拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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嵐の前触れ

 それから程なくしてルナへと着いた俺は、即座に中に入るということはせず、外の窓越しに中の様子を伺うことにした。

 

「……一応、うまくやってるみたいだな」

 

 昨日よりは繁盛しているようで、中には数人の客が居るのが確認できる。

 肝心のラピスはといえば、丁度料理を運んでいるところのようだ。

 やはり体躯の小ささから来る違和感は隠し切れるものではないが、思ったよりはきちんと動けている。

 ……若干顔色が優れないようにも見えるが、これは気のせいかもしれない。

 服装はやはり、例のメイド服である。

 もしやの可能性を期待していたが、残念ながら聖さんは本気であったようだ。

 

 そういえば、その聖さんの姿はどこに――

 

「!?」

 

 思わず声を上げそうになり、慌てて手で口に蓋をする。

 キッチンへと目を向かわせた俺の視界に映った聖さんが、いつもの姿ではなく、ラピスと同じようなメイド服に身を包んでいたからだ。

 凛とした顔つき、そして女性としては比較的高身長な彼女がそれを着ていると、また違った趣がある。

 いかにも仕事のできる従者――といった感じだ。

 

 と、ここで聖さんは窓から顔半分だけ覗かせている俺の存在に気付いたようで、互いに目が合う。

 彼女はラピスに気付かれないよう右手を上げ、親指でもってして後方を指差している。

 

「……裏口から入れってことかな?」

 

 俺は店の裏に回り、飾り気のないドアを開け中に入る。

 こじんまりとした中の部屋は一時の休憩スペース兼物置として使われているようで、段ボールなどが雑多に置かれている。

 

「やあやあ、彼女の様子を見に来たのかな」

 

 と、聖さんがドアを開け中に入ってくる。

 俺は彼女の格好をしげしげと眺めつつ、疲れたような声を出した。

 

「いや、まあそうなんすけど……それより何なんですか、その格好は」

「ん? ――ああ、この格好かい? いやぁほら、最近はメイドカフェというのが流行っているらしいじゃないか。ラピスちゃんという有望な人材を得た今、ことを起こすのは今だと思い至ってね」

 

 メイドカフェが流行った、なんてのは何年も前の話だったような気がするが。

 ほんと、この二日間で一気に聖さんのイメージが崩れていくな……。

 

「……デザイン、あいつのとは違うんですね」

 

 ラピスのものと比べると、聖さんが今纏っているメイド服は随分と大人しいデザインだ。

 装飾も最低限で、スカートもロングのものを履いている。

 

「はは、私だって物の分別は弁えているつもりだよ。流石にこの歳でミニスカートというのはちょっとね」

「はぁ……まあ分かりました。で、どうなんです、あいつの様子は」

「よくやってくれているよ。ただちょっとまだ固いかな。昨日キミに見せたようにとはいかないようだ」

「……ま、そうでしょうね」

 

 小学校を出たばかりのガキどもに対してですらあのヘタレぶりだったのだ、不特定多数の大人が相手ともなればどうなるかは想像に難くない。

 むしろ、多少緊張しながらでもきちんと来客が出来ていることが驚きでさえある。

 

「聖~っ? どこじゃ~?」

 

 とここで、ホールから聞き覚えのある声が届く。

 

「おっと、お呼びがかかったようだ。キミも一緒に来るだろう? 緊張のせいか精彩を欠いているようだからね、元気付けてやってくれ」

「ええ」

 

 聖さんに続きホールへ入った俺の視界に、伝票を手にしたラピスの姿が目に入る。

 

「なんじゃなんじゃ、わし一人働かせて自分は休憩とは。また注文が入っ――」

 

 言いかけた文句は、最後まで発されることはなかった。

 まさしく目が点になったラピスは、俺の姿を目にした途端、身を硬直させる。

 

「……よう。思ったよりちゃんとやってるみたいじゃないか」

 

 とりあえず俺は挨拶がてら、そう一言だけ漏らすも。

 彼女からの返事はなく、なにやらふるふると身を震わせ始めた。

 暫くそうした後、ラピスはようやく振り絞るように声を漏らす。

 

「わ……」

 

 ……これは、あれだな。

 この展開ももはや慣れたものだ。

 

「我が君ーっ!」

「はいストーップ!!」

「へぶっ!?」

 

 やはり予想通り突進してきたラピスに向かい、俺は右手を突き出しそれを阻止する。

 間抜けな声を上げて掌に顔面をぶつけた彼女に向かい、俺は呆れた声を出す。

 

「お前な、いい加減周りを見ずに抱き着こうとするのは止めろ」

「なんじゃあ……久方ぶりに遭うたというに、随分冷たい仕打ちじゃことよ……」

「昼から数時間しか経ってねえだろうが!」

 

 俺が一喝すると、ラピスは目を伏せ、見るからに気を落としたような態度を見せ始める。

 

「わしにとってはその数時間が永遠とも感じられたのじゃがの。……我が君は違ったのか?」

「そっ、そりゃ、当たり前だろ。たかがそんくらいの時間……」

 

 濡れた瞳で見つめつつ言うラピスに対し、俺は僅かに言い淀んでしまう。

 ここに来るまで悶々としていたことを思い出してしまい、ハッキリと拒否できなくなってしまったのだ。

 ……なんとも情けないことだ。

 

「はいはいキミたち、イチャイチャするのは後にしてもらえるかな。まだ仕事中だよ」

 

 そんなやり取りをしている俺たちに向かい、聖さんはパンパンと手を叩きながらそんなことを言う。

 

