「それでお前は何者なのだ?」
あの村から離れた所で野宿をすることにした。
生還した2人は毛布に包まるとすぐに眠ってしまった。
今は男と俺だけでたき火を囲み周囲を警戒している。
「何度も言いますが、神様に近い者、と言った所です。」
「・・・・。」
神にあったことは無いが、甲冑を着込んだ神は聞いたことが無い。
「分かりました、見て頂いた方が早いでしょう。」
俺が全く信じるつもりがないことを察したのか、男が立ちあがり、少し離れる。
「~~~~~~」
何やら呪文を唱える。
空間が歪み、黒い穴が現れ、中から同じ様な黒い甲冑を纏った人々が現れた。
盾を持つ者、大剣を持つ者、大斧を持つ者、様々な武器を持った黒い甲冑の軍団が現れる。
「ダー・ネ・ヴィール。」
男が呟くとひと際大きく空間が歪み、中から家よりも巨大なドラゴンが現れた。
その体は肉がドロドロに溶けてはいるが、瞳は鋭く、地面を踏みしめる足は太く、広げる翼は力強さを感じさせ、大きな口と牙は全てを噛み砕きそうだ。
瞬く間にその場に巨大な竜と軍勢が現れた。
呼び出した男はくるりとこちらを向く。
後ろに魔王でも後ずさりをしそうな黒い軍勢を従えたその姿は、まるで冥府の王だ。
「これほどの召喚を行える者が人ですか?もっと呼び出しましょうか?」
奇跡というのは見たことがあるが、この規模は見たことも聞いたこともない。
認めざるを負えない、この男は自称する様に、確かに人外の存在なのだろう。
「いや、もう良い。」
「では認めてくれましたか?」
「お前が人外の存在であることは分かった。」
「ふむ、一歩前進と考えましょう。」
男が手を振ると軍勢は音も無く消え去った。
またたき火の傍に男が腰を下ろす。
「お前の目的は何だ?なぜ過去に俺を連れてきた。」
村を脱出してから考えていたことをぶつける。
過去に転移させる力、軍勢を呼び出したあの能力、あの氷の魔法だっておかしい。
あの氷の魔法には詠唱がなかった。
こんな強大な力を持った人外の存在が、俺に何の用だ?
「物語を変えてみたいと思いました。」
「物語?」
「そう、この世界という名の物語。」
「この世界が物語の中の話だと。」
到底信じられない話だ、頭が狂っていると思われるだろう。
先程の、男が人外であることを証明した光景を目にしなければ。
「私はこの世界の話を読んだ、貴方は主人公で幾多の危機を仲間と乗り越えてゆく。」
仲間と聞いて頭に霞みがかかる、何か忘れてはいけないことを忘れている様な。
「そして、多くの登場人物が悲惨な目にあっていました、私は救いたいと思った。」
「まるで、聖人君子だな。」
「笑いたければ、笑ってください。だが、私は救える者は救いたい。その最初の一歩が貴方の姉です。」
ちらりと視線を眠っている2人に向ける。
あの男が俺を過去に連れて来なければ、姉は俺の記憶通り、ゴブリンによって惨殺されていただろう。
「姉を救うチャンスをくれたことには礼を言おう。」
「私が願ったことですので。」
「しかし、他にも方法があったのではないか?例えばお前が直接出向いて救うとか、俺を転移させた意味は何だ?」
男は少し間を開けて喋りだした。
「貴方の後悔を取り除こうかと思いまして。」
「成る程。」
間が気になったが、よしとしよう。
結果として、確かに胸につかえていたものが取れた気がする。
「この後、お前はどうするのだ?」
「彼らを届けた後、剣の乙女のパーティーへ接触します。」
「剣の乙女・・・。」
魔王を倒したパーティーの一員、西方辺境の大司教。
水の街で依頼を受けてから俺も何度か会うことになった女性。
