拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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信賞必罰

 そして一夜明けた今日は金曜日、授業のある週の終わりの曜日である。

 ラピスの仕事は学校のある日のみと決めていたので、週末はまたあのうるさいのと一日中一緒ということになる。

 まあ、土日の心配はまたその日を迎えてからすればいい。

 それより今は。

 

「なあ、悪いけど今日はあんまり構ってやれないんだ。何か用事があるなら手早く済ませてくれないか」

 

 俺は、目の前の少女に向かい言う。

 彼女は俺の声に反応し目を向けたが、すぐには返事を返さない。

 というのも、口いっぱいにものを詰め込んでいたからだ。

 

「はぐ、はむ……んっ!? ――んんん~ッ!?」

 

 早く返答せんと急いで飲み込もうとしたためであろう、彼女は口の中のものを喉に詰まらせた。

 

「あっバカ、急いで飲み込むから――ほれ、水飲め水!」

 

 むせる彼女へ、俺はペットボトルに入った水を飲ませる。

 

「んゅっ、んっく……ぷはーっ!? ……し、死ぬかと思ったの!!」

「気を付けろよほんと……」

 

 そう、昨日に続き今日も俺は、例の山道でこの少女と出会った。

 もはや名前をあえて言う必要もなかろう――ミナである。

 出会って早々彼女は昨日の礼を丁寧に言ってきたのだが、その際に彼女の腹から大きな音が鳴った。

 赤面する彼女へ俺が腹が減っているのかと問えば、恥ずかしそうにしながらもミナはこくりと頷いた。

 

 ――聞けば、昨日大量に購入したはずの駄菓子の山は、昨日のうちに全て食べてしまったのだという。

 聞いた手前、はいそうですかで終わらせるわけにもいかなくなった俺は、少し待っていろと言い残し、山を下りて近くのコンビニでおにぎりを二つほど買ってきてやり、彼女に手渡した。

 彼女は最初こそ遠慮する様子を見せていたが、結局空腹には勝てず、一度口を付けた後はすさまじい勢いで食べ進め、あっという間に完食してしまったのだ。

 

「ありがとうおにいさん! やっぱりおにいさんは命の恩人なの!」

 

 息を整えたミナは、満面の笑顔になって言う。

 

「んな大げさな……ん? やっぱり? やっぱりって?」

「あっ……! え、えへへ……ちょっと言い間違えちゃった」

 

 どうも何かを誤魔化しているような風だ。

 俺が訝しんでいるのを察知したのか、ミナは慌てた様子で話題を変えようとする。

 

「それよりおにいさん、ごはんありがとうなの! とってもおいしかった!」

「……そりゃよござんした。けどよお前、きちんと毎日メシ食ってんのか? 今の食いっぷり見るに食が細いってわけでもないんだろ?」

 

 この俺の言葉に、ミナは明らかに狼狽する様子を見せた。

 

「え……う、うん。ちゃんとごはん、食べてるよ」

「……普段何食ってんのか聞いてもいいか?」

「え、えっと……大体いつもは山にいるむしさ――じゃなくて! えっと、えっと――そ、そう! おにぎりとか!」

 

 何か言おうとして慌てて止めた風だな。

 

「おにぎり、ね……」

 

 そいつはちょうど今、俺がやったもんだな。

 喰いモンの名前なんて、それこそ星の数ほどある。

 だというのに、思案した挙句に出てきたのがその単語一つだけとは。

 難しい顔をして睨む俺を、ミナは不安げな表情でして見つめている。

 

「お、おにいさん……?」

 

 今一度、俺は彼女の全身を見回したが。

 ……やはり、どう考えても痩せすぎている。

 加えることに昨日と変わらぬボロボロの和服を羽織った姿、そしてこの一連の会話。

 これらを併せ考えれば、育児放棄(ネグレクト)という嫌な単語が脳裏に浮かぶ。

 

 とはいえ、それはあくまで疑惑に過ぎない。

 ミナの明るい表情を見ると、とてもそうした虐待など受けているようには感じられない。

 俺の勝手な想像、思い違いであればいいのだが。

 

「それに、俺がどうこうできるわけでもないしな……」

「どうしたのおにいさん。変な顔して」

 

