拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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はたらく死神様 ④

「もう、何て言えばいいのかな……とりあえず――」

 

 ズキズキと痛むこめかみを指で抑えつつ、俺は眼前の二人を見る。

 そのうちの一人、聖さんは、さも大仕事をやりきったかのような満足顔をしている。

 何故か片鼻には(よじ)ったティッシュが詰め込まれているが、今はその理由は問うまい。

 

「なんでアンタ、こんな服持ってんだよ! しかも子供用をよ!?」

 

 まずはこれを言っておかねば始まらない。

 彼女の横に立つラピスは、やや恥ずかしげに身を捩らせている。

 それもそのはず、今のラピスが身に纏っているのは、それまでの学校制服姿ではない。

 給仕服、と言えば多少は聞こえが良いかもしれない。だがここではあえてはっきりと言おう。

 彼女が今着ているのは、まごうことなきメイド服であると。

 それも、いわゆるロングドレス型のヴィクトリアン・メイド調のものではない、ミニスカートを下に履くタイプだ。

 やけにスカート丈が短いその下部には褐色の地肌を挟み、白いハイソックスを履いた脚部が顔をのぞかせている。

 

 俺の叫びに対し、聖さんは表情一つ変えずに答える。

 

「何を言うか、淑女として当然のたしなみだ」

「変態の所業でしかねえよ!」

 

 どこの世界の淑女だと言わざるを得ない。

 俺はさらに食ってかかろうとしたが、不意に横のラピスから声がかかる。

 

「わ、我が君」

「……どうした、ラピス」

「これ……変じゃないじゃろうか……? かような珍妙なもの、しかも我が象徴たる色を基調としおってからに……。 まったく忸怩(じくじ)たる思いじゃ」

 

 お前の普段の服装も負けず劣らず珍妙だけどな、とは口に出さない。

 俺は、ここで今一度メイド服を纏うラピスをじっくりと観察する。

 ご丁寧にホワイトブリムまで装着してあるその姿は恐ろしいほどに似合っており、やはり元の造形が良いと何を着てもサマになるものだ、と思うほかなかった。

 俺も強く否定の言葉を口にすることはできず、奥歯に物の挟まったような言い方になってしまう。

 

「いや、まあ……変、じゃあ……ないけどよ」

「本当か? わしをからかっているのではなかろうの」

「嘘じゃねえよ。むしろ、その――似合ってる、とは思うぜ」

「それはつまり、可愛いということか?」

「え、いや……それは」

 

 答えは肯定に決まっているのだが、こう面と向かってとなると、口に出すのはどうにも恥ずかしい。

 そして俺が言い淀んでいるのを見て取ったラピスは、目に見えて消沈する様子を見せ始めた。

 

「やはり嘘であったか……見え透いた世辞など、むしろ相手を傷つけるということを知ってほしいの……」

「いや、違うって! あー……うん。……か、可愛い、と、思……」

 

 殊更に悲壮な声を出すラピス。

 こいつのことだ、狙ってやっている可能性も大いにあるが――だが悲しいかな、俺はそんな彼女の様子を見ることに耐えがたくなり、結局はその言葉を口にしてしまう。

 そして、俺の言葉が言い終わらぬうちに。

 

「――本当かっ!?」

「うおおっ!?」

 

 それまでとはまるで一変、満面の笑顔になったラピスは俺の胸へと即座にダイブしてくる。

 ……やはり、俺にそう言わせるための演技であったのだ。

 分かっていてなおこいつの罠にハマってしまう自分が情けなく、そして恨めしい。

 

「おお、オレもそう思うぜ。オレの元の世界でもよ、偉げな連中の召使いとかがよくそういうの着てたな。今のお前にゃピッタリじゃねえか? ははっ」

「貴様には聞いておらぬわ!」

「……うう、竜司君……なんと羨ましい……」

「アンタ思いっきり心の声漏れてますからね!?」

 

 茶化すナラクへラピスが怒鳴り声を上げ、心底羨むように言う聖さんには俺がツッコミを入れる。

 ……なんだか、既に疲労困憊だ。

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

「さて、本格的なものは明日以降になるが、こうして折角着替えてもらったんだ。少し接客の練習をしておこうか」

「聖さん」

 

 あれから少々間を置いて、改めて聖さんがそう言う中、俺は口を差し挟む。

 今さら確認するまでもないことかもしれないが、もしやということもある。

 

