これは夢なのか。
目にしたのは、荒廃したウェイストランドとは異なる、まさにこの世に残された数少ない理想郷。
そして、俺の故郷、リーアの風景。
学校に行くのに通い慣れた通路に、中央広場の賑わい。
そんな風景を目にして、学生時代の友人たちに、リーアセキュリティの同期や先輩たちの顔も思い浮かぶ。
スカイリー、マーティン先輩、アントム、ヴァルヒムさん。
そして、懐かしの我が家。
父と母、それにオネットの四人で暮らしていた、懐かしの我が家。
中に足を踏み入れると、そこは十数年を過ごした我が家の風景。
だったが、少し、変わっている個所がある事に気が付く。
リビングキッチンの一角に、小さなベビーベッドが置かれている。
それに、部屋の彼方此方に、赤ちゃん用の玩具等が置かれていた。
おかしい、俺には年の離れた弟や妹などいなかった筈だが。
と、疑問符を浮かべていた刹那。
不意に、世界が一瞬暗転すると、次の瞬間、それまでいなかった筈の人影が、リビングキッチンに現れる。
リーアジャンプスーツを身に着けた、一組の男女と、小さな赤ちゃん。
赤ちゃんに見覚えはなかったが、男女の方には、見覚えがった。
雰囲気こそ変わっていたが、あれは間違いなく、俺とマーサだ。
「ねぇ、今日は家族みんなでお出かけしましょう」
「そうだね。きっと──も喜ぶよ」
仲睦まじく、とても幸せそうな家族の姿。
これは、俺の願望が作り出したものだのだろうか。
だとしたら、俺は、この願望を現実のものにしたい。
その為には、夢で終わらせない為には、課せられた使命を果たすべく目覚めなければならない。
刹那、突如世界が暗転し、一面を闇が覆う。
だが、遥か彼方、一筋の光が輝いている。
俺は、その光に向かって駆け出した。
そして、眩いばかりの光の中に、俺は躊躇わず足を踏みいれるのであった。
「……、ここは?」
意識を取り戻し、閉じていた瞼を開いて目にしたのは、知らない天井であった。
それはまるで、この世界で第二の人生をスタートさせたあの日を思い起こさせた。
とはいえ、目にした天井はリーアのような金属製のものではなく、清潔感のある白いタイル。
それに、鼻を突くのは薬品の様な臭い。
ここは、病院、或いは何処かの診療所なのだろうか。
俺は重たい上半身を起こして、更に状況を確かめる。
すると、身に着けていた装備が脱がされ、いつの間にか患者衣を身に着けられている。
そして、真っ白とは言い難いが、可能な限り清潔な状態にされたベッド、小さな棚等の家具、更には、窓から見えるメトロポリタン・シティの風景。
どうやら、俺はいつの間にかメトロポリタン・シティの病院、或いは診療所に運び込まれたようだ。
その証拠に、ベッドの脇の小さな棚にはモンスター・バッシュの死闘で破壊されたM4カスタムやショルダーストラップ等、俺の装備が置かれており。
「すぅ……、すぅ……」
ベッドの隅に上半身を乗せ寝息を立てている、マーサの姿もあった。
ふと、美しい金髪がマーサの顔にかかっていたのを優しく払ったその時、俺は、マーサの目が腫れているのに気が付いた。
もしかして、泣いていたから……。
「ごめんね、マーサ……」
俺はゆっくりと、マーサを起こさないように彼女の頭を優しく撫でると、小さな声で心配をかけた事を謝るのであった。
「やぁ、目が覚めたんだね」
それから暫く、マーサの素敵な寝顔を堪能していると。
不意に、部屋の扉が開けられ、白衣を着た壮年男性が姿を現す。
その壮年男性の顔に、俺は見覚えがあった。誰であろう、Dr.コリーだ。
「Dr.コリー……、痛!」
「あぁ、まだ安静にしていなさい。四日も昏睡状態だったんだ、急に動くと傷にも障る、あまり無理はしない方がいい」
「え? 四日も昏睡状態!?」
そして俺は、Dr.コリーの口から告げられた事実に驚愕した。
翌日ぐらいかと思っていたものが、まさか四日も経過していたとは。
「あんな番組に出て、モンスター達と戦い、剰え、ヤオ・グアイやデスクローの様なモンスターと生身で戦った、それも連続でだ。無理もないよ。……とはいえ、僕としては、ヤオ・グアイやデスクローと戦って五体満足で生き残っただけでも、奇跡だと思うけどね」
