Fallout THE ORIGIN   作:ダルマ

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第三十六話 兄弟

「あの、保安官のケビン・シムズさん、ですよね!」

 

「あぁ、そうだが。……それよりお前たち余所者だろう。ったく、やって来て早々トラブルか、勘弁願いたいね」

 

 その後、やはり警告を行ってきた中年男性はケビン・シムズその人であると分かると。

 彼に先ほどの一件は正当防衛であると説明を行う。

 

「ですので、あの男性が折り畳みナイフを出してきたので、こちらもやむなく」

 

「やむなく、指を切り落としたというのか?」

 

 まぁ、確かに向こうは折り畳みナイフで脅しをかけてきた段階で、実際に危害は加えられていない。

 これでは、正当防衛を主張するには無理があるか。

 

「……ふ、ははは!! まさか、指を切り落とすとはな!! はははっ!!」

 

 どんな適当な理由を付けようか、と考えを巡らせた矢先。

 不意に、シムズ保安官は声をあげて笑いだす。

 

「え? あの?」

 

「いや、すまんすまん。お前たちを脅した男は、最近俺の頭痛の種の一つであるチンピラ集団の一人でな。どうやってとっ捕まえて灸を据えてやろうかと考えていた所だ」

 

「なら、あたし行為は、保安官の鬱憤を少しは晴らしたって訳?」

 

「そういう事だ。……とはいえ、今回は大目に見て見逃してやるが、もし次、同じような、いや今回以上の事を目撃すれば、例えその相手がチンピラ集団であろうと、俺はお前たちを問答無用で街から叩き出す、いいな?」

 

 相手がよかったのか、今回はお咎めなく見逃してもらえた。

 ただし、それは今回限りのようだ。

 

 しかし、チンピラとの一件は、これにて方が付いた。

 なので次は、本題の収集家の居所について、シムズ保安官に尋ねる。

 

「実はシムズ保安官、保安官に是非、居所を教えていただきたい人物がいるのですが?」

 

「それは構わんが、ここではなく、事務所で聞いても構わないか? そろそろ昼休憩の時間なんでな」

 

「分かりました」

 

 こうして俺達は、シムズ保安官と共に、保安官事務所へと向かう事となった。

 保安官事務所は、スラム街のメインストリートに面した一角に建っていた。

 バラックの建物の壁に、手書きで看板に書かれたシェリフ・オフィスの文字が、ここが特別な建物であると物語っている。

 

 そんな保安官事務所に足を踏み入れると、事務仕事用のスペースの他、逮捕した者を留置しておく留置場が設けられていた。

 

「フィービー、今帰ったぞ!」

 

 更に奥を進み、階段を上って保安官事務所の二階に足を踏み入れるや否や、開口一番誰かに帰宅を告げるシムズ保安官。

 どうやら、二階はシムズ保安官の自宅スペースのようだ。

 

「お帰りなさい、保安官」

 

 と、反応を返すかのように、奥から女性の声が聞こえてくる。シムズ保安官の奥さんだろうか。

 

「メシの用意はできてるか?」

 

「えぇ、ご用意してますよ」

 

「それから、客も一緒だ、何か飲み物を用意してやってくれ」

 

「分かりました」

 

「さぁ、お前たち、入ってくれ」

 

 そして、シムズ保安官から許可も出たので二階へと足を踏み入れる俺達。

 と、シムズ保安官を出迎えた声の主と目が合う。

 

 声だけを聴いて奥さんと勝手に判断していたが、それは間違いであった。

 何故なら、声の主は、ヒョウタンを逆さにした真ん丸白銀ボディに、真ん丸な三つのメインカメラ、同じく三本のマニュピレーター。

 それは、俺もよく知るお手伝いロボット、Mr.ハンディ。のバリエーションの一つで、女性の人格AIを有する、Ms.ナニー。

 それが、フィービーと呼ばれた声の主の正体であったからだ。

 

「どうぞ皆さま、いらっしゃい。どうぞ、今飲み物をご用意しますから、座って待っていてくださいね」

 

 ふわふわとボディを揺らしながら、マニュピレーターを使って俺達の為に椅子を用意するフィービーさん。

 彼女が用意してくれた椅子に腰を下ろすと、入れ替わるように、キッチンから昼食を手に持ったシムズ保安官がリビングに戻ってくる。

 

「食べながらですまんが、ゆるしてくれ。いつも休憩が時間通りに過ごせる訳ではないんでな」

 

 そう言うと、テーブルで昼食を取り始めるシムズ保安官。

 保安官事務所の様子を見た限り、どうやら同僚の保安官はいないようで、シムズ保安官が一人で職務を担っているようだ。

 スラム街だけとはいえ、街はかなりの広さを誇り、一人ではとても手が足りない状況だろう。

 