「ん、なんだね竜司君」

「本当にこいつを雇い――まあそれはひとまず置いといてですね、本気でこの格好で働かせるつもりですか?」

「何か問題でもあるかね? 給仕服ならば喫茶店で働くにふさわしいじゃないか」

 

 ”もしや”は無かった。

 単なるこの場限りの、聖さんの趣味である可能性をまだ信じたかったが、その一縷の望みはこの瞬間、塵と消えた。

 だが俺はまだ諦めきれず、しつこく食い下がる。

 

「……ちょっとスカートが短すぎませんか。俺もよく知りませんけど、本来もっと丈が長いもんじゃ」

「無粋なことを聞くのだな。そういうのも勿論ストックしてはあるが、私は今回それを使うつもりはない」

「……何故ですか」

 

 言葉にした瞬間嫌な予感が脳裏をよぎったが、そう思った時には既に口にしてしまっていた。

 そして悪いことに、その予感は的中してしまう。

 彼女は何を分かり切ったことを、と言わんばかりな呆れ顔でもって答える。

 

「せっかくのラピスちゃんの美しい脚が映えないだろう!? こんな素晴らしい褐色肌を――」

「あ、もういいです。よくわかりました」

 

 ――そう、よく分かった。

 この目の前の女性は俺の知る神崎聖ではない。

 恐らくは見た目がそっくりな双子の姉か何かだろう、そうだ、きっとそうに違いない。

 

「そうかい、では続けよう。ではラピスちゃん、さっき教えたとおりにしてみなさい。できるかな?」

「任せよ!」

 

 俺が現実逃避しようとしている中で、無情にも事態は先に進んでいく。

 元気よく返事をしたラピスはとてとてとキッチンへ向かうと、トレーに一つグラスを載せ、ピッチャーから水をそれに入れる。

 次いでトレーを片手で持ちながらこちらへと歩き戻るラピスの体躯は僅かともブレておらず、言わずもがな、グラスに入った水を零す様子など欠片としてない。

 俺の席の前まで来た彼女は、ことりという音すらさせずにお冷、続いておしぼりをテーブルに乗せる。

 そして最後に、胸元から伝票を取り出し一言。

 

「ご注文をお伺いします!」

「……」

 

 一切淀みない、完璧な一連の動きであった。

 俺があっけにとられる中、パチパチと音がする。

 その音の元は、感慨深げに拍手をする聖さん(仮)からのもの。

 

「素晴らしい。とても初めてとは思えなかったぞ」

 

 素直な称賛の言葉に気を良くしたのか、ラピスは声を弾ませて言う。

 

「どうじゃった、どうじゃった我が君!?」

「う、うん……まあ、よかったんじゃないか」

「そうかぁ~っ! よかった……!」

 

 トレーを両手で抱き締めるようにし、花咲くような笑顔となるラピス。

 だがそんな彼女の表情は、次いで横から発された声により一変することになる。

 

「おーい、こっちにも水くれや」

 

 声の主は、にやにやとこちらを見るナラクからである。

 その顔を見れば、からかい目的であることは一目瞭然であるのだが、聖さんはそれに気づいていないようで、彼女から無慈悲な宣言がなされた。

 

「うん、そうだな。知り合いでない人で練習するのも大事だからね。お客様、ご協力感謝します」

「いいってことよ。――おおい、サナトラピスよぉ、早くしてくんねぇか?」

「……」

 

 瞬間、能面のように無表情になったラピスは同じようにキッチンへと向かうが、その動きは先ほどとはまるで別人である。

 ピッチャーから水を入れれば、こちらの席からも分かるほどにドバドバと水を溢れさせ、更にはそれを拭こうともしない。

 如何にもダルそうにナラクの席までやってきたラピスは、まずはおしぼりを置き――いや、放り投げる。

 また、最後にお冷を置く段になると。

 

 ――ガツンッ!!