 溜息交じりに、そうつい声に出してしまった俺へ向け、ミナは更に怪しんだ顔付きになる。

 

「ん……いや、なんでもない。それよりミナ、さっきも言ったけど今日はあんまり長いこと付き合ってやれないんだ」

「うん、大丈夫だよおにいさん! ミナも昨日のお礼が言いたかっただけなの!」

「そっか。それじゃ――」

「あっあのっ! おにいさん!」

 

 ならば俺はここいらで、そう言おうとした俺の言葉を遮って、ミナは何かしらを言いたげな素振りを見せる。

 

「ん? どうした、やっぱ何かあるのか?」

「あ、明日は……明日もここ、通る?」

「ん、んー……」

 

 先述したように、ラピスのバイトは平日のみであり、となれば俺もまたこの道を通る理由もない。

 ならば正直に「いいや、通らないよ」とでも言えば良さそうなものだが、どうにも眼前のミナの表情を見てしまうと、そう断言してしまうことに若干の躊躇いが生まれる。

 よって俺は、返事を保留する代わり、逆に彼女に質問してみることにした。

 

「……ミナはどうなんだ。明日もこの時間、ここで遊んでるのか?」

「うん。ミナはここにいるよ。この山に……ずっと」

 

 言葉の最後は目を伏せながらの――何をか思い詰めたような、そんな色を感じさせた。

 

「変な言い方するんだな。そんなにここが気に入ってんのか。……で、明日、明日ねぇ……」

「あっ……大丈夫だよおにいさん! 無理しなくてもいいの! ちょっと聞いてみただけだから!」

 

 明らかに俺に気を使っているのが丸わかりなその様子は、健気さすら感じさせるものだった。

 こんな年端も行かぬ少女にそんな気遣いをさせてしまうのはどうにも心苦しく、若干の良心の呵責を感じざるを得ない。

 俺はたっぷり十秒ほどの時間をかけ、悩みながらも言葉を発した。

 

「悪いが、約束はできないな」

 

 案の定、この俺の言葉を聞いた瞬間、ミナは明らかに気落ちした態度を見せる。

 

「そ……そう。……うん。わかったよ、おにいさ――」

「でもま、もし時間が取れるようだったら顔を見に来るよ」

 

 よくもまあこんなに素早く表情を変化させられるものだと感心する。

 打って変わって元の、いやそれ以上の笑顔へと表情を変えたミナは、たちまち声を弾まさせた。

 

「ほ、ほんとっ!? ほんとにっ!?」

「ああ。でもあんま期待すんなよ。お前も他に用事でも入ったらそっちを優先しろよ。どっちにしろ平日はここ通るしな。そっちのが確実だ」

「――うん、うん! わかったの!」

 

 ……本当に分かったのかどうか訝しむほどのはしゃぎっぷりだ。

 これで明日、やはり顔を見せられぬ羽目になってしまった時のことを思うと、やはりきっちりと断っておくべきだったかという後悔の念が押し寄せる。

 とはいえ、今さら撤回するわけにもいかない。

 仕方ない、明日のことは明日のこと。その時になってから考えよう。

 

「んじゃ今日はここまでだ。それじゃ、またな」

「あっ! ちょっと待ってほしいの!」

 

 再度踵を返そうとした俺を、またもミナが止める。

 

「どした?」

「おにいさん、これ。貰ってくれる?」

 

 そう言ってミナは、懐から小さな包みらしきものを取り出し、俺に手渡す。

 

「ん? これは……お守り?」

「はいなの!」

「縫ってある名前はこれ、買った神社の名前か? ……聞いたことないな。どこのだ?」

 

 橙色の糸でもってして全体を設えられているそのお守りは、『大道寺陽首白露稲荷御守』と茶褐色の糸で刺繍がされている。

 これは果たしてどう読むのが正解なのか。

 

「これはね、すっごくご利益があるお守りなの。本当はむやみに人にあげちゃダメって言われてるんだけど……おにいさんならいいよ! 今までのお礼!」

「そ、そうか……」

 

 たかが駄菓子とおにぎりを奢られたくらいで、そんな大層なものをホイホイ渡すのはどうなのか。

 いや、一応昨日の分はミナが払ったことにしてるんだっけか。

 

