「おい牧田、わりーけどちょっと机貸してくれるか? 三人分くっつけたいんだわ」
「ん、いいぜ」
「ありがとな。――っと。よっしゃ、じゃまあ、メシ食いながら話そうか」
一ノ瀬は言いつつ、クラスにある机を三つ、T字状に並べる。
俺がそれを手伝っている間も、周囲からの声は止むことがなかった。
「――朝教室に来た子だよ、ほら」
「すっごい綺麗な髪――銀髪? 染めてるわけじゃないよね?」
「クッソ可愛いなおい……目、デカっ」
「あの肌焼いてんのかな? 地肌?」
「夢野殺す」
……何か物騒な言葉が聞こえた気がする。
「周りのギャラリーも待ちきれないみたいだしな、はじめよっかね。――えっと、君……あー、そうかまずは名前だな。君、名前なんての? 俺は一ノ瀬っていうんだ。んで、こいつの友達」
「うむ、我が君の友人ともなれば名乗らぬわけにもゆくまい。わしの名はサナトラピスという。『タヒニスツァル=モルステン=サナトラピス』じゃ」
「――ぶっ!?」
俺は落ち着くため、口に含んでいた茶を吹き出してしまう。
――こいつ、何考えてやがんだ!?
「……おい、きったねーなぁ。なんだよ夢野、どうしたんだ」
「ごほっ! ――い、いや、なんでも……」
……いや、確かにこいつの外見で山田だとか田中だとか、そういう日本人名は似合わないが……
それにしたって、普通本名をそのまま使うか?
そりゃ、この世界じゃこいつのことを知ってる奴なんていないだろうし、偽名も考えてたわけじゃないが。
「そっか。しかし舌噛みそうな名前だよな。タヒニスツァルってのはちょっと発音し辛すぎるからさ、サナトラピスちゃんって呼んでいい?」
「その呼び方には多少嫌な思い出があるのじゃが……まあ、よかろう」
「ありがとね。そんで君、どこから来たの? 日本人じゃないよね?」
「うむ、言うまでもない。わしは冥――」
「名前言われても俺たちじゃ分かんないような小さな国から来たんだってよ!」
確信した。
――こいつ、完全に舞い上がってしまっていて、後先を考えてモノを言っていない。
「――なんだよ夢野、いきなり大声出すなよ……。ま、いいや。そんでさ、サナトラピスちゃん。朝こいつが言ってたのはマジなん?」
「ん? 何がかの?」
「いやほら、朝に偶然会ったって話。それにしちゃ随分仲良さそうじゃん? いきなり抱き着くなんて」
「それは当然じゃ。なにしろわしは我が君の所有物であるでな」
――ざわっ……
周囲の空気が一変する。
女子からの視線はますます侮蔑を伴ったものになり、男子たちからの殺気はより一層俺を震え上がらせる。
「……夢野」
「……はい。なんでしょうか」
流石に一ノ瀬も、苦虫を噛み潰したような顔になっている。
俺は、そんな友人の顔をまともに見れず、出てくる言葉も自然と敬語になってしまう。
「……お前よ。確かに信じらんねーくらい可愛いけどな、まさかマジでこんな小さな子を言いくるめて……だとしたらお前、友達とはいえ流石に引くぞ……」
「なわけねーだろが! 大体俺はこんなガキに――あっ……」
立ち上がって抗弁しようとした俺の目に、ある女性の姿が目に入る。
つい先ほど言ったように、俺が少し好意を寄せていたクラスメイトだ。
彼女の目は先刻よりも更に厳しくなり、畜生どころか汚物を見るようなものにまで変貌していた。
……泣きたい。
いや、今からでもまだ挽回は可能なはずだ。
今すぐに事を起こせば、あるいは――
「あ、あれ? サナトラピスちゃん? どしたん、そんな怖い顔して」
「――え?」
一ノ瀬の声に、俺が視線を戻すと。
何故かそれまでの笑顔から、急に不機嫌そうな仏頂面になったラピスが、俺を睨みつけている。
「――おい、どうしたラピ――」
「ひっ……!」
「――は?」
俺が声をかけようとすると、やにわにラピスは表情を一変させ、椅子ごと後ずさる。
その顔には、はっきりとした恐怖の色が張り付いていた。
「……も、申し訳ありませぬ!
