拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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投稿に間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
GW前に片しておくべき仕事が文字通り死ぬほど溜まっており、それに封殺されておりました……


死神の居ぬ間に 後

 聞かれたから答えたとはいえ、元々彼女に相談するつもりで発したものではない。

 案の定、ミナはぽかんとした顔つきで俺を見ていたが。

 

「ねえ、おにいさん」

 

 ややあって、彼女は静かに口を開いた。

 

「どうした」

「何か悩みごとがあるの? ミナでいいなら、聞かせてくれない?」

「いや、悩みってほどのもんじゃないんだけどな」

「言うだけ言ってみて。誰かに言うだけで楽になることもあるって、おかあさんがよく言ってたの」

「……」

 

 まさか俺とラピスとの関係、そしてこれまでの経緯(いきさつ)を、今日知り合ったばかりのこの少女につまびらかに話せるわけがない。

 適当に誤魔化してしまえばいいだけの話で、冷静に考えれば、こんなことは本来考慮にすら値しないことだ。

 

 だが。

 そんな心中の思いとは裏腹に、俺の口は独り歩きを始めた。

 

「……なんだろうな、さっきの話にも続く話なんだが。俺ってつくづく役立たずだなって、そう思うんだよ」

 

 静かに語り出した俺の言葉に、ミナは黙って耳を傾けている。

 ……俺は一体何をしようとしているのだろう。

 こんな、年端のいかぬ少女を相手に、情けない心情を吐露しようなどとしている。

 いつもの俺ならば有り得ない判断だ。

 がしかし、寒々しいこの季節に当てられたのか、それとも何か他の要因によるものか。

 溢れ出す言葉は止まることがなかった。

 

「何も知らない、できないくせに一人で突っ走って……で、結局はあいつ(・・・)の助けを借りる羽目になっちまう」

「あいつって? おにいさん」

「今日はいないんだけどな。……ま、連れ合いだ。いつも俺のことばかり気にしてるヤツでな。俺としちゃ、あいつにはもっと自分のために生きてもらいたいんだが……。今だって、やらなくてもいいっつってんのに、あいつは――自分じゃなく、俺のために必死でいやがるんだ」

 

 ラピスに関する細部はぼかしつつも、俺はそう言って言葉を続ける。

 実際、これまでなんとかなったのは運が良かったこと、それにあいつの力に頼りっきりだったためだ。

 そもそも下手をすればあの時、あいつは殺されるところだった。それも口にするのも憚られるような辱めを受けた上で、だ。

 確かにあのままでもゆっくりと死を待つだけだったのは変わらないが、それでもあのエデンという女が宣っていたことを考えれば、まだそっちの方がマシだったろう。

 結局のところ――借りを返さなければならないのは俺の方こそ、なのだ。

 だというのに、今ここに至ってもまだ、俺はあいつのために何もできないでいる。

 そんな、自分の無力さが情けなく、そしてやるせない。

 

「……あの時会ったのがもっと力のある奴だったら――俺なんかじゃなく。こんな負担掛けずに済んだだろうにな。まったく、つくづく運が無い奴だよ」

 

 いつしか俺は、横の少女に言うのではなく、ただ己の愚痴を独り吐き出しているだけになっていた。

 俺は言い終わると首を垂れ、視線を地に落とす。

 ――と、頭の上に何かが乗せられる感触がある。

 

「そんなに思い詰めないで、おにいさん」

 

 ミナの方へと目をやれば、彼女の右手が、俺の頭部に向かい伸びているのが見える。

 

「おにいさん。そのひともきっと、そんなふうにおにいさんが悩むことなんて望んでないよ」

 

 言いながら、彼女は優しく俺の頭を撫でている。

 傍から見れば実に情けないというか、恥ずかしさここに極まれりといった光景である。

 しかし俺が何か言うより先に、彼女は言葉を続ける。

 

「おにいさんはそのひとに好きなように生きてほしいって言ってたけど――たぶん、そうすること(・・・・・・)がその人にとってのしたいこと、なんだと思うよ」

「バカな……! そんな、せっかく自由になれたのに、それを……俺はもっと、あいつには――」

 