「それじゃ、もう他にはないのか? いいなら俺は行くけど」

「うん! じゃあまたね、おにいさん!」

 

 ミナは、昨日と同じく俺が視界から消えるまでずっと手を振り続けていた。

 後ろを振り返っても彼女の姿が見えなくなったあたりで、俺は先ほど渡されたものをポケットから取り出してみる。

 と同時に、先ほどの自分の行動を鑑み、己が軽率さを改めて感じる。

 

「安請け合いしちまったかなぁ……」

 

 言いながらそのお守りを観察してみれば、どうやら機械的に生産されたものではない、手作りの品のようだ。

 橙色の糸は光の当たり加減で金色に輝き、見た目も相まって神々しいまでの光を放っている。

 そうしてまじまじと見ながら、指で感触なども確かめていると、どうも指先にコリコリとした感触を感じる。

 

「……米?」

 

 紅い紐を解いて中に入っていたものを取り出してみれば、中から数粒の米がまろび出てきた。

 それも精米などなされていない、収穫直後といった様相のものだ。

 

「ま、豊穣の神様を祭ってる神社なのかもな」

 

 言いつつ俺は、他に何か入っていないかと中を探る。

 すると、今度はなにやらこそばゆい感触があった。

 柔らかいそれを次いで取り出してみると、小さく紐で纏められた毛の束が姿を現す。

 何かの動物の毛だろうか。色は褐色がかったオレンジ色で、先端は白くなっている。

 それはあえて言うなら、これを渡してくれた人物の髪色によく似ていた。

 

「……まさかな。偶然だろ」

 

 頭にふと過った考えを打ち消した俺は、今日こそはあのうるさい死神に文句を言われないよう、行く道を急いだ。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 それからは首尾よく歩を進め、無事ルナへと入店することができた。

 時間もそれほどは経っていない。

 

「おっ、今日は早いんだね。感心感心」

 

 中に入ってきた俺を、今日のところは聖さんもすぐに気付いたようだ。

 俺は聖さんに促され、空いているカウンター席に腰を下ろす。

 

「またあいつの機嫌を取るのに苦心したくないですから。それより、また客が多くなってません?」

 

 気のせいではない。

 昨日もいつものこの店のことを考えれば大繁盛と言って差し支えない繁盛っぷりだったが、今日はほぼ満員といった様子である。

 

「うん、噂が噂を呼んで、といった所だろうね。しかしわずか数日でここまでとは私も予想していなかったな。彼女にはいくら感謝してもし足りないよ。仕事ぶりも真面目だしで言うことはないね」

 

 その真面目っぷりを普段の態度にも出してほしいところだ。

 俺が聖さんに苦笑で答える中、ちょうどその人物が小走りにやってきた。

 

「我が君! 来てくれたのじゃな!」

「ああ。真面目にやってるみたいじゃないか」

 

 今日は初めから上機嫌なラピスの顔には、僅かに汗が滲んでいる。

 この盛況ぶりなのだ、結構な仕事量なのだろう。

 

「ふっふーん、これがわしの実力よ。どうじゃ、見直したであろう」

「そいつを言葉にしなきゃ更にいいんだけどな」

 

 たまには素直に褒めてやろうと思ったらこれである。

 

「まったく我が君ときたら、いつも一言多いの。ところで我が君よ、今日もまた聖から料理を習っての? 今日は学び舎の方が早く終わったからの、時間は多少かかったが、何とか間におうたわ」

「へぇ。今度は何だ?」

「ふっふっふ~……これじゃ!」

 

 メイド服の胸辺りに手を入れたラピスは、中からこじんまりとした白い袋を取り出した。

 ご丁寧に黒いリボンで上部を縛ってある。

 

 彼女からそれを受け取った俺は、リボンを紐解き中のものを確認してみる。

 中を覗き見れば、小さめのチョコが五個ほど入っているのが見えた。

 それらは皆揃って、またもハート形である。

 

「……とりあえずありがとうと言っておくけどな。お前、次からこの形はやめろ。あとモノをそこに仕舞うな」

「何を言っているのだ竜司くん。贅沢にも程があるというものだぞ。替われるものなら替わってやりたいくらいだ」

「むしろそうしてくれるとありがたいですよ……食べます?」

 

