拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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終わりとはじまり

「はい、もしもし」

『あぁ~っ。竜司くん、おしさしぶり~』

「は――え? あれ? 絵里さ……いや、エリザさんですか?」

『はいはい、そうですよぉ~。エリザです~』

 

 この間延びした声は間違いない。

 しかし何故、エリザさんが?

 

「どうしたんですか?」

『ええとねぇ~……あのね、ちょっと竜司くんに伝えとかないといけないことがあってぇ……』

「はぁ」

『冥ちゃんのことなんだけどぉ。あの子、明日からまた学校に行くことになったの』

「そうなんですか。休んでたから心配してたんですよ。結構長いことかかりましたね。どっかケガでもしてたんですか?」

『うん、そのぉ……傷とかはなかったんだけどぉ……ええと……』

 

 何故かまごついている様子だ。

 ひとつ間を置き、エリザさんは意を決したような声を出す。

 

『……ごめんなさぁい! 私たちのこと、あの子にバレちゃったあ~っ!』

「はぁっ!?」

 

 これには俺も頓狂な声を出さざるを得ない。

 やっとミナ関連のゴタゴタが済みそうだと思った矢先に、これだ。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待って下さいよ! え、私たち(・・・)って、俺たちのことも含めてですか!?」

『ひぅっ! え、ええと、そのお~……それはぁ……え、あ、あら? そ、そういちろうさっ』

『――すまないね竜司君』

 

 慌てる様子のエリザさんに替わり、年配の男性らしき声が聞こえてくる。

 

「あ、惣一朗さんですか?」

『ああ。このことは僕から直接、君に伝えようと思っていたのだけどね。電話などではなく。エリザは君たち……特にサナトラピス殿に叱られるのを恐れてこんな手段に出たようだ。まったく子供じみたことを……』

 

 なるほど。俺と惣一朗さんは日別れる際、お互いの連絡先を交換していた。

 それを見ていたエリザさんは、やむなく惣一朗さんの携帯を使うことにしたのだろう。

 いつぞやのように、夢に勝手に入り込んでこなかったのは助かるが。

 

「それよりエリザさんが言ってたことは本当なんですか? やっぱり鈴埜のやつ、あの時のこと覚えてたってことですか」

『いいや、そういうことではないんだ。ただ……』

 

 電話越しの声がばつの悪そうなものになる。

 

『自分の父親が急に若返ったりしたら、そりゃあ疑うだろうという話でね……』

「あ、ああ~……」

 

 ……確かに、よぼよぼの老人だった人間が一瞬で若々しい姿に変化したとあらば、妙に思わないわけもない。

 ましてやそれが自分の父とあらば猶更だ。

 となれば、これは俺たちの落ち度でもある。

 

『しかもあのナラクという男ときたら、あの後毎日のように家に押しかけてきてね……。またどこぞで暴れられても困るし、彼には聞きたいこともあるしで、なし崩し的に家に入れていたのだが……ある時、彼と娘とが鉢合わせになってしまって。そりゃあもうベラベラと気前よく喋ってくれたよ。それで娘の疑惑は決定的なものになってしまった』

「あんのクソ野郎……」

 

 俺はこの場に居ないナラクに向け、呪詛の言葉を吐き出す。

 

『サナトラピス殿が異世界の住人であるということはバレてしまったが、それ以上のことは娘には話していない。気休めにもならないだろうがね……。とにかく、今日はもう遅いし、今は娘も居るしね。明日私の元まで来てくれ。直接会って話がしたい』

「はい、分かりました。学校が終わったらすぐに向かいます」

 

 通話を終わらせた俺は、明日のことを思うと早くも気が滅入りはじめる。

 

「はぁ~……。マジかよ……」

「どうしたのじゃ我が君よ。顔色が優れぬようじゃが。要件は何であったのじゃ?」

 

 ラピスに先ほどの内容をかいつまんで話す。

 

「ふーむ……。なるほどのう。あやつ、余計なことをしてくれたものよな」

「本当にな。あの野郎、少しは後先のこと考えろってんだ」

「それを汝が言うかの? 鏡を見てみるとよいぞ」

「やかましい」

 

