「……おかしいな? こっちの方に走っていった筈なんだけど」
走り始めて幾分。
屋台のテントなど立ち並ぶ、少し開けた広場のような場所に出た俺は、一度立ち止まり、周囲を見渡し二人の姿を探す。
だが、人込みでも目立つマーサの姿は、何処にも見当たらない。
もしかして、途中で脇道などに入っていたのか。
見失ってしまった可能性が頭を過った、刹那、人々の驚きや悲鳴の声が響き始める。
「しつけぇんだよ!」
「待ちなさい!!」
そんな中聞こえてくる、エドザックとマーサの声。
声の方へと視線を合わせると、そこには、人々の間を風の如く駆け抜ける二人の姿があった。
そして、二人の姿を見失わない内に、俺も二人の後を追う様に走り出す。
「はぁ、はぁ!」
で、その結果だが。
何故か二人に追い付けず、同じような間隔を保ったまま二人の背中を追いかけ続けている。
ま、間隔が全く縮まらない原因に、心当たりがない訳ではない。
「クソが、しつけぇぞ!」
「ちょ、待ちなさい!」
装備している物の重量も関係しているだろうが、おそらく主な原因は、二人の身体能力の高さだろう。
建物の二階から飛び降りても平然と、そして瞬時に走れる程の身体能力の持ち主二人だ。
通りに転がる倒れたドラム缶を軽々と飛び越え、通りを塞ぐ浮浪者の住宅と化した放置された廃車の車上に飛び乗ると、まさに車体を流れる気流の如く滑らかな動きで駆け抜ける。
「うわ! なんだ!?」
「きゃ! なによもう!」
そして、不意に脇道から飛び出す人々も、走る速度を落とすことなく、アクロバティックな動きと共に華麗に避けてゆく。
更には、角を曲がるのも、角に設置されていたポール看板を利用し、ポールダンス宜しく華麗な回転運動で方向転換を行う。
「うぉ!? あぶねぇな! 気を付けろ!」
「す、すいません!」
で、そんな二人の一方で、俺はと言えば。
障害物を飛び越えるのももたつき、急に飛び出してくる人を避けるのも、流れるようにどころか既の所でぶつかりそうになるのを避ける為に急減速をかけるばかり。
角を曲がるのも、走る速度を落として普通に曲がるだけで。
これでは、とても二人に追いつけそうもない。
「いい加減諦めなさい!」
「誰が諦めっか!」
「はぁ、はぁ」
それにしても、前を走る二人は、見た限りあまり息が上がっているようには感じられない。
高い身体能力に無尽蔵のスタミナ、なんて組み合わせだ、まさしく鬼に金棒。
そんな別次元の戦いを繰り広げる二人の背中を見ていると、ふと、ある単語が思い浮かんだ。
パルクール。
確か、前世ではスポーツとして一般に認知されたもので。設定されたコース上の障害物を、道具など使わず走り・跳び・登り等身体一つで突破し、強靭な精神と肉体を育む、ものだったと記憶している。
この世界も、戦前にパルクールが行われていたかどうかは分からないが。
もし仮に、今なおパルクールの文化が残り、大海が行われていたら、二人は間違いなく優勝候補の筆頭だろう。
なお、俺自身は、現状を鑑みると、予選落ちが関の山になりそうだ。
なんて、俺自身の身体能力の低さを嘆いている内に、先を走る二人は、とある脇道へと進んでいった。
しかし、その脇道の先は袋小路となっており、エドザックにとっては絶体絶命の状況に追いやられたかに思えた。
「あらよっと!」
「まてぇ!!」
が、それは凡人たる俺の考え。
一線を画す身体能力の持ち主たるエドザックにとっては、そんな状況は絶体絶命ですらなかった。
袋小路に積み上げられていた木箱や廃材などを足場に、軽々と建物の屋根に上ってみせたからだ。