 この衆人環視の中ハート形のチョコを送られるなど、流石に嬉しさより羞恥が勝るというものだ。

 事実、店中の客たちの視線は俺とラピスの二人に釘付けになっている。

 中でも若い男たちの中には、俺に対し明らかな敵意の視線を送ってくるものまであった。

 そんな怨嗟の視線混じりの注視に当のラピスは気付いているのか、あるいは気付いた上で無視しているのか、俺に対しての態度を改めようとしない――どころか。

 

「あっこら、お前っ!」

 

 慌てて止めようとする俺の手を器用にかわしながら、ラピスは俺の膝の上に腰を下ろす。

 

「そなたは出会ったときからそうであったの。本心とは逆のことばかり言いおる。わしにはちゃあんと分かっておるのじゃぞ? 本当は嬉しゅうてたまらぬくせに照れおって」

 

 そして上目遣いで俺を見上げながら、くすくすという笑いと共にそんなことを言い出す。

 更には両腕を伸ばし、俺の首を下から抱くようにしながら、である。

 

「お前な……!」

 

 完全に図に乗っている。

 これは恐らく昨日俺がラピスの作った料理を過剰に褒めたこと、あれが原因だろう。

 しかし実際美味かったのは確かなわけで、こいつが調子に乗っている大元の原因を作ったのは俺である。

 そうした自覚があるゆえに俺がこいつに強く出られないこと、それをこの死神は重々承知なのだ。

 にやにやと笑う顔を見ればそれは一目瞭然である。

 

「あーキミたち、続きは帰ってからにしてくれないかな。ラピスちゃん、このままでは彼がこの店を生きて出られないぞ?」

 

 半ば呆れの色が混じった聖さんの声に、視線を周囲に向ければ。

 俺たち――いや、俺に向けられた視線は敵意を通り越して殺意までをも含んだものに変化していた。

 

「それにお客様たちをずっと待たせてもいけない。ほら、仕事に戻りなさい」

「仕方ないのう。それでは我が君、また後にな!」

「ああ……またな……ってお前、それ」

 

 膝から元気よく飛び退いたラピスは、片手を上げてその場から去ろうとするが。

 その上げた手に違和感を感じた俺は彼女を呼び止める。

 

「お前まーたケガしたのか? 気を付けろよ」

 

 いくらすぐ治るとはいえ、連日ともなると流石に一言言いたくもなる。

 ラピスの指にはまたも絆創膏が貼られていた。昨日は人差し指、そして今日は中指である。

 

「う、うむ、分かったのじゃ。いやなに、やはりまだ慣れぬことゆえ、どうも手元がの。そ、それではわしは仕事に戻るぞ」

 

 ラピスは早口で言い終えると、そそくさと他の客の元へと走っていってしまった。

 まあ、自称偉大な神様としちゃ、二日連続で包丁で指を切るなんてヘマはあまり指摘してほしくないのだろう。

 しかしそれにしても、あそこまで慌てなくてもよさそうなものだ。

 大体もっと恥ずかしいというか、情けない姿をこれまで散々晒しているくせに、何を今さら。

 

「……ん? 待てよ?」

 

 ここで俺は、ふと妙なことに気付く。

 今日あいつが作った料理はチョコレートだ。

 既成のものを溶かし固めるだけのもののはず、指を切るような場面が果たしてあるだろうか?

 まあ、実際俺は菓子作りなどしたことがないし、多分どこかで使用する場面があるのだろうな。

 俺がそうしたどうでもいいことに思いを馳せていると、聖さんから声がかけられた。

 

「しかし本当に、キミはあの子とどういう関係なんだい。彼女が君に対して向けている情愛は尋常じゃないぞ。それこそ、キミの為なら死をも厭わない、とでも言いそうなほどだ」

 

 言いそうどころか、実際に言葉にされてんだよなぁ。

 しかしどういう関係だと問われても、まさか本当のことを言うわけにもいかない。

 それにたとえ事実を言ったところで、バカな冗談と思われるのが落ちというものだろう。

 故に俺は、ここは曖昧な言葉で濁すに留める。

 