「おまっ……おい、なにを――」
「朝に受けた痛みもまだ癒えておらぬのですじゃ……尻が腫れ上がるほどの折檻はもう……」
「ばっ……! おまっ、今それっ――」
時すでに遅し。
この上さらに俺は、暴力で幼女を従わせている最低男にまで成り下がってしまった。
「オイオイオイ」
「逮捕だわアイツ」
「夢野殺す」
周囲の声は、もはや俺の耳に届くことを隠す素振りすら見せない。
そして、一ノ瀬も。
「……おい夢野、マジなら流石に俺でもフォローしきれねえぞ?」
「お、おいおい一ノ瀬くん! そんな真剣になるなって! 冗談に決まってんだろ、ほら、外国人あるあるの過激なジョークってやつだよ! ――な、ラピスちゃん!?」
「……さて、どうですかなぁ? くすくすくす……」
これ以上ないほどに頭にくるニヤけ面で、ラピスは嘲笑と共に曖昧な返事を返す。
――やはり、先ほどの豹変は完全に演技だったのだ。
帰ったら覚えとけよ、こいつ……!
だがしかし、そのラピスの笑いは同時に、彼女の言葉が冗談であることを一ノ瀬に分からせることに成功したようでもあった。
一ノ瀬はやや表情を崩し、やれやれとばかりに言葉を発する。
「――ま、そうだろうな。今まで女の噂なんかこれっぽっちも無かったお前が、んな大それたこと出来るわけねえか」
「そ、そうだって! ほれ、話もいいけどさ、そろそろメシも食おうぜ!」
これ以上ラピスを交えて話を続けても、何も事態は好転しない。
こうなればさっさと昼飯を済ませてしまい、こいつには一刻も早くご退場願おう。
「……」
「――あれ? サナトラピスちゃん。君、弁当とかは?」
「あっ……!」
今日何度目のミスか。
俺は、ラピスに昼食を渡しておくことを完全に忘れていた。
やはり、昨日の今日でというのは無理がありすぎだぞ……
「うむ。今日は色々と慌ただしかったからの。つい忘れてきてしもうた」
ラピスはあっけらかんと言い、一ノ瀬が返答を返す。
「ありゃ、そりゃ悪かったね。そんじゃ今からでも学食行くか。それか購買でパンでも買って来る?」
「いいや、それには及ばぬよ。――のう、我が君よ?」
「……は?」
またぞろ妙なことを始めるのかと俺が身構えると、ラピスは奇妙な真似を始めた。
俺に顔を向けたまま目を瞑ると、何故か口を大きく開けたのだ。
……まさか。
「……おい」
「……」
ラピスは片目だけを薄く開け、何か合図するような視線を向ける。
――言葉にしなくともわかる。
これは、言う通りにしないとまた、俺にとって不利なことを言うぞ、という脅しだ。
「ぐっ……! くっ……」
俺は悔しさのあまり震える手で、妹手作りの弁当からひとつ、卵焼きを箸で掴み、ラピスの口にまで運び込んでやる。
ラピスはそれをゆっくりと咀嚼しながら、満面の笑顔になる。
「うむぅ~! 我が君の手みずからとなれば、美味しさもひとしおじゃのう!」
「……夢野お前、いつの間にそんなコマシ野郎になっちまったんだ……?」
「違う……! 違うんだ……!」
「夢野殺す」
「あ、俺も殺すわ」
「俺も」
………
……
…
――そして、針の筵のような昼休憩が終わった。
結局ロクに誤解が解けないどころか、逆に悪化してしまったような気さえする。
俺はラピスとの別れ際、頼むから午後は休み時間の度に来ることのないようにと頼み込んだ。
ラピスはなかなか首を縦に振らなかったが、ラーメンに餃子も付けると言って、やっと折れてくれた。
仮にも主従関係にあるのに、俺が頼む立場とは一体どういう了見なのだと思わないでもないが、とにかく今日を乗り切ることが先決である。
その後約束通り、放課後まで奴が俺の前に姿を現すことは無かった。
