哲学的透明人間   作:ただの四十三


オリジナルその他/ノンジャンル
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ただの透明人間の話。

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哲学的透明人間

 

 

 君は「哲学的ゾンビ」という言葉を知っているかな?

 それは普通の人間と全く区別をつけることのできないほど酷似したゾンビを指す言葉なのだけれど。

 

 

 まあ、分かりやすく言うとだ。

 

 

 喜怒哀楽という感情を有し、思考能力、運動能力、生理反応さえも備えており外面的要因からは全く人間と同じなのにもかかわらず決して人間とは言えない存在。

 それが「哲学的ゾンビ」だ。

 

 

 ああ、勘違いしないでくれ。

 私は別にこの場でゾンビの話をしたわけじゃない。

 

 私がしたいの透明人間の話なのだからね。

 

 

 透明人間。

 

 

 まず、この透明人間の話をするとして、先に君に質問をしたいのだけれど。

 君だからこそ質問したいのだけれど。

 

 君は一体、何をもってして透明人間を透明な人間だと定義するのかな?

 

 

 言いたいことが分かりにくいかな……?

 

 

 まあ、さっきの話の続きではないのだけれど、ゾンビを一体何をもってしてゾンビと定義するのかという話だ。

 哲学的ゾンビを内面的にも外面的にも人間と全く区別することのできない存在を君はどうやってゾンビであると定義するのか。

 

 

 こう言い換えると少しは分かりやすいかな?

 

 

 

 ああ、いやいや。

 確かにそうだがね。

 君の言う通り、ゾンビと透明人間では決定的な違いがあるのは事実だ。

 透明人間は目に見えないからこそ透明人間であり、見分けのつかないゾンビとは根本的な違いがある。

 

 

 目に見える人間を指して「透明人間である」とは流石に誰も言わないだろうからね。

 

 

 さて、だったらここでさらに一つ君に質問をしようじゃないか。

 何、簡単な質問だ。

 

 

 私と君がいるこの空間。

  

 

 ここで私は君に話をしているが、話続けているが。

 君は君自身を「透明人間ではない」とこの場で私に証明することができるのかどうかという質問だ。

 

 

 別に逆でも構わない。

 君が「透明人間である」ということを私に証明することが果たしてできるのか?

 

 

 そういう質問だ。

 まあ、先に答えを言ってしまえばそれは不可能なわけなんだがね。

 

 

 

 なぜならそれは、君が透明なのかどうかは私の主観で決まるためだ。

 私が「透明だ」と言ってしまえば君は透明人間だし、また「不透明だ」と決めつければ君は普通の人間に位置付けられてしまう。

 

 君が実際に透明か不透明かは問題ではなく今こうして対峙している私のさじ加減で君の存在は決定してしまう。

 

 この場に他に人がいればまた勝手は違うが君と私だけというこの空間においてのみ私の気分で君の存在は有耶無耶になってしまうんだよ。

 

 

 

 こういう風に言ってしまえば君は普通の人間と透明人間という二つの可能性を秘めた人物だというわけだ。

 

 

 

 普通の人間であり透明人間でもある存在。

 それが今の君だ。

 

 

 

 そしてやはりその二つは君に決める権利がない。

 よって君は自身の存在を証明することはできないという結論に達するわけだ。

 

 

 まるで悪魔の証明みたいな話だが、まあ君が悪魔だろうがゾンビだろうが透明人間だろうが私は一向にどうでもいい。

 言葉が通じれば何だって構わないのさ、私としては。

 

 

 君はこの理屈をただの屁理屈だと一蹴するのだろうが、また私の捻くれた思考で構築した理論だと呆れるのだろうな。

 

 

 まあ、どうせすることのない暇な現在だ。

 最後まで付き合って話を聞いてくれよ。

 

 

 だがまあ、話を戻すと「証明できない存在」とはその時点ですでに肩書が透明人間みたいだね。

 証明できない存在が透明人間の定義、そう結論を出してもいいくらいにぴったりな仮説だ。

 

 そういう考えで言えば君はすでに透明人間なのかもしれない。

 

 

 さてさて、ではここでさらなる疑問だ。

 

 

 だとすると、証明できない存在を一体どうやって「人間」だと証明できるんだろか?

 それが「透明な『人間』」だと君はどうすれば証明できると?

 

 

 もしかするとそれはただ「人の形をしたナニか」かもしれないし「目に見えない人語を操るナニか」かもしれない。

 

 

 果たしてその存在を人間だとどうやったら断言できるというんだろうね?

 

 

 解剖でもしてみるかい? 

 臓器すらも透明な存在の腹を掻っ捌いても人間との共通点なんて何も探れないと思うけど。

 

 

 尋問?

 

 

 それこそ無意味だろ。

 仮に「人間だ」と答えたとしてもどこにも証拠がないんだ、その存在が人間かどうかなんて対峙している人物の主観で決まってしまうんだからね。

 

 

 さっき私が話した君が「透明か不透明か」の話と同じさ。

 

 

 証拠がない以上その存在は「人間でもあり人間ではない存在」ということだ。

 

 

 

 ここまで話をしたがここでは外面的な話しかしてないわけで、ここからは内面的な話になるよ。

 と言うわけでここで一つ下らない例え話をしよう。

 

 ある研究所で透明化の実験をしている施設があったとしよう。

 そしてその施設でとある心優しい善良な少女が被験者となり透明化の実験に参加し、見事透明化に成功したとする。

 

 

 当然研究員たちは実験の成功に大いに歓喜した。

 だが、その実験の数日後に施設内で事件が起こるわけだ。

 

 何とその施設内で殺人事件が起き研究員の一人が殺されてしまった。

 

 事件現場には何の証拠もなく、さらには目撃者もいない。

 当然、施設では犯人は誰だという犯人探しが執り行われた。

 

 

 さあ、この状況下において最も疑われるのは一体誰なのか?

