拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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看板死神ラピス

 昨日とは打って変わり、店内には活気を帯びた声が響いている。

 その中には、慌ただしく奔走するラピスのものも混じっていた。

 

「ラピスちゃーん、コーヒーおかわりねー」

「了解じゃよー」

「こっちも追加注文いいかい?」

「――こりゃ、ちと待っておれ! 順番じゃ、順番」

 

 言葉遣いに少々気になるところはあるが、それなりに上手くこなしているようだ。

 店内には合計で四人の客の姿がある。

 俺を除けば三人で、そのいずれもが見覚えのある顔である。

 理髪店、そして八百屋の主人だったか。それに奥に一人で座る老人も、全員がこのアーケードに店を構えている人たちだ。

 彼らもこの時間は仕事中だろうに、こんなところで油を売っていて良いのだろうか。

 

「うん、元気も戻ったようだ。これはやはりキミのおかげなのだろうな。彼女が仕事に慣れるまではこうして様子を見に来てくれると助かる」

「言われなくても……」

 

 コーヒーをカウンターに置きつつ声をかけてきた聖さんに対し、俺は答える。

 わざわざ念を押されずとも、先ほどのような態度を見せられて今後放っておけるわけがない。

 

「しかし聖ちゃんに子供が居たとは知らなかったな」

「おおよ、おったまげて昇天しそうになったぞ。あれかい、”デキ婚”てやつかい?」

 

 と、テーブルに掛けた二人組の男が聖さんへ揶揄めいた声をかけてきた。

 

「遠慮なく失礼なことを言ってくれるな、不良中年どもめ。親戚の子に少し店の手伝いをしてもらっているだけだ」

「がっはは、なんだそうだったのかい。いやしかし驚いたぜ、店に入ったらいきなりんな格好の聖ちゃんがお出迎えなんだからな」

「人が来なさ過ぎて聖ちゃん、ついに狂っちまったのかと思ったよな」

 

 それは同意せざるを得ない。

 思った以上に似合ってはいるが、実際俺も似たようなことを思ったのだからな。

 なんというか、彼女はもっとストイックというか、悪く言えばお堅いというか……そんなイメージを抱かせる人物だったはずだ。

 もっとも、そんなイメージはこの二日間で完全に消え去ってしまっているが。

 今でも俺は、目の前の女性が本物の聖さんであるか疑ってかかっている。

 

「閑古鳥が鳴いているのはお互い様だろう。涙ぐましい営業努力として褒めてもらいたいものだな」

「いや、実際悪くないと思うぜ。聖ちゃんだけならアレかもだが、とんだ秘密兵器を手に入れたもんだ」

 

 言いつつ片割れの男は、奥のテーブルに目を向ける。

 

「ほれ、ご老台(ろうだい)かふぇおれ(・・・・・)じゃ」

「おお……ありがとう」

 

 そこでは丁度、注文の品を奥の老人に渡すラピスの姿があった。

 

「砂糖と乳を沢山入れると美味いぞ。よいか、決してそのままで飲むでないぞ。わしはそれで以前酷い目に遭うたでな」

「はっはは、そうかいそうかい。優しいねぇ、孫を思い出すよ。……聖さんや」

「どうした、木村さん」

 

 老人の名は木村、というらしい。

 木村さんはラピスに一瞬視線を戻したのち、再度聖さんに向かい言う。

 

「もしよければこの子に何か甘いものでも食べさせてあげられんかね。もちろんお代は払うよ」

「ん……そうだな、仕事中ではあるが……まあいいかな。休憩の代わりだ」

 

 少々迷う素振りを見せたものの、彼女は存外あっさりとその申し出を受け入れた。

 

「いいんですか?」

「初日だしね、これくらいはいいだろうさ。それに売り上げ貢献にもなっている」

 

 ……やはりこの人、ラピスには妙に甘いな。

 

「ラピスちゃん、店長さんからのお許しが出たよ。何か食べたいものはあるかい?」

「よ、よいのか!?」

 

 もちろんこの話の流れはラピスも聞いている。

 明らかに浮き足立ったその様子を見れば、一応は聞き返しつつも期待に胸を膨らませているのが丸わかりだ。

 

「ああ、なんでも好きなものを頼みなさい」

「そっ、それでは――そうじゃ、あの”ちょこぱふぇ”とやらを食してみたい!」

「聖さん、それじゃパフェを一つこの子に」

「はいはーい」

 

 聖さんが返事を返すと同時に、例の二人組から文句の声が上がった。

 

