拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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謎かけと横暴、そして盟約

「それで先輩、改めてお聞きしますよ。この方は一体?」

 

 鍔の広い三角帽子を被ったまま、鈴埜は俺を見下ろしつつ尋ねる。

 この視点からだと普段帽子で隠れがちな、彼女の顔の全体像がよく見える。

 鈴埜の髪形は俗にいうショートボブで、前髪は綺麗に切り揃えた、綺麗な黒髪をしている。

 そしてその揃えられた前髪の下に見える両目は、普段はいつも眠たげというか、感情の読み取れぬ色を放つものであったのだが、現在俺を見下ろす彼女のそれは、今だけは誰が見ても不機嫌だと分かるものに変貌していた。

 

 背の低い鈴埜を俺が見上げる形になっているのは、彼女の命令で床に正座しているがゆえ。

 カーペットなどもちろん敷いていないリノリウムの床は底冷えする冷たさで、俺の膝を襲い続けていた。

 

 そんな情けないポーズを俺が強制されていることに、ラピスは我慢ならないと見える。

 鈴埜ではなく、素直にされるがままになっている俺に向かい、ラピスはぎゃあぎゃあと喚き立てた。

 

「こりゃ! なにを言われるままになっておるか、情けない! こんなこむすめなどわしがもごっ!?」

「あー……説明するよ。えっとな、こいつは――こら、大人しくしろ!」

「~~~~~ッ!!」

 

 俺は素早くラピスの頭を右腕で巻き込み、胸元まで引き寄せると、そのまま頭を脇に抱えて締め上げる。

 これ以上要らぬことを喋り出さないよう、俺はそうした所謂ヘッドロックの体勢になったまま、鈴埜へ、ラピスについて放課後までに一ノ瀬にしたような説明をもう一度繰り返した。

 

 二回目ともなれば、一ノ瀬への説明の時よりも説得力のあるものであったと思う。

 もちろん奴隷云々なぞは冗談であるということは、それこそ何度も念を押して説明した。

 ……のだが。

 

「……」

 

 どう説明しようが、鈴埜の表情は一向に晴れることがなく、どころか一言も口を利くことすらない有様だ。

 いや、と言うよりも、そもそも話に耳を向けているのかすら怪しい雰囲気である。

 というのも、先ほどから鈴埜の目線は、俺がラピスを抱え込んでいる部分にのみ注がれている様子であったからだ。

 やはり、俺の言葉だけでは説得力に欠けるということだろう。

 

「――ってことだよな、ラピス」

「ぶはーっ……! い、息が……我が君よ、抱擁は嬉しいが、もそっと力加減をじゃな――ぶっ!?」

 

 仕方なしに少し力を緩めるも、ラピスはまたも要らぬことを口に出し始める。

 俺は再度この馬鹿の頭を抱え込んで黙らせると、ちらと鈴埜の様子を窺う。

 

 ……。

 

 ……やっべぇ。

 後ろにゴゴゴゴって、漫画みたいな文字が見えそうな勢いだぞ。

 それに何か、黒い瘴気みたいなものまで見えてるような気すら……。

 

 ――ん?

 

 ……いや、気がするっていうか……本当に見えてないか?

 黒い煙というか、もや(・・)というか……とにかくそんなものが、鈴埜の周囲から立ち上っているような……

 

「……先輩……」

 

 などと思っていると、やにわに鈴埜の口が開かれる。

 放たれた声はそれまでに聞いたことがない程に低く、ドス(・・)のきいたものであった。

 更に彼女の瞳からは光が消え――

 

「――ってことだよなぁ!? ラピスちゃん!?」

 

 俺は瞬間的に鈴埜から目線を外し、更にもう一度脇に抱えるラピスを開放すると、今度はラピスの目をじっと見据え、殊更に大きな声で念を押す。

 流石にただごとではない雰囲気を感じ取ったのか、ラピスはただたどしいながらも、俺の言葉に同意する。

 

「おおっ!? お、お――う、うむ? その通りじゃ、よ?」

「ほれ、本人もこう言ってるし!」

「……あのですね、先輩。そんなあからさまな――」

 

 怒りに加え、呆れの色すら湛え始めた鈴埜の声を留めるべく、俺は更なる追撃を加える。

 

「おーっと! そうそう! それに今日はお前に大事な用事もあったんだった!」

「――はい?」

「ほれ、これ! 借りてたやつ、今まで返しそびれちまってたからな」

 