このチャンスを利用し、一ノ瀬との雑談という体で俺は、クラスメイトの誤解を解くことに必死になった。
わざとらしいほど他人に聞こえるよう大声で話し、とにかく全てはあの転入生の勘違いとおふざけであると、俺は殊更に強調して言った。
果たしてその成果がどれほどであったかは窺い知れないが、何もやらないよりはマシであろう。
そんな俺の必死な弁解の時間は過ぎ、やっと一日の終わり、放課後に至る。
俺はやっとこの地獄のような一日から解放される安堵から、長い息を吐き出すが。
――この時の俺は気付いていなかった。
今日の学校生活はまだ終わっておらず、最後のオオトリを控えているということに……
………
……
…
「おい夢野。どうしたんだ、んな急いで」
「あーいや、ちょっと用事がな……」
「もしかしてあの子関連か?」
「……ああ。でも勘違いすんなよ? 別に変なことしようっていうんじゃ――」
「わかってんよ。外人さんだかんな、友達になったなら色々教えてやれよ、責任持ってな」
「重い責任もあったもんだ……」
一ノ瀬と別れた俺は、教室から出ると、目的の人物を待つ。
休憩時間には5分と待たず来たくせに、いざこちらが待とうと思っていると中々姿を現さない。
スマホで確認すること10分少々。
ようやく、ラピスがこちらに走ってくるのが見えた。
「我が君! いや申し訳ない、周りの者らがなかなか離してくれんでの」
ラピスは肩で息をしながら、謝罪の言葉を述べる。
あまりこの場に留まり続けたくなかった俺はラピスを促すと、とりあえず教室から離れるように歩き始める。
そして階段をひとつ降りたタイミングで、俺は声をかけた。
「……お前には色々と言いたいことがあるが、まあそれは帰ってからにしよう。――なんだ、離してくれなかったって。早速友達でもできたか?」
「う~む……我が君も知っての通り、わしにはこれまで友人など居なかったものでな。あれがそうかと問われても判断しかねるの……」
「ばっか、友達なんつーのはそんな難しいもんじゃないんだよ。そいつらはお前に話しかけてくるとき、嫌そうな顔をしてたのか?」
「……いいや。――どころか、嬉々としてわしを質問攻めにしてきおった。やれ生まれはどこだの、肌の色は生まれつきなのかだの、今どこに住んでるのかだの――」
そう言うラピスの表情は、どこか困惑した色を湛えている。
長いこと人と関わることを夢見ていたのだから、素直に喜べばいいものを。
だが、その前に俺は、ひとつ言及しておかねばならない点を彼女の台詞から見つける。
「おいちょっと待て。生まれって……それに住んでるところだと? お前、なんて答えたんだ?」
「ん? 生まれについては適当な国名をでっちあげておいたぞ? そんな国は聞いたことがないと言われたが、元々の言語ではそう言うのじゃ、この国では何というのか知らぬ、と答えたらそれ以上の追及はしてこなんだ。今の住処についても同様じゃ。ずっと遠い所であるとだけ言って誤魔化しておいたぞ」
「――てめぇ、じゃあ昼休みのアレは……」
「いやぁ、困り顔の汝がその、あまりに可愛らしかったものでな? まあちょっとした出来心というものじゃ、許せ許せ。――くかかっ!」
「くかか、じゃねえんだよ! てめえ全部わざとだったのか!」
「まあまあ、そう激高するでない。ほれ、周りの視線を集めておるぞ?」
「――くっ……てめぇ、ほんと覚えとけよ……」
家に帰ったら絶対泣かす。
俺はそう心に決めると、とりあえずは気を取り直し、話を戻す。
「――ま、でもよ。良かったじゃねえか」
「ん、どういう意味じゃ」
