拾った死神様は豆腐メンタルのヤンデレ幼女でした   作:針塚

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第三章
新たなる朝を迎えて


 朝である。

 目覚めた俺は、目の前に昨日は目にしなかったいつもの(・・・・)光景があることを確認し、気力が失せると共に若干の安堵を得た。

 目の前に尻があることに安心するというのは言葉にすると俄然変態っぽさが増すが、死神の怒りが落ち着いた証左でもある。

 さて、ならばと俺もいつもの如く、眼前の茶饅頭に平手を打ち下ろすべく腕を上げようとするも。

 

「……ん?」

 

 腕を上げようとしたところで、あることに気付く。

 俺の右側で寝ていたはずのミナの姿がないのだ。

 落ち着いて耳を澄ませると、確かに彼女の寝息は聞こえる。

 と同時、下腹部に感じる重みにも気付いた。

 

「……おい、ラピス。起きろ。おい」

 

 臀部ではなく、太腿をぺちぺちと叩いてラピスを起こす。

 

「ん~……んむぅ……? なんじゃ、今日は随分と平和に起きれられたのう……」

「はいおはよう。いいからちょっと降りてくれ」

 

 寝惚け(まなこ)のラピスをベッドから降ろし、布団を上げて中を確認する。

 

「すぅー……。すぅー……」

 

 可愛らしい寝息を立てながら、果たしてミナは中にいた。

 丁度俺の両脚の間にすっぽりと収まって、動物を思わせる丸くなった姿勢で寝ている。

 そして俺が下腹部に重みを感じているのは、彼女が顎を丁度俺の股の付け根部分に乗せているからと判明した。

 

「なんだかマロンを思い出すな……」

 

 今は亡き愛犬であるマロンも、よくこのような姿勢で寝ていた。

 しかしそれは犬だったからこそ微笑ましく思えたことであって、これが人であれば話は違う。

 

「おーいミナー。起きろー」

 

 俺は上体を起こし、ミナの頬を数度軽く叩く。

 それを2,3度繰り返し、ようやく彼女の瞼が開いた。

 

「ん……あっ。ご主人、おはようなの」

「……はい、おはよう。とりあえずそこで喋るのは止めてくれるかな」

 

 こいつらの寝相の悪さは何なんだ。

 神ってのはどいつもこうなのか?

 

 花琳は既に家を出たようで、リビングのテーブルには一人分の朝食のみが置かれていた。

 朝食を済ませた俺はラピスと共に制服に着替え、家を出る。

 

「……」

「どうしたのじゃ。物憂げな顔をしおって」

 

 並んで歩いている途中、俺が浮かばぬ顔をしていることに気付いたラピスが声をかけてくる。

 

「……いや、一人で大丈夫かなってな」

「なにを言うておるか。彼奴は年齢だけとれば我が君よりずっと年配じゃ。たかが数時間のこと、なんの心配をすることがあろうよ。それにこむすめ自身も言うておったではないか。一人でも平気であるとな」

「……まあ、な」

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 家を出る前。

 見送りに玄関に立つミナに向け、俺は言う。

 

「それじゃミナ。夕方には帰るからな」

「はいなの。いい子でお留守番しますのね!」

「一人でずっと家に居ちゃ退屈だろ。さっき教えたテレビの使い方、覚えたよな? 家の中のもんは好きに使っていいからな。ただきちんと後片付けはするんだぞ。留守中に誰か来ても出なくていいからな」

 

 俺は矢継ぎ早に言うべきことを言っておく。いくら言っても心配の種は尽きない。

 娘に一人留守番をさせることになった親とは、こんな心持ちなのだろうか。

 

「昼飯は花琳が作ってくれてっから。冷蔵庫に入れてるから腹が減ったらチンして食えよ。電子レンジの使い方も覚えたか?」

「だいじょうぶだよっ! てれびも、れんじもばっちりなの!」

「そうか。それじゃ――ま、できるだけ早く帰ってくるからな」

 

 言って、俺はミナの頭をくしゃりと撫でる。

 頭頂部にある耳の感触が掌に心地よい。

 ミナは目を閉じ、頭にあった俺の手を取り自分の頬に当てつつ、言った。

 

「うん。いってらっしゃい、ご主人。……絶対に、帰ってきてね」

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 ……別れ際に見せた彼女の顔。

 言葉でこそ平気だと口にしてはいたが、慣れない場所でのこと、やはり不安もあるのだろう。

 誰もいない家で一人きりというのはやはり寂しさもあろう。さりとて彼女を外に出す訳にもいかない。

 彼女がラピスのように、何がしか外見を隠す手段でもあればまた違ってくるのだが。

 ……いや、そうだ。それこそラピスに協力してもらうというのはどうだろう?