 俺は鞄からその(ブツ)を出す。

 例の、彼女から借りていた本だ。

 鈴埜は、しばらく俺とラピス、それに本へと視線を動かしていたが。

 やがて目を閉じると、幾分か普段の調子に戻った声色になり、言う。

 

「……言っておきますが、この話はまたいずれ詳しく聞かせてもらいますからね」

「あ、ああ……で、その、そろそろ立ち上がっても……」

「ふぅ……。はい、もう結構ですよ」

 

 やっと許しが下りた俺は、安堵と共に立ち上がる。

 

「それで、以前部活終わりに仰っていましたよね、先輩」

「ん、いつのことだ? ていうか何をだ?」

 

 立ち上がった俺は、ズボンに付いた埃を払いつつ、鈴埜に目を向ける。

 

「この本のことに決まっているでしょう。先輩は確かに、これを読んだ、と仰いましたよね?」

「……まあ、読んだぜ? ――でもよ、それなんつーか、今までの学術書みたいな難しさは無かったけどな、それでもやっぱ意味分かんなかったぞ。趣味の悪い絵本みたいだったが、一体何について書かれてたんだ?」

「……先輩。それより、この本――最後まで(・・・・)きちんと読まれたんですよね?」

「ん? そのはずだけど……?」

「それでは最後に何が書かれていたかここで言ってみてください」

「そりゃお前――。……ん……あれ……?」

 

 ……おかしい。

 間違いなく最後まで読破した記憶はある。

 それに、忘れようもないものであったことも覚えている。

 

 ……だというのに。

 

「……どうされました?」

「……いや、確かに最後まで読んだのには間違いないんだが……いや、本当だぞ? 今度ばかりは嘘じゃない」

 

 どう記憶を探っても、具体的な内容が頭に上ってこない。

 まるでそこだけを誰かに思い出すことを邪魔されているかのような、そんな不自然さだ。

 

「……覚えておられない、と」

「おっかしいな……結構印象に残ってたはずなんだが……鈴埜、おま――」

 

 俺は、鈴埜に声をかけようとして、その言葉を飲み込んでしまう。

 俺の視界に映る鈴埜の顔――その口角が、不意にニヤリとばかり持ち上がったからだ。

 

「――仕方ありませんね。……今回だけは、その必死な顔に免じて信じてあげてもいいです。――ふひっ……」

「お、おお……そりゃ、ありがと、な……」

 

 元々鈴埜はそんなに普段笑う方ではないが、大体そういう時もごく僅かに表情を変化させるのみで、声を伴うことなど滅多にない。

 それが今回、何故こんなタイミングでもたらされたのか、俺には皆目見当がつかない。

 

 ――それも、こみ上げる愉悦を我慢しきれずとでも言いたげな、こんな引き笑いなど。

 一年以上の付き合いになるが、俺はついぞ見たことがなかった。

 

 俺の不審な視線に気付いたのか、鈴埜はわざとらしい咳払いをしてみせる。

 

「ん――こほっ。……それより、それはかなりの希少な品ですので、とりあえず一度、返して頂けますか?」

「ああ、そりゃもちろん――」

 

 それを断る理由もあるはずがなく、俺は素直にその本を鈴埜へ手渡し――

 

「ちょーっと待てーい!!」

「――ッ!」

「ラピス!?」

 

 まさにその寸前、横から手を出したラピスは俺の手から本を奪い取ると、あっという間にそのまま出入口の前にまで移動してしまう。

 そして更に鈴埜に向け人差し指を差し向けると、何やら妙なことを(のたま)い始めた。

 

「――こすむめ! 貴様の狙いが何であるか知らぬが、勝手なことは許さぬ! これはわしが預かっておくぞ!」

 

 その言葉を聞いた俺は、ついに堪忍袋の緒が切れる。

 これは流石に冗談にしても笑えない。

 

「お前、ふざけてんじゃねえぞ! 冗談で済むことと済まねえことの区別も付かねえのか、バカ!」

 

 がしかし、そんな俺の怒気を含んだ声を聞いても、ラピスは全く意に介さぬばかりか、何故か俺を可哀そうなものを見るような目でもって迎える。

 

「全く、これじゃから……何とまあ、隙だらけなお人じゃことよ。わしがおらねばどうなっておったことやら。いやしかし、おかげでことの一端が見えたわい。朧げながら、の」

「――はあ!?」

「とにかく、我が君よ! 取り戻したくばわしを追ってくるのじゃな! それではの!」

 

 言うやラピスは扉を開け放ち、この場からたちまち姿を消してしまう。

 

