拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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新たな家族として

 三度目の土下座をしたあたりで、ようやく俺はラピスからの慈悲を得ることに成功した。

 情けないと言うならば言うがいい。命あっての物種である。

 

「こんなことばっかしてたら日が暮れちまう。ミナ、持ってくものはそのお母さんが入った籠だけでいいんだな」

「あっ……えっとえっと、も、もうひとつあるの」

「何だ? 玩具の山はまた今度にしとけよ」

 

 ミナはぷくぅと頬を膨らませる。

 

「むーっ! ちがうのっ! そうじゃなくて、お賽銭箱も一緒に持って行ってほしいのね!」

「賽銭箱ぉ? また何でそんなもんを……」

「あのね、ミナはね、おかあさんを元に戻してあげたいの」

「うんまあ、そりゃ分からないでもないが」

 

 俺の同意をこれ幸いとばかり、彼女の声に弾みが増す。

 

「でねでね、そのためにはたくさんの人間さんからの信仰心が必要なのね。ここじゃそんなの絶対無理だし、それにミナはこれからご主人のおうちで飼われることになるでしょ? だったらね、いっそのこと、ご主人のおうちを拝殿(はいでん)にしちゃおうって思うの! うん、これは名案なの!」

「……へ?」

「ご主人はミナの飼い主で、しかもえらーい神主さんにもなれるのね! で、ミナはそこに奉られる神様ってことになるの! ――あ、もちろんそれは隠して巫女さんとしてご主人のお手伝いもするよ! それにお賽銭もご主人のものにしていいから!」

「い、いやいやちょっと待てよ。それは……」

「それにねそれにね。ご主人たちは悪いひとたちから狙われてるんだよね。あのね、おかあさんはね、ミナなんかよりずーっと強いんだよ! 元に戻ったらおかあさんもきっと協力してくれるの! そしたら怖いものなんてないよっ!」

 

 口早に捲し立てるミナ。

 彼女の言うことが確かならば、確かに心強い味方となることだろう。

 しかし、そもそもの問題がある。

 

 ――俺の家を拝殿にする?

 冗談にすらならない。あまりにも突拍子もない話だ。

 うちはただの一軒家なんだぞ。

 

「……なぁラピス。お前はどう思う?」

 

 ラピスはちらとこちらを横目で見たのち、

 

「ふん、わしは知らぬ。興味もない。こむすめのことは汝がなんとかするのじゃな」

 

 冷たい言葉を置き捨てたのみである。

 まだラピスの機嫌は完全に治っていないようだ。

 俺は改めてミナに目を向ける。

 

「ご主人……」

 

 そんな目で見るのは反則ではないか?

 ここで否と答えられるほど、俺は鉄のハートを持ち合わせてはいない。

 

「……わかった、わかったよ。けどな、あんま期待すんなよ。うちはそんなデカい家じゃないし、大々的に宣伝なんてのも無理だからな」

「……っ!」

 

 諦めたように言う俺に対し、ミナは感極まったように顔を綻ばせると、

 

「ありがとうご主人っ! 大好きっ!」

 

 弾かれたように抱き着いてくる。

 ……ちらと横を見れば、ラピスがこちらを物凄い目で睨んでいるのが見えた。

 また不毛な争いが再発することを予感した俺は、即座にミナを引きはがすと、今度こそ帰り支度をする。

 

 ミナを連れて帰るにしろ、このままの姿というわけにはいかない。

 名目上はペットとして住まわせることになるのだし、とりあえず彼女には狐の姿に戻ってもらうことにした。

 ミナの母が入っているという籠は俺が持ち、賽銭箱の方は――流石に抱えて帰るわけにもいかず、ラピスに頼み込んで異次元に放り込んでもらうことにした。

 部屋に帰った後にでも取り出してもらおう。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

「ただいまー」

 

 言いながら家の扉を開けると、すぐに居間より花琳が迎え出てくる。

 俺の姿を確認した妹は、迎えの言葉を発しようとしたが、

 

「おかえ―……って、兄貴。それ……!」

 

 俺が抱えているものに気付いたのだろう、なぜか妹は俄然目を輝かせ始める。

 

「ああ、帰り道でまた会ってな。今度は自分から素直に抱かれに来て――おわっ!?」

 

 そしてずかずかと近寄ってきた妹はさっと手を伸ばし、俺が抱いていたものを奪い去ってしまう。

 

「なんだよお前ーっ! 前は急にどっか行っちゃって、心配したんだぞーっ、このお!」

「……ッ!? ……!」

 

