天をも焦がすような紅蓮の炎を上げ山の砦が燃えている。
その炎を見て、収まるまで後どれくらい掛るだろうかと私は考えていた。
「助けて頂いて、こんなことを言うのはどうかとは思うのですが。」
振り向くと貴族令嬢パーティーの僧侶がバツの悪そうな顔をしていた。
「死体を操り戦わせるのはどうかと。」
先ほどの、村娘を死の従徒を使って暴れさせた事を咎めているのだろう。
件の村娘の亡骸は清められ、布に包まれていた。
傍では女神官が祈りを捧げている。
「貴方は僧侶ですからね、死霊術に忌むべき感情を持っていることは間違いではない。ただ、私から言わせるとゴブリン共の方が、業が深い。」
私は僧侶に向き合う。
「死んだ娘は弄ばれている間、何を思ったでしょうね?私だったら連中を八つ裂きにしたくて堪らないでしょう。」
「貴方はその復讐を叶えてあげたと?それは詭弁では?」
「まぁ、私の勝手な自己満足です、貴方が私を憎み嫌おうとも構いません。」
再び炎を見つめる。
「そこまでにしておきなさい。」
貴族令嬢が手で僧侶を制止して諭す。
「手段がどうあれ、彼らのお陰で私達は命を拾ったのだ。自分の矜持があるかもしれないが、押しつけるな。」
僧侶は割り切れない顔をしながらも頷いた。
「周辺に砦からの抜け道がないか調べてきます、火が落ちたら戻りますので。」
「わかった。」
場の空気が悪くなったので、私は逃げ出すことにした。
女神官とゴブリンスレイヤーにこの場を任せて森に消える。
そして先ほどの、死の従徒をかけた村娘のことを考えていた。
あれほどの働きをするとは予想外だった。
せいぜい、ゴブリンを混乱させてくれれば良いと思ったが、数匹を殴り殺し、砦の壁を抜いて脱出してくるとは。
尋常ではない膂力。
もし生きて冒険者になっていたら、一端になれていたのではないか。
惜しいことだ。
思考の海に沈んでいると、木を引っ掻く様な音が聞こえてきた。
意識を切り替え生命探知の魔術を発動させる。
森の生き物に交じり、ゴブリンらしき反応を見つけ近寄る。
ちょうど朽ちた木の洞から煤にまみれた顔を出した所だった。
剣を振り下ろし、首を刎ねる。
胴体と別れた首は地面を転がり茂みへと消えた。
どうやら木の洞はあの砦からの抜け道に繋がっているらしい。
中に燃える水を流し込んで火を付けた。
木の洞が煙を噴き上げるのを見届け、ここから出てくるゴブリンはもう居ないだろうと確信し、次を探す。
周辺を歩き回り、火から逃れたゴブリンを更に数匹殺し終えた頃、砦から立ち上る煙が少なくなったことに気付いて、私は彼らの元へ戻った。
焼け落ちた砦の内部を貴族令嬢のパーティーと共に調べ、生き残りが居ないか確認する。
生き物の焼ける匂いが鼻につく中、ウェルダンに焼けたゴブリンを引きずり、積み重ねて山にする。
最後の一匹を運び終え、手にこびり付いた肉片を払い落した。
「酷い匂いだ。」
魔法使いが焼き肉となったゴブリンの山を見て、鼻に手をあて顔を顰める。
砦の中にゴブリンが集めた金品でも無いかと思ったが、めぼしい物は残っておらず、みな焼けてしまった様だ。
完全に破壊されてしまったこの砦は、もう何者も使うことはできないだろう。
「生き残りは居ないようだな。」
奥を調べていたゴブリンスレイヤーが確認を終えたので、村娘の亡骸を携えて私達は山を下りた。
村で砦にいたゴブリンを殲滅したこと、浚われた村娘は既に死亡していたことを説明し、亡骸を引き渡す。
村娘の家族であろう男は泣き崩れていた。
「どんな形であれ、妹を連れ帰ってくれて、感謝します。」
男は大粒の涙を流しながら礼を述べた。
その姿を貴族令嬢達と女神官は沈痛な面持ちで見ていた。
私達は依頼人の家で一晩の宿をとり、夜を明かした。
女性陣に客間を譲り、私とゴブリンスレイヤーは床で寝ることにした。
屋根と壁があるだけで身を切る風や夜の寒さに悩まされず、外敵の警戒をしないで済む分、野宿よりも上等である。
剣や盾はすぐに手に取れる場所へ配置する。