 そして、問題が起これば何時であろうと駆け付けねばならず。

 先ほどの言葉の意味も、彼の苦労を痛感するするとともに理解できる。

 

「はい、お待たせしました。お水です」

 

「すまんな、うちには来客用のものがあまり置いてなくて、それで我慢してくれ」

 

「いえ、お気持ちだけで十分嬉しいです」

 

 やがて、フィービーさんが用意してくれた水の入ったコップを受け取り礼を言うと、シムズ保安官は口にした料理を吹き出す勢いで笑い出した。

 

「はははっ! 若いのに随分口が立つな! お前さんを見てると、弟の事を思い出す!」

 

「弟さん、ですか?」

 

「そうだ。そこのキャビネットに写真を飾ってあるだろ」

 

 シムズ保安官がそう言って指出した先には、窓際のキャビネットの上に、いくつかの写真立てが飾られていた。

 椅子から立ち上がり、近づいて飾られている写真の数々を眺める。

 両親や友人、シムズ保安官が歩んできた人生の一ページごとが収められた写真の中に、その写真は存在していた。

 

 建物の前、二人の若い男性が、肩を並べて写真に写っている。

 一人は、格好も異なるし今ほどに髭も生やしてはいないが、三十年ほど前のシムズ保安官であった。

 そして、もう一人、若い頃のシムズ保安官の横に立つ、眼鏡をかけた男性。彼がおそらく、先ほど言っていた保安官の弟さんだろう。

 

 ──しかし、この顔、何処かで見たような気がする。

 

 何処で見たのか。記憶を辿り、その場所を思い出していく。

 やがて、それらしい場所を思い出すと、次は、脳内鑑定を使って、その人物が写真に写った人物と同一人物であるかを判断していく。

 体格も、着ている服装も異なるが、かけている眼鏡や目元など、年を取っても変化の少ない部分との一致個所等を総合的に判断し。

 

 そして、はじき出した結果を、シムズ保安官にぶつけてみる。

 

「で、居所を知りたい奴がいると言ってたが、そいつの名前は?」

 

「あの、その前に、別の質問をしてもよろしいですか?」

 

「? いいが、なんだ?」

 

「この写真に写っている弟さん、名前は、ラデシュ、というのではないでしょうか?」

 

「っ!? お前! どうして弟の名を知ってる!?」

 

 俺の口からその名が出た途端、シムズ保安官は食事している事も忘れ、勢いよく立ち上がる。

 

「やっぱりそうだったんですね、面影がありましたから、もしかしたらと思ったので」

 

「お前、弟を知ってるのか?」

 

「はい。彼が首長を務めるノース・レイク・サンズという名の集落で、依頼された仕事を通じて知り合いに」

 

 ラデシュ首長との出会いを簡潔にシムズ保安官に伝えると、彼はゆっくりと着席し、零れるように語りだす。

 

「まったく、世の中、狭いな……。なぁ、あいつは、弟は元気そうだったか?」

 

「はい、それはもう」

 

 写真よりも豊かになって、それはもう色んな所が元気で溢れてます。

 なんて、余計な事は口に出さず、簡単に返事を返す。

 

「そうか、元気か。……あいつは、弟は、昔から俺なんかよりも頭が切れてな、あいつが集落の首長になったと風の噂で耳にした時は、嫉妬よりも素直に喜んだもんだ」

 

 どうやら、ラデシュ首長は昔から切れ者だったようだ。

 

「対して昔の俺は、プライドだけが高く頑固で、弟の話にもあまり耳を傾けなかった。お陰で、今もこんなスラム街の雇われ保安官だ。大層なバッジを付けちゃいるが、中心街の連中の言いなりさ」

 

 自らと弟の対比を、自虐を交えて語るシムズ保安官。

 

「弟は、小さい頃から本能的に処世術ってやつが大事だと気づいていたらしく。よく中心街の連中にペコペコと媚び売っては、連中に取り入ってやがった。当時の俺は、そんな弟の行為が許せなくてな。ある日、直接本人に言ってやったんだ、中心街の連中に媚び諂うのは止めろってな。そしたら、弟の奴はなんて言ったと思う?」

 

「なんて、言ったんですか?」

 

「"兄ちゃん、一時の恥を忍んでも、彼らから話を聞くべきだよ。彼らはこの世界の成功者、彼らから聞く話は、どんな戦前の本やテクノロジーよりも価値のある事だよ"って言ったんだ。当時の俺は、弟の言う事が信じられなかった、なんせ、中心街の連中は俺達の事を野生動物や肉壁程度にしか考えていないと思っていたからな。……だが、今なら分かる、当時弟が言っていた言葉の意味がな」

 

 ラデシュ首長が現在の地位に上り詰めたのは、育った環境も関係しているようだ。

 

