拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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力の源

「ミナ」

「なぁにご主人」

「その……今まで聞いていいかどうか迷ってたんだが……。……ミナの母さんて今どこに居るんだ?」

 

 俺が今までこのことに言及してこなかったのは、恐らく、彼女の母は既に存命ではないのだと察してのこと。

 小さな神社だ。これまでもこの場に居たのならば、一度くらいは会っていてもいい。

 第一、もし彼女と一緒であったなら、彼女が怪我をした際にも何か他の手段を講じたはずだ。

 わざわざあんな回りくどい手段を取る必要などない。

 

「……」

 

 ミナは黙って、俺の目をじっと見つめる。

 ややあって、

 

「おかあさんはね、ここにいるの。ここで、ずっとミナと一緒。……こっちだよ、ご主人」

 

 言いいながら、彼女は神社の堂内へと入っていく。

 困惑しつつも彼女に続いて中に入れば、例の桐箱を両手に抱える彼女の姿があった。

 

「お話したりはできないけどね……よいしょっと」

 

 ミナは一旦箱を地面に置き、上蓋を外す。

 俺だけでなくラピスもまた、興味深げに中を覗き込んだ。

 予想通りと言うべきか、雑多な玩具の類がごちゃごちゃとすし詰めに入っている。

 また、それら全てはやはり、この前見たものと同様に一様にボロボロの状態でもあった。

 そんな古めかしい玩具の山の中にあって異彩を放つ、小さな籠がある。

 (わら)作りの小さな籠だ。

 周囲の玩具類に比べ、それだけは小奇麗に整えられており、十字に縛っている紐も汚れ一つない。

 ミナはその籠を取り出し、ゆっくりと紐を解く。

 次いで蓋が開けられたその中には、一本の稲穂が鎮座していた。

 

「ミナ、これは?」

 

 中にあったのは正真正銘、それだけである。

 俺は意図するところが掴めず、困惑気味に彼女に問う。

 彼女は、まるで壊れやすい宝物を扱うかのごとき繊細な手つきでその稲穂を持ち上げ、掌に載せる。

 

「……ご主人。ご主人はお母さんが死んじゃってるんだって、そう思ってたんでしょ?」

「……」

「ふふっ。だからずっと、ミナにこのことを聞いてこなかったんだよね」

 

 ……全てお見通しか。

 

「おかあさんはね、死んでなんかいないよ。でも今は体を保つこともできなくて、仕方なくこんな状態でいるの」

「ミナ……」

 

 俺は困惑した声を上げる。

 長きに渡る孤独な日々が、彼女の精神をこのような妄想に至らしめたのか。

 ……無理もない話だ。こんな朽ち果てた場所でただ一人。俺だって気が変になることだろう。

 

「ふーむ、なるほどの」

 

 彼女を心の内で哀れんでいるなか、ラピスが声を上げる。

 ラピスは俺を横目で見つつ、

 

「そう驚くこともあるまいよ。こむすめの言うておることはおそらく本当じゃ。気が違っているわけでもない」

 

 まるで俺の心を見透かしたようなことを言う。

 俺はそこまで考えていることが顔に出る男なのだろうか?

 

「ええっ!? なにご主人、ミナがおかしな子だって思ってたの!? ひどいの!」

「あ、いや、その……」

 

 ミナは心外とばかり口を尖らせる。

 しかし仕方ないじゃないか。さすがに単なる稲穂を自分の母だ、などと言われては。

 

「つまりの我が君、こやつの母は言うなれば、わしと同じ境遇であるということじゃ」

「……?」

「……どうもまだ分かっておらぬ顔じゃな。よいか、そもそもわしをはじめとした神たる存在における死とはな、人のいうそれとは異なる。たとえ肉の体が朽ち果てようと、存在そのものが滅するわけではない。……わしがいい例であろう? わしは以前あやつらに何百回も殺されてきたが、しかし今、こうしてそなたの傍に立っておるではないか」

 

 ……確かに。

 しかし自分が殺されたことをこうも飄々と言葉にできるとは、これもある種の達観によるものか。

 いわばこれも含め、”死”そのものの概念が違うということなのだろう。

 

「流石に核となるものまで破壊されればその限りではないがの。そしてこむすめの母の核――いわば本体が、今こむすめが手にしておるものであるというわけじゃ。確かに微弱ながら力を感じるぞ」

「待てよラピス」

「む?」

「じゃあなんだ、ミナの母さんもお前と同じく、力が戻ればその――元の姿に戻れるってことか?」

「ふむ、そういうことになるの。こやつらの力の源泉が何であるかは知らぬがな」

 

 この言葉を受け、俺はミナへ向き直る。

 

「ミナ、そうなのか?」

「うん。そのひとの言うとおりだよ。ミナたちの力の源はね、人間さんたちからの信仰心なの」

「……信仰?」

「うん。……覚えてる? ご主人、前にお賽銭箱にお金を入れてくれたでしょ。それに、石像も元に戻してくれた。あれはね、別にお金が欲しかったわけじゃないの。……目に見える形として、そうしてくれることが重要だった」

 

 なるほど。

 あの時は訳も分からず行動したが、そうした意図があったのか。

 

「無理矢理あんなことさせちゃってごめんなさい。……でも、どうしてもミナ、ご主人とお話がしたかったの。あのままだとそれもできなかったから……」

 

 これで合点がいった。

 つまり、あの時の俺の行動がきっかけとなり、彼女は今の姿を保てるようになったということか。

 しかし、賽銭を入れた時にしろ石像を元に戻した時にしろ、俺は信仰などというにはほど遠い心境であったはずだが。

 それこそ、ただ何の気なしに行動しただけに過ぎない。いわば気まぐれだ。

 まあしかし、今はそんなことを深く考えても詮無きこと。

 それよりも。

 