「モンスター・バッシュ、見ていたんですか?」
「まぁ、医者と言う立場から、あの手の番組を見ていると公言するのはよろしくないんだろうが。メトロポリタン・シティに立ち寄った際等にはね。でも驚いたよ、君が挑戦者として番組に出て、剰え、見事に完全制覇を成し遂げちゃうんだから! 特に興奮したのはそう、ヤオ・グアイとの死闘だった!」
目を輝かせて番組を見た感想を熱く語るDr.コリー。
前世の倫理観からすれば、人の命を扱う職業である医者が、人の命を弄ぶ番組を視聴しているのは感心されない事だろう。
だが、娯楽に飢え、倫理観等戦前のお金と同等の価値しかないウェイストランドでは、医者であってもあのような番組を視聴する事は特に問題ないだろう。
なので、Dr.コリーがモンスター・バッシュを視聴していた事については、黙認するとしよう。
「でも、一番驚いたのは、番組を見終わって一時間後に君の連れ達が血相を変えて、昏睡状態の君をこの病院に運んできた事だ。特に、そこにいる彼女は、目に涙を浮かべて、僕に君の事を助けてほしいと何度も何度も懇願していたよ。……全く、こんなに可愛い女性にあそこまで愛されていながら泣かせてしまうなんて、君も罪作りな男だね」
Dr.コリーの話によると、メトロポリタン・シティのセントラルエリア内にある病院、戦前の病院をそのまま再利用しているメトロポリタン・ホスピタル。
そこで医薬品の商談と共に、臨時の医師として働き、お小遣い稼ぎをしていたDr.コリー。
そんな彼の勤務中に、昏睡状態の俺が、他の皆の手により運び込まれてきたのだとか。
「一見すると外傷の方は、スティムパックによる素早い応急処置のお陰で殆ど見られなかったが。内部をよく診察すると、かなり酷い損傷度合いだったよ。とはいえ、僕としても彼女の泣いている顔をまた見る事や、他の連れの方々の助けてほしいという期待に応えられないのは、医師としてプライドが許さないんでね。ポットマズーを救ってくれたヒーローに恩返しするつもりで、治療させてもらったよ」
そして、昏睡状態だった俺を、Dr.コリーが治療してくれたようだ。
どうやら、自分が思っている以上に戦闘により受けた傷は酷かったようで、陰気な雰囲気を避けようとDr.コリーは冗談交じりに、折角病院に納品した血液パックやRADアウェイ、それにスティムパック等の医薬品が一気に三割も消費された、とその負傷の程度を説明した。
退院の際に請求される治療費、ちょっと額を見るのが怖い気がする。
等と感想を抱きながら、話を聞いていてふと、自身の体を確認して手術痕を探すと、腹部に、手術痕を発見した。
「スティムパックも決して万能ではない。もし、これ以上体に傷を作りたくなかったら、今後はあんな無茶な事はしない事だね。ま、既に肝に銘じているとは思うけどね」
「あはは、そう、ですね」
自嘲の笑みを漏らしつつ、俺はDr.コリーの言葉に頷いた。
確かに、幾ら対戦相手を知らなかったとはいえ、改めて考えてみると、一歩間違えれば手足が義肢になっていてもおかしくはなかった。
本当に、とんだ無茶をしたものだ。
「そうそう、彼女だけど、君が手術を終えてこの病室に運び込まれてから、つきっきりで看病していたよ」
そして、Dr.コリーからマーサがつきっきりで看病し、俺が昏睡状態の間、ベッドの傍らを離れなかったと聞かされ。
俺はもう一度、感謝の意を込めて、マーサの頭を優しく撫でた。
「……ん?」
と、その時、寝息を立てて寝ていたマーサが目を覚ました。
「……、ユウ?」
そして、寝惚け眼を擦りながら起き出したマーサは、俺が目覚めている事に気が付くや、目を見開くと。
涙を浮かべ、刹那、マーサは俺に勢いよく抱き着いた。
マーサに抱き着かれた際、体に痛みが走ったが、そんな痛みも一瞬の事。
俺の意識は、患者衣越しに感じられる心地の良い感触に向けられていた。
「ユウ! ユウ!!」
「心配かけてごめんね」