そして、マーサもまた、彼に続いて軽々と建物の屋根に上り、その姿を消した。
「……うぇ、嘘だろ」
再び目の前で見せられた格の違いに、声が漏れずにはいられなかった。
だが、直ぐに我に返ると。
俺も、二人の後を追い、屋根に上る覚悟を決める。
「ふぅ、……よし」
少し距離を置き、助走で勢いをつけると、一気に上り始める。
「うわ! っとぉ!! んぐ! んぎぎ!! っは!! はぁ、はぁ……」
が、やはり二人のように軽々とはいかず。
最後のジャンプでギリギリ上半身が屋上に届いたが、下半身は届かず。なんとか落下しまいと踏ん張って、無事に屋上に上る事に成功するも、かなり体力を消耗してしまった。
そして、俺がそんな苦戦をしている内にも、先行する二人は、建物の屋上から屋上へと飛び移る、教団暗殺者さんもニッコリの追跡劇を繰り広げていた。
「はぁ、はぁ……くそ!」
だが、それでも俺は諦めず、再び自分自身を奮い立たせると、二人を追うべく走り出す。
幸い、この辺りの建物同士の間隔は狭く、飛び移る毎に必要以上の体力を削られずに済んだ。
それから、どれだけ建物の屋上を飛び移り続けただろうか。
「ん?」
気が付くと、二人がとある建物の屋上で立ち止まって対峙している様子が目に入ってくる。
最後の力を振り絞り、再び二人が走り出す前に駆け寄ると、肩で息をしながらマーサに状況を訪ねる。
「え!? 追ってきてたの!?」
「はぁ、はぁ。……う、うん。一人だけだと、ま、マーサが、心配だから。と、所で、ま、マーサ。今、どういう状況?」
「べ、別にユウに心配してもらわなくたって! あたしは一人でも大丈夫よ!!」
「それでも、万が一マーサの身に何かあったら大変だから、ね」
「そそそ、それを言うならユウの方だって──、って! 何逃げようとしてんのよあんたは!」
「ちくしょう!! 人前で見せつけんじゃねーよ!!」
マーサが俺とのやり取りで気をそらした隙に逃げようとしたエドザックであったが、それに気づいたマーサが投げた投げナイフが足元に突き刺さるや、逃げるのを諦め、涙を流しながら何かを訴える。
そのタイミングで、俺はもう一度マーサに状況を訪ねるのであった。
「えっと、追い詰めたって事でいいのかな?」
「え、えぇ、そうよ。いくらあいつでも、あの距離は飛び移れないでしょうから」
エドザックが立っているその向こう側には、間にまたがる空間を挟んで、建物群が存在している。
人間の跳躍力だけでは決して飛び移れない、そんな大通りを挟んで、だ。
即ち、エドザックにもはや逃げ場はない。
「もう逃げ場はないわよ! さっさと観念しなさい!」
「全財産を没収する訳じゃありません、ツケの分の代金を回収するだけですから、おとなしく俺達に従ってください」
「るっせぇ! てめぇらみたいな充実野郎どもに、誰が捕まるか!! 誰が従うか!! 俺は自由だ! 誰にも束縛されない!! 俺の自由の叫びは誰にも止められない!!」
「あ!」
だが、刹那。
エドザックは、再び思いもよらぬ行動を取りだした。
それは、背後の大通り目掛け、その身を躍らせたのだ。
ここは二階の窓よりも更に高い建物の屋上、そこから大通り目掛けて身を躍らせるなど、自殺行為以外の何物でもない。
だが、それよりも俺が気になったのは、跳躍した際のエドザックの姿勢であった。
足を伸ばし、両手を広げ、綺麗なTの字を描いたその姿勢。それはまさしく、教団暗殺者に伝わりし伝統のイーグルダイブ。
まさか、エドザックは本当に教団暗殺者の血を継ぐ者だったのか!?