「正確には彼女がゴブリンに囚われることになった依頼に介入し、救出します。」
「彼女が目に傷を負うことになった依頼か。」
「そうです、貴方にも参加してもらいます。」
「なぜ?」
「こちらの都合です。」
「まぁ。ゴブリンが居るなら良いだろう。」
奴らを殺せるならば何だっていい。
「先に寝ろ、火は見ておく。」
「では、お言葉に甘えて。」
男が横になる。
「神か。」
こいつについて分かった事は恐るべき力を持った人外であるということ。
少なくとも俺の敵では無さそうだということ。
たき火から、規則正しく寝息を立てている2人に視線を向ける。
(恩人でもあるか。)
たき火に新しく枝を投入し、意識を切り替え、周囲を警戒する。
翌日、2人を牛飼い娘の伯父の牧場へ届けた。
姉から事情を聞いた伯父は問題なく2人を受け入れた。
牛飼い娘と弟は抱き合って再会を喜んでいた。
俺達との別れ際に弟はこんなことを言い出した。
「俺も将来は、お兄さんの様なゴブリンを倒す冒険者になる。」
となりで姉が苦笑している。
弟の頭にゆっくりと手を乗せる。
「あぁ、きっとなれるだろう。」
未来の俺が言うのだから。
「覚悟があるのならば、この人の所を尋ねると良い。」
俺を鍛えた師匠の居所を書いた紙を渡す。
かなりきついがきっと乗り越えるだろう。
牧場を後にする。
「何をしている?」
帰り際に男が道端で何か呪文を唱えていた。
「万が一の保険です。」
「そうか。」
悪い物ではないのだろう。
牧場が見えなくなるまで歩く。
「そろそろいいでしょう。」
男が立ち止まる。
「昨日の件か?」
「はい。」
腕をまた差し出してくる。
「その前にお前を何と呼べばいい?」
「今更ですか?そうですね・・・。」
男が考え出したので、浮かんだ名前を言う。
「じゃ、黒兜(くろかぶと)だ。」
「あぁ、良い名前です。」
黒兜は納得した様子だった。
再び腕を差し出してきたので手を重ねる。
視界が歪み、明るい野外から暗い洞窟の中へ景色が変わる。
嗅ぎなれた獣の匂い、ゴブリンの匂いがする。
「行きますよ。」
歩きだしたので付いてゆく。
道中寝ているゴブリンを一匹見つけたので始末する。
「待て。」
黒兜が再び歩き出すので、待ったを掛ける。
いつもの準備だ。
「これを塗れ。」
ゴブリンの臓物を手渡す。
「匂い消しでしたか?」
「そうだ。」
黒兜は受け取ると、躊躇せずに全身に擦りつけた。
「これでどうですか?」
一通り擦りつけ終わると聞いてきた。
人間の匂いは消えている。
「いいだろう。」
頷くと黒兜は歩きだした。
「こっちです。」
声に従い付いてゆく。
途中、ゴブリンが仕掛けた罠を解除しながら、曲がりくねった道を進んでゆく。
段々と剣戟の音と人の怒声が聞こえる。
しかし、音は段々と少なくなり、声は悲鳴へ変わり、戦闘が行われていた場所へ辿りついた時にはゴブリンの勝鬨の声だけが響いていた。
周囲には倒れた冒険者の骸と血だまりが見える。
ゴブリンは生き残った金髪の女性へと手を掛けようとしていた。
「始めましょう。」
石を投げる。
「ギャッ!?」
集団の一番外にいたゴブリンの後頭部に石が当たる。
当たったゴブリンは打ち所が悪かったのか、倒れたまま起き上がることは無かった。
「ギャギャ!」
「ギャーギャー!」
「ギャギャー!」
まだ侵入者が残っていたことにゴブリン達が気づき、耳障りな叫びを上げながら武器を振り上げ殺到してくる。
「アイスジャベリン。」
黒兜が呪文を唱える。
周囲に村で使ったものよりも太く鋭い氷の槍が何本も現れ、ゴブリンに向かって飛ぶ。
氷の槍は何匹ものゴブリンを貫き、肉を抉り取り、岩壁に突き刺さり止まった。
