深山さんちのベルテイン/the Great Ultimate One 作:黒兎可
「ベルテインβであります。よろしくお願いいたします、であります。であります――――良治さ、ま」
「これはご丁寧に。深山良治です、よろしく、ベータさん」
「…………いや、お父さん、受け入れるの早すぎないかな?」
父が数日ぶりに帰宅してから、ベータとのやりとりである。玄関先で慣れた風に頭を下げ、父親もとくに違和感なく彼女を受け入れている様子に、思わず琥太郎のツッコミが入る。もっとも父親は苦笑いを浮かべて、琥太郎の頭を撫でるのだが。
「本人から事前に電話連絡があったからね」
「えっ、いつの間に……」
「コタロー様と会った翌日であります」
「それにね、紗月さんの作ったロボットだよ? この子。ちょっとくらいの不条理は、まぁそんなものかって感じだね」
「え、ロボットだって知ってるの?」
「知ってるというか、図面引いてたのを昔、見た覚えがあるというか」
「は、はぁ……」
妙に理解が早いと思ったら、そういう事情か。というか、図面引いて作っていたのを見ていたということから、ますますこのアンドロイドを作り上げた母親のすさまじさがうかがえるような、伺えないような。
とはいえど、それで納得してしまう父親に、いまいち納得がいかない琥太郎である。あるのだが、父親は特になんら違和感を持たず、一軒家の倉庫に「えっと、琥太郎が小さかった頃に使ってた台は……」と何やら探しに行ってしまった。
「はい、これの上に乗ったら料理とかしやすいんじゃないかな」
「! 感謝するであります、感謝するであります」
そのまま二人してキッチンに消えていく。どうでもいいことだが、琥太郎が思春期に入る前後で父親は女装癖を止めているが、食事は基本的に父親が作っている深山家だ。もっとも昨日はベータが作ったのだが、それに引き続き琥太郎は少し嫌な予感がしていた。
キッチンを覗くと、案の定、ベータがとある食材を取り出した。
「まずはレンコンであります。続けてレンコン、トドメにレンコンであります」
「やっぱり!? レンコン以外ないの!」
「レンコンは万能なのであります。健康、美容に良いのであります。つまり良いのであります、良いのであります」
まないた、レンコンを見事にカットし、ピラミッド状に組み上げるベータ。おいおいおい、と声を上げる琥太郎をスルーして調理がすすむ。もっとも琥太郎も最初に声を上げたくらいで、その後については何も言わず待機していた。あくまで作ってもらっている立場というのはわきまえているらしい。
果たして完成品は!
「ビーフシチューであります」
「レンコンの原型がない!?」
言葉の通り、とろとろのビーフシチューである。1時間も経過していないあたりからしてレトルトプラスアルファか。眼前に並べられた皿の異様なドロドロ具合からして、いわゆるベジタブルポタージュとかの類なのかもしれない。実際、父親が「すり下ろしていたからね」と笑っていた。
「二人は食べるであります、食べるであります。私はまだ作るものがあるであります、あるであります」
「あはは、じゃあ、とりあえずすすめられとこうかな? ほら、琥太郎も」
「あ、はい……」
言われるがまま着席し、いただきますと手を合わせる。スプーンで一口すくったシチューは、独特な舌触りや喉ごしこそあれど、基本的にはデミグラスソースをベースとしたビーフシチューだ。ただ市販品にありがちな、たんぱくさというか、味の密度の軽さと言うか、そういったものはない。時折感じるつぶつぶの触感と、そこにほんのり香る野菜の風味、そしてほんのわずかにごろごろとするじゃがいものようなそれの触感が面白い。初めて食べる味だが、琥太郎はどこかそれになつかしさのようなものを覚えた。
「なんか、ほくほくいってる。じゃがいも?」
「ん、これ、レンコンだね」
「!」
驚く琥太郎に「調理法次第で触感は千差万別であります」とベータの声がキッチンからする。
「とりあえず揚げてきたきたであります。お肉と味噌をサンドしてるであります」
出されたレンコンのフライも、じゃきじゃき言う中にもなんともいえない粘り気、そして染み出す独特の甘みのようなものに、琥太郎はきょとんとする。こんなにレンコンって美味しかったっけ、というのと同時に、ふたたびベータがキッチンに戻った様を見て「あれー?」という疑問符が湧いた。
「まだまだ作り足りないであります。もっと作るであります」
「そんなに食べられないから、止めて! というか昨日の煮物も残ってるじゃん!」
「お、そうでありました」
なお当然のように、その煮物にもレンコンが使われている。
ともあれレンコン尽くしな夕食を終え。いまだ慣れない様子のままではあるが、琥太郎は早々にシャワーを浴び、宿題を済ませ、就寝。今どき普通の高校生には非常に珍しく、毎日九時間以上の睡眠を確保している少年である。
一方の父親は、翌日有給につき夜更かし中。買ってきた競馬新聞を広げて、涼し気に予想を立てつつ、ワイドショーを眺めている。ベータはベータで居間の掃除をしており、二人は同じ空間にいる。どこかベータがいるということに、不自然なほどに慣れたような、そんな空気がある中で。
「――――紗月さん、レンコン大好きだったからね。気を抜くと毎食、レンコンばっかり出てたっけ」
唐突にそう切り出す良治に、ベータは首を上げて、180度回転させて後ろの彼を見た。なお、向きながらも身体は掃除を続けているため、たいそう酷い絵面である。
「栄養的に悪いからってやめさせようとすると、じゃあアンタが作ってよってせがまれて。それで、なんだかんだ少しは覚えたんだよね」
