、俺は一歩前に出ると、男性と話を始める。
「っち」
「あの、お気持ちはありがたいですが、そこまでのご足労をかけてもらうのは忍びなく。居場所さえ教えてくだされば、後は俺達だけで向かいますので」
「あぁ!? てめぇ、俺の善意を踏みにじんのか、あぁ! てか、俺は野郎とは話す気ねぇんだよ、どいてろ!!」
すると、男性は分かりやすほど態度を豹変させ。
それのみならず、ポケットから折り畳みナイフを取り出すと、脅しとばかりに見せつけてくる。
「あ、マーサ!」
「なら、あたしが話し相手になればいいわけ?」
刹那、俺を押しのけ、マーサが男の前に立つと話を進め始める。
「へへへっ、分かってるじゃねぇか」
「で、あんた本当に保安官の居場所、知ってるんでしょうね?」
「あぁ、知ってるさ」
「なら、さっさと案内しなさい!」
「へへ、我の強い女だな。……だけどよぉ、人にものを頼む時は、先に払うもんがあるだろ?」
「キャップ? 幾ら?」
「んなもんいらねぇよ、俺が払ってほしいのはだな……」
男性の視線が、マーサの身体を舐め回すように上下し、卑猥な笑みを浮かび上がらせる。
俺は直感的にマーサの危機を感じ取り、彼女を守ろうと前に出ようと試みるも、彼女自身がそれを阻止し、それは叶わない。
「今からそのデケェナニで俺の相手をして──」
刹那、男性の折り畳みナイフを持つ手を、マーサの振るった手がかすめる。
と、次の瞬間。折り畳みナイフを持つ手の人差し指と中指の第二関節から先が、男性の鮮血と共にポロリと地面に落ちる。
「あ……、あぁ、あぁぁぁぁぁっ!!!」
一瞬何が起こったのか理解できない様子の男性だったが、やがて、脳に痛みが伝わるや、自身の指が切り落とされたのを理解したのか。
痛みで折り畳みナイフを握る事も出来なくなった手を、もう片方の手で何とか止血しようと押さえつけながら、その場に膝から崩れ落ちるのであった。
「あら、ごめんなさい。あたし、手が早い男って嫌いなのよね。あたしも、手が早いからさ」
そう言ったマーサの手には、いつの間にか、刃の部分に血が付着した投げナイフが握られていた。
おそらく、先ほど手を振るった際に、男性の指を切り落としたのだろう。
確かに、目にも留まらぬ早業だ。
「で、こいつどうする?」
「え?」
「保安官の居場所を知ってるなんて、口から出まかせにしか思えないし、このまま喉、掻っ切っちゃう?」
「いや、流石にそれは……」
男性の目的が最初から女性陣の身体目当てであったとしても、流石に殺すのはどうだろう。
と、男性の処分に悩んでいると、不意に、背後から人の気配を感じる。
「おい、お前たち、そこで何している?」
「げ、く、くそっ! 覚えてやがれよ!!」
背後から聞こえてきた声に、俺達全員が気を取られている隙に、男性は、一目散に何処かへと走り去ってしまった。
「トラブルか? おい、よく聞け、確かに
声の主は、東海岸近郊ではお目にかかれない筈のレンジャーコンバットアーマーを身に纏い、ヘルメットも専用のゴーグルマスクも被ることなく、代わりにカウボーイハットを被っている。
「そんな最低限度の規律すらも守れん厄介者は、さっさとこの街から出ていってもらおうか!」
渋みのある声に、立派な顎髭を蓄えたアフリカ系アメリカ人の中年男性。
間違いない、この人こそ、俺達が探していた保安官、ケビン・シムズだ。