「なっ!? 俺は別に――」

「まったく、どんな手練手管でラピスちゃんをそこまで夢中にさせたのか、是非その妙技をご指導願いたいものだ」

 

 あまりの恥ずかしさに、顔の温度が一気に上がっていくのを感じる。

 恥の上塗りになるだけとは薄々気付きながらも、尚も抗弁せんとする俺の横から、今度はラピスが口を出す。

 

「ふふん、聖よ。それは無理というものよ。わしは何があろうとリュウジ以外の者になびく(・・・)ことなどありはせん」

「くっく……お熱いことで。元気も戻ったようだし、今からは昨日のような働きぶりを期待してもいいのかな?」

「うむ、任せるがよいぞ!」

 

 ……もう、いっそ死んでしまいたい。

 

「――っと、その前に。聖よ、少しよいか? 我が君と話があるのじゃが」

 

 項垂れる俺をよそに、ラピスはもう一言、聖さんに付け加える。

 

「ん? まあ構わないよ」

「感謝するぞ。さて我が君よ、こちらへ」

「えっ? あっおい」

 

 ラピスは俺の腕を掴むと、俺を引きずるようにバックヤードへと向かう。

 何ごとかと問い質さんとするが、彼女の目は真っ直ぐ前のみを見ており、歩む足を止めようともしない。

 俺の腕を掴む力はやけに強く、どこからこんな膂力が出ているのだと思わずにはいられなかった。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

「なんだよ話って」

 

 ロッカーを背にもたれた形になった俺は、眼前のラピスに向かい言う。

 

「うむ、まずは少し腰を落とすがよい」

「は?」

「早うせい」

「……?」

 

 訝しみながらも俺は言う通りに腰を落とし、頭の位置をラピスと同じ程度にまで下げる。

 と、その瞬間であった。

 

「――ッ!?」

 

 やにわにラピスは俺の顔、そのすぐ横へと手を突き出した。

 けたたましい音を上げながら、背にあるロッカーが揺れる。

 次いで互いに触れ合うほどに顔を近付けさせたラピスは、更に笑顔を深くする。

 そうした後、やけに楽しげな様子で口を開く。

 

「……のう、リュウジ(・・・・)。少しここへ来るのが遅かったようではないか?」

 

 声色、そして表情こそ喜色が浮かんではいるが、それが見たままでないことは流石に俺でも分かる。

 しかし何が彼女の機嫌を害しているのか、俺にはまるで見当がつかない。

 まさか、本当にここに来ることが遅れたくらいで激怒しているのだろうか?

 

「へっ? あ、ああ、ちょっと寄り道をな……」

「ほ~お、寄り道とな。それはそれは、結構なことじゃ。いやいや、無論臣下として主のすることにいちいち口を出す気など無いとも。しかしの、それも場合によりけり、じゃ」

 

 言葉が終わった途端、それまで張り付かせていた形ばかりの笑顔が消える。

 何の感情も浮かばせていないように思える表情に変わったラピス。そして加えることに、目からは光が消えていた。

 こいつのこんな表情は始めて見る。

 深淵を覗き見るかの如き視線でもってして、彼女は俺の目をじっと見据えつつ言う。

 

「先ほど嗅いだ汝の手からな、他の女の匂いがしたのじゃが?」

「はあっ!? ば、バカ! んなことあるわけ――」

 

 もちろんそんなことを言われる覚えはない。

 濡れ衣もいいところだが、彼女の勢いに飲まれてしまっている俺は、つい物がつかえたような物言いとなってしまう。

 またその俺の狼狽ぶりもまた、彼女の機嫌を一層損ねたようだ。

 

「……口より体に聞くとしようぞ。確かにわしの勘違いという可能性もなくはない」

「か、体にってお前、どうやって」

「リュウジ、もう一度手を出せ。先ほどは一瞬であったからの」

 

 言われるまま差し出した俺の右手を、ラピスはふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎだした。

 犬でもあるまいに、こんなことで何か分かろうはずもないのだが、彼女の目は真剣そのものである。

 

「……むぅ? 妙じゃの、これは人のものでは……」

 

 怪訝な表情で一言漏らした台詞から、俺はあることに思い至る。

 そして同時に、安堵と呆れの混じった感情が胸に去来した。

 ……まさか、こんな下らないことでとは。

 

「多分そりゃ狐の匂いだ」

「……キツネ?」

「ああ。ほら、昨日助けてやったあいつだよ。人懐っこいやつでな、素直に撫でさせてくれたんだ」

「……」

 

 尚もラピスは疑いの(まなこ)でもってして俺を見ていたが。

 

「……まあ、そういうことならば良かろう。汝は嘘が下手な男じゃからの。その顔を見れば真偽のほどは分かる」

「分かってくれて嬉しゅうございますよ……ほら、誤解が解けたなら仕事に戻れって」

「うむ。わしの働きぶり、その目によく焼き付けるのじゃぞ」

「はいはい……」

 

 よくやく笑顔を見せてくれたラピスは、そう言ってホールへと戻っていった。

 

「……」

 

 ……今日、山で最後に聞いたあの声。

 ホールへと戻りかけた彼女の背に向け、ついでに聞いておこうと俺は喉まで言葉が出かかったのだが。

 ――何故か、そうすることはできなかった。

 確証はないが、そうすることにより、果てしなく悪いことが起こりそうな予感がしたからだ。

 単なる気のせいであってくれと――俺は先ほどのラピスの顔を思い出し、顔から一筋の汗を流させながら、そう願ったのだった。


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