 言い捨て、俺は地に視線を戻そうとしたが、逃がさないとばかりミナは腰を曲げ、頭を俺の胸元辺りまで移動させた。

 彼女の顔が再び視界に入ってくる。

 ミナはそのまま、大きな黒い瞳を真っ直ぐに俺の目へと向けさせ、言った。

 

「ならね、おにいさん。そのひとは、おにいさんのために何かする時、嫌な顔してた? 返さなきゃいけない恩があるから、だからしょうがないからって――そんな顔、してたの?」

 

 ゆっくりと、噛み砕くように。

 相手の感情を逆撫でしないよう、注意を払いつつ。

 その声色は、まるで子供に言い聞かせる母親のそれであった。

 

「……いや……」

 

 語気が荒くなり始めていた俺の頭は、そんな声のおかげか、幾分か冷静さを取り戻していく。

 ……思い返せば、あいつが俺のために何かする時、あいつはそんな――義務感によるものとは全く違う表情をしていた。

 しょうがないからどころか、生き生きとすらしていた気がする。

 そうした過去の記憶に思いを馳せた俺の口からは、小さくも否定の言葉が零れる。

 

 そして、そんな俺の言葉を受けたミナは。

 慈愛に溢れた――そんな表現がまさにふさわしい、天使のような笑顔になり、言った。

 

「だったら……そういうことなんだよ」

 

 反論はいかようにも可能だろう。

 だが彼女の声には、とても抗うことのできない、そんな重さを感じさせた。

 

「そう……なの、かな」

「そうだよ。きっとそう。おにいさんはいいひとだもの。それに、とっても頑張ってるんだね。えらいよ、おにいさん」

 

 目を細めたミナは、言いつつ俺の頭を優しく撫でる。

 実は先ほどからずっと彼女はそうし続けているのだが――これがまた、常軌を逸した心地よさなのである。

 マイナスイオンでも手から出してるのだろうか?

 あまりに心が安らぐそれを、俺は暫く甘んじて受けるがままになっていたが。

 

「……も、もういいって、ミナ」

 

 傍から見て、それがどんなに恥ずかしい光景であるかに気付いた俺は、ようやくそう言って彼女の手から逃れる。

 ミナは「そう?」とだけ言って、ニコニコと上目遣いに俺を見つめていた。

 

 ――ややあって。

 

「いや、なんだか恥ずかしい姿を見せちまったな……」

 

 先ほどの自分の姿を鑑みた俺は、今頃湧いてきた恥ずかしさに思わず頭を掻く。

 

「ううん。全然そんなことなかったよ? それに――」

「それに?」

 

 アイスを食べ終わったミナは、今度は棒の付いた飴に手を付けながらだ。

 

「おにいさん、とってもかわいかったの!」

「うっぐ……。は、はは……そうか……」

 

 恐らくは皮肉のつもりなど一切無いのだろうが、この言葉は俺の羞恥心を更に煽る結果にしかならない。

 今俺にできることといえばそうして虚勢を張り、笑って見せることくらいである。

 がしかし、やはり気まずさに耐え切れなくなった俺は、逃げるように懐からスマホを取り出す。

 別に何か目的があったわけではないが、画面を見た瞬間、俺の背に冷たいものが流れた。

 

「――やべっ! もうこんな時間か! そろそろ行かねえと……」

「おにいさん?」

「ミナ! すまねえがちょっと俺、これから行かなきゃならない所があってな。家はどこだ? 送ってくよ」

 

 俺が慌てたのも無理もない。

 ミナと会ってから、実に一時間半以上の時が経過していたのだ。

 これ以上遅れるとあいつの機嫌がどんなに悪くなるか、想像するだけでそら恐ろしい気分になる。

 ……いや、既にアウトかもしれない。

 

「あっ、え~っと……さっきの山のところでいいよ」

「あそこ? なんだ、あそこから近いのか? それなら別に家まで送ってってやっても――」

「う、ううん! だいじょうぶ! 山の麓まででいいよ! おにいさん、急いでるんでしょ?」

 

 急に慌て始めた俺を気遣ってか、ミナはそう言って遠慮する素振りを見せたが。

 とはいえ、そろそろ日も落ち始める頃である。

 彼女をここまで案内したのは俺なのだし、やはり家まで送り届けるのが筋というものだろう。

 が、彼女は家まで送るという俺の申し出を頑なに拒み、麓まででいいと言って聞かなかった。

 彼女の意思は固く、それに麓から家までは本当にすぐの場所にある、というので、俺は申し訳なく思いつつも、彼女の好意に甘えることにした。

 

