翌日。
支度を整え、役所の窓口へと赴いた俺達は、酔いどれハンツマンでの依頼の完遂証明書を提出する。
「クチャ、クチャ。ぬぁ? ほおー。あんたらもやるねぇ、大したもんだ」
鼻につく態度の男性スタッフの口から、へりくだった言葉が飛び出した事に内心若干驚きつつも、俺は今回受けられる依頼について尋ねる。
「それで、今日受けられる依頼なんですが……」
「クチャ、あぁ、クチャ、っぺ! あぁ、そんじゃ、……へへへ、見込みのあるあんたらの次に受けてもらう依頼は、こいつだ」
だが、へりくだった言葉とは裏腹に、紙を受け渡すその表情は、とても不気味な笑みを浮かべていた。
「あの、これ。場所以外何も書いてないんですけど」
そんな不気味な笑みを浮かべる理由の一端と思しきものを、俺は早速本人に問いかける。
受け取った紙には、依頼場所以外、依頼内容と思しき文言は、何処にも書かれていなかったからだ。
「へへへ、行ってからの"お楽しみ"ってやつだよ。書かれてる場所に行って、依頼主に直接何をするのか聞くといい。……あぁ、ただし、これだけは言っておいてやる。法令順守の合法的で安全なお仕事だ」
合法も違法も、その線引きが限りなく消え去ったウェイストランドで、合法と言い切り、尚且つ安全とも付け加える。
そんな仕事は、ゲーム的に言っても、現実的に言っても、大抵言葉とは真逆の結果であることが多い。
とはいえ、今の俺達の立場では、この依頼を拒否するという選択肢は選べない。
なので、ここは覚悟を決めて、受ける他ない。
「分かりました。行ってからのお楽しみ、ですね」
「へへへ、ま、今回も頑張ってこいよ」
相変わらずの男性スタッフの態度を背に、俺達は、役所を後に、今回の依頼の依頼主が待つ場所へと向け、足を進めた。
スラム街を、受け取った紙に書かれた場所を参考に歩く事十数分。
俺達の目の前に現れたのは、スラム街でもあまり見られない大きな建物であった。
そして、そんな建物の出入り口の真上には、"劇場"の二文字が書かれた看板が、設けられていた。
「ねぇ、ユウ、本当にここが今回の依頼の場所?」
「その筈、だけど」
「うわぁ! 劇場、劇場ですか! という事は、もしかして今回の依頼、私達にキャプテン・パワーマンの舞台に演者として出演してくれって依頼じゃないですか!?」
「演目は兎も角、演者じゃなくて、裏方としての方が可能性としては高そうだけど?」
「舞台か……。ボルトにいた頃、名わき役として馳せていた頃を思い出す」
各々劇場を見た感想を漏らす中、ノアさんの口から何やら気になる独り言が漏れたが。
今は、依頼主に会う事を優先すべく、劇場内へと足を踏み入れるのであった。
「あぁ、役所からの。依頼主の団長ならあっちの部屋にいるよ」
劇場内に足を踏み入れ、舞台の公演準備を行っている劇団員に話を尋ね、俺達は、団長のいる部屋へと足を踏み入れる。
劇団の団長を務める者の部屋という事だけあり、部屋の中は、過去の作品の脚本やパンフレット、それに参考用の戦前の書籍等が収められた棚で手狭であった。
「おぉ、よく来てくれた」
そんな部屋の主にして、劇団の団長を務めているのが、小柄で猫背のグールの男性であった。
「儂が、団長のシーキじゃ、よろしくな」
「はじめまして、今回依頼を受けてやって来ました、ユウ・ナカジマです」
互いに自己紹介を交え、最後に握手をして自己紹介に区切りをつけた所で、シーキ団長から早速、今回の依頼の内容が伝えられる。
「さて、今回君達に来てもらったのは、他でもない、公演が迫っている舞台を手伝って欲しいからじゃ」
劇場を見た時から薄々予測は出来ていたが、やはり、今回の依頼の内容は舞台の手伝いのようだ。
となると、裏方の力仕事や、宣伝の手伝い、という趣旨のものだろうか。
「で、君達に行ってもらう仕事内容だが……。その前に、そこのパワーアーマーのお二人さん」
「は、はい!?」
「む?」
