拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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ラピスとの入浴ふたたび 後

「んじゃ……いくぞ」

 

 掌に過剰な量のボディソープを垂らした俺は、背中越しに声をかける。

 意図せず意気込んだ声になってしまっていたのか、ラピスは嘲笑を含んだ声を上げるが。

 

「くかかかっ、な~にを意気込んでおるんじゃ。かように緊張しておってはこの先たいへあひょわあああああっ!?」

 

 ぺちょりと音を立て、俺の両手が脇腹に触れた瞬間、彼女は素っ頓狂な叫び声を上げた。

 音のよく反響する浴場内にあっては、その声は必要以上によく響く。

 

「おい、でかい声出すなよ。なんだってんだ」

「ふっ……ふぅっ……な、なんでも……なんでもないわっ……」

 

 どう見てもなんでもない風には見えないぞ。

 後ろを向いてるから表情は確認できないが、こうして背中越しでもなにやら様子がおかしいのは分かる。

 つい先ほどまでは余裕たっぷりで俺を煽っていたくせに、今では言葉も途切れ途切れで、俺の手には小刻みな震えまでもが伝わってきていた。

 

「良いから続けよっ……!」

 

 震える声で、ラピスはそう促す。

 ――くすぐったいのだろうか?

 タオルであれだけくすぐったがっていたんだ、人の指だと余計にそうなのかもしれない。

 ……まあ、いいか。大人しくしてくれるならなんでも。

 脇腹のあたりから始め、続いて背中へと洗う手を動かしていく。

 

 しかし、なんと滑らかな肌であろうか。

 子供の肌だから当然なのかもしれないが、ガサつきなどは皆無で、まるで柔らかな絹を撫でているかのような触り心地だ。

 それでいて適度な弾力もあり、子供特有の体温の高さによる温みもある。

 

「……」

 

 これは……思ったよりなんというか――楽しい。

 楽しいという表現が適当であるかはともかく、いやらしさによるものとはまた別の、指が喜ぶ感触を堪能できる。

 あえて例えるならば、毛並みの良い子犬を撫でている時の気持ちに似ているか。

 また、褐色のキャンバスを白い泡でデコレートしているのだ、と強引に思い込めば、懸念したような妙な気持になどなったりはしなさそうだ。

 

「あひゅっ……ひっ……!? ふあっ……」

「……」

 

 ……この声がなければ、だが。

 俺が手を動かすたびに、ラピスは妙な声を上げ続けている。

 タオルでしていた時にもそうした声は上げていたが、その時とはまた趣が違うような感じがする。

 

「おい、妙な声を出すな。なんだ、くすぐったいのか? タオルじゃなくても変わらないじゃないか」

「やかましっ……んうぅ!?」

「ったく……苦しいならやめるか?」

「いかんっ!! 構わず続けよ! こっ、これしき……どうということもないわ」

 

 どうってことないならそう態度に出せ。

 

「……なら続けるぞ」

 

 粗方背中を洗い終えた俺は、そのまま手を下へ移動させる。

 意外とボリュームのある臀部そして、すらと伸びる脚へと順に洗っていくうち、指に感ずる感触が上半身の時とは違うことに気付いた。

 これは直接触れているが故のことであろう。

 というのも、明らかに指の沈み(・・)が違うのだ。

 

「お前ってさ」

「んっ……! ……な、なんじゃ」

「なんていうか――身体の大きさと比べてケツがでかいよな……脚もか。って言うか、もっとはっきり言うと意外と下半身デ――あいたっ!」

 

 最後まで言うことなく、俺は後ろ手にぺちりと頭をはたかれる。

 次いで振り返ったラピスの表情は笑顔ではあったが、あくまで形だけで目までは笑っていない。

 

「……いらぬお喋りなどせず続けい」

「へいへい分かりましたよ」

 

 まあ確かに、少しデリカシーに欠ける発言であったやも知れない。

 

「おし、そんじゃ次は前だ。言っとくが洗うのは上だけだからな」

「……なんじゃ、ケチじゃの」

 

 顔だけをこちらに振り向かせ、ラピスは不満げな顔を向ける。

 こいつ、本気で全部手で洗わせる気だったのか?

 

「言っとくがそれだけは譲らないからな。そんじゃ――おおっ!?」

 

 ただでさえ低い身長のラピスの下半身を洗うため、俺は胡坐をかいての姿勢を取っていた。

 ラピスに前を向かせるため、俺は彼女の肩に手をかけ立ち上がろうとしたのだが。

 石鹸の滑りによるものか、力を入れた途端、肩に乗せた手がつるりと滑ってしまったのである。

 

 滑り落ちた手はそのまま俺から反対側、ラピスの正面の何もない空間を下っていったが、その途中、何か小さなものに掌が触れたような気がする。

 

「!?――!!……!……!??? んお゛お゛~っ!?」

 

 すると、ラピスはつま先立ちになったと思うや絶叫を上げ、ビクビクと痙攣を繰り返した。

 やがてその痙攣は一応の終息を見せたものの、次の瞬間、ラピスはふらりと後方へ倒れ込んでくる。

 

「お、おいっ、どうしたんだっ!?」

 

 後ろに位置していたのが幸いし、俺は倒れ込んでくるラピスを抱き留めることに成功する。

 俺にもたれかかった彼女は、果たして意識があるのかどうかさえ怪しいほどに呆けた――というかだらしない顔つきをしており、口からは舌までもまろび出させている。

 おおよそ年頃の女の子が決して他人に見せてはならぬ顔といって間違いない。

 

「はへ……ひぃ……」

「なんなんだ一体……」

 

