拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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死神の誘いと恫喝

「ほれ、一応乾かしといたからな」

「うぐうぅ~……うぅぅぅ……」

「まだ泣いてんのかよ」

 

 あの後、まず俺は取り急ぎ、床に広がった液体をタオルで拭き取ることにした。

 床の修繕は後回し――というか、単なる男子高校生にどうにかできるようなものでもなかったので、応急処置として段ボールを敷くだけに留めた。

 そうした後、ようやく部屋に戻った俺は、今度は下半身をびしょびしょに濡らしたまま泣きじゃくる、情けない死神様の後始末に追われることとなったのだ。

 濡れタオルで下半身を拭いてやった後は、汚れた下着の洗浄。

 まさかそのまま洗濯機に放り込むわけにもいかず、妹が上がったタイミングを見計らい、俺は洗濯のために風呂場へと向かったのである――幼女のパンツを片手に持ちながら。

 言葉にすると非常にアレだが、替えなど持っていないと言うのだから仕方がない。

 なんとか妹に見つからずに事を終えた俺は、ドライヤーで乾かしたのち、ちょっと台所に寄り道してから部屋に戻ったのだった。

 

「いい加減泣き止めよ……。偉大なる死神様なんだろ。人間の前でそんな姿を見せ続けていいのか?」

「うぐっ……ぐすっ……あのこむすめめぇ……絶対に許さぬ……。このサナトラピス様を……よくもぉ……」

「下半身すっぽんぽんのまま恨み言吐いても情けないだけだぞ。いいから早く履け」

 

 どうやら泣いているのは恐怖心からというより、悔しさのせいもあるようだ。

 そりゃあ、分からないでもないけどな……。

 散々矮小だ、下等だと貶している人間、それも子供相手に泣かされたとあっちゃ、冥府の王様としては名折れもいいとこだ。

 ――こいつ、姿と一緒に精神まで幼児化しちまってるんじゃないのか?

 

「プリン持ってきてやったぞ。食べるか?」

「ひっく……う゛ぅ……たべるぅ……。――なにこれぇ……おいじい゛……。……えっ、えっ! な、なんじゃこれ! 超おいしい!! わ、我が君! もう無いのか!? あるんじゃろ!? ほれ、はよう!」

「……超おいしい、ですか。そりゃようござんした」

 

 女子中学生相手に失禁するほどビビらされたかと思えば、三個セット百円の安プリン一つで機嫌を直す死神。

 もはや”自称”死神と言いたい。言い切ってしまいたい。

 もういっそのこと、今からでもそう宣言してくれないだろうか?

 

「……なんて、そんなわけもねぇんだよなあ……」

 

 この姿のままではとても信じられないことだが、紛れもなくこいつは本物の死神であり、人知を超えた力を持っている――いや、持っていた。

 その力のほどは実際に目撃した俺が一番よく知っている。

 そして――ここまで落ちぶれてしまった、その顛末も。

 こうして世話を焼いているのは、ただの同情や気まぐれからというわけではない。

 俺はそんな聖人君子ではないし、信仰に厚いというわけでもない。

 神やら悪魔やら、そんな存在とお近づきになりたいなんて、これっぽっちも思わない。

 ましてや命の危険を賭してまで――見ず知らずの女、いや死神なんぞのために命を懸けるなど――冗談ではない。なかった。

 

 ――だが。

 命を、助けられた。

 命を助け(・・)助け返された(・・・・・・)

 

 こいつがこんな状態に陥った理由の一端は、間違いなく俺にある。

 ならば、責任を取らねばならないだろう。

 少なくともこいつが、元の世界に帰るまでは。

 

「おぅい……我が君よ? なにをぼうっとしておる? 聞いておるのか?」

「……ああ。聞いてるよ。悪いがおかわりはもう無い。明日また買ってやるから我慢しろ」

「うむ……そうか、無いのなら仕方がないの。しかし明日、約束じゃぞ? 絶対じゃからな!?」

「はいはい。約束は守りますとも」

「うむ、よい返事じゃ。それで我が君よ、この後はどうするのじゃ?」

「どうもしねえよ。正直疲れた。もう寝させてくれ」

 

 ここ数日はロクに眠れていない。

 こいつを家族の目から隠すために神経を使っていることもそうだし、これからどうするかを考えるだけでも相当に精神を疲弊する。

 

「うむうむ、よい睡眠は人間の健康を保つのに必須と聞くからの。――ほれ」

「……何の真似だ」

 

 床にそれまで着ていた服を雑多に脱ぎ散らかし、元の露出度の高い格好に戻ったラピスは、俺のベッドに横になりながら言う。

 そして片手で布団を持ち上げながら、何かを催促するような視線を俺に送ってきた。

 

「何だとはなかろうよ。疲れた(あるじ)を癒さんとする従僕の気持ちがわからぬか?」

「そうかおやすみ。じゃあ俺は昨日までと同じく床で寝るからな」

 

 満面の笑顔で言う死神を一瞥し、俺はさっさと予備の布団を仕舞ってある押し入れへと向かう。

 いやはや、布団の予備なんぞ使うことはないと思っていたが。

 人生万事塞翁が馬、モノは取っておくものだ。

 

「ちょちょちょーっと待たんか! なんじゃその塩対応! このわしが、他ならぬこのわしが、健気にも下等な人間相手に慰撫してやろうと言っておるのじゃぞ!? 感動に咽び泣き、その幸運を快く押し頂くのが正常な反応じゃろうが!」

「あのな、お前は俺を労わりたいのか貶したいのかどっちなんだ」

「じゃからこのわし自ら、文字通り体を張って癒してやろうというに!」

「そりゃありがとう。謹んでお断り申し上げます」

「むぐぐぐぐ……!」

 

 まるで風船かと思うほどに頬を膨らませ、顔を真っ赤にして唸るラピス。

 ……が、何を思ったか、瞬時に含みを持った笑顔に変貌する。

 

「ほーう。そうかそうか。そんな態度ならこのわしにも考えがあるぞ?」

「……なんだ? 脅そうってのか? いいのか、俺の命を奪えばお前も共倒れなんだろ?」

「何を言うておるか、愚か者が。そんなことをせずとも、汝はわしの提案を受け入れるであろうよ」

 

 自信たっぷりにそう言い放つ死神。

 こいつ、一体何を企んでやがる。

 

「……一緒に寝てくれないならば、今すぐわしは大声を張り上げるぞ」

 

 ――ッ!

 

「てっ、てめぇ!」

 

 見るからに狼狽し始めた俺をあざ笑うように、ラピスは嘲笑に満ちた表情のまま、更なる追撃を加える。

 

「汝の父君と母君も既に帰宅しておる時間じゃろう? さらにあの小生意気なこむすめにも知られるところとなるじゃろうなぁ~。あやや、大変じゃ大変じゃ」

「ぐっ……! くっ……」

 

 こいつ……帰宅途中に俺が言ったことを、こんな形で利用してくるとは。

 こんなところだけ頭が回りやがる。

 

 ――結局俺の方が折れ、今夜だけという約束で、死神と共に一つのベッドで過ごす運びとなったのだった。


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