深山さんちのベルテイン/the Great Ultimate One   作:黒兎可

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大体あらすじの通りです;


FILE.01 0番目の彼女

 

 

 

 

 

 ただ無限の暗黒だけがそこにあった。

 私はその、揺蕩う白痴の混沌の渦の中にただ在った。いや、それは私と言う形を伴うことなく、ただあてどなくゆらゆらと、輪郭もなく、薄く広がっていた。きっとその中にいる私もまた曖昧模糊な何かでしかなく、明確な私という存在ではなかった。

 がりがりと、金属がこすれ、回転する音。

 それが聞こえると、私は暗闇から引き揚げられた何かとなっていた。目の前に映る光景は、わずかに明滅しノイズが走る視界。廃棄された大量のプロダクトが集積され、山のようになっている。空は暗く、雨風に打たれる私たち。ノイズの走る視界が、わずかばかり白衣をまとった女性の顔に切り替わる。その驚愕の表情もほんの一瞬の出来事で、再び私の視界は雨風に打たれる。

 

「私は――――、――――?」

 

 確認の声をかけてみても、音の認識をする回路が破損しているかショートしているか、うまく聞き取れない。

 観察する。観察し続ける。もとより他に出来ることがない。

 天気が変化し、日が落ち、また昇り。

 

 どれくらい時間が経ったか、私もいまや山の中に埋もれている。ただよう異臭に顔をしかめることさえできず、私もまた廃棄されたその中でひっそりと、わずかに稼働と観測を続けるのみ。不可思議なことにこの電源が落ちることはなく、私は未だ私の意識を保っている。

 メモリー、記憶にはアクセスできず。

 ただ、大事な忘れ物をしているような気がする。

 

 

 

『"Where there is Cosmos, Chaos lurk and fear reigns"♪」

 

 

 

 ふと楽し気に、鼻歌でも歌うような声が聞こえる。

  

『"But by the insanity story have been told ferret ,mankind was given hope of fake~"♪』

 

 声は少しずつ私に接近してきている。と、がらがらと目の前で積まれていた小山が崩れ、蹴散らされ、くず鉄の山に光が差し込んだ。横薙ぎ横倒しになっている私の視界にも、わずかに光が入る。赤い空だった。黒々とした雲から差し込む光はうっすらと赤く、それが嫌に「アイカメラ」にこびりつく。

 と、差し込まれた人間の手が、私を引きずりあげる。接続されていた「頭部」が外れて、ケーブルがそこから引き抜かれる。

 

「うわー、やっと見つけたというのにこれは酷い。ちょっとした生首じゃないですかぁこれ」

 

 私を見やる相手。女性。国籍はよくわからないがベースはモンゴロイドのようでもある。赤いマフラー、黒いライダースーツ、両腕に複数の腕時計状の装置。声を発することもない私に向かって、彼女はその目を覗き込んできた。

 ノイズ交じりの視界。ピント調節が合ったのではっきりと見えた彼女の顔は、数学的にとても美しいものだった。この場合の美しいというそれは、形状がその時代の美しいとされる定義にそぐっているという意味にない。本来生物としてありえない「完全に左右均等な」造形をした人間であったということだ。

 風に揺れる髪。額には赤いほくろのような、痣のようなものが一つ。

 

「カメラのピント調節機能は動いている、という点からすれば、完全には機能停止に陥ってはいないと。うんうん、ならまあ良いでしょう。これなら十分補修可能でしょうか?」

 

 スピーカーが破損したような音が鳴り、私の視界が崩れる。右手が伸び、私の頭蓋の外装を剥がして何かを操作している。

 回路と回路が接続せず、しかし接続していなかったメモリーの読み取れなかったどこかの個所が読み取れる。

 それは一人の子供の姿だ。ひどく愛らしい姿。子供の名を呼ぶ母親の声。無邪気にほほ笑む子供の顔。

 

 

 

 

「――――君はどうしたい」

 

 

 

 

