冒険者の登録を行った日から、俺は黒兜達にゴブリン戦のノウハウを教える日々を暫く過ごした。
そして、何度もゴブリン討伐を完了した彼らに、俺が教えることは無くなった。
「もう教えることは無いな。」
今回のゴブリンの討伐完了をギルドで報告し、外へ出た時に5人へ伝える。
「対ゴブリンに関しては一人前ということですか?」
「そうだな、力量も考慮しても、ゴブリンに遅れを取ることは無いだろう。」
「ふむ。」
黒兜が顎に手を当てて考え込む。
「それでは次の段階に進みましょうか。」
「次?」
「貴方を未来へ転移させます、時期は女神官と出会う前くらいの時期に。」
「戻って大丈夫なのか?」
「戻った瞬間は頭痛に襲われるでしょうね。過去改変に伴い、変化した記憶が流れ込んでくるせいで。」
黒兜が自分の頭を鎧の上からコンコンと叩く。
「頭痛だけなら大丈夫か。」
「私達は過去に留まり、対ゴブリン戦の浸透とパーティーの規模拡大を行います。」
「お前も残るのか?」
「私も教導に携わります。向こうで直ぐに会えるから問題ありませんよ。」
「そうか。」
すぐに会えるのならば問題は無いか。
「未来では、まず初めに女神官の参加したパーティーの救助を行います。」
黒兜が次の計画を話す。
女神官。
ゴブリン討伐の依頼で窮地の所を助けた後、共に依頼を受ける様になった少女。
「駆けだしの彼らはゴブリン討伐を受注しますが、準備もせずに洞窟へ突入し壊滅します。それを防ぎます。」
確か4人でパーティーを組んでいたな。
追いついた時には1人は死亡、1人は瀕死、1人は連れ浚われていたが。
「おそらく、私が彼らと接触後に貴方と合流することになると思います。合流後はいつも通りゴブリンを皆殺しです。」
「分かった。」
やることは変わらない様だ。
「それでは手を。」
また黒兜が手を差し出してくる。
躊躇なく手を乗せる。
視界が歪んだ。
ゴブリンスレイヤーを未来に送り出し、この世界に私達5人だけが残る。
「未来に飛んだ彼が驚く様な組織を作られねば。」
未来の彼が驚く様を想像し、兜の下でやりと笑う。
「だがどうやって弟子を集めるんだ?」
「チラシでも配るっす?新人歓迎します、って。」
「でも~、オイラ達も依頼を数回受けただけで、新人と変わらないぞ~。」
赤胴が重要な点を指摘する。
「そうでした、私達も新人とあまり変わらない等級の身でした。」
暫くは様々な依頼を受けて、等級を上げる事が先でしょうか。
顎に手を当て今後の方針を立てる。
「青肩、客。」
「ん?俺に?」
思案していると灰盾がお客を連れてきた。
赤い髪をした娘だ。
「嬢ちゃん何処かで会ったか?」
青肩が娘の顔を覗きこむ。
「以前、洞窟で助けて頂きました。」
「洞窟っていうと。」
私達はゴブリン討伐の依頼しか受けていない。
そして洞窟に居たということは・・・。
「はい。」
娘が頷く。
「俺達に何の様だ?礼じゃないな?」
青肩が尋ねる。
娘の顔に笑顔は無かったからだ。
「奴らの殺し方を教えてください。」
真剣な顔で頭を下げる。
「冒険者になりたいのか?」
「・・・・。」
何も喋らず、無言で頭を下げ続ける。
「お前ら、この子どうする?」
後ろで話を聞いていた私達に問いかける。
「ちょうど良いのでは?」
「良いんじゃないか~?」
「渡りに船っす。」
「弟子、賛成。」
皆が賛成に票を投じる。
「賛成4票に反対1票か。」
「青肩は反対なのですか?」
「この嬢ちゃんの人生を決めるんだぞ?復讐に費やしてどうする。」
先ほどの言葉を聞いて、この娘がやりたいことは分かっている。
ゴブリンへの復讐だ。
ゴブリンが自分に行ったことへの復讐。
「では、復讐に人生を費やさない様に青肩が導いてはどうです?」
「・・・・。」
青肩が腕を組んで考え込み、ため息をつく。
「分かった、俺達がお前を鍛えてやる。」
「本当ですか!?」
その言葉を聞いて娘が勢いよく顔を上げる。
「ただし、俺達の指示に従えよ?勝手は許さねえからな?」
「有難うございます。」
娘が再び頭を下げる。
「迎えたはいいが何も準備してねえぞ、どうすんだ?」
青肩が当面の問題を投げかけてくる。
「まず、娘、寝る所。」
「訓練は明日からだな~。」
「嬢ちゃんが何をできるのか、把握しないといけないっすからね。」
「いきなり訓練はできないですからね、宿をとって、この娘さんが何を出来るのか把握しましょうか。」
とりあえず、宿屋のある方向に向かって歩きだす。
私達の後ろを娘が付いてくる。
ゴブリンに復讐心を持つ娘。
まるでゴブリンスレイヤーの様だ。
思いがけない素材が手元に転がりこんできて、口元を歪める。
どの様に成長してくれるのでしょうか?