「すまんが、それぞれ被ってるヘルメットを脱いで、素顔を見せてはくれんかの?」
と予想していた矢先、何故か、シーキ団長はニコラスさんとノアさんの素顔を見せてくれと頼み始めた。
「私は、構いませんけど」
「……すまないが、素顔を晒す事は出来ないのだ。我儘かもしれないが、理解してほしい」
ニコラスさんは快く快諾するが、やはりノアさんは、依頼主とはいえ、俺達以外の人物に自身の素性を簡単に晒したくないようだ。
「そうか、分かった。そちらにも色々と事情があるんじゃろう。それじゃ、そっちの方だけ素顔を見せてもらおうかの」
そんなノアさんの心情を察してか、シーキ団長も理解を示してくれた。
そして、ヘルメットを脱いで素顔を晒したニコラスさんを含めた、俺、マーサ、ナットさんの四人は。
シーキ団長の指示で、何故か横一列に並べられ、まるで品定めされるかのように、彼にまじまじと顔や全身を確認されていく。
「ふーむ、ふむふむ。顔、身長、共に申し分ないのぉ」
一人一人入念に隅々まで確認し終えると、やがて頭の中で情報を整理するかのように腕を組んで考え始め。
やがて、考えがまとまった合図の如く組んだ腕を解くと、俺の事を指さし、続いてこう告げた。
「よし、君には、王子様を演じてもらう!!」
「……へ?」
「へ、ではない。王子様じゃよ、王子様!」
突然の事に理解が及んでいない俺を他所に、シーキ団長は続けざまにマーサを指さして告げた。
「そして君は、主役であるお姫様じゃ!」
「……、お姫様」
俺と同じく理解が及んでいないと思われるマーサ、いつもの彼女なら、突然の事に何言ってるのよと声を挙げそうな感じがしたのだが。
何故か、頬を少し赤く染めて、満更でもなさそうな表情を浮かべている。
「そして君は、意地悪な王妃」
「意地悪な王妃、ねぇ……」
「そして君は。王妃が持っている魔法の鏡だ」
「ま、魔法の鏡?」
少々納得のいかない表情を見せるナットさんに、疑問符が湧き上がっているニコラスさん。
二人とも、シーキ団長の言葉に各々の反応を示す。
「そして最後に君じゃが、君には、語り手を務めてもらいたい」
「ほう、面白そうだ」
最後に、ノアさんが前向きな反応を示して、一旦の区切りがついた所で。
俺は、すかさずシーキ団長に質問を飛ばす。
「あの、シーキ団長!」
「ん? 何じゃ?」
「さっきの、役の割り当てみたいなのは一体……」
「一体も何も、君達が今度の公演で演じてもらう配役じゃよ」
「え? それって、もしかして……」
「あぁ、最初に言い忘れとったの。今回、君達には、"明後日"行われる舞台の公演に演者として出演してもらおうとおもってな」
「えぇぇっっ!!?」
シーキ団長の口から告げられた、今回の依頼内容に、俺は驚かずにはいられなかった。
ちょっと待ってくれ、俺達、役者の経験なんて全くないずぶの素人なんだけど。
そんな俺達を演者として舞台に上げるなんて、しかも、公演は明後日、いくら何でも無茶苦茶だ。
「あ、あの、シーキ団長。俺達、役者の経験なんて……」
「君達も知っての通り、ウェイストランドは危険な大地じゃ。儂も、この地にたどり着くまでに様々な悲惨な場所を見てきた──」
「あの、シーキ団長、俺の話、聞いてますか?」
「じゃが、そんな辛く苦しい中にあっても、子供達は笑顔を絶やさんかった! その時、儂は思った! 子供達の笑顔は、ウェイストランドの希望じゃ、この希望を守り、後世にも繋げていかなければならん! とな」
あ、駄目だ。シーキ団長、自分自身の話に夢中で、俺の言葉が届いていない。
「何をすれば子供達の笑顔を守り増やせるか、あれこれと考えた結果。儂が、遠い昔見た、あの輝かしい舞台の事を思い出した。戦前の、今とは異なる重苦しい空気が流れていたあの頃、劇場の中には、いつも人々の、子供達の笑顔が溢れておった!!」
これはもう、本人が納得して耳を貸すまで待つしかないな。