 死神はこんな時でも嫌味を付け加えることを忘れない。

 

「ねぇねぇご主人。そのすずの(・・・)って人は誰なの? ご主人のおともだち?」

「ああ、説明すると長くなるんだが――……」

「兄貴―、入るぞー」

 

 ミナへの説明を始めようとした瞬間、ドアの向こうから妹の声が届く。

 

「……やべっ! おいミナ、元に戻るんだ! ラピスも!」

 

 俺は慌てて二人に指示を飛ばす。

 ラピスの透明化、そしてミナも狐の姿に戻ったことを確認した後、俺は部屋のドアを開ける。

 

「ど、どうした花琳。何か用か?」

「兄貴、なんか慌ててない? ……ま、いいや。はいこれ」

 

 妹は言って、なにやら白いタオルのようなものを手渡してくる。

 

「なんだこれ?」

「何だじゃないっしょ。ペットシーツだよペットシーツ。さっきのおつかいで言い忘れてたけど、マロン用のが押し入れにちょっと余ってたからさ。ラッキーだったよ」

「ペットシーツ? いや、別にこれは」

「何言ってんの。室内飼いなんだから絶対必要でしょーが。しつけはできてんだよね? もし粗相しちゃったら兄貴がきちんと片してよ。んじゃね」

 

 伝えることはそれだけだとばかり、妹はさっさとドアを閉めて去ってしまった。

 俺はしばらく、手渡された数枚のペットシーツを抱えたまま唖然としていたが。

 

「……ま、そのへんに敷いとけばいいか。どうせ形だけだしな……よっと」

 

 一枚を広げ、適当に部屋の一角へと敷く。

 設置が完了し、ふと振り返ると。

 

「「……」」

 

 元の姿に戻った二人が、妙な目でもって俺を見つめている。

 ラピスの方は細めたジト目で。そしてミナの方は、困惑と羞恥の色を湛えていた。

 

「なんだお前らその目は」

 

 俺の質問は無視し、ラピスは彼女の横に立つミナに耳打ちする。

 

「……こむすめよ。見たか? これが我が君の恐ろしいところよ。流石は超常たる存在を下僕にするだけのことはある。その性癖もまさしく常軌を逸しておるわ」

「ご、ご主人。ミ、ミナは……そこでその、すれば(・・・)いいの?」

「おいこらお前ら。妙な勘違いするなよ」

「だっ、大丈夫だよご主人っ!」

 

 ミナはおずおずと歩いてきて、今しがた広げたペットシーツの上に立つと。

 

「すっごく恥ずかしいけど、ご主人の命令なら……」

 

 おもむろにスカートの下に両手を入れ、下着を脱ぎ始めた。

 

「ちっがーうっ!! おいラピスっ! トイレの使い方はお前がついてって教えてやれ!」

 

 家に戻ってもこれだ。

 一体、俺が平穏な時間を得られるのはいつのことになるのだろうか?

 

 ……そして、なんやかんやで時間は過ぎ。

 ようやく一日が終わろうかという時分になった。

 

「……おいこむすめ。これでは窮屈じゃろうが。貴様は床で寝るがよい」

「お断りなのね。ご主人に聞いてみるといいの。ねぇねご主人。ご主人はミナと一緒のほうがいいのね?」

 

 左右それぞれから声がする。

 こうして寝る段になっても、まだ争いは続いていた。

 中央に寝る俺を挟み、二人は左右に分かれて俺に抱き着いてきている。

 

「……」

 

 疲れ切った俺はもう、二人の言葉に返事をする気力すら失っていた。

 それよりも今頭に上るのは、寝て起きた明日のこと。

 惣一朗さんと上手く話を合わせる算段は上手くいくのだろうか。

 いやそれより先に、明日の部活をどうするかという問題もある。

 いくつもの不安が絶えることなく想起されるも、やがて襲い来た睡魔により形となることはなかった。




次回更新時にちょっとだけタイトルを変更いたします。
ただし本当に一部だけなので、「なんだこれ、こんなのお気に入りに入れたっけ」とはならないと思いますのでご安心ください。

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