隣に居た仲間が串刺しにされ、動揺したゴブリン達が止まる。
散開し、足を止めたゴブリン目がけて次々に投石を行う。
一匹、二匹、三匹、四匹。
五匹目へ投げ終わったところで再び群れが動き出した。
大多数が黒兜の元へ向かう。
先ほどの魔法を危険と判断したのだろう。
こちらには少数しか来ない。
剣を抜く。
先頭で飛び込んできた奴を盾で殴り飛ばし、二匹目のゴブリンの腹に剣を突きいれる。
引き抜き三匹目の頭に剣を振り下ろす。
殴り倒し地面に伏した先頭の頭を踏みつぶす。
盾で防ぎ、剣で切り、殴り、蹴り飛ばす。
周囲のゴブリンを殺しつくし、地べたに力なく座っている女性に近寄る。
若いがやはり剣の乙女だった。
「立てるか?」
「は!はい!」
まだ混乱と恐怖から立ち直れていない様子だが、返事をした剣の乙女を背中に隠し、盾を構える。
黒兜を危険視し、突撃したゴブリンの群れだったが、氷の魔法で迎撃を受け、群れの大半が氷の彫像と化すか、凍傷によって四肢を失い死んでいた。
逃げ出そうとした個体もいたが、背中に氷柱の矢を受け地面に倒れる。
生き残った数匹が活路を求めて俺に挑んできたが、恐慌になったゴブリンなど簡単に切り捨てることができた。
ゴブリンを皆殺しにし、半裸の状態で茫然としている剣の乙女に死んだパーティーメンバーの持ち物であろうマントをかける。
「貴方達は一体?」
「通りすがりの冒険者だ。」
簡潔に答えて身体を抱き上げる。
「ッ!」
バランスを保つため、剣の乙女は慌てて首に手を回してきた。
奥を偵察してきた黒兜が戻ってくる。
「ゴブリンは居ない様なので洞窟から脱出します、街まで戻りますよ。」
黒兜が説明する。
剣の乙女は黙って頷いていた。
道中は黒兜が先導し、出会った魔物を蹴散らした為、俺の出番は無かった。
運んでいる途中、剣の乙女の身体が震えていることに気づいた。
「何処か怪我をしているのか?」
抱える前に見た時、出血は無かったが。
「いえ、違います。」
否定すると顔を俯かせ、黙ってしまった。
「そうか。」
返事をし、俺も黙って歩き続けた。
「日があるうちに帰ることは無理ですね。」
洞窟から脱出したのはだいぶ日が傾いてからだった。
仕方がないので、道中見つけた横穴に入る。
穴の主だったクマは、黒兜が凍らせてしまった。
携帯食料を腹に入れ洞窟の壁にもたれかかる。
剣の乙女は何も食べずに、俺のすぐ傍で丸くなって目を閉じていた。
黒兜は周囲の警戒に洞窟を出て行った。
「!」
しばらくすると剣の乙女が飛び起きた。
息を荒らげ、寒さに耐える様に震える身を抱く。
「何を見た?」
大方の予想はつくが尋ねる。
「ゴブリン達が襲ってくるのです。仲間を殺し、顔を邪悪に歪めながら、私の身体を押さえ込んでくるのです。」
歯をカチカチと鳴らしながら、剣の乙女は己の身を強く抱いた。
その姿を見て、なぜそうしようとしたのかは分からない。
「え?」
俺は剣の乙女の手を引き、優しく抱きとめた。
端正な顔と月光を反射する綺麗な金髪が視界に入る。
「俺はゴブリンを殺す者だ、呼べ、たとえ夢の中にゴブリンが現れても殺しに行ってやる。」
「ッ!」
剣の乙女が息を飲む音を聞いた気がする。
「その言葉を聞いて、少し落ち着きました。」
静かに目を閉じ、俺に身体を預けてくる。
「暫く、このままにさせてください。」
「そうだな、休め。」
先ほどよりも幾分か柔らかな表情を浮かべて剣の乙女は眠りに付き、朝まで起きることは無かった。
警戒から戻って来た黒兜は、鎧で表情は分からなかったが俺達の姿を見てニヤニヤしていた気がする。