「おいおい爺さん、ずるいぞ」

「んなサービスありかよ聖ちゃん! 先に言ってくれよな!」

「あんたたちは二人とも子供さんがいるだろう。自分の娘に頼みなさい」

「はっ、嫁に行っちまったきりオヤジの顔なんぞ見にも来ねーよ。まったく寂しいもんだ」

「おおよ、昔はそれこそラピスちゃんみたく、なぁ。いやまあ、ウチのはあんなに美人じゃなかったけどな」

「今度娘さんが来店されたらその言葉を伝えておくよ」

「おいおい、勘弁してくれ! まあとにかくよ、そんなわけで寂しくしてるんだ、俺たちにもラピスちゃんに御馳走させてくれよ」

 

 手を合わせ頼み込む理髪店の親父を前に、聖さんは考え込む様子を見せる。

 

「ううむ……」

「客を差別すんのかい? なぁ~聖ちゃん、頼むよ」

 

 結局彼らの熱に負けた聖さんは、渋々ながら了承した。

 その後、ラピスは老人の話し相手をしつつご満悦でチョコパフェを平らげると、次いで親父どもにアイスとホットケーキを奢られることになり、まさに歓天喜地といった様子であった。

 

「どうだいラピスちゃん、おいしいかい?」

「うむ! なんじゃなんじゃ、この世界の仕事というのは随分と楽なものじゃな!」

「ジュースのおかわりはどうだい?」

「うむ! いただくぞ!」

「よっしゃ! 聖ちゃーん、オレンジジュースおかわりな!」

 

 ちゃっかりジュースまでねだった上、おかわりまで要求する調子の乗りようである。

 いやまあ、ねだったと言うよりは親父どもが貢いだ、という方が正しいが。

 

「……いいんですか、あれ」

「……」

 

 なんだか喫茶店から怪しげな店へと変わりつつある雰囲気を感じ始めた俺は、聖さんにそう問うも。

 彼女は腕を組んだまま、黙って何をかを考え込んでいる様子である。

 

「聖さん?」

「これは……使えるな……」

「――は? なにがです?」

 

 多少語気を強めて言うと、そこでようやく彼女は気付いたようである。

 

「あっ、ああいや、何でもないんだ。ふふ……」

 

 はぐらかすように言う彼女の口角は僅かに上がっている。

 ……また何かろくでもないことを考えている顔だ。

 やはり、なんと言ってでもラピスをここで働かせるのを止めるべきだったろうか……。

 

 その後はとりたてて特別なこともなく、ラピスの働きぶりを見ながら店で過ごした。

 ちなみに彼女がここで働くのは八時まで、という取り決めになっている。

 また、帰りは俺が責任をもって送り届けること。

 それが聖さんから出された条件であった。

 

 よってその決まりを守るだけならば、ラピスが仕事からあがる(・・・)時を見計らって店に迎えにくるだけでよいのだが、そんな横着をすれば後でどんな怒りを買うか分からない。

 結局のところ、これからバイトがある日はできるだけ早くここに来なければならないだろう。

 

 なお、家に帰ったラピスは急に腹が痛いと訴え出した。

 おそらくは調子に乗ってパフェやらアイスやらを食い過ぎたのが原因だろう。

 あのおっさんどもも、もうちょっと考えろってんだ。

 脂汗を流しながら苦しがるラピスに、俺はトイレの使い方を教えてやる。

 神であったラピスは、それまで排泄の概念自体が存在していなかったらしい。

 それが半分人の身となった今になってようやく、人間として当然の生理現象が発現しているといったところか。

 しかし二週間以上の時が経過したここでやっととは、随分と燃費の良い体をしているものだ。

 

 それより以降は何事もなく、いつものように風呂に入り、例の決まり事を済ませた後に就寝した。

 ――そして、次の日。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「……ま、結局何も無かったしな」

 

 学校帰り、例の山の麓に立つ俺はそう独り言ちる。

 昨日あんなことがあったとはいえ、結局俺はこのルートを辿ってしまっていた。

 その理由は二つ。

 ひとつは、単純に下道を通ると時間がかかりすぎること。

 そしてもう一つは、昨日の神社へ続く山道が果たして今日もあるのか、その確認のためである。

 ちなみに、昨日ラピスを連れての帰り道は遠回りの道を選択した。

 単純に夜に街灯も無いこの道は危ないからという理由からだ。

 

 しかしあれから何度記憶を掘り起こしてみても、あんな横道があったなどという覚えはない。

 例の狐の奇妙な振る舞いといい、さては白昼夢にでも襲われたのではないかと、俺は本気で思いかけていた。

 

 ――のだが。

 

「……やっぱ、あるな」

 

 やはり夢などではなかったようだ。

 山の中腹まで来た俺の目の前には、(くだん)の場所へと続くであろう道がある。

 踏み折った木の板も、昨日の状態のまま転がっている。

 

 ……十七年間、ただ俺が見落とし続けていただけ、なのだろうか。

 それは流石に無理があるのではないか。

 

 ――と、目の前の道をじっと見つめながら考え込む俺は、背より突然声をかけられる。

 

「おにーいさんっ!」

 

 その声は、どこか聞き覚えのあるような響きで……


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