想像しながら宿屋へ歩く。
宿屋で部屋を取ろうとしたら、「こんな若い娘を5人で!」と連れ込み宿では無いことを店主から怒られた。
店主の誤解は娘が説明して解いてくれた。
部屋をとり、娘が寝る前に何ができるのか聞いておいた。
しかし、予想通り特別な力は持っていない、何処にでもいる普通の村娘だった。
つまり伸び白しかない。
話を終え、夕食を食べて娘が眠る。
明日からの事を5人で話し合う。
「まずは体力や筋力の測定ですかね、街の周りを走ってもらいましょう。」
「武器は一通り使って貰うか、何に適正があるのか見てえ。」
「投稿武器も試して貰うっす。」
「オイラは打ち込み様に案山子でも作って用意しておくか~。」
「案山子、手伝う。」
各々が意見を述べ、ひとまず初日は体力測定と決まった。
測定後は娘の武器を決め、習熟させながら身体のトレーニングも並行して進めることにした。
今後の方針も決め、私達も解散する。
青肩は娘の部屋に残るとのことだ。
「目が覚めた時に、誰か居た方が良いだろ?」
床に座り込み、窓から夜空を眺めて娘が起きるまで傍にいるらしい。
「では明日の朝に。」
「おうよ。」
手を上げ返事をする。
赤胴、緑腕、灰盾は下水道での討伐依頼を受けてくるらしい。
金も昇格の為の実績も、今の私達に必要だ。
私は今後相対するであろう、モンスターについての情報を調べにギルドへ向かった。
翌朝、娘にランニングをさせた。
街の外周を走ってもらい、自分の体力の限界を知ってもらう為だ。
もちろん私達も一緒に走る。
黒い鎧の集団と娘がガチャガチャ音を鳴らしながら走る光景は、見かけた野良猫が逃げ出し、早朝から作業する者達が呆気にとられる異様な光景だったが。
娘は1周目ではまだ大丈夫だった。
2週目では息が上がってきた。
3週目では大分ペースが落ちてきた。
4周目を走り終えたところで足が止まった。
荒い息をつき、滝の様な汗を流し、地面に倒れ込んだ娘に私は水入りの杯を差し出す。
娘はゆっくりと味わう様に水を飲み干した。
「街を4周、それが今のお前の体力の限界だ、覚えておけ。戦闘中に走れなくなったら死んだも同然だ、死にたくなかったら体力をつけろ。」
青肩が告げる。
「・・・ハイ。」
娘が足をフラフラさせながら立ち上がる。
「飯食いに行くぞ。」
私達は宿屋へ戻った。
テーブルの上に音を立てて大皿に載った料理が次々置かれる。
5人で料理をとりわけた。
娘にもパンと肉をローストした物が多めに盛られた皿とスープが差し出された。
「なぜ私の分も多いのですか?」
理由が分からず首を傾げている。
「冒険者は身体が資本だ、お前は筋肉も付けなきゃならねえ。強くなりたけりゃ食え。」
青肩に説明されると合点がいったのか、返事をして食べ始める。
食べた後は武器に触れさせてみた。
長剣、短剣、片手斧、棍棒、弓、盾と一通り使わせてみる。
意外な事に、棍棒が使いやすいと娘が申告してきた。
皆で相談し、身体が出来上がっていないから、自分の身を間違えて切る剣よりは良いか、ということで棍棒を暫くは使わせることにした。
赤胴と灰盾が木で作った案山子に、棍棒で打ち込みをさせる。
まずは狙った所を打つ練習。
木を叩く乾いた音が規則正しく鳴る。
何十回と案山子を叩き、娘の手が限界に達したのか棍棒を取り落としたので、打ち込みの練習は止める。
身体を動かすトレーニングはここまで。
初日からハードな必要はない。
今度は地べたに座ってゴブリンについての講義を行う。
「まず、ゴブリンはどんな生き物だ?」
「身体の色は緑で小柄、群れを作り、村を襲って娘を浚い、家畜を殺す。」
青肩の問いかけに、娘が世間一般で知られているゴブリンについて答える。
「まぁ、合ってるな。」
うんうんと頷く。
「補足すっと、ゴブリン単体なら力自慢の素人でも倒せるから、舐めて返り討ちにあう新人が大勢いる、ってのもある。」
「私は舐めてかからない。」
「それがいい。」
娘が無表情で返事をする。
慢心が無いのはいいことだ。
青肩が主となり、娘にゴブリンの事を教えてゆく。
太陽が高く登り、腹の虫が聞こえてきた頃、講義は終了となった。
昼も朝と同様に、娘の前に多めの食事が置かれる。
午後は自由時間とした。
娘を宿屋に残し、5人で下水道に潜り、依頼のあったジャイアントラットを狩る。
「昨日の夜、娘の傍に居たのは何故です?起きた時にあいさつする為だけではなかったのでしょう?」
刃に付いたジャイアントラットの血を布で拭いつつ、青肩に尋ねる。
「嬢ちゃんが寝てる時に気づいたんだよ、手が震えてたんだ。」
メイスを握っていない方の手を見つめる。
「あの洞窟で何があったか想像はつく、簡単には割り切れねえだろうよ。」
下水道の奥を見つめながら息をついた。
「それで手を握っていた訳ですか。」
「お前、見てたのか?」
「見ていません、カマを掛けただけです。」
「・・・・。」
青肩の苦虫を噛んだ様な顔が鎧越しに見えた気がする。
「こういうのは時間しか解決してくれねえ。」
バレた事が恥ずかしいのか、青肩が足早に出口へ向かって歩き出す。
「心の傷は時間だけが薬でしょうからね。」
置いて行かれない様に私も歩き出す。
出口で別行動をしていた赤胴、緑腕、灰盾と合流し、装備についた汚れを落として宿屋に戻った。
夕食を皆で食べ解散した。
娘は早めに寝かせることにした。
青盾は昨日と同じ様に、一緒に居る言って部屋に残った。
過保護な父親の様だ。
いや、そこまで年を食っていないから兄貴でしょうか?