 確かに、人によりスタート地点は違うかもしれない。だが、例えスタート地点が違っても、スタートしてからどう走ったかで、その後の展開は幾らでも変わってくる。

 中心街に住まう人々だって、結局は現在の生活を手に入れる為に自ら走り、他者を出し抜き追い抜き、そして勝ち取ってきた結果として、現在の地位や生活がある。突然空からキャップが降ってきた訳ではない。

 戦前の品物も、"現在の世界"での使い方を知らなければ、その価値は幾分にも目減りする。

 どう走れば持つ者となれるか、その為の術を、心得ている者から聞き、自らの糧とする。

 なんせこの世は弱肉強食、善意の助け船など希少価値、ならば、ちっぽけなプライドなど投げ捨てて、泥水をすすってでも自ら走り続けるしかない。

 

 走る事を止めれば、あっという間に荒れ果てた大地の肥やしとなるだけだから。

 

「ま、今更分かった所で、もう手遅れだがな」

 

 やがて、語り終えたシムズ保安官は、辛気臭い空気にしてしまった事を詫びると、空気を換えるべく収集家の居所に話題を変える。

 

「さてと、脱線しちまったが、本題に戻ろうか。お前さんが居所を知りたい奴の名前は?」

 

「ピートという名の収集家なんですが、心当たりはありますか?」

 

「ピート、ピート……」

 

 思い出すかのように繰り返し名前を呟くと、やがて、思い出したのか、うつむきかけていた顔を上向ける。

 

「思い出したぞ。中心街に、そんな名前の収集家がいる事を聞いたことがある。確か、今もまだ中心街に住んでる筈だ」

 

「本当ですか!」

 

「あぁ。だが、悪いな、中心街の何処に住んでるかまでは、俺も知らねぇんだ」

 

「いえ、中心街に今も住んでいると教えていただけただけで、大いに助けになります!」

 

「そうか、そりゃよかった」

 

 こうして、聞きたい情報も得られ、用意してくださった水もごちそうになった所で、俺達は中心街へ向かうべく御暇させていただくことに。

 

「あぁ、そうだ。中心街に入るには"通行許可証"が必要になる、通行許可証は、中心街唯一の出入り口であるセンター・ゲートの横にある役所で発行しているから、後は窓口に行って確かめろ」

 

「色々と情報をいただき、ありがとうございます」

 

「なぁに、弟の知り合いだからな。……あぁ、最後に一つ、俺の頼みを聞いてもらってもいいか?」

 

「頼み、ですか?」

 

「そんな難しい事じゃない。もし、今後弟に会う事があったら、その時俺の言った事を伝えてほしい。"お前は俺にとって、最高に誇らしい弟だ"ってな」

 

「分かりました。会ったら必ずお伝えします」

 

 シムズ保安官からの伝言をしっかりと胸に刻むと、俺達はシムズ保安官とフィービーさんに見送ら、保安官事務所を後に、一路センター・ゲートを目指す。

 

 

 目指すセンター・ゲートは、スラム街のメインストリートの先に存在していた。

 スラム街と中心街の境界線、そこに開かれた唯一の出入り口。

 巨大な鉄製の頑丈な可動式ゲートの手前両脇には、Vaultジャンプスーツの上にコンバットアーマー一式を装備し、その手に状態の良いR91アサルトライフルを手にした門兵の姿。

 更には、ゲート両脇に監視塔とタレット。また、それだけでは足りないのか、ボルトテック塗装が施された二体のセントリーボットの姿まで確認できる。

 

 まさに鉄壁の警備体制を敷くセンター・ゲートの様子を、俺達はセンター・ゲート手前の広場から眺めていた。

 

「凄い警備ね」

 

「うむ。あれでは迂闊に強行突破も難しいだろうな」

 

「でも、パルス・グレネードでセントリーボットを潰して、狙撃でタレットを潰し、スモークグレネードの煙幕で一気に突破できなくもないわよ」

 

「ふむ、そういう手もあるな」

 

 マーサとノアさんが、何やら物騒な事を口にしてはいるが、断じてそんな危険な事はしない。

 そもそもそんな事をすれば、収集家のもとを訪ねるなんて事、生涯できなくなってしまう。

 

 それにしても、マーサとノアさんって、こんなに気が合うんだな。

 考え方が似ているから馬が合いやすいのだろうか。

 

「役所というのは、あそこの事みたいね」

 

 ナットさんの指さす先には、センター・ゲートから少し離れた場所に、二重壁を貫通し突出するように一軒の建物の姿があった。

 バラックやテントが並ぶスラム街にあって、その建物は、嫌と言う程違和感に溢れている。

 何故なら、その建物は頑丈そうなコンクリート製二階建ての建物だからだ。

 

「行きましょう」

 

 そして俺達は、センター・ゲートを通行するに必要な通行許可証を発行してもらうべく、役所へと足を向けるのであった。


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