「ああもう、何考えてやがんだあいつは! ……すまねえ鈴埜。本は明日必ず返すから、今日のとこは勘弁してくれ! ――おい、ラピス! てめぇどこ行きやがった!」

 

 呆然として立ち尽くす鈴埜を置いて、俺は図書室から出ると、目的の人物を問い詰めんと駆け出したのだった。

 

 ………

 ……

 …

 

「おいラピス! どこだ!」

「そう激高するでない。とりあえず建物の外で落ち合おうではないか。――先に行って待っておるぞ」

 

 ごく近くからラピスの声が届くも、見渡しても姿はない。

 あいつ、さては透明化してやがるな。

 力の無駄遣いはやめろって話をしたばかりだってのに、何考えてやがるんだ?

 

 いずれにせよ、姿が見えないのではこちらとしては為す術がない。

 奴にまんまと乗せられているようで癪ではあるが、俺はとりあえず従うことにする。

 

 校舎から出た俺は、通常の帰宅ルートから一本外れた、人通りのない細道に入る。

 

「……おい、そろそろいいだろ」

「うむ、よかろう」

 

 俺が虚空に向かい口を開くと、それを合図としてラピスは姿を現す。

 

「――まったく、わしがおって命拾いしたのう? やはり汝にはわしがおらねばあじゃあああ!?」

 

 やれやれとばかりにドヤ顔で何がしか宣い始めたこの馬鹿の両頬を、俺はギリギリと捻りあげる。

 

「はじゃあああ! や、やめへ! ほ、ほれる! ほれてひまう!」

「いっそのこと本当に取れちまえばいいのかもなぁ? そうなりゃこのよく回る口も少しは大人しくなるだろ?」

 

 言いながら俺は、ばたばたと抵抗しながら許しを請う死神の言葉を無視し、暫く手を止めなかった。

 流石に最後のアレは限度が過ぎている。

 俺のものならばまだいい。初対面、それも他人の物を奪い去るとは。

 人ではないから、では言い訳にならない。これから人として共に生活するからには、最低限のルールを教え込ませておく必要がある。

 やがて大人しくなってきた頃を見計らい、やっと俺が手を離すと。

 

「ううう……ごめんなさいなのじゃよ……ごめんなさいなのじゃよ……」

 

 頬を擦りつつ、地面にへたり込みながら涙目で言うラピス。

 普段は馬鹿みたいに高圧的で居丈高のくせに、そのくせ痛みには人一倍弱いと見え、少し折檻を受けるとすぐにこうなる。

 多分、素がそもそもヘタレなのだろう。そう考えると普段のあの態度も、その隠れ蓑の意味合いが強いのかもしれない。

 ならば最初から大人しくしていればいいと思うのだが。

 やはりよく分からない死神だ。

 俺は、ぐすぐすと泣いて詫びの言葉を上げ続けるラピスの姿を凝視する。

 

「……」

 

 人形のように整った、美しい顔を歪ませてすすり上げるその表情は、やけに嗜虐心を誘うものがあった。

 あの腐れ天使も、さてはこの顔を見て加減が出来なかったのだろうか。

 ならば多少はその気持ちも分からなくも――いや、何を考えてる。

 

「で、お前……何であんなことしたんだ。一応聞いておいてやる。何か理由あってのことなら許してやらんでもないぞ」

「うっ……そ、そうじゃ! もちろん理由あってのことに決まっておる! ――そも、わしの行動は一から十まで、全て我が君のためを思ってのことじゃと分かっておろう!」

「……いやあ、それは初耳ですなあ」

 

 本当に初耳である。

 こいつには一度、今までの自分の行いを振り返ってみてほしい。

 

「こっ、この……! ――ま、まあよい。……よいか、この本のことじゃが」

 

 言って、ラピスは懐から例の本を取り出す。

 

「お前、それ! さっさと返――」

「黙って聞け。よいか、汝は気付いておらぬのじゃろうがな、全てはこの本が元凶なのじゃ」

「……なに?」

 

 元凶とは、一体何のことだ?

 まさか、ここ最近の出来事全て、この本のせいだとでも?