「ぐえっ!!」
パラペット、別名手すり壁の向こう側へとその身を躍らせたエドザックであったが。
コンマ数秒後、彼の情けない声が響き渡る。
大通りに藁が満載の荷車なんて都合よく停められている可能性は限りなく低い、となると、先ほどの声の意味は──。
慌ててパラペットまで近づき、大通りの様子を覗いてみると。
そこには、想像もしていなかった光景が、眼下に広がっていた。
「おぉ、二人とも。この通り、逃げた男は確保したぞ」
そこで目にしたのは、ノアさんの巨大な手に捕まり、ぐったりとして動かぬエドザックの姿であった。
状況から推測するに、おそらく、飛び降りてきた所を、先回りしていたノアさんが生け捕りにしたのだろう。
そして、捕まえられた衝撃で、たまらず情けない声が漏れてしまった。という所だろう。
「それじゃ、エドザックの自宅に戻ろうか。ナットさん達も隠していた大金を探し当てたかも知れないし」
「そうね」
こうして無事にエドザックを捕まえた俺達は、再びエドザックの自宅へと戻るのであった。
大捕り物を演じている間に、エドザックの自宅からかなり遠くまでやって来ていた事に内心多少驚きつつ、エドザックの自宅へと戻ってきた俺達。
それを出迎える様に、自宅前には、ナットさんとニコラスさんの二人が俺達の到着を待っていた。
よく見ると、ニコラスさんの手には麻袋が抱えられている。
「やっと戻ってきた、遅かったじゃない」
「少し手こずりまして、時間がかかりました。……所で、ニコラスさんが抱えているその麻袋は?」
「ユウに言われて家中探して見つけた例の大金よ」
「大変でした。ゴミの山の中に隠してあったんで」
捜索の苦労を嘆くニコラスさん、ゴミの山という事は、エドザックが隠れていたあのゴミの山の中に隠していたのだろう。
成程、確かにあのゴミの山をかき分けて探すのは、億劫になるのも頷ける。
「お、俺の金だ! 返しやがれ!!」
と、そんなニコラスさんの苦労の甲斐あって見つけ出した大金入りの麻袋を目にし、再び元気を取り戻したエドザックが叫ぶものの、ノアさんの手の中で叫ぶその姿は空しいだけである。
「それじゃ、ツケの分、ここから回収させてもらいますから、しっかりと見ていてくださいね」
公明正大に、横領などなく、ちゃんとツケの分だけ回収している事を本人に確かめてもらいながら回収作業を行い。
やがて、回収作業が終了すると、そこでようやく、エドザックはノアさんの手から解放され自由の身となる。
だが、目の前でツケ分を回収された衝撃から、逃げた時のような元気はなく、残されたキャップの入った麻袋を大事そうに抱きかかえるだけであった。
「では、俺達はこれで失礼します」
「う、うぅ。俺の、俺の大金……」
自宅の前で麻袋を抱き泣き崩れるエドザックの姿を背に、俺達は、回収した分を渡すべく、酔いどれハンツマンへと向かうのであった。
しかし、結局、エドザックがあのチンピラ達の仲間かどうかも、実際に教団暗殺者の血を継いでいるのかどうかも分からぬままだったな。
ま、少なくとも、あんな身体能力を持ってるなら、あのチンピラ達の仲間ではなさそうな気がする。
酔いどれハンツマンへと戻った俺達は、バックヤードの事務所へと通されると、バーテンダーに回収したツケの代金を手渡す。
漏れなく、ツケの総額分回収できた事を確認し終えたバーテンダーは、俺達にまずは労いの言葉を投げかけるのであった。
「ご苦労だった。……と、本来なら、次の依頼を伝えたい所だが、その前に」
「?」
「悪いが、その臭いを、何とかしてくれないか。流石に、その臭いは。他の客にも迷惑だ」
臭いと言われ、ふと気が付く。どうやら、エドザックの自宅の臭いが、気付かぬ間に移ってしまっていたようだ。
慣れてしまって言われるまで気が付かなかったが、改めて意識すると、確かに、少し気になる。
更に思い返せば、店に入った時、方々から視線を感じたが、それも、この臭いが原因だったのか。
「従業員用のシャワールームを使ってくれて構わないから、臭いを落としたら、また事務所に来てくれ」
という訳で、俺達は臭いを落とすべく、ご厚意に甘え従業員用のシャワールームで各々移った臭いを落としていく。
因みに、俺達の中で一番臭い移りの無いノアさんは、俺達の装備に移った臭いの消臭作業を買って出るのであった。
さて、シャワーを浴びて、気分も臭いもリフレッシュされた所で、再び事務所に赴いた俺達。
すると、早速バーテンダーから次の依頼の内容が伝えられる。
「それじゃ、そこの三人は、そこの衣装に着替えてくれ」
その矢先、俺とマーサとナットさんを指名すると、バーテンダーはそばのテーブルに置かれた衣装を指さし着替える様に指示を出す。
