「稽古を付けて欲しい?」
ギルドで依頼を探していると、先日のゴブリン討伐にて救出した青年剣士が私に頼み込んできた。
「お願いします、俺に稽古を付けてください。」
勢いよく頭を下げる。
「あの依頼で俺、自分がどんなに未熟なのかって分かりました、強くなりたいんです。」
「まぁ、まずは座りましょう。」
放っておくと土下座をしそうな勢いである為、イスを進め、対面に私も座る。
「私の都合によりますが、稽古をつけるのは構いません。」
「有難うございます!」
「ただし、一つ聞いておきたいことがあります。」
私から了承を貰い、喜んでいた彼に、人差し指を立てて問い掛ける。
「何の為に、強くなりたいのですか?」
私の真剣な声色を感じ取ったのか、彼が背筋を伸ばす。
「自分が、まだまだ未熟だからです。」
「それだけですか?」
「はい。」
答えを聞き、考え込む。
「明日、もう一度同じ質問をします、また同じ答えでしたら、私は稽古を付けません。」
「え!?」
「もう一度、自分が強くなりたい理由を見つめ直してみなさい、仲間と相談してもいいでしょう。」
彼に宿題を出して席を立つ。
もちろん稽古をしてあげてもいいが、それでは少々面白くない。
彼の強くなりたいという理由は漠然とし過ぎている。
例えば、ゴブリンを殺すという目標で、ゴブリンスレイヤーは銀等級の域に到達し、彼女も目覚ましい伸びを見せた。
彼にも何か目標を立てて欲しいと思う。
それが人であれ、名声であれ。
目指すものがあると人の成長は早まるのだ。
そんな事を考えつつ、私は再び掲示板の前に戻った。
「俺が強くなりたい理由。」
黒兜さんが席を立ち、一人残された俺は質問の意味を考えていた。
「未熟だからじゃ駄目なのか?」
机に突っ伏して悩むが、答えは浮かばない。
「そういえば、相談してもいいって言ってたよな。」
ふと先ほどの言葉を思い出し、立ちあがる。
「分かんねえときは、一人で悩むよりもあいつに相談しよう。」
足早に俺もギルドを後にし、あいつの所に向かった。
俺と同郷で、小さい頃から一緒に育った女武闘家の所に。
道中で女武闘家が好きだった果物を買う。
宿に戻って階段を上がり、女武闘家と魔法使いが使っている部屋の前に立つ。
扉をノックする。
「俺だ、話があるんだが、入っていいか?」
中から返事が来るのを待つ。
「剣士?いいわよ。」
許可が出たので扉を開けて、部屋の中へ入る。
女武闘家は窓辺のイスに腰掛けて、外を眺めていた。
女魔法使いは出かけているのか居なかった。
「話って何?」
「その前に。」
買ってきた果物を放り投げる。
女武闘家は放物線を描いて飛んできた果物を、危なげなくキャッチした。
「それ、好きだったろう?」
「有難う。」
手に収めた果物を眺めてお礼を言われる。
「実はさ。」
先ほどの事を俺は相談する。
「黒兜さんは何を知りたいんだろうな。」
一通り説明を終えて再び悩む。
「うーん。」
女武闘家も目を瞑り考える
「あんたの強くなりたいっていう理由には、目標が無いんじゃない?」
「どういうことだよ?」
「この人の様に強くなりたい、あのモンスターを倒せるくらいに強くなりたい、そんな明確な目標が無いのよ。」
「言われてみると、そうかも。」
確かに、俺は目標を定めていなかった様に思う。
黒兜さんに稽古を頼んだ事も、あの人が強いからという理由だけだった。
稽古を受けて、自分のなりたい未来像を明確にして居なかった。
「じゃ、目標を決めれば良い訳だな。」
問題の答えが分かり、スッキリした頭で目標を考える。
「俺は、女武闘家達を守れるくらい強くなりたい。」
あのゴブリンの巣で女魔法使いがナイフで刺され、女武闘家が窮地に陥った時に、俺は強く思った。
あらゆる脅威から仲間を守る力が欲しい。
だから強くなりたいと思った。