 続くラピスの言葉は、俺の予想を肯定するものだった。

 

「――まあ、わしとしてはこの本のお陰で汝に出会えたのじゃからな、そう思えば”元凶”と言うのは少し憚られるがの」

「話が見えねえ。なんだ、それなら何か? お前、まさか鈴埜がお前みたいな存在だとでも――」

「いいや、それは無い」

 

 はっきりと、ラピスはそう断言する。

 

「わしが見たところ、あの女はただの人間じゃ。それはまず間違いない」

「……なら、どういうことだよ」

「この本の出所を探る必要があるのう。果たして偶然か、それとも意図的に我が君を呪おうとしたのか。それは分からぬが、そこだけははっきりしておかねばなるまいよ」

「なわけねえだろ。鈴埜はそんな奴じゃ――」

「……何故そんなことが分かる?」

 

 ラピスの目が、すっと細まる。

 その瞳には、はっきりとした怒りの感情が色づいていた。

 

「――この本にかけられた呪いが何であるか、(ことわり)の違うこの世界ではわしにも分からぬが、いずれにせよあの女が汝に危害を加えようとしたことは事実じゃ。そうであろうが」

「いや、だとしてもな――」

「……なんじゃ? やけにあの女を庇い立てするではないか」

 

 どうも話を大げさにしようとし過ぎている。

 鈴埜のオカルト趣味が高じ過ぎて、大方怪しげな場所から、そうとは知らず入手してきたものだろう。

 ――が、ラピスはそうは思ってくれないようだ。

 ラピスは一歩進むと、俺を見上げつつ言う。

 俺を見るその視線はさらに鋭くなり、刺すような勢いすら感じられる。

 

「まさかとは思うが、我が君よ。汝はあのこむすめに何か異な感情でも持っておるのではあるまいな?」

 

 それまでにないような低く重い声で言うや、ラピスは――

 

「――うおっ!?」

 

 やにわに俺の襟首を掴み上げ、首を締めんが如き勢いでもって()じ上げたのだ。

 そうした姿勢のまま、ラピスは今にも食ってかかりそうな表情になり、声を荒げる。

 

「わしは言うたよな? わしがこの世界におる間、他の女子(おなご)に目を向けることは許さぬと。それがただの人間であろうと関係などない。よもや冗談だとでも思うたか?」

 

 あまりの豹変ぶりに、俺は慌てて弁解の言葉を上げるほかない。

 

「い――いや、違う! 何をんなマジになってんだよ! あいつはただの後輩だ、それ以上でもそれ以下でもないって!」

「……」

 

 俺の言葉はラピスの感情を鎮めるには不十分だったようで、赤い瞳をさらに燃え上がらせたラピスの勢いは収まる様子を見せない。

 ならばと、俺は更に言葉を続ける。

 

「――だ、大体だな、あんま言いたくねえが、俺はあいつに好かれてないんだよ。だから仮に、仮にだぞ。もし俺がそんな気持ちを持ってたとしてもだ、あいつにその気が無いんじゃ意味ねえだろが」

「……はぁ?」

 

 この言葉を聞いた途端、ラピスは気の抜けたような声を上げ、と同時に俺の首を締める手の力も僅かに緩む。

 怪訝な、しかし未だに怒りを湛えた様子のラピスは、俺を訝し気に見つめる。

 

「――我が君よ。わしがこんな幼子(おさなご)の姿だからといって、下手な冗談で煙に巻こうとして――」

「だーから! 何言ってんのか意味分かんねえって!」

 

 そもそも、何故ここまで食い下がるのか、俺には皆目見当がつかない。

 今日の一連のやり取りを見ても、鈴埜にそんな気が無いことは一目瞭然のはずだ。

 

 もはや言うべき言葉が見つからず、さぞ情けない顔をしているであろう俺の顔をじっと見つめ続けていたラピスであったが、やがて掴んだ手を離すと、長い溜息をつく。

 その顔は、明らかな呆れの表情を浮かべていた。

 

「……はぁ~……。なるほど、なるほど。わしは汝のことを買い被って――いや、ここまでくるとあれじゃな、むしろ侮っておったと言うた方が正しいの。大した大物であらせられるわ」

「……お、おい? ラピス?」

 

 呆れ顔のまま、訳の分からないことを独り言ちるラピスへ、俺が困惑した声を向けるも。

 

「とはいえ、そんな我が君であるならば、これまで以上にわしが守護してやらねばなるまいよ。いやはや、わしも大変な男に惚れてしもうたものじゃわい」

 

 視線は俺から外し、下に向けたままで、またもよく分からないことを言っている。

 

「がしかし、これではいずれわしが元の世界に帰ってしまう時、汝を一人残して行くのは危険じゃと言わざるを得んな」

「……いや、別にそんな心配してくれなくても……」

「そこでじゃ、我が君よ。わしに妙案があるのじゃが」

 