「いや、そんなことは別に気にしてねえよ。それより聞きたいことがあるんだが」

「……なぁに?」

「いや、人からの信仰心が力の源だってんならよ、なんでまた結界なんぞ貼ってたんだ? 気付かれないんじゃ拝むもなにもないだろ?」

「それは……」

「ミナもあんだけの力があるんだしさ。この神社も……まあ、もうちょい小奇麗にしとけば物好きが賽銭くらい入れてくれただろうに」

「……ミナも、そうしたかったよ」

 

 途端、ミナの声は影を落としたものとなる。

 

「だけど、おかあさんは……ミナができそこないだってこと、分かってたから」

 

 ……またか。

 ”出来損ない”とは、一体どうした意味なのだろうか?

 

「……だ、だからっ……」

 

 見る間にミナは両目から涙を溢れ出させ、感情のコントロールを無くし叫ぶ。

 

「ミ……ミナが……できそこない、だから……。――だから、おかあさんは……おかあさんもっ……!」

「おっおい!? どうしたんだ急に、おいっ!?」

「う゛う゛う~……」

「ああほら、泣くなって。わかったわかった、言いたくないなら言わなくていい。ほれ、よしよし……」

 

 どうもこのあたりは触れるとまずい領域のようだ。

 いずれまた問うにしろ、また期を見てのこととしよう。

 ……ちなみに彼女を泣き止ますため頭を撫でている途中、俺は背後からの熱を感じたのだが。

 俺は恐ろしくて後ろを振り返ることができなかった。

 

「――落ち着いたか?」

「……うん。ごめんさない。急に……」

「いやいや気にするな。俺が無神経だったよ」

 

 いまだぐずってはいるが、ある程度の落ち着きは取り戻したようだ。

 

「ま、それはいいとしてだ。一応最後に念押ししとくが、本当に俺のとこに来るのか?」

「……ご主人は、迷惑?」

「いいやそういうことじゃない。だけど、ここはいうならお前の家なんだろ? 未練とかはないのか」

「うん。全然そんなことないよ。それにおかあさんも一緒だもの」

「そうか……」

 

 まあ確かに、こんな荒廃し切った神社に一人というのは、想像を絶する孤独だろう。

 いつからミナがここに住んでいたのかは定かでないが、口振りからすると数年どころではなさそうだ。

 そうと知った今、俺としても彼女をこのまま無下に見捨てるというのはとてもできそうにないが。

 ――それにしても、と思う。

 随分と割り切りが早いというか、確かに約束しはしたが、会って数日の人間にホイホイ付いていく気になるものだろうか。

 

「それに……」

「なんだ、まだ理由があるのか」

「ご主人に体まで好きにされちゃったし……。あんなことまでされたら、ミナ……ご主人のものになるしかないの……」

「……はっ?」

 

 またこの娘はとんでもないことを言い出す。

 いや、もしかすると俺が思っているような意味ではないのかもしれないが、この言い方はあらぬ誤解を呼ぶ。

 だというに、後ろの死神が無反応なのがまた、逆に恐ろしくさえある。

 

「お、おいおい、妙な言い方は止めろって」

「覚えてないのっ!? ご主人ひどいのねっ! 二回目に会った時のことなのっ!」

「に、二回目……?」

 

 初めて会ったのは、道路でケガをしている彼女を見かけた時。

 二回目といえば――そう。この神社まで案内された時か。

 今やもはや遠い昔のことのようだ。

 俺がそこまで思い出したタイミングで、ミナが続けた。

 

「最初は頭を撫でてくれて……それはとっても嬉しかったけど……」

 

 ミナは顔を伏せ、いかにも恥ずかしそうに言葉を続ける。

 顔は羞恥で真っ赤に染め上がっており、白い地肌は今や完全に隠されてしまっている。

 

「いきなりミナを押し倒して、乱暴に体を隅々まで撫でまわして……ミナ、すっごく恥ずかしかったんだから!」

「い、いやいや! それはお前が狐の姿だったから――」

 

 俺が抗弁しようとするも、感情を高ぶらせた彼女の耳には届かない。

 

「……し、しかもっ! さ、さいごは……恥ずかしがるミナの、その……大事なところまで……! あんなことされたら、もう他の人のところにお嫁になんか行けないのっ! 責任とってほしいのねっ!」

 

 彼女は最後には目をぎゅっと閉じさせ、声は狭い室内が揺れるほどの大きなものであった。

 俺は尚もなんとか彼女がしている誤解を解こうとするが。

 

「え……?」

 

 俺の顎下に、見覚えのあるものがずるり(・・・)と差し込まれた。

 それがなんであるか認識した俺は、滝のような汗を流しつつ、恐る恐る後ろを振り向く。

 

「ラピス……お、落ち着けよ? こ、これはな……?」

 

 振り向いた俺の視界には、再び鎌を構えた死神の姿が。

 彼女の顔にはもはやかつてのような取り繕った笑顔さえなく、いかなる感情をも無くした風であった……。

 

 ………

 ……

 …

 

「おい待てっ! ちょっ、本当に死ぬ、死んじまうってマジで! 誤解だっ、誤解なんだっ!」

「やかましいわーーーっ!! もう今度という今度は我慢ならんっ! そこへなおれっ! その不埒な助平心ごと切り伏せてくれるっ!!」

「あーっ、またご主人をいじめてっ!! やめるのねっ!! こらーっ!」

 

 その後、こうしてまた始まった騒動が収まるまで、またも小一時間ほどの時間を要した。

 


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