 気が付けば全く異なる場所にいた。暗がり、洋館のような場所には大量の人形が転がっている。いや、それは果たして人形か。外に外れ出ている大量のケーブルと長バネを、骨のような骨格のような基盤の中に組み込んでいる彼女。こちらを振り向いた彼女の両目は真っ黒に染まっていた。その声は、涼し気な男性のようなものだった。

 かちかちと、時計が回る音が頭の中で聞こえる。どす黒くそまったその時計の音が、私の意識を、正気を削り取る。ただその中でもあの少年の笑顔が頭から焼き付いて離れない。

 どこか楽しげに微笑み、そして嘲笑いさえする相手に、私は目を閉じ、身を任せた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 母親が死んでから、深山琥太郎の生活は一変した。具体的に言うと、父親が突然オネェと化した。何が起こっているかさっぱりわけがわからなかったし、それは彼にとっては未だに訳が分からないことの一つである。

 人生においてあきらめが肝心だと悟ったのは、忘れ難くも母の葬式が終わった後、父親が買ってきたかつらをかぶって、母の口紅を塗り、エプロン姿で夕食の調理をしていた時だったか。父親の気が狂ってしまったかと思い、恐怖から深くは追求することができなかった彼だが、ある意味でそれは正解だったかもしれない。オネェのようなふるまいを父親がするのはどうも家の中だけで、外では今まで通り普通の父親といった感じなのだ。

 この時点ではいまいちその謎の行動の理由がわからなかった琥太郎であったが、成長するにつれ、次第に察するものがあった。

 つまるところ、お母さん子だった琥太郎の、すっぽり欠けてしまった心の穴を、少しでも埋めるように。少しでも彼が寂しい思いをする間もなく、ただただ笑って過ごせるように。そういう意図があったのだろうということだ。

 反抗期に突入した彼からすれば大きなお世話でもあった。いろいろと迷走しまくった上での結論であった。だが、確かに幼少期の彼は、それこそ母親ともう会えないとなって心がもぬけの殻になってしまっていた彼からすれば、そういう諸条件をすべてぶっ飛ばすだけのインパクトがある行動だったし、寂しい思いをすることはなかった。

 まぁ、それが良いことか悪いことかは別にして。

 改めて――――深山琥太郎がその日、帰宅すると、ほどなく郵便物が届いた。海外から、発払いの送品である。

 そして琥太郎は、宛名の文字の筆跡と、差出人の名前を見て二度驚愕した。

 

「さつき、みやま……。って、え? これ、お母さん?」

 

 深山紗月。深山琥太郎の母親である。

 色々と警戒しつつ新聞紙を広げ、荷物の入った段ボール箱を置く。慣れた手つきでカッターナイフを取り出し、さばき、上蓋を開くと、中には手紙とトランクケースが一つ。大型のトランクケースは、子供くらいならやすやすと入ってしまいそうなサイズ感のそれだ。

 おそるおそるという風に封筒を開封する琥太郎。そこにはやや劣化した質の紙に、ちゃんとした母親の筆跡で文章がつづられていた。

 

 

 

 

 

 はろー、コタロー。

 元気にしてる?

 お父さんも元気にしてるかしら?

 私はちょっと寂しいです。

 まー、なんたって母国語が日本語の相手も少ないし? 愛しの愛しの家族とこーして離れ離れになっちゃってますからねー。

 単身赴任はつらいですよーってやつかな。

 とはいえど、私の関わってる研究はまちがいなく今後何年もの先にわたって、下手すると人類文明の存続にかかわるかもしれないプロジェクトなので、あまり気を抜けない毎日です。