「これじゃ! と思い立った儂は早速、劇団立ち上げ、それに劇場建設に必要なものを揃える為に奔走した。とはいえ、儂は見ての通りのグール、それが劇団を立ち上げ劇場を作るなどと、最初は、誰も相手にすらしてもらえんかった。……じゃが! 儂の粘り強い熱意は、やがて人々にも伝わり。そして、二年前に遂に、この劇場と劇団の旗揚げまでこぎつけたのじゃ」
「うぅ、ぐすっ! 苦労したんですね」
シーキ団長の苦労話に、ニコラスさんが感動しているのを他所に、当のシーキ団長は自身の話を続ける。
「客入りは盛況、劇団員たちの日々の練習のお陰で、公演中はお客さん達、特に子供達の笑顔で溢れておった。まさに儂が思い描いた通り、順風満帆かと、そう、思った矢先じゃ……」
「あら? どうしたんです?」
これも記事のネタになると思ったのか、いつの間にかメモ帳とペンを手にしたナットさんが相槌を挟む。
「悲劇が起きたんじゃ。稽古の打ち上げで羽目を外し過ぎて騒いだせいで、店の床が抜け、団員たちが怪我をしてしまった。……幸い、命に別状はなかったが、舞台の公演までに完治するのは叶わんかった」
「成程ね。それであたし達が、その怪我した団員たちの代わりに舞台に立つって訳ね。……あ、でも、あたし達、急いでるからあんまり長い事手伝えないんだけど?」
「あぁ、それは安心してくれ、なにも公演期間中代役を務めてもらう訳じゃない。代役として舞台に立ってもらうのは、明後日の公演初日のみじゃ、それ以降は、入院中の団員が復帰するんで問題ない」
マーサの心配に答えるシーキ団長の言葉に、俺は少しばかりほっとする。
公演期間がどれ程かは分からないが、あまり長期間拘束されるのは、出来れば避けたかったからだ。
だが、少し安堵したからといって、まだまだ不安の種は尽きる事はない。
一回限りとはいえ、素人の俺達が、プロの団員達の代役を務められるのか。
それも、本番は明後日。練習期間が短すぎるのも不安を募らせる。
あぁ、そうか。
役所の男性スタッフのあの一段とせせら笑った表情と、お楽しみといった言葉の意味は、こういう事だったのか。
難しい依頼とは、何も凶暴なモンスターを討伐するというものだけではない。こうした、畑違いの事を行うのもまた、難しい依頼といえる。
本当に、中心街の連中の底意地の悪さって奴は、ウェイストランドでも一二を争うんじゃないか。
「あの、質問、いいですか?」
「ん? なんじゃ?」
「俺達、役者の経験なんて全くない、ずぶの素人なんですけど。それでも、代役として舞台に上がってもいいんですか?」
「ほほほ、そんな事か。なーに、心配せんでもえぇ。君達の演技の実力を考慮して、明後日の公演は特別ステージという事にしてある。それに、大事なのは、ここじゃよ」
そう言うとシーキ団長は、自身の心臓の辺りを示す。
「気持ちが大事、ですか」
「ほほほ、そういう事じゃ。……なぁに、どうせ下手な演技で依頼を完遂できないんじゃないかと心配しておったんじゃろ。安心せい、儂は、どんなに下手な演技でも、一生懸命代役を務めてくれれば、完遂証明書を書くつもりじゃよ」
「ありがとうございます」
シーキ団長の優しさに、俺は心からの感謝の気持ちを述べた。
「では、早速じゃが、明後日の舞台に向けてこれから稽古じゃ! 時間もないんで、みっちり濃厚にやるぞ!! 台詞を覚えながら動きの練習もしてもらうから、覚悟せい!!」
「あの、所で。俺達が出る舞台がどんなものかをまだ聞いていなかったんですが」
「ん? おぉ、そうじゃった、ずばり!! 君達に演じてもらうのは、戦前の童話を基にした創作舞台!! 舞台のタイトルは、『ヌカ雪姫』じゃぁ!!」
明後日の舞台のタイトルを聞いて、俺は、何だかとてつもなくカオスな内容を予想せずにはいられなかった。
しかし、もう後には引き返せない。
これから行われる未知なる領域の戦いに向け、俺は、気持ちを引き締めるのであった。