「あ、あの、私達は……」
「そっちの二人はそのままでいい、兎に角、三人は直ぐに隣の更衣室で衣装に着替えてくれ」
しかし、ノアさんとニコラスさんは着替える必要はないと言われ。
この線引きの意味を見いだせないまま、指名された俺とマーサとナットさんは、言われるがままに隣の更衣室で手にした衣装に着替えるのであった。
「あら、マーサ。前より大きくなったんじゃない?」
「ひゃ! な、ナットさん、やめてくださいよ!」
「えーいいじゃない、減るものじゃないでしょ。にしても、いいわね、若いからハリ・艶・弾力があって」
「や、やめて、ひゃう!」
「それそれー」
その際、当然の如く着替えを見られない様に端へと追いやられた俺ではあったが。
どうやら神様はそんな俺を見捨ててはいなかった様だ。
素晴らしい背景音楽を耳にしながら、俺は着替えを行うのであった。
「うぅー、何よこの衣装。胸元丸見えだし、変な耳付けてるし、この靴だって歩き辛いし」
「マーサ、貴女がそれ言うのもどうかと思うわよ……」
「えぇ! 何でですか、ナットさん!」
「マーサ、一度普段着の時に自身の姿を鏡で見てはどうかしら?」
着替えを終えて事務所に戻ったのだが、マーサは、着替えた衣装が気に入らないらしい。
しかし、俺を含め、事務所にいる男性陣は皆、不満を漏らすマーサと宥めるナットさんの姿を目にでき、福眼を感じずにはいられなかった。
何故なら、今の二人の姿は、黒のハイレグタイプのレオタード状の衣類、ウサギの耳を模したヘアバンドに襟型のチョーカーと蝶ネクタイ、更には網タイツに黒のハイヒール。仕上げにお尻部分の、ウサギの尻尾を模したふわふわの飾り。
そう、所謂バニースーツに身を包んでいるからだ。
更に、二人が持っているポテンシャルの高さ。マーサは言わずもがなだが、ナットさんも、負けず劣らずわがままボディであった。やはり、血は争えないようだ。
そして、黒は女を美しく見せる、そんな前世の言葉通りの相乗効果も相まって。
俺達男性陣には、今の二人は美しき女神に見えるのであった。
因みに、俺はというと、まるでカジノのディーラーのような同じく黒のスーツに着替えている。
「で、着替えたけど、あたし達、一体何するのよ?」
「……、おぉ、そうだった! では、早速次の依頼を伝えよう。まずは、ついてきてほしい」
俺同様に見とれていたバーテンダーではあったが、マーサの声に我に返ると、事務所を後にし始める。
それに続き、俺達も言われた通り彼の後についていくと、バックヤードの一角にある地下へと続く階段を下りていく。
そして、階段を下りたその先には、意外な光景が広がっていた。
「ここは、カジノ、ですか?」
「そうだ。遊技場と違い、会員制の小さなカジノだ。次の依頼は、このカジノで働いてもらう事だ。安心しろ、数時間程度の間だけだ」
一階の酒場と同じほどのスペースには、スロット台やポーカーテーブル、更にはルーレットテーブル等。
煌びやかなゲーム台の数々が配置され、更に奥には、酒場宜しく酒類を提供するカウンターも設けられていた。
「女性二人には、接客係を。君には、ブラックジャックのディーラーをやってもらう」
「え、でも俺、ディーラーなんてやった事はないんですけど」
「先任ディーラーに教えてもらうように手配する」
「我々二人はどうする?」
「屈強な二人には、用心棒をしてもらう。会員制だから、素行の悪い奴は入れてないつもりだが、万が一もある。ま、二人なら、立ってるだけでイカサマしようなんて気は起こさないと思うがな」
こうして俺達は、新たな依頼、酒場の地下の会員制カジノの従業員として、働く事となった。
先任ディーラーに教わりながら、必死にディーラーとして働く事数時間。
慣れない仕事に精神的疲労感を予想以上に蓄積させつつも、何とか会員制カジノの従業員の一員として大失敗もなく、ディーラーとしての役割をやりきった俺。そして、他の面々。
しかし、頑張った甲斐もあり、事務所でバーテンダーから完遂証明書を受け取った際の感動は、一入であった。
因みに、会員制カジノの従業員として手伝った褒美として、俺が着ていた黒のスーツと、女性陣二人のバニースーツは持って帰ってよい事となった。
女性陣二人に気付かれず、バーテンダーと互いにサムズアップしたのは、ここだけの話。
さて、こうして、二日目の依頼も無事に完遂し、役所の窓口に提出しようと思ったのだが。
生憎と、酔いどれハンツマンを出たのが既に夜中であった為、窓口の営業時間は終了しており、この日は提出できなかった。
なので、この日は宿屋で疲れを癒し、明日改めて完遂証明書を窓口に提出する事となった。