 

 思い切りグラスをテーブルに叩きつけた衝撃で、中の液体は殆どが四方に飛び散ってしまった。

 そして最後に、トドメの一言。

 

「――……泥水でも(すす)ってさっさと()ね」

「……ほ~お? オモシレぇぞ、てめェ……」

「こっ、こらっ! ラピスちゃん!」

 

 流石にこの態度にはナラクもカチンときたのか、顔こそ笑っているものの、こめかみには青筋を一本浮き立たせている。

 険悪に睨み合う二人、そして慌ててラピスを諫める聖さんを見ながら、俺は深い溜息を吐き出した。

 

「どうせこんなことになると思ってたんだよ……」

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

「――しかしお前ほんと、なんであんな真似したんだ?」

 

 眼下にある後頭部に向かい、俺は言う。

 あのままだと本格的に大喧嘩に発展しそうな予感がしたため、俺は手早くラピスに元の服に着替えさせるように言い、そのまま足早に店を後にした。

 本当ならあの男には色々とまだ聞いておかねばならぬことが山積みであったが、いずれにせよ聖さんの目がある中であまり突っ込んだ話ができるわけもない。

 ということの次第であるので、大人しく家に帰った俺は妹の作った夕食を食べ、そして今に至るというわけだ。

 現在はもはや日課となったラピスを連れての入浴中で、ちょうどラピスの髪を洗っている最中である。

 俺の言葉を受け、シャンプーハット越しに彼女から声が上がる。

 

「なに、とは?」

「決まってんだろ。バイトのことだ。確かに断られはしたが、親の了解さえ取れば考えてくれるっつってただろ。別にお前がやんなくたって……」

「阿呆」

 

 振り向くと同時、いきなり罵声を浴びせかけるラピス。

 その目は「まだ分からないのか」とでも言わんばかりである。

 

「我が君よ、汝は言うたな。わしがこの先、精神的負荷(ストレス)を受けるようなことは我慢ならぬと」

「ああ、言ったぞ」

「なればな、今日の汝が行動こそまさしく、わしにとって耐え難き痛苦に他ならぬわ」

「……どうしてだよ。俺はお前のためを思って――」

「だから何時は阿呆じゃと言うたのじゃ。よいか我が君よ、先の行動は全てわしのためを思ってのこと、というのはわしも重々承知しておる。しかしの、それも行き過ぎれば相手に多大な負担を与えると知るがよい」

「……」

 

 行き過ぎた気遣いは、むしろ迷惑。

 俺がよかれとばかり思ってしていた行動は、全て裏目に出ていたようだ。

 またそのことをギリギリまで言わなかったこともまた、彼女にとって腹に据えかねる行為であったに違いない。

 直接言われて俺は、やっとそのことに思い至った。

 

「……わしはな、こうして汝と共にあるというだけで十分なのじゃ。それ以外は何も望まぬ。じゃというに、汝はわしのために我が身をまたも犠牲にしようとしておる。さような真似が許せるものか。たとえ汝がよかろうと、わしは決して我慢ならん」

「犠牲って……考えすぎだろ。たかがバイトで――」

「いかん。ただでさえわしは汝から与えられてばかりじゃ。神として生まれながら、今まで何一つ汝に恩恵を与えられておらぬ。じゃからこれはいい機会じゃと思うてな。沢山金を稼げば、多少はこれまでの礼になろうというものよ。――じゃからの、もう何も言うでない」

 

 言って、ラピスは再び前を向く。

 俺は再び、彼女の顔が見えないままに声をかけた。

 

「……わかったよ。別に礼なんてしてほしいと思っちゃいないが、お前がそうしたいってんなら構わないさ」

「うむ、その通り。わしは自分がそうしたいからやるのじゃ。楽しみにしておれ」

「でもよ、お前。俺がいないとこで本当に大丈夫なのか? 店で働くとなりゃ嫌でも他人と喋んなきゃなんねえんだぞ」

 

 それまで即座に返答を返していたラピスだが、ここへきてそれが止まる。

 五秒ほどの時を経てようやく、彼女は消え入るような声で答えた。

 

「それは……がんばる」

「ふぅ……」

 

 本当に大丈夫かね……。

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 風呂から出たラピスはいつもの服に着替え、ベッドに座って水を飲んでいるところだ。

 俺はそんな彼女に向け、立ったまま喋りかける。

 

「よっし、そんじゃお前は明日テストもある身だしな。ちょっと早いがもう寝ちまうか」

「うむ。それでは我が君よ。いつものあれを」

「……今日もか?」

「当たり前じゃ。言うたであろうが、毎日の積み重ねが大事じゃとな」

「はぁ……わかったよ、わかりましたわかりました」

 