隣の部屋から女性陣の話声が聞こえてくるが、壁越しの為、何を話しているかまでは聞き取れない。
目を瞑って、寝ることにした。
朝日が地平線を照らし出し、鶏が鳴き声を上げる頃、私は目を覚ました。
村の周辺に異常がないか見回ろうと思い、装備を背負い家から出た。
女性陣はまだ眠っているらしいので、音を立てない様に扉を閉める。
「おはようございます、ゴブリンスレイヤー。」
「見回りか?」
「はい。」
同じく起きていたゴブリンスレイヤーにあいさつし、頷く。
ゴブリンスレイヤーは家の前で装備と道具を並べ、点検と整備を行っている様だ。
「貴方もマメですね。」
「生死に係る。」
そう言いつつ、投げナイフを顔まで持ち上げ刃毀れが無いか確認する。
「周辺を見てきます、あまり時間は掛けませんので。」
「そうか。」
素っ気ない返事をすると確認の終わった投げナイフを置き、隣に置いてあった別のナイフを手に取った。
私も森に向けて歩き出した。
生命探知の魔術を発動させ、地面にゴブリンや他のモンスターの足跡が残っていないか注意深く探し、森の中を歩き回った。
周囲を一回りし終え、村人達の炊事の煙が空に昇っているのを見て、私は依頼人の家へ戻ってきた。
ちょうど貴族令嬢のパーティーが馬車に乗り込み、街へ帰る所だった。
「私達は街へ戻りますが、貴方達はどうしますか?まだスペースが空いているので、行き先が同じならば乗せて行けますが?」
貴族令嬢が申し出た。
「いえ、私達は仲間との合流待ちですのでお気になさらず。」
首を横に振って好意をやんわりと断った。
実際はダーネヴィールに街まで運んでもらうのだが。
「そうかでしたか、それではまたお会いしましょう。今回の恩は何処かで返したいので。」
手を差し出して握手を求められたので応じる。
「貴方達もお気を付けて。」
村から離れる馬車を見送り、人気のない開けた場所でダーネヴィールを呼び出す。
また運ぶ為に呼ばれたことを察してか、声に若干、諦めが混じっていた。
今度呼び出すときは肉の塊でも用意しておこう。
そんなことを考えながら、縄梯子で空へと引っ張られる。
さすがに2度目の空の旅となると女神官も悲鳴を上げることは無く、ゴブリンスレイヤーにしっかりと身体を支えてもらい空からの景色を楽しんでいた。
街へは昼頃に着いた。
「彼女達があの依頼場所へ赴いていたということは、近いうちにあの3人組もやってくるのでしょうね。」
ゴブリンスレイヤー達と一緒にギルドへ向かって歩きながら、一人独白する。
「そろそろだったか。」
「3人組?誰ですか?」
女神官だけ話が分からず尋ねてくる。
「ゴブリンスレイヤーに依頼を持ってくる人達ですね、数日の内に会えますよ。」
ギルドの扉に手を掛け、室内を見る。
「訂正します、今日会えますね。」
受付に並んでいるエルフ、ドワーフ、リザードマンが見えた。
数日前、吟遊詩人の歌でゴブリン殺しを専門にしている冒険者の話を耳にし、居所を突き止めた私達は西方辺境の街に足を踏み入れた。
私が珍しいハイエルフの為か、視線を感じるがいつものことなので無視する。
ギルドの建物に入り、件の冒険者についてカウンターで受付に尋ねる。
しかし、対応した受付嬢は困り顔でその様な名前の冒険者は居ないと言う。
「オルクボルグよ?この街に居ると話で聞いたのだけど。」
「はぁ、オルクボルグさんですか?少し、お待ちください。」
そう言って名簿を調べ始める。
待っていると鉱人道士が後ろに束ねた白髪を揺らしながら間に入ってくる。
「やはり、エルフの言葉では分かりづらいじゃろう、かみきり丸という名前に心当たりは無いかの?」
「かみきり丸という方も聞いたことがありません。」
「ぬぅ。」
自信満々に聞いたら自分も的外れであったことで、鉱人同士が長い髭を撫でながら唸る。
その姿を横目に見ながら、ドワーフの言葉でも駄目じゃない、と心の中で呟き、どうしたものかと腕を組んで考える。
「すまんな、拙僧らも探し人の本名を知っている訳では無くてな。」
今度は蜥蜴僧侶が前に出てきた。
「その探している冒険者はどんな人なのですか?」