「ほ、本当に、心配かけさせないで、よね! ひくっ! こ、このままユウが目を覚まさなかったらって考えたら、あたし、あたし……」
すすり泣きするようなか細い声と共に唇を震わせながら、更に涙を浮かべるマーサ。
そんなマーサの頭を再度、優しく撫でると、そのまま彼女の顎を指で軽く持ち上げ、暫し見つめ合い。
そして、俺はマーサの唇に自身の唇を重ね合わせた。
「……落ち着いた?」
「う、うん……」
マーサの唇を堪能し終えると、俺はそのうっとりとしたマーサの表情に、更に欲望を掻き立たされるが。
俺は理性でそれを抑え込むと、マーサに優しく微笑み、再び彼女の頭を優しく撫でるのであった。
「あーごほん! えーっと。一応、ここは病室だから、続きをするのなら、出来れば別の場所でしてくれないかな? それと、一応君はまだ病み上がりだから、あまり激しい動きは傷にも障るので、出来れば控えるように」
と、咳払いをし、気まずそうに口火を切るDr.コリー。
Dr.コリーの事を忘れていた二人だけの世界に浸っていた事に対する気恥ずかしさから、お互い顔を真っ赤にして苦笑いを浮かべる俺とマーサであった。
その後、俺の状態をチェックし終えたDr.コリーは、他の患者さんの状態をチェックするべく、病室を後にした。
こうして、病室は俺とマーサの二人きりとなる。
だが勿論、Dr.コリーの言ったような事はしない。
俺は、マーサに意識を失ってから今までの事を尋ねた。
マーサ曰く、俺が昏睡状態となった時、真っ先に医者に診せるべきと判断し、メトロポリタン・ホスピタルに運び込もうと指示したのはナットさんだそうだ。
そして、ノアさんに担がれ、ディジーがアクセル全開で
因みに、俺の装備品はニコラスさんが回収してくれたようだ。
それと、モンスター・バッシュの賞品として手に入れた自動車だが、なんとカウルが運転してメトロポリタン・シティまで運んできてくれたのだという。まさか、運転できる技術があったなんて、少し意外だ。
なお、持ち逃げしない様、ユリアにハニー、それにビーちゃんが同乗して見張っていたそうだ。
マーサの話を聞いて、皆の力に助けられた事に、俺は心の中で皆に感謝するのであった。
「そういえば、マーサ、他の皆は今どこに?」
「ユウがいつ目が覚めてもいいように、皆それぞれ出来る事をやってるわ。あ、そうだ、あのレイダーのおっさん、ユウが目を覚ましたらこれを渡してくれって」
そう言って、マーサが自身のピップボーイから取り出し手渡してきたのは、一台の無線機だった。
「これは?」
「私が同行できるのもここまでで、これからはこの無線機を使って、調べたヴェツさんの情報を逐次教えるだって」
力を貸すと宣言したのなら、目に見える形で同行しなさいよと不満を露わにするマーサ。
そんなマーサを他所に、俺は無線機を受け取ると、どんな形であれ、協力を続けてくれるカウルに内心感謝するのであった。
「あ、そうだ。はい、ユウ」
「うん、ありがとう」
そして、ある程度不満を発散し終えた所で、マーサから預けていた俺のピップボーイを返してもらう。
それから暫く、マーサとたわいのない会話を続けていると。
不意に、お腹の虫が思い出したかの如く小腹が空いたと主張し始めた。
すると、マーサは一旦病室を出て、暫くして戻ってくると、その手には食べやすいように切り分けられたマットフルーツが盛られたお皿を持っていた。
「はい、あーん」
「え?」
まさかマーサの方から、その様な事がしたいと言われるとは思わず、面を食らう。
「だ、だから! あーんよ! は、恥ずかしいから何度も言わせないでよね!」
恥じらうマーサの可愛い姿をこのまま眺めていたかったが、あまり焦らし過ぎると鉄拳が飛んできそうだったので、俺は素直に口を開けた。
「ど、どう?」
「うん、甘くて美味しいよ」
そして、マーサに食べさせてもらったマットフルーツは、何だかいつもよりも甘さが増している気がした。
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