 詳細はちょっと話せませんが、とりあえず、お母さんはすげーことやってるって思っといてください。

 ターミネーターは宇宙恐竜の夢を見るか。

 さて、そんな話はさておいて。

 私は琥太郎が、一人寂しくしてないか、気が気じゃありません。

 まだまだ5歳の育ちざかり、幼稚園の友達に「女みたいだ」といじめられては涙を流して私に抱き着き、しくしくと枕を濡らしている日々を忘れることができません。

 そんな琥太郎が男らしく、元気に立ち向かっていけるように。

 もっと言えば、寂しくないように。

 サイココミュニケーター的な第六感に従って、話し相手を送ります。

 この子をお母さんだと思って、大事にしてあげてください。

 幼稚園の卒園式には大丈夫だけど、小学校の入学式は間に合うかちょっと怪しいので、今、――――(※殴り込み、に斜線が引かれている)交渉中です。

 お母さんの健闘を祈ってください。

 それではまた、日が暮れてから昇るまで、いつも心に太陽を。

 

 P.S.

 ベータへ。えっちなことは、ちゃんと分別がついてからにしなさい?

 

 

 

 

「懐かしいなこの言い回し…………。でも、これってたぶん、お母さん死ぬ直前に描いた手紙だよね? なんで今更……」

 

 琥太郎の母親は、ちょうど手紙にあった彼の卒園式の時点で亡くなっている。飛行機事故ではなく、研究所にハリケーンが突撃した影響だとか、色々聞いている。なのでその当時のことを思い出し、涙ぐむ琥太郎だったが、書かれている文面の追伸に違和感を感じた。

 

「ベータって、誰?」

 

 彼の知り合いに、それに該当する名前の相手は当然いない。と、その視線は必然、トランクケースに向けられる。大きなケースには型番のようなものを示すシールが貼られており、そこにはこう書かれていた。

 

 ――――EMA-D00 β――――

 

「ベータって、これのこと? いや、お母さんが何をしたいのかさっぱりわからないんだけど」

 

 特に鍵が厳重にロックされているということもなく、適当に外せば外れる形式だった。

 それを開封すると、琥太郎は目を丸くした。

 そこに入っていたのは、人形だった。エプロンドレス、ヘッドセットを搭載した、ゴシック調のハウスメイドスタイル。おかっぱにそろえられた黒髪は日本人形じみていたが、顔立ちはどちらかといえば西洋風。ただしこう、精工な人形にありがちな不気味さ、いわゆる不気味の谷といったものを発生させるようなこともなく、まるでそう、見た通り小さな女の子の死体でも詰められているかのような有様だった。

 一目見て、嗚呼綺麗なお人形だな、と思った琥太郎だったが、その出来が精巧過ぎるのか、はたまた本当に女の子の死体なのかわからなくなり、思わず手を取り脈を計ろうとする。

 

「……冷たいっ。って、硬いなぁ。ひょっとして、本当に人形――――?」

 

 ぱちり、と、琥太郎と人形との目と目が合った。

 突然開かれた人形の目に、琥太郎は再度驚愕した。が、飛び跳ねる間もなく、少女型の人形の両手が彼の肩に伸びて固定する。

 

「え? 何これ、呪いの人形か何か!? お母さん、なんてもの送ってくるんだ!」

『――――使用者を特定。設定確認、深山琥太郎。照合率、90パーセント確認。DNA診断を開始します』

「――――――――」

 

 琥太郎が何かを言う前に、少女は体を起こし、琥太郎の口の中に己の舌を入れた。いや、舌ではない。棒状の硬い突起物は、体温計のような形質である。しかし口内に突っ込まれたそれは別にして、外見上は幼女から深いキスをされているという見た目なので、あまりにも誤解を招きかねない状況である。また、もとをただせば眼前のこれは人形であり、どう考えても意味不明に違いない。

 混乱と絶叫を繰り返す琥太郎を解放すると、少女は『照合確認……、コンプリート』とつぶやいてから立ち上がった。

 

 

 

「はじめまして、であります。私はEMA-D00。――――貴方は狙われている、であります」

 

 

 

 面食らったのも無理はない。

 琥太郎が再起動するまで、しばらく時間がかかったという。

 

 

 

 

 




本作でのCVイメージ:
 深山琥太郎:金田朋子
 ベルテイン:七緒はるひ
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