「……まあ、色々とありまして」

「ふふ、今度詳しく聞かせてもらうとしよう。……しかし、お客様が増えたことは喜ばしいことだが、これは少し心配ごとも出てきたな」

 

 店内を一望した聖さんは、やや物憂げな顔つきになる。

 

「何がです? 心配ごとって」

「単純にラピスちゃん一人ではこの先厳しいのでは、ということが一つ。無論私も彼女に負けないよう奮起するつもりではあるが、こうも急に増えるとなると……」

「……ま、確かにこれまでとは比べものになりませんもんね」

 

 俺は子供の頃からこの店を知っているが、こんな盛況ぶりは今まで一度として見たことがない。

 これが本当にラピス一人の力によるものなのだとしたら相当なものだ。

 俺はもう見慣れてしまっているから鈍くなっているのだろうが実際、ラピスの容姿はそこらのアイドル顔負けである。

 こんな田舎の寂れたアーケードの中でそんな女性店員が居るとなれば、こうして人気が出るのも当然なのかもしれない。

 

「まあ、それはおいおいまた新たにバイトでも雇えばいいのだけどね。それよりもっと心配なことがあるんだ」

「と言うと?」

「これまではこの店に来る客といったら、もっぱら同じアーケードの人たちだったのだけどね。今のように若者、特に高校生や大学生くらいの男の子などは滅多に見なかった。それが今や、見たまえ」

 

 聖さんに促されて改めて店内を見渡すと、確かにこれまでとは客層が違ってきている。

 客の半数は若い男で占められており、その誰もが見知らぬ連中だ。

 そして彼らはまた、先ほど俺に敵意の視線を向けてきた者たちでもあった。

 まあしかし、同じ男として彼らの気持ちが分からぬでもない。

 可愛い店員が一人の客とずっとくっちゃべってちゃ、そりゃいい気はしないよな。

 

「新規の客が増えるのは結構なことじゃないですか。それがどうかしたんですか?」

「うん、店の売り上げが増えるのは勿論願ったりなのだが。しかしながら、ラピスちゃんのような可愛らしい娘、それに妙齢の女性が二人だけとなると――む。……噂をすれば影だ」

「?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔になった聖さんの視線を追うと、その先にはラピスの姿がある。

 どうやら若い男二人組への接客中のようだが、なにやら様子がおかしい。

 俺は黙り込み、先のテーブルで如何な会話が行われているのかに集中しようとしたが、男たちの声はことのほか大きく、さして気を回さずともこちらにまで話し声が届いていた。

 

「ねえねえメイドさん、写真撮っていい?」

「俺たちにもさっきの客に対してみたいにしてくんない? ていうか何渡してたの?」

「い、いやその……あれは特別な……」

 

 その二人組は、見た目は俺と同じくらいの年かさに見える。

 先ほどの俺とラピスとの様子を見ていたからこその言葉なのだろうが、やけに馴れ馴れしい。

 また当のラピス自身も、俺が少し離れた位置にいるからか、声に張りなく、しどろもどろになっている。

 

「ええーっ? なに? この店は客を差別すんの? そりゃないでしょ」

「そうだよ。いいじゃん写真くらい」

 

 そんな大人しい彼女の様子を見てか、男たちは更に調子に乗り出す。

 その光景を俺と共に見る聖さんはこめかみに指を押し当て、憎々しげに言った。

 

「見ての通りだよ。ああいった手合いが増えてしまう可能性があるんだ。なにしろ女性定員二人だけだからな、舐めた目で見られるんだろうね。……例の件、この分ではやはり中止にすべきかな……」

「……あのバカ、何を大人しくしてんだ。あんな奴等お前にかかりゃなんでもないだろうに」

 

 俺はそう毒づくも、あいつの内弁慶ぶりは俺もよく知っている。

 俺の前では大物然たらんとしちゃいるが、実際のあいつは気の弱い、それこそ見た目通りの――いや、むしろ見た目以上に精神的に脆いやつなのだ。

 

「ねーって! ほら、こっち来てよ!」

「――あっ!?」

 

 更に調子づいた男はラピスの片腕を掴み、己が(たもと)へ引っ張り込もうとする。

 ラピスは小さく悲鳴を上げ、たたらを踏む。

 