受付嬢がペンと紙を手元に用意して尋ねる。
「うむ、ゴブリンばかりを狩っている冒険者らしいのだが。」
「あぁ、もしかしたらあの人の事ですかね。」
蜥蜴僧侶から特徴を聞くと、受付嬢は条件が合致した冒険者に思い当たったらしく、顔を綻ばせた。
「おぉ、やはりここに居るのですな?」
「はい。ただ、3日ほどギルドに来ていなくて。依頼は受けていない筈なので遠出はしていないと思うのですが。」
受付嬢が歯切れ悪く言う。
「じゃ、そいつが使っている宿は何処?此方から出向くから。」
オルクボルグの寝床を尋ねようとすると、受付嬢が私の肩越しにギルドの入り口を見て何かに気づく。
「あぁ、ちょうど良かった、彼ですよ。」
出入り口を指し示したので3人で視線を向けると、鉛色の鎧と黒い鎧を纏った2人の男と、神官の服を着て錫杖を持った少女が入って来るところであった。
「今入って来たアイツがオルクボルグなのね?」
受付嬢に確認を取る。
「そうです、恐らく彼が、貴方達が探している人です。」
受付嬢が肯定する。
私は3人組に近寄って行った。
「貴方がオルクボルグね、噂は聞いていたわ。」
汚れた鉛色の鎧を着た男の脇を通り抜け、黒い鎧の男の前に立ちはだかり、つま先から頭の天辺まで装備を値踏みする。
「成る程、歌になるくらいの実力はあるようね。」
全身を覆う黒い鎧に背負った大剣、左腕に装着された厚い盾、扉から入ってここまで来た際に見えた重心がぶれない歩き方。
私はこの男の実力が本物であろうことを確信する。
「あの、すいませんが。」
男が困惑した様な声色で私に呼びかけてくる。
「何?」
「ゴブリンスレイヤー、いや、オルクボルグは向こうの方です。」
そう言って黒い鎧の男が指し示すので視線を向けると、先ほど脇を通り過ぎた鉛色の鎧の男が目に入った。
男は受付で何か話しており、私の顔を見た受付嬢は苦笑いを浮かべている。
2人の姿を交互に見て、私は自分が見当違いの人に声を掛けたことに気づいた。
「ごめんなさい、間違えたわ。」
私は黒い鎧の男に謝り、受付に戻った。
羞恥で顔が赤くなっているのが分かる。
「何をやっとるんじゃ。」
戻って来た私を見て鉱人道士が呆れた顔で言う。
言い返す言葉が思い浮かばず、口を曲げる。
「まぁ、間違うことは誰にでもありますゆえ、お気になさらず。」
蜥蜴僧侶が慰めの言葉を掛けてくる。
恥ずかしさで逃げ出したくなるが、オルクボルグに用があるのだから、と自分に言い聞かせ、私は踏みとどまった。
意識を切り替えて、オルクボルグと言われた男の装備を見る。
鎧はうす汚れており、腰には中途半端な長さの剣を携え、腕にはこれまた微妙な大きさの丸盾を装備している。
黒い鎧の男と比べてしまうと、どうしてもみすぼらしく見えてしまう。
駆け出しの冒険者という言葉がしっくりとくる見た目だった。
先ほどの男がオルクボルグだったら良かったのに、と内心ため息を私は吐いた。
「俺に何の用だ?」
男がぶっきらぼうに尋ねてきた。
「わしらはお前さんに依頼したいことがあってな、少し時間を貰えぬか?」
「良いだろう。」
「助かる。譲ちゃんや何処か空き部屋はあるかい?依頼内要を話したいんじゃが。」
「それならば、応接室を用意しますが?」
「じゃ、そこを使わせてもらおうかの。」
私達がオルクボルグと共に2階の階段を上がろうとすると、先ほどの黒い鎧の男が声を掛けてきた。
「ゴブリンスレイヤー、その話、私も同席して良いですかね?」
「かまわないか?」
オルクボルグが私達に許可をとる。
「信用できる奴かの?」
「あいつは大丈夫だ。」
「お前さんが保証するなら、良いじゃろう。」
代表として鉱人道士が頷く。
「では、お言葉に甘えて。」
許可を貰った男が付いてくる。
一緒にギルドへ来た女神官には待っていろ、とオルクボルグは指示をした。
彼女は錫杖を握りしめて頷くと、空いている席に座り、通りがかった給仕に何か頼んだ。
階段を上がり、応接室に全員が入った所で、私達は依頼の内要を2人に説明した。