自分の理由と目標が分かり、一人で納得する。
「私だって、あんたに守られてばっかりじゃ居られないわよ。」
果物を持ったまま、女武闘家が顔を赤くしていた。
翌日、再びギルドへ足を運び、黒兜さんを探した。
何故か女武闘家も一緒に付いてきた。
黒い鎧は目立ち、すぐに掲示板の前で依頼を探している姿を見つけた。
駆け寄ると向こうも気づいた。
「理由は見つかりましたか?」
「はい。」
力強く頷く。
「俺は仲間を守る為に強くなりたいです、今度はオーガと出会っても、仲間を守れる位の冒険者を目指します。」
「オーガとは大きく出ましたね。」
「目標は高い方が良いです、それにあいつが痛い目に遭うのは見たくないんです。」
視線で後ろの女武闘家を示す。
黒兜さんが鎧の中で小さく笑う。
「昨日よりはマシな理由が聞けましたね。いいでしょう、稽古を付けてあげます。」
「宜しくお願いします。」
腰を直角に折り曲げ、頭を下げる。
「あの、私もお願いします。」
すると、女武闘家が隣に来て同じ様に頭を下げる。
「貴方も稽古を付けて欲しいのですか?」
「はい、剣士に負けてはいられません。私も皆を守れる力が欲しいです。」
「ふむ。」
鎧越しに顎に手を当てて考える。
「それに1人よりも2人の方が、競争になっていいと思います。」
「成る程、一理ありますね。」
「では、私も?」
「良いでしょう。」
「有難うございます。」
稽古を付けて貰えることになり、女武闘家が再び頭を下げる。
稽古は翌日から始まることになった。
時間になったら所定の場所に来ることを黒兜さんと約束し、俺達は別れた。
女武闘家も鍛錬に行くと言ってギルドを出る。
「私もあんたを守りたいの。」
別れ際に赤い顔で呟き走っていった。
その言葉の真意を理解した俺も顔が赤くなった。
早朝、霧の中に沈んだ街の外周。
俺は装備を付けて走っていた。
前方には黒い鎧を纏い、左手に盾を、背中に大剣を背負った黒兜さんが走っている。
俺の隣を女武闘家と女魔法使いも一緒に走る。
何故3人で走っているかというと、これも稽古の一環だからだ。
早朝に出かける時、稽古を付けてもらうことを女魔法使いに話したら付いてきたのだ。
約束の場所で俺達3人を目にした黒兜さんは、「まぁ、皆一緒の方が結束も強まるでしょう。」と言って、女魔法使いも稽古に参加することを了承してくれた。
そして現在、俺達の基礎体力を診る為に、街の外周を走っている。
まだ1週目を終えていないが、魔法使いは既に息も絶え絶えになっていた。
「私は、頭を使う方が、得意なのよ。」
街を2周分走り終えた所で彼女は倒れた。
女武闘家と俺は4週目を走り終えた所で力尽きた。
「体力はかつての彼女と同じくらいですね。」
地面に倒れた俺達を見ながら、黒兜さんが手帳に何か書き込む。
「暫くは走り込みをして体力を鍛えましょう、もちろん装備は付けたままで。」
杯を渡されながら稽古の方針を聞く。
水をゆっくりと飲み干し、息を整える。
「では、次です。」
黒兜さんが用意していた2本の木剣持ち、片方を俺に渡し構えた。
「私に打ち込んで来なさい。」
俺も木剣を構える。
「行きますよ?」
「どうぞ?」
足を踏み込み、上段から振り下ろす。
剣を横にして防がれる。
今度は左から横なぎに振るう。
これも防がれる。
今度は大上段に構える。
「隙あり。」
黒兜さんの木剣が俺の脇腹に入る。
予期せぬ痛みで俺は木剣を取り落とした。
痛む脇腹を押さえる。
「実戦だったら貴方は死にましたよ?」
「反撃してくるんですか?」
「敵が棒立ちしているとお思いですか?」
視界の隅に、話を聞いていた女武闘家が呆れた顔をしているのが見える。
「貴方は大きく振りかぶる癖があります、力を込める意図があるのでしょうけれど、実戦なら隙です、振り下ろしが速ければまた別ですが。」