 もはやまともな会話が成立しなくなったラピスをなんとか湯舟に入れてやった後、俺は身体を洗うのもそこそこに浴場を後にした。

 その後、脱衣所でもまだ足取りが怪しいラピスの着替えを手伝ってやり、彼女を抱きかかえて自分の部屋に戻った俺は、とりあえずベッドに彼女を寝かしておく。

 そうした後、台所まで水を取りに行った。

 

「ほれ、とりあえずこれ飲んどけ」

「……あの甘い飲み物の方がよい……」

「贅沢言うな。寝る前にジュースはいけません」

「むぅ……けち……」

 

 俺が台所から戻ってきた頃には、彼女は大分落ち着きを取り戻していたようで、こうした減らず口も叩けるようになっていた。

 しかし、まさか湯にも入っていないうちからのぼせるとはな。

 平気なふりこそしているものの、やはり俺と同じく疲れが溜まっているということなのだろう。

 

「……また何か見当外れなことを考えておる顔じゃ」

「そんだけ言う元気があるならもう平気そうだな。そんじゃ今度こそ寝るぞ」

 

 ようやく就寝することができると思ったのも一瞬のこと。

 むくりとベッドから起き上がったラピスは、じっと俺の目を見つめ、またも何をかを口に出そうとする。

 

「いいや、まだ終わっておらぬぞ、我が君よ」

「……はぁ? この上一体何があるってんだよ」

「先ほどは途中止めになってしもうたじゃろうが。あれでは約束を守ったとは言えぬぞ」

「お前が気絶しちまったせいだろうが!」

 

 あれで俺のせいにしようとは恐れ入る。

 流石にそれについては自分に落ち度があると自覚しているのか、ラピスは一瞬俺から視線を外すも、言葉の勢いまでは萎えさせず続ける。

 

「ふん、それでのうても汝は少なくとももう一つ、わしの望みを訊く義理があるはずじゃ」

「何がだよ、心当たりなんかねえぞ」

「はぁ~……まったくおめでたいのう。あれだけの罪を犯しておいて無自覚じゃとはな。……それともわざとか、ん?」

 

 元気になったら元気になったでこれである。

 まったく面倒くさいことといったらない。

 

「だから何のことだって――」

「ならば言うてやろう。汝は……こともあろうにわしと魂を共にした状態で、他の女の肢体に目を奪われておったじゃろうが」

「うっ……!」

 

 まだ根に持っていやがったのか……もう忘れたとばかり思っていたのに。

 なんという執念深い死神なんだ、こいつは。

 

「いやいや、あそこまであからさまに浮気されるとは思わなんだわ。随分と勇気のある行いじゃ、のう? まったく恐れ入ったわ、くかかかっ」

「えーとラピスさん、違うんですよ。あれはですね……」

「言い訳は余計己が立場を悪くすると知っておいた方がよいぞ?」

「……」

「――ふん、ここに戻ったら汝をどうこらしめてくれようか、そんなことばかり考えておったものじゃが」

 

 と、ここで一瞬言葉を止めたラピスは、僅かに声のトーンを落とす。

 

「しかし、ふとわしは思い直した。わしも少し反省すべきであった、とな」

「……?」

「のう我が君よ。今回わしらが魂を一つにした際、依然と随分と様相が違ったことには勿論気付いておるじゃろ?」

「ああ、そりゃあな。でもあれは俺たちの力が足りなかったせいだろ?」

「無論それもある。しかしそれは原因の一端に過ぎぬ。最も根深い問題はの、我らの結び付き(・・・・)が弱いことにあるのじゃ」

 

 また何やらややこしいことを言い始めたな。

 もう今日はあまり込み入った話はしたくないのだが。

 あからさまに嫌そうな顔をしているであろう俺に気付いているのかいないのか、ラピスは構わず続ける。

 

「魂の融合、その根幹には精神的に強い結び付きがある。肉体的にも、精神的にもな。分かりやすく言うとの、互いを求めあう心が足りぬ、ということじゃ」

「う~ん……」

 

 なんとなく言いたいことは分かる。

 つまりアレだ、フー〇ョンで寸分違わず同じポーズと取る必要があるように、一つになりたいという心――というか意気込みをもっと上げるべきだ、とこいつは言いたいわけだな。

 

「まあ、なんとなく理解したが……だからっつって、んなのどう対策すればいいんだ?」

「一朝一夕でどうにかなる、というものでもないじゃろうの。しかしどうすれば良いのか、それはわしには分かっておる」

 

 一瞬の溜め(・・)の後、ラピスの表情が、先ほど風呂場で見せたような邪悪な笑顔へと変わる。

 

「わしは今言うたよの? 精神的そして、肉体的にも(・・・・・)強く結びつく必要があるとな?」

 

 嫌な予感がする。

 これ以上こいつの話を先に進ませるのは危険だと、俺の脳内が警報を鳴らしている。

 

「先ほどの浴場での件にしてもの。これから先同じようなことがあった時同じ轍を踏まぬよう、わしなりに対策を講じた故のことよ。決してわしの欲から言ったわけではないのじゃぞ?」

「それは嘘だよな?」

「さて、今後への備えとして、そうした行動を繰り返すことで我々の親密度を徐々に上げてゆく必要があるわけじゃが」

 

 こいつ、完全に俺の言葉を無視しやがった。

 まさか聞こえていなかった筈がない。

 

「これには日々の積み重ねが大事じゃと、わしはそう思うておる。よってわしが最終的に出した結論は」

「ちょっと待て!」

「……ん? なんじゃ我が君、大声を出しおって」

「それ以上はやめろ。俺も何か対策を考えとくから、それ以上口に出すな」

「何を悠長なことを言うておるか。こういうことは早くに手を付けるに越したことはない。よいか、わしの案というのはじゃな――」




次回、『はたらく死神様』をお楽しみに。

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