「友達ができたことがだよ。お前、ずっと人と喋りたかったんだろ? ここじゃ間違ってもお前を殺そうとかいうヤツは居ないからな。こうなったら素直に楽しめよ。俺以外ともな」
「……そういえば、そんなことも言ったの」
「……?」
どうも要領を得ない返答だ。
俺が訝しんでいると、ラピスは鼻で笑う。
「――はっ。今となってはそんなもの、どうでもよいことじゃ」
「おい……」
「わしにとり、もはや大事なことなど一つしかない。その他あらゆる事物は全て下らぬ、取るに足らぬことじゃ」
「なんだよ、そりゃ。何万年もずっと待ち望んでたこと以上に大事なもんなんてあんのか? それもこんないきなり」
「……本当に分からぬのか?」
ラピスはジト目になり、俺に視線を送っていたが。
やがて諦めたように溜息をつくと、やれやれとばかりに手を振りながら言う。
「はあぁ~……。まったく、鈍いというか、朴念仁というか……しかしそういうところも含め、わしはすっかり参ってしまっておるのじゃからな。愚かしいのはわしも同じじゃのう」
「――なんかお前、そこはかとなく俺を馬鹿にしてねえか?」
「いいええ。そんなことはありませぬよ、我が君」
……やはりなにか馬鹿にされているような、見下されてるような気がする。
「……ったく……んじゃ先帰ってろ。花琳はまだ帰ってないと思うが、一応玄関から部屋に戻るまでは透明化しとけよ」
「何を言うておる。一緒に帰ればよいではないか」
「部活があんだよ。もう二日も休んでっからな、いい加減顔出しとかないと鈴埜にどやされちまう」
「……」
「おい?」
急に目を細め、表情を消したラピス。
そして何を思ったか、この衆人環視の中、俺に体を預け腕を組み始めた。
「――おっ、おい、馬鹿お前、なにを――」
「わしも行く」
「はぁ!?」
俺は恥ずかしさから腕を振り、ラピスを振りほどこうとするも、がっしと腕を絡みつかせたラピスはそれを許さない。
「お前、何言ってんだよ! これ以上ややこしくなるような――」
「行くったら行くのじゃ! それともなんじゃ、わしをあの女のところまで共に連れてゆくことに、何ぞ後ろめたいことでもあるのか!?」
「いや、そういうことじゃなくてだな――っていうかお前、なんでそんな必死なんだよ!?」
「必死になどなっておらぬわ! 何も問題なければよいじゃろうが! ほれ、行くならさっさとせい!」
その顔があまりにも真剣なので、俺は腕を振りほどくことは諦め、こうなればとっとと目的地まで急ぐことにした。
ラピスはそれからずっと不機嫌そうな仏頂面を続けたままで、しかし身体は俺に密着させた状態を解こうとしない。
何なんだ、本当……結局腕も離してくれないし。
「……それで、具体的に何をしに行くのじゃ」
俺の腕にべったりと張り付いたまま、ラピスは歩きながら、変わらず不機嫌そうな声を出す。
周りの好奇の視線に気づいていないのか、こいつは?
それとも気付いていてこの態度なのか。
「だから部活だって……」
「”ぶかつ”というのはあれか、わし以外の
「いや、あのな……」
――なんとなく、こいつが不機嫌な理由の一端が分かったような気がした。
一昨日の夜のことが思い返される。
まさかあれが本気だとは思わないが、それでも俺は釘を刺しておくことにした。
大体言わなくても分かるだろうに。
鈴埜のことはこいつも知っているはずだ。
一日だけとはいえ、部活の間ずっとこいつは透明化して、あの場所に居たんだからな。
「二人だけなのは偶然だよ。それに今日は他にもやることがあるしな。ずっと返し忘れてたもんを返さなきゃなんねえ。変な勘繰りはやめろ」
「なんじゃ、やることとは」
「本だよ本。もう二週間以上も前に――」
……ん?