「しかし一昨日からあの山で色んなことが起こるなぁ」

「そうなの?」

 

 来た道を戻りながら俺がふと口にした独り言に、ミナは俊敏に反応する。

 

「おお。ミナ、お前知ってるか? あそこの山な、狐が出るんだぜ」

「……へ、へぇ~。そ、そうなんだ」

「オレンジ色の、ちょっと変わったヤツでな。――そうだ、ちょうどミナの髪の色に似てたな」

「ふ、ふぅ~ん……」

「……どした、ミナ。なんか顔色悪くねえか?」

 

 それまでの溌溂とした物言いから一転、妙に声のトーンが小さくなったミナを訝しみ、俺は彼女に目を向ける。

 

「う、ううん! そんなことないよ!」

 

 殊更大きな、わざとらしさすら感じさせる大声でもって彼女は答える。

 

「そ、そうか。――んでな、ちっと不気味なこともあったんだが。人懐っこい狐でな、撫でさせてくれたんだぜ」

「……おにいさん」

「ん?」

「もしその狐さんにもう一度会ったら、どうしたい?」

「――へ? どうもこうもないよ。ま、しかし……あんだけ人懐っこいんだ。それにあんだけ警戒心が無いと危なっかしいしな。親の許可次第だが、飼ってやるのもいいかもな」

 

 それと妹の許可も、だ。

 

「飼うっ!!?」

「おおっ!? な、なんだ、どうした」

 

 今度は先ほどのように演技めいたものではない、本当に感情のまま張り上げた大声である。

 特に変なことを言ったつもりはないのだが、俺の目に映る彼女の表情は、まさに困惑しきりといった様子を見せている。

 

「お、おにいさん……今言ったこと、本当?」

「え、あ、ああ、うん。まあ、そういうのもいいかなって……」

「飼われる……おにいさんに……? ……だ、だめだめ。そんなこと……おかあさんが知ったら……で、でも……」

 

 ミナは俺から視線を離すと、俯いて何やらぶつぶつと独り言ち始めた。

 

「お、お~い……ミナ?」

「――はっ!? な、なに、おにいさん!?」

「いや、着いたけど……」

「あっ……」

 

 それからもずっと独り言を言い続けていたミナは、俺に再度声をかけられるまで周りの様子すら目に入っていなかったらしい。

 

 

「――そんじゃな。気を付けて帰るんだぞ」

 

 俺はそう言って、彼女に別れを告げる。

 

「うん。おにいさん、今日はありがとう」

「いや、俺も楽しかったよ。じゃあな」

「……うん。またね(・・・)、おにいさん」

 

 幾分か寂しそうな色を湛えつつも、彼女もまた右手を上げ、別れの言葉を口にする。

 そうして彼女は俺の姿が見えなくなるまでずっと、俺に向かい手を振り続けていた。

 

「不思議な子だったな。……またね、か。あいつと出会ったときのことを思い出すな」

 

 振り向いても彼女の姿が見えなくなったところで、俺はそう一言漏らす。

 

「ま、もう会うこともないだろ。さて、さっさと店に……あっ!」

 

 短く声を上げた俺は、急いで鞄から制汗剤を取り出した。

 何故急に俺がこんな行動に出たのかといえば、一言で言うなれば……『偽装』のためである。

 昨日のラピスは、どうも俺に付いた匂いから他者の存在を嗅ぎつけていたようだった。

 単なるカマかけに俺が釣られただけ、といった線も考えられるが、念には念を入れておく方がいい。

 果たして制汗剤の匂いくらいで誤魔化しになるかは分からないが、それでもやらないよりはマシだ。

 

 とはいえ。

 

 しかし……

 

「――冷静に考えてこの姿……かなり情けなくないか?」

 

 プシュプシュとスプレーを体に吹き付けつつ、俺は自己嫌悪に陥る。

 他の女の痕跡を消すために四苦八苦しているこの姿は、まるで……

 

「……いやいや、これはそういうんじゃない。あいつがまたやらんでもいい変な勘繰りをしないためだ……うん」

 

 果たして誰に対してのものか。

 俺はそうして虚空に向かい、言い訳を垂れ流し続けていた……


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