「あいつら――ッ!」

 

 気持ちは分かる――とは確かに言ったが、前言撤回だ。

 ものには限度というものがある。

 俺はガタンと音を立てて立ち上がり、連中の元へ駆け出そうとするも、聖さんがそれを止めた。

 

「待ちたまえ竜司君。ここは私の店だ、私が然るべき処置をする。あんなかよわい少女を乱暴に扱って……男の風上にも置けない連中だ。伊達に何年も女手一つで店を切り盛りしていたわけではないこと、思い知らせてくれる」

 

 酷薄な笑みを浮かべた聖さんは、指をゴキゴキと鳴らす。

 俺も相当な憤怒の表情を浮かべていたと思うが、彼女のそれは、そんな俺の激情すら消沈させてしまうほどの凄みに満ちていた。

 それにより俺は幾許か平静を取り戻したが、それでもあの連中に対する怒りは未だ冷めやらない。

 

「――む?」

 

 俺がどうすべきか悩んでいる中、聖さんが小さく声を上げた。

 彼女の目は驚きの呈を成しており、すわこれ以上あの連中が何か仕出かしたのかと彼女の視線を追うも。

 その先に展開されていた光景は、およそ予想だにしないものだった。

 

「……兄ちゃんよ、無理矢理っつーのはよくねェな?」

 

 声の主はナラクである。

 今日もまたいるのか……ことによるとあいつ、毎日来てんじゃないのか?

 しかし今はそんなことはどうでもいい。

 奴は今、ラピスにちょっかいをかけてきた男の肩を掴んでその動きを制している。

 素直にその光景を見れば、ラピスを助けようとしているように見える。

 ……が、奴のことを知る俺には、とてもそう素直に思うことはできない。

 一体何を企んでいるのか。

 俺のことには奴も気付いているはずだが、そのことには気を回す様子を見せず、続いて男たちに話しかけた。

 

「嫌がる女を無理矢理っつーのはいけねェよ、いけねェ。俺も同じ失敗をやっちまったコトがあるんだが、後で気分最悪になんぜ? しかもその後負けたとあっちゃァ、マジで死にたくなるってなもんだ」

「な……なんだあんた。あんたは関係ないだろ?」

 

 ナラクに肩を掴まれる男は気丈に言うが、声には震えが混じっている。

 それも当然のこと、急に強面の大男が現れたとなれば誰でもそうなるだろう。

 

「ま、そうなんだがね。だがよ、俺ァここの静かなところが気に入ってたんだ。なのに最近は喧しくていけねェ。ただでさえムカついてるときによ、アホな騒ぎ起こすんじゃねェよ。それに俺ァそいつにちっと借りがあってな……手ェ放しな」

 

 ナラクは男の、ラピスの手を掴んでいる方の腕をむんずと鷲掴みにして、次いで捻りあげた。

 ギリリという音がこちらまで届いてきそうな勢いである。

 これには男も堪らず悲鳴を上げた。

 

「いって……痛ぇ! 放せよ!」

「おや、反省がねェな? 俺にしちゃ随分優しくしてやってるんだけどな、そういうコトなら仕方ねえか。……おーい、店長よ!」

 

 男の腕を掴み――いや、腕ごと男をぶらりと持ち上げた姿勢でして、ナラクはこちらに向け声を上げた。

 奴の言う店長、すなわち聖さんもそれに答える。

 

「なんだね?」

「今からこいつらと話つけてくんだけどよ、もしかするとこいつら、今日はここに戻ってこれねェかもしれねェ。先に支払い済ませといてくれや」

「その心配には及ばないよ。君たち、お代は結構。その代わり、二度とこの店には来ないでくれたまえ」

 

 男たちを付けようとする素振りなど微塵も見せることなく、きっぱりと聖さんは宣告した。

 

「だってよ。タダだぜ、よかったなァ? ……それじゃ、じっくり話し合いと行こうや。……アンタもな?」

「ひっ、や、やめっ……ッ!?」

 

 ナラクは逃げ出そうとするもう一人の男の首根っこを引っ掴むと、二人を脇に抱えて店の外に出ていってしまう。

 残った店の客たちは――もちろん俺も含め、ただ呆然と出入口を見続けていた。

 

「……なんだあいつ。どういう風の吹き回しだ?」

 

 まさか本当にラピスを助けるために?