翌日の朝、娘が痛みで身体が動けない事態になったときは、口調はいつものままでも、仕草に精彩を欠いていた。
原因が筋肉痛だろうと分かった後は、いつも通りに戻っていたが。
あの日、私の人生は大きく変わった。
畑で母の仕事を手伝っていた時に、ゴブリンが村を襲った。
父は薪割り用の斧を持ってゴブリンに立ち向かい、私達を逃がそうとした。
しかし、身体の大きな奴に殺されてしまった。
一緒に逃げた母はゴブリンが放った矢が喉に当たり死んでしまった。
逃げ遅れた私はゴブリンに囚われた。
浚われた他の娘の様に身体を汚され、逃げられない様に手を縛られ、壁へ吊るされた。
暗闇に囚われて時間の感覚が分からなくなる。
心が絶望に満ちていた。
このまま死ぬのだろうなと思った。
しかし、依頼を受けた冒険者によって私達は救出された。
黒い鎧と鉛色の鎧を着た冒険者達によって。
彼らは群れの大きい奴と小さい魔術師を瞬く間に殺し、残ったゴブリンを皆殺しにすると、手を縛っていたロープを切り、私達を解放してくれた。
解放されても喜びは無かった。
父も母も死んでしまった。
生きる気力が沸かず、冷たい洞窟の床に身体を委ねていると上から声を掛けられる。
「あいつらを殺したいか?」
目だけを動かすと黒い鎧を着た男が私に尋ねていた。
「殺したいか?」
「・・・・。」
「自分の身を汚した化け物に復讐したくないか?」
男の言葉で、優しかった父と母を奪ったゴブリンの顔が浮かび、絶望に支配されていた心に憎悪の火が灯った。
「殺したい。」
男は私の言葉を聞くと、肩を貸して死にかけのゴブリンの傍へ連れてきた。
ナイフを握らせて、男が一緒に腕を振り下ろす。
ゴブリンの肉を刺す感触と共に、心の中の憎悪の炎が強くなるのを感じた。
2度、3度と刺す度にその炎は燃えあがり、私は絶叫した。
あらん限りの怨念を込め、叫びながらゴブリンを滅多刺しにする。
刺し続けた個所がひき肉の様になった所で、私はナイフから指を離した。
硬質な音を立ててナイフが転がる。
力を使い果たした私は、荒い息を吐きながら、四つん這いになって蹲った。
すべてが終わり、洞窟から冒険者達と一緒に脱出する。
帰って来た私達は、村の人達から涙で迎えられた。
私達はお湯で身体の汚れを落とし、家へ戻った。
しかし、家の中に私を心配する声は無く、ドアの軋む音だけが響いた。
そのあと自分のベッドに潜り込んだ。
そうして、何日経ったか分からない。
時たま、トイレと食事にベッドを立ち、終わるとまたベッドに潜った。
感情が死んだまま、ふと顔を洗おうと思い、桶に水を貯める。
自分の顔に付けられた傷が目に入った。
ゴブリン共に付けられた傷。
それを見て、私の心の中に生まれた憎悪に再び火が点く。
やつらを殺さねば。
そう思ったら私の行動は早かった。
村長に討伐依頼をどこの街のギルドに頼んだか聞き出し、少ないお金をかき集め、荷物をまとめて家を出た。
父と母が死んで、止まっていた私の時間が再び動き出した。
まずは依頼を受けた冒険者に会おう、そしてやつらの殺し方を学ぶのだ。
私は生まれ育った村を後にした。