 瞬く間に妹の胸に抱かれる狐――すなわちミナは、動物の姿であってもはっきりと分かるほどに動揺した姿を見せている。

 ……花琳がここまでだらけた表情を見せるのはちょっと記憶にない。

 胸に埋めたミナの全身をわしわしと撫でながら、実にご満悦な様子だ。

 

「なんだ花琳、随分可愛がるじゃないか。前会った時はそっけなかったくせに」

「いやー……兄貴が悪いんだよ。あんな人懐っこいの見せられたら、マロンのこと思い出しちゃって……」

 

 マロンというのは以前飼っていた犬の名前だ。

 俺が三つかそこらのとき、親父がどこからか拾ってきたらしい。

 ゴールデンと何かの雑種だったマロンは、俺が物心ついた頃には既に老犬だった。

 そして、そんなマロンが亡くなったのは五年前のこと。

 あの時は俺も花琳も、揃って大泣きしたものだ。

 

「ほら、よく見たら似てない? 目元とか」

 

 ミナに顔を擦り付けながら、花琳は言う。

 野良は病気がどうたらと抜かしていたくせに……。

 俺はぼりぼりと頭を掻く。

 

「……いやいや、マロンはオスだったろ。こいつはメスだぞ」

「そんなの関係ないよなーっ」

「コン!」

「よーしよしよし! きちんとお返事もできてえらいぞぉ!」

 

 ……ダメだこりゃ。

 完全に篭絡されている。

 それどころかミナも、最初こそ驚いた風であったが、今は素直に花琳に身を任せていた。

 妹の言葉に素直に返事をするほどの打ち解けぶりである。

 

 ……ま、考えようによっちゃラッキーか。

 とりあえず妹の方はOkと。

 

「それで兄貴、こいつ飼うんだろ!? なっ!?」

「ああ、でも俺たちだけじゃな。オヤジたちにも――」

「何言ってんだよ! オッケーするに決まってるって! こんなにカワイイんだもんなーっ!」

「コーン!」

「……いい気なもんだ。そう上手くいくかね……」

 

 だが。

 実際は俺の予想をはるかに超えて、すんなりとことが運ぶこととなった。

 休日ゆえ今の時分でも両親は在宅であり、俺たちがはしゃいでいる様子が気になったのか、少しして二人とも居間から様子を除きに来た。

 そこでミナのことについて俺は――いや、俺と妹は揃って両親に頼み込んだ。

 両親は、最初こそ渋る様子を見せたが。

 呻る二人の首を縦に振らせた一番の立役者は、他ならぬミナ本人の手柄によるものだった。

 

 狐の姿であるミナは、妹の胸から降りると、まずは俺の父。次いで母へと、自分から抱かれに行ったのである。

 恐らくは計算ずくなのだろうが、その時のミナの愛嬌のふりまき方ときたら……とても言葉では言い表せない。

 これで落ちない動物好きは皆無だろうと言わざるを得ないほどのものだった。

 そもそもが揃って動物好きであったこともあり、そんなこんなでミナを飼う許可は大して時間もかけることなく得られた。

 

「で、マロンみたいに外で飼うの?」

「いや、最近は物騒だしな。室内飼いのほうがいいだろ」

「そうだね。じゃあリビングかどっかにケージ置いて……」

「ああいや、ケージは必要ないと思うぜ。こいつは思ったより利口みたいでな。トイレなんかもしつけ済みみたいなんだ。元々どっかで飼われてたのかもな」

「ふーん……」

「てなわけで、こいつは俺の部屋で飼うことに――」

「えーっ!!」

 

 花琳が急に声を上げる。

 

「なんだどうした」

「なんだよそれっ! ずるいぞ兄貴っ!」

「ずるいってなんだよ……」

「あたしだってそいつと――あ、そういえば名前はどうする?」

「ああ、名前はもう決めてある。ミナだ」

「ふーん。ま、いいんじゃない? 兄貴が見つけたんだし。――だけどっ! 兄貴の部屋で飼うってのはずるいっ! あたしだって権利があるっしょ!」

 

 なるほど。

 どうやら花琳は、自分の部屋で飼うことにしたいわけだ。

 ……そういえば。マロンが死んだとき、一番泣いてたのは花琳だったな。

 また動物が飼えるとなって、俺が思う以上に気が高ぶっているのかもしれない。

 

「ね。えっと……ミナだってそう思うよね。 あたしと一緒がいいよなーっ?」

 

 妹はしゃがみ込むと、足元の狐に目線を合わせつつ言うが。

 しかし彼女の期待とは裏腹に、ミナは彼女に背を向けると、俺の元まで歩み寄り、そして勢いよく胸元に飛びついてきた。

 

「……ま、これが答えってことかな」

「ぐ……くぅううう……! くっそおぉぉぉ……!」

 

 ……やれやれ。


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