 彼女の力なら、ミナの耳や尻尾を見えなくすることも――……。

 

「なあ、ラピ――うおっと」

 

 話しかけようとした途端、ラピスは俺の腕に身を寄せてきた。

 まあ、腕を組んでくるのは毎日のことなのだが、どうもいつもより力を入れている気がする。

 どうした、と問おうとするも、

 

「……わしの前で他の女のことを考えるでないわ」

 

 と釘を刺されてしまう。

 あまりしつこくするとまたへそを曲げてしまいそうな予感がしたので、この件についてはまた今度考えることとしよう。

 今日は他にもっと考えるべきこともあることだしな。

 

 ………

 ……

 …

 

 さて。

 それからは特筆すべきこともなく、つつがなく学校での一日は終わろうとしていた。

 HRの終了に伴い、教師から「それではまた明日」との言葉が発される――と同時。

 

「我が君―っ! もう終わったのであろー、入るぞー!」

 

 扉を勢いよく開け放ち、回りの目も気にせず大声を上げて中へ入ってくる死神。

 当然、クラス中の視線がその一点に集まる。

 出て行こうとしていた担任もまた、足を一歩踏み出した姿勢のまま固まっている。

 

「……」

「おい夢野、ほどほどにしとけよ」

 

 プルプルと震える俺の様子を見た一ノ瀬から声がかかる。

 さすが長い付き合いだけあって、次に俺が何をするか分かっているようだ。

 俺はすぐさま立ち上がり、ラピスの元まで早足で歩み寄ると。

 

「――ふぎゅっ!?」

 

 ゆっくりとした動きで両掌をラピスの頬に当て、そのままぎゅうと押し込む。

 

「……どうして目立つやり方しかできないんだお前は?」

「は……はっへ、ははひみはほうはほにほいといっふぁのへはないは!(だ……だって、我が君が放課後に来いと言ったのではないかぁ!)」

 

 抗弁するラピスは両側から頬を押され、タコのような顔になっている。

 

「そりゃ確かに言ったけどなっ! 入るタイミングとか色々考えろってんだよ!」

「ちょっと夢野くん」

「あっ……?」

 

 と、ここで一部始終を見ていた一人の女子が横からラピスを掻っ攫う。

 彼女はラピスを、まるでぬいぐるみのように胸に抱き抱えた。

 

「ラピスちゃんをいじめないでよ! かわいそーでしょ!?」

「い、いや、別にいじめてるわけじゃ」

「そーじゃそーじゃ。わしに対する気遣いが足りぬぞー」

「ぐくっ……!」

 

 後ろ盾があるのをこれ幸いとばかり、ラピスは好き勝手なことを言っている。

 このわずか数週間で彼女はクラスの人間、男女の区別なくほぼ全員の信望を集めることに成功していた。

 こいつは持ち前の美貌、そして演技力を使ってクラス中に愛嬌を振り撒き続けていたのだ。

 自分のとこでも同じことをしろと言いたくなるが、これは俺が共に居たからこそ、そのような大胆な行動に出られたという面もあろう。

 とにかくそんなわけで、最近は俺が少しでもラピスに苦言を呈そうものなら、逆にその瞬間、周囲からの誹謗が俺に飛んでくるといった状況に陥っていた。

 

 悔しげに唇を噛んでいる中、俺の目にあるものが映る。

 その正体に気付いた瞬間、俺はあっと声を出す。

 

「――お前、それっ!?」

 

 声を受けるや、待ってましたとばかりラピスは笑顔となる。

 

「んん~っ? どうしたのじゃ? わしの顔に何か付いておるのかの? いや、むしろそなたの視線から言えば……これかの?」

 

 にやにやと笑いつつ、ラピスは首に着けているそれ(・・)を手で弄る。

 言うまでもなくそれは、昨日俺がこいつに買ってやった首輪であった。

 しかし、朝の時点では確かに手首にしていたはず。

 ……こいつ、まさかこのタイミングでわざと――

 

「ん? ラピスちゃん、それなに?」

「!」

 

 ラピスを抱きかかえる女子も、首輪の存在に気付いたようだ。

 俺の全身から冷たいものが噴き出る。

 

「んふっふ~……。気になるか? 仕方ないのう、ならば教えてやろう。これはの、そこなリュウジがわしに買い与えたものなのじゃ。わしを我が物であると主張せんとしてのう。いやいやぁ、流石のわしも恥ずかしかったが、命令とあらば従わぬわけにもいかぬではないか? まこと独占欲の強い(あるじ)であられることよ――くかかっ!」

「おっ……おまっ……」

 

 怒りのあまり、俺はもはや言葉すらまともに発することができなくなる。

 一刻も早く誤解を解かねばならないというのに……!

 

「――失礼します」

 

 と、俺が焦燥で焼かれている中、静謐(せいひつ)な声が辺りに響く。

 

「こちらのクラスに夢野という――……ああ、見つけました」

 

 その人物はきょろきょろと周囲に目線をやった後、すぐにその視線を一点に留める。

 丁度一週間ぶりに聞く、その声の持ち主は。

 

「す、鈴埜……」

 

 おずおずと声を出した俺に対し、その人物――鈴埜は。

 いつも通りの抑揚のない口調でして、言った。

 

「先輩、お久しぶりです。さ、行きましょうか」


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