 だがしかし、奴が何故そんな気を起こすのか。

 俺たちを殺しに来た刺客ではなかったのか?

 

「ふむ……竜司君。彼はキミのと顔見知りのようだが、一体どんな手合いなのだね」

 

 聖さんも流石に奴のことが気になったのだろう、訳知り風の俺に聞いてくる。

 

「いや、どうって言われても……俺も詳しくは知りませんよ」

「そうか。ならば質問を変えよう。彼は今現在、定職にはついているのかい? ほぼ毎日のように来てくれているが」

 

 妙なことを聞く。

 奴のことが気になるのは分かるが、そんなことを知ってどうしようというのか。

 

「いやぁ……多分、何もしてないんじゃないかな……」

「そうか……うん、そうか。分かった、ありがとう」

 

 聖さんは何かに得心した様子で、うんうんと深く頷く。

 その理由が気になるところではあるが、先にあいつの様子を見に行かねば。

 

「――おいラピス、大丈夫か?」

「えっ……あっ、我が君……」

 

 ラピスはこの一連の騒動に放心してしまったようで、地面にへたり込んでしまっている。

 近付く俺にも気づかず、こうして声をかけてようやくといった感じだ。

 俺はそんなラピスの腕に努めて優しく手をかけ、ゆっくりと立たせてやる。

 

「ほれ、いつまでも地べたに座ってんなよ。立てるか――っとと。おい、本当に大丈夫か?」

 

 なんとか立たせることに成功したものの、ラピスは足の力が入らないのか、俺の胸に倒れかかった。

 ……まさか腰でも抜かしているのか?

 いくらなんでもそれは無いだろうと、胸元に位置するラピスの後頭部を眺めていると、不意にそこから笑い声が漏れ出してくる。

 

「ふ、ふふふふ……」

「何だ?」

 

 俺の胸に顔を埋めていたラピスは、面を上げてその表情を俺に見せる。

 その顔は俺の予想に反し、やけに嬉しそうなものだった。

 

「やはり何のかんのと言うても、そなたはわしが心配なのじゃなぁ? こうして優しくしてもらえるのであれば、あれらが如き匹夫の存在も一概に害とばかりというわけでも無いのかもの?」

 

 ――こいつ。

 さてはへたり込んでいたあたりからは演技だったな?

 

「ったく……平気なんだったらさっさと離れろ」

「なんじゃあ、いけず」

 

 肩を押して密着していたラピスを離れさせると、彼女は不満げに口をとがらせる。

 そうした、ある意味いつものやり取りをしている中、俺たちの元までやってきた聖さんからラピスへの謝罪の言葉が入る。

 

「ラピスちゃん、すまなかったね。怖い思いをさせてしまった。これは店長である私の責任だ」

「なに、気にするでない。あのような小物、物の数ではないわ」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、今後このようなことが無いとも限らない。例の件だが、もう少し日を改めてということにしよう」

「む……そうか?」

「そんな残念そうな顔をするな。私に考えがあってね、首尾よくいけばまたすぐに手を付けようじゃないか」

「そういうことなら……わしは構わぬが」

「聖さん。昨日から言ってるそれですけど、一体何をする気なんです」

 

 と聞いたものの、昨日と同じく「後のお楽しみだ」とはぐらかされてしまった。

 

「どうせまたロクでもないことなんだろうよ……」

 

 再び元のカウンターに座る俺は、聖さんの淹れてくれたコーヒーを飲んでいる。

 そうして独り言ちつつ、俺はラピスの作ったチョコを一つ口に入れてみると。

 

「……やっぱあいつ、料理の才能があんのかな?」

 

 思わずそう口に出してしまうほどのものだった。

 ラピスの作ったチョコは、単なる既製品を成型しただけとはとても思えぬ、まるで高級洋菓子店のそれを思わせた。

 そして何とはなし、昨日のオムライスの時と同じような後味を口内に感じる。

 ……この店独自の出汁というか、隠し味的なものでもあるのだろうか?

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