「――そうだ。あの本を読んだ晩だったな」
「ん?」
「お前に初めて会ったのがだよ。……ただ読んだだけじゃなかった気もするんだが……ううん……?」
「……我が君よ。その本とやら、わしに見せて――」
「おい、着いたぞ」
何かラピスが言いかけていた気がするが、とにかくさっさと人目から逃れたかった俺は、それを無視する。
「いいか、タイミングを見て鈴埜に紹介すっから、とりあえず外で待っとけ」
「……まあ、よかろう」
不満げながらも、渋々了承したラピスを置いて、俺は図書室の扉を開ける。
中には、いつもの場所――図書の貸し出し受付となるカウンターの椅子に、鈴埜が鎮座していた。
これもまた、いつものように他に誰も居ないようだ。
となれば扉の開閉音で俺のことにも気づいているはずなのだが、鈴埜はこちらを一瞥もせず、黙々と本に目を落としている。
俺は何か嫌な予感がしたが、努めて冷静に、そして元気よく鈴埜へ声をかける。
「う、うーっす、鈴埜!」
少しどもってしまったが、そう違和感は無いはず。
鈴埜は、視線だけをこちらに向けると。
「……どなたですか?」
氷のように冷たい視線でもって、一言だけ漏らした。
「う゛っ……」
――ヤバイ。
何故かは分からないが、これは相当怒っている。
本気で怒った鈴埜はこれまで一度だけ見たことがあるが、あの時のことは思い出したくもない。
「……お、おいおい。冗談きついなあ鈴埜ちゃん。大事な部員のこと、忘れちゃったのかな?」
「真面目に活動もしない上、二日もサボるような部員など存じ上げませんね。それも仮病まで使って」
――バレていた。
昨日俺が体調が悪いから休む、と伝えた時は短く「そうですか」としか言わなかったため安心していたが、恐らくあの時から既に怒っていたのだろう。
抑揚のない、しかし憤りがはっきりと伝わる声で、鈴埜は言葉を続ける。
「そんなにオカ研の活動が嫌なら、どうぞ他の部活にでも移られてはいかがですか?」
「あーもう、ごめん、ごめんって鈴埜! 確かに俺が悪かった! 謝るから許してくれよ! 今度から俺、真面目にすっからさ!」
「何度目でしょうね、その言葉も」
まるで勉強をサボる子供の言い訳と、それを受ける母親の構図のようだ。
高校生である俺が、中二の女子に謝りっぱなしのこの図は非常に情けないものだが、全面的にこちらが悪いのだから仕方がない。
言葉に詰まる俺を鈴埜はじっと見据えていたが、やがて溜息をひとつ吐き出すと、呆れたように言った。
「……ふう。……もういいですよ、今に始まったことでもないですし。それで、今日からは普通に出られるんですか?」
「あーうん、まあ――」
一応は許してくれる気になったようだ。
俺は安堵し、返答をしようとするが――
「いいや、そうはいかぬ!!」
扉を乱暴に開け放ち、まるで時代劇か何かの一シーンのような担架を切って登場した人物。
――説明するまでもない、ラピスだ。
ラピスは鼻息を荒くしながら、大声を張り上げる。
その対象は俺ではなく、椅子に腰かける鈴埜にである。
「以前から聞いておれば、なんと無礼な女じゃ。もはや我慢ならん! この男を好きにからかっていいのはわしのみじゃ、この
――こいつ、いきなり現れて一体何を言ってやがるんだ?
せっかく収まりかけた矛を滅茶苦茶にされては敵わない。
「おい! お前俺が言ったこと――」
「我が君もなんじゃ! こんな小さな
どの口が言う。
一応設定上では鈴埜よりお前の方が年下扱いなんだぞ。
「……先輩。……この方は?」
鈴埜は、ラピスではなく俺に向かい、質問を投げかけた。
表情は一見変わりないように見えるが、長い付き合いの俺にはわかる。
……明らかに、イラついている顔だ。
「あーいや鈴埜、こいつは、その……」
「リュウジの奴隷じゃ!!」
「……」
鈴埜の目が細まり、俺に向ける視線はますます鋭くなる。
「うっ……! ――こっ、このウルトラバカが!」
「じゃわーっ!!」
俺は彼女の視線から逃げるように横を向くと、原因である人物の頭に、今日二度目となる拳骨を落とした。
今回のものは一回目より強い、ほぼ本気の一撃だ。
変わった悲鳴を上げたラピスはへたり込み、続く言葉は震えた涙声になっていた。
「ひぃ、ひぃ……。うう……本気で殴らずともよいではないかぁ……」
「……もう一発食らいたいようだな?」
俺は、はぁと握った拳に息を吹きかける。
――が。
「――先輩」
俺の背に、心腑まで凍り付くような冷たい声が浴びせられる。
「はいっ!」
俺はつい気を付けの姿勢になり、まるでロボットのようなぎこちない動きでもってして、首だけを鈴埜の方へ向けた。
彼女はいつのまにか立ち上がっており、鋭い目で俺を睨めつけている。
身長で言えばラピスより少し高い程度であるはずの鈴埜はしかし、言いようのない迫力を纏っていた。
「そこに正座しなさい」
両腕を胸の前で組み、鈴埜は命ずる。
「お、おいおい鈴埜ちゃん。お顔が怖いよ? それにせめて椅子に――」
「正座」
「はい……」