 渋々ながら、という色を隠しもしないこの俺の態度だが、ラピスにとりそれはどうでもいいようだ。

 どうせ何回か繰り返し続ければいずれ変化するとでも思っているのだろう。

 

「よかろう。では――んっ!」

「……」

 

 ベッドに腰かけたまま、目を瞑り顔をこちらに突き出すようにするラピス。

 さて、ここで今の状況を説明しておくべきだろう。

 

 一週間前、彼女が言っていたこと。俺たち二人の魂の結び付きを強めるため、精神と肉体その両面から強固にする策。

 ……それが、これだ。

 彼女のポーズを見れば、一体何を期待してのものかは説明するまでもなかろう。

 本当にこんなことで結び付きとやらが強まるのか、と疑う気持ちは勿論あるが――とはいえ反面、この程度で良かったとの思いもある。

 万一子作りが必要だ、などと宣われたら全力で回避せねばならぬところだった。

 

 強硬に反対すれば本当にそう言い出しかねない予感を感じ取った俺は、渋々ながらもこの一週間、彼女のこの策に乗り続けている。

 ……と言っても。

 

「……。ほれ、じゃあこれで今日の分は終わりな」

 

 俺は彼女に軽く唇を触れさせると、素早く顔を離れさせる。

 一瞬とはいえ、彼女の望み通りの展開であるはずだが、目を開けたラピスは明らかな不満顔である。

 

「まーた誤魔化しおってぇ!! 男子(おのこ)ならいい加減覚悟を決めぬか情けないっ!!」

 

 ついには顔だけでなく、声に出して不満を述べ始めた。

 こいつがこうして憤っているのは、俺が額へ唇を触れさせたのが原因であろう。

 間違いなく――というか言うまでもなく、突き出した口にそうするのを期待していただろうからな。

 

「大声を出すなよ、下に聞こえる。別にどこに(・・・)、とは言ってなかっただろ、お前。さっさと寝るぞ」

 

 俺は言いつつベッドに潜り込み彼女に背中を向け、もうこれ以上相手をしないとばかりな態度を取る。

 

「ぐうう~っ……! いらぬ屁理屈ばかり身に着けおってからに……今に見ておれよ……」

 

 ラピスは文句を言いつつも、もそもそと同じベッドに入り、次いで身体を密着させてくる。

 俺の背中にべったりとくっ付いた姿勢となると、彼女は改まって俺の名を呼んだ。

 

「ところでリュウジ(・・・・)。事前に一つだけ汝に言い含めておくことがある」

「なんだ」

 

 こいつが俺のことを名前で呼ぶのは、きまって真剣な時だ。

 そうであることを知る俺もまた、彼女の言葉に少々気を張った声色でもって返す。

 

「わしは明日よりかの店にて労働に勤しむわけじゃが、その間わしがおらぬのを良いことに、他の女と逢瀬を行うことのないようにするのじゃぞ」

「アホか、んなのいらん心配だ」

「まったくこの朴念仁は……自分のことをまるきり分かっておらぬ。……まあよい。しかしこのこと、ゆめ忘れぬようにな」

「へいへい」

「……信じておるからな。約束したぞ。もしこの約束を違えしときは――」

 

 ラピスの声色は後半になるにつれ低く、重くなっていった。

 果たして、この時彼女がどんな顔、どんな目をしていたのか。

 振り返ればもちろんそれは即座に分かるだろう。

 だがしかし、俺は何故かそうすることができず――そればかりか、強引に話を終わらせるのが精一杯であった。

 

「……わ、わーった、わかったよ。分かったから早く寝ろって……!」

「……」

 

 俺の声は若干の震えを浮かばせていたが、彼女はそれに気づいているのだろうか。

 特に追及の言葉もないところを見るに、そうであることを願いたいものだ。

 

 ――まあ、ラピスの言うような事態には間違ってもならないだろうし、気にすることもないか。

 

 ………

 ……

 …

 

 俺のこの判断。

 今まで俺は数え切れないほど失敗を重ねてきたが、これはその中でも一番の失策であった。

 

 ――そう。

 俺はこの時、彼女の言葉をもっと真剣に心に留めておくべきだったのだ。

 そうしておけば――彼女の俺に対する想いが如何に重いか、そのことに俺の思いが及んでいれば。

 ……あんなこと(・・・・・)にならずに済んだというのに。

 

 


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