 

 

 それは十中八九、善良な少女だろうね。

 透明な存在になった彼女が真っ先に疑われる。

 

 口では誰も言わないかもしれないが彼女こそ一番の最初に浮かび上がる犯人候補になる。

 なんて言ったって証拠が何も残っていなかったんだ、証明できない存在である彼女を疑うのは必然だろう。

 

 

 ここで考えなければならないのは、なぜ彼女が疑われるのかという点だ。

 

 

 さっき「証拠がないからだ」と私は言ったが、だが証拠がないのはその施設にいた全員に当てはまることだ。

 それなのにもかかわらず、「証明できない存在」であり「透明なナニか」になり元々人間だった善良な少女は動機の有無も定かではないのに真っ先に疑われることになる。

 

 

 

 これはとても不思議なことだ。

 

 

 

 彼女は確実に透明な人間だ。

 しかも、善良であり自ら実験の被験者になるほど献身的な思想の持主。

 だが、彼女は透明になったというだけで犯人候補筆頭まで信用がなくなってしまった。

 

 

 

 それはなぜだ?

 

 

 

 そして、この例え話は続く。

 疑心暗鬼に陥ったとある研究員があるとき、その犯人かもしれない透明人間である少女をほかの研究員の目の前で殺したとする。

 

 

 透明人間殺人事件だ。

 

 

 さあ、その透明人間を殺した研究員は果たして罪に問われるのか?

 その研究員に殺人罪は適用されるのか?

 

 

 結論は「罪に問われることはない」だ。

 

 

 別に死体が見えず発見できないから、なんて頓智の利いたことを言いたいわけじゃない。

 それはその少女がすでに人間だと証明できなくなってしまっているために他ならない。

 既に生命活動を停止した透明な人型の物体を人間だったと証言する手立てはない。

 さらには少女が実験以前の心優しい善良な少女のままだったという証拠もどこにもない。

 

 

 もしかしたら実験の副作用で精神が壊れていたのかもしれない。

 彼女はもう昔の彼女ではなく「透明なナニか」だったのかもしれない。

 

 

 そんなあやふやな憶測で。

 彼らの一方的な主観で少女は人間ではなくなったと言える。

 

 

 殺人を目撃したほかの研究員も口では責めるかもしれない。

 この話を聞いた全くの部外者も罪を問うてくるかもしれない。

 

 

 だが最後には「仕方がなかった」この一言で恐らく全てなかったことにされるだろう。

 

 

 少女が研究にその身を捧げた心優しい善良な人間だったという事実は変わらない。

 しかし、ここまで「人間」としての人徳と証拠があるのにもかかわらず透明になったというだけで人は「人間」ではなくなる。

 

 

 外見的にも内面的にも人間のそれと同じなのにもかかわらず人間とは言えない存在。

 

 

 哲学的ゾンビならぬ。

 

 

 

 

『哲学的透明人間』の誕生だ。

 

 

 

 

 さあ、いい加減君の答えを聞かせておくれよ。

 

 

 

 

 君は一体、何をもってして透明人間を透明な「人間」だと定義する?

 どうすれば「人間」であると証明することができると思う?

 

 

 ほら、早く聞かせに来ておくれよ。

 

 

 

 

 

 ずっと待ってるからさ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「――以上が透明化実験成功被験者兼前研究責任者である籐佳博士の当時の映像です」

 

 

 スクリーンに映し出された映像が途絶え、見ていた白衣の男は深いため息を漏らす。

 

 

「別に映像は必要なかっただろう……」

 

 

「一応視覚的情報があった方がより十全に伝わりやすいかと思いましたので」

 

 

 延々椅子が映しされていただけであり、あとはひたすら音声がのみが流れ続けていただけの映像。

 それが一体何を意味しているのかを理解できない者はこの場にはいないだろう。

 

 

「透明な人間をどうやって人間だと証明するのか……か。そしてこれがその『哲学的透明人間』になったあの変人、籐佳博士の答えね」

 

 

「籐佳博士は身体透化薬服用後その副作用により死亡が確認されるまでこのように透明人間についての持論を語り続けておられました。これはその一部です」

 

 

「それは口惜し。一度はこの状態の博士と議論を酌み交わしてみたかったものだよ」

 

 

 ――そうか亡くなったか。

 

 

 そう呟く。

 透明人間が人間であるという証明についての議論。

 

 

 証明できない存在を証明するための議論。

 

 

「そしてこの『哲学的透明人間』の答えを出してくれというわけか。いやいや、これは最早籐佳博士が出したこの方法以外証明する手立てはないと思うがね」

 

 

 

「博士が行った証明方法とは一体何なのでしょうか?」

 

 

 

「この映像の通りだ。哲学的透明人間になった籐佳博士が自身を未だ人間であるということを証明するためにその命が尽きるまでずっと……」

 

 

 白衣の男は目頭を押されながら絞り出すように口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「『自分らしく喋り続ける』。死ぬまでずっと、ただ……それだけだよ」

 

 

 

 

 

 


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