 顔を上げたラピスは、先ほどの怒りに満ちた表情はどこへやら、いつもの表情に戻っていた。

 そこはまあ、一安心と言うべきなのだが、またぞろ厄介なことを言い出すのではないかと、俺は身構える。

 

「なんだよ……」

「――のう、我が君。その時になれば、わしと共に神になってみんか? なれば神として永遠の命を――」

「断る!!」

 

 どこの魔王かと思ったぞ。

 そのうち世界の半分をやるとか言い出しそうだな。

 

「むっ、即答とは……。悪い話ではないと思うがのう。ならばもう一つの案では如何か?」

 

 驚いた顔のラピスは、断られるとは思っていなかったとでも言いたげである。

 まさか本当にそんな提案に乗るとでも思っていたのか。

 こいつの中で俺という人間は一体どういう評価なのか分からなくなってくる。

 今度はこちらが呆れ顔になる番であったが、そんなことは気にも留める素振りすらなく、ラピスは続けた。

 

「正直言ってじゃな、汝という存在を味わってしもうた今、わしはもはや冥府で再び一人きり、という立場に戻ることに耐えられそうにない。がしかし、半分神の力を得たとはいえ、命の恩人でもある汝をそこまで付き合わせることに一抹の申し訳なさが無いでもない。――そこでわしは今、ふと思いついた」

 

 ――どうせロクでもない思い付きだろう。

 何を言おうが軽く拒否してやる。

 そう事前に思い定めておけば、柔軟な対応も可能というものだ。

 ……しかし、ラピスが続けた言葉は、そんな俺の覚悟など、容易に砕くようなものであった。

 

「汝でなくとも、汝の血を引くものがおれば、わしの寂しさも幾分かは解消されるのではないかとな」

「――お前、んなことが通ると思うのか。なんだ血を引くものって、まさか花琳を連れてくとでも言うつもりか? ――お前、殺されるぞ?」

「何を馬鹿なことを抜かしおるか。あのような小憎らしいこむすめ、こちらから願い下げじゃ」

「あいつも、知らぬところで随分な言われようだな……」

 

 花琳もまさか、自分が死神に連れていかれるなどということを話題にされているとは思うまい。

 

「――そうではなくてじゃな。のう、我が君――いや、リュウジよ」

 

 何故か、例の異世界でのように俺の名を呼ぶラピスは、自らの下腹部に一度目を落とすと。

 

「……汝の子を、共に冥府へ連れて行こうと言うておるのじゃよ」

「――はっ?」

 

 とんでもないことを言い出した。

 俺は聞き間違いではないかと思うが、ラピスの目は真剣そのもので、とても冗談などとは思えない。

 ……いや、ちょっと待て。

 そもそも、俺のって、一体誰との――

 

「いや、子って、お前まさか……」

「如何かの? いずれ一人侘しく朽ちてゆくだけの哀れな死神へ、ひと(しずく)の情けをかけてやろうとは思わぬかえ?」

 

 ……考えるまでもなかったようだ。

 冗談ではない。

 こんな、見た目で言えば中学生というにも苦しいようなガキを相手にするなぞ、どんな鬼畜野郎だ。

 元の姿であればまだしも――

 

「バッカ野郎! てめえ俺を犯罪者にするつもりか! 誰が今の姿(・・・)のお前なんぞと――」

「ほ~う? ならばこの姿じゃ無ければよいと、そういうことじゃな?」

「――あっ! い、いや違――」

 

 妙なことが頭に(よぎ)ったせいか、ラピスに言葉尻を捕らえる隙を与えてしまう。

 見る間に、眼前の死神は満面の笑顔になる。

 

「なるほどなるほど! いや、これは良いことを聞いた! なれば一層のこと、全盛の力を取り戻さねばな! くかか!」

 

 ……一生の不覚!

 予感ではない、確信がある。

 これは一刻も早く訂正しておかねば、いずれ後悔する時が来る。

 

「――お、おい! あのな――」

「言うておくが」

 

 目を閉じた死神は、さらに浮かべた笑顔を強くし、言う。

 

「命あるものが口にした言葉には”力”がある。そして汝の言葉は神との約束と、わしは捉えた。破るようなことがあってみよ、汝の魂は永劫の苦しみに投げ込まれることになるやもな?」

「――こっ、この……悪魔め!」

「くかかかっ! 何度も言わすな、わしは死神じゃ!」

 

 からからと笑いつつ、死神は足取り軽く、俺に背を向け歩き始めたのであった。


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