黒兜さんが木で作られた案山子を持ってくる。
「まずは狙った所に打ち込む練習です、正確に同じ場所に最小の動作で打ち込むことを心がけなさい。」
俺は立ち上がり、用意された案山子に打ち込み始めた。
先ほど注意されたことを意識して、同じ個所に最小の動作で木剣を叩きつける。
黒兜さんは女武闘家と女魔法使いにも何か話していた。
俺が木剣を延々と振り続け、手が痺れてとり落とした所で今日の稽古は終了となった。
飯を食べて、比較的安全な依頼のドブ浚いをして小金を稼ぎ、装備の手入れをして夜は寝た。
翌朝、また走り込みへ行く為に部屋を出ると、宿屋の1階で2人と出食わす。
女格闘家は昨日と変わらずだが、女魔法使いは身体が若干猫背になっている。
「鎖帷子って意外に重量があるのね。」
「私は気にならないわよ。」
「私はあんまり鍛えていないからその差ね。」
「2人とも鎖帷子を買ったのか?」
どうやら知らない間に装備を新調したらしい。
「ゴブリンに刺されたことを反省して買ったのよ、もし次に刺されても、これがあれば大事に至らずに済むかもしれないし。」
女魔法使いが刺された脇腹を服の上から撫でる。
「私も女神官ちゃんに聞いて買ったの、万が一の備えはしておいた方が良いと思ってね。」
道着を捲って着ていた鎖帷子を見せてきた。
「それにナイフも買ったの。」
「何のために?」
「予備の武器は有った方がいいわ、黒兜さんも戦う時に武器は複数有った方が良い、って教えてくれた。」
女武闘家が真新しいナイフを指で弄ぶ。
「さ、行きましょう。」
2人は宿屋を出て行った。
「備えか。」
2人が失敗を反省し、試行錯誤しているのを見て、俺も負けていられないと思った。
「でも、新しい装備かあ~。」
長剣を買ってしまったせいで懐が寒く、暫く生活を切り詰めないといけないことを考えると、気が少し重くなる。
まずは2人に倣って鎖帷子とナイフを買おう。
そう思いつつ、俺は2人を追いかけた。
「貴方の稽古には灰盾を付けましょう。」
走り込みを終えて私が荒い息をついていると、黒兜さんから男を紹介される。
黒兜さんとよく似た黒い鎧を身に纏っているが、男は灰色に塗られた盾を持ち、腰には剣を帯びていた。
「体術なら彼が私よりも詳しいので。」
「貴方、稽古、私、行う。」
灰盾と呼ばれた男が喋る。
片言なので、少々聞き取りづらい。
「宜しくお願いします。」
頭を下げる。
「早速、始める。」
灰盾さんが鎧と剣を置き、腕を構える。
打ち込んでこい、ということなのだろうか。
私も身構えて、呼吸を整える。
互いに身動きせず、相手の出方を見極める。
「来ない?」
灰盾さんが首を傾げた瞬間、私は動き出した。
細かい突きを繰り出し、隙を最小限にする。
灰盾さんは私の突きを悉く防いでゆく。
埒が明かないと判断して、蹴りを織り交ぜる。
脇腹目がけて中段蹴りを放ち、失敗する。
灰盾さんに蹴りを受け止められ、そのまま足を掴まれた。
片足を掴まれて動けなくなった私は、そのまま放り投げられる。
先日、ホブと闘った時と同じ状況が再現された。
背中から地面に落ち、痛みが走る。
倒れた私に灰盾さんが覆いかぶさり、左手で首を掴み、右手で貫手の構えをとる。
「貴方、死んだ。」
実戦なら死んだ事を告げると、私の上から退いた。
「蹴り、強い、でも、隙が大きい、使いどころ、見極める。」
先ほどの失敗を注意される。
「足を掴まれたらどうすればいいのですか?」
「腕、残ってる、急所、顔、目玉、殴る。」
足を掴まれたら、相手の急所を攻撃しろと。
確かに最低でも片腕は塞がっているだろうから、相手はこちらの攻撃を防ぎ辛くなる。
肉を切らせて骨を断てということかしら。
「もう一度。」
灰盾さんが構えを取り、稽古が再開される。
結局、私は一度も有効打を入れることが出来なかった。