「さようでありますか」
「覚えはしたけど、結局、琥太郎には泣かれてばっかりだったかな。……どんなに外見を取り繕うとしても、根っこのところにある寂しさだけは、克服できるものではなかった」
「――――――さようでありますか」
「夕食の時にね、ああいう風に琥太郎が表情をコロコロ変えるのは、久々に見たんだ。だから、それが嬉しくて、同時に少し寂しくもあった。……あ、アルコールそこじゃないからね」
「えっそうなの……? であります?」
「もっと奥にやらないと、あんまり中に入らないから」
「承知したであります」
「相変わらずテトリスは苦手かな?」
「――――――――」
新聞を畳み机の上に置き、良治はベータの顔を見る。一方のベータも掃除を中断し、立ち上がり、浮かび上がった。そのまま良治の手前まできて、視線の高さが揃う。
「何を言いたいであります?」
「いや? 紗月さんは本当、よく、色々なことを君にプログラミングしてるなって思ってね。くせとか、趣向とか。こう、何から何まで紗月さんのことをそっくりそのまま思い出すなって。まぁ、紗月さんはこんなに家事はしなかったし、丁寧な口調でもなかったけど」
「そういうものであります。あくまで深山博士の趣味であります」
「うん。つまり、紗月さんの考えそうなことは、君に解るってことだろうね。だったら、君に聞けそうだ」
何を、というベータの言葉をさえぎるように、彼はそのまま続けた。
「――――――――紗月さんは、最期、僕らを恨んでいたかい?」
一見して意味不明なそのセリフに、ベータは少し押し黙り。逡巡し、しかし微笑んで、明確に解答した。
※
「…………何これ?」
翌朝、琥太郎が起床すると自分の枕元に何かが居た。いや、何かと形容するのも微妙なところであるが、外見上は少女のような、人形のような、つまりベータとデザインのベクトルを同にする何かである。ただ顔立ちなどはいくぶん勝気であり、髪型がツインテールだったり、髪の色が金髪(というには蛍光色のそれだが)だったりと差異は大きいのだが。
窓が少し開いているあたりからして、そういえば昨晩閉め忘れたかなと思い直す琥太郎。どうもそこから侵入したのだろうか。
…………とはいえど、琥太郎が覚醒するまで全く騒ぐ気配がなかったこの相手が相手なのだが。
「勝負するんだぜ! 勝負するんだぜ!」
ただ、発言が完全に意味不明である。困惑すること必須な琥太郎だったが、さもありなん。
「――――アタック、であります」
「――――ぐえーぜっ!?」
と、扉が猛烈な勢いで開かれるとジェットのごとく猛烈な勢いでベータがエントリー! 弾丸のごとき彼女の頭突きを食らい、金髪ツインテールアンドロイドは部屋中を、ギャグマンガみたいに跳ねまわった。いちいち機械音と「ぽむん」とでも形容すべき独特なサウンドとが入り混じったような音を鳴らして跳ねまわり、やがて琥太郎たちの目の前にぽてんと落ちた。
「ぐっ、この圧倒的な頭突き、流石お姉さまなのぜ! しかし負けるわけにはいかないのぜ! いかないのぜ!」
「どうでもいいでありますが、どうやって侵入してきたでありますか――――ルナーサ」
ルナーサと呼ばれた彼女は、ばっと三点着地の体勢にわざわざポージングしなおしたうえで立ち上がった。
「我が名はルナーサだぜ! 深山コタローどの、お命かけて勝負なのぜ!」
「ごめんね、えっと、いきなり全く意味がわからない」
頭を抱える琥太郎に、ベータはこっそり小声で話しかける。
「(チャンスであります。ルナーサから情報をバンバン引き出すであります)」
「(ひきだす?)」
「(ルナーサは、端的に言えばアホの子であります)」
「(アホの子言っちゃったよ!? それでいいのかアンドロイド!)」
「(まぁ、コタロー様の好みがわからなかったから、どんな女の子が好きでも対応できるように色々設計していたであります)」
空恐ろしいことを言われた琥太郎である。何か、つまりその、今後登場する姉妹機については色々なタイプの女の子として設計されているということか。そういえばあの2Pカラーのような翡翠の機体は妙に無口だった。ますます頭が重くなる琥太郎だったが、気を取り直して。
「ルナーサちゃん、ごはん食べない?」
「わーい! おあいそになるのぜ、再起動してからもうずっと何も食べてなくて……って、私たち電気で動くんだった! 食事は嗜好品なんだった! もうだまされないぜ!」
「うん、すごくアレな子だね……」
「だぜ!?」
ベータとは別ベクトルで頭の痛い子のようだった。というか、そもそもこれがアホの子というイメージで作成されたのだとしたら、設計者の母親は間違いなくアホの子というのを間違えて認識してるに違いない。こういうのはポンコツとか、そういうのであった。
「というか別に誰もだましていないのであります」
「だぜ!? そ、そうか、ごめんなのぜ」
そして謝り始めるこの有様が、もうすでに意味不明を極めていた。
「とりあえず制服に着替えるから、外出てくれない?」
「了解なのぜ!」
そして、すごく聞き分けの良い子らしい。
ともあれ制服を着用した琥太郎、およびちゃんと扉の手前で待っていたルナーサは、ベータに促されるまま居間に。父親が「おや、お客さんかな?」と微笑む傍ら、昨日残りのビーフシチューの残りとトーストで食事。食べ終わり色々と準備を終え「行ってきまーす」と琥太郎が手を振る。
「いってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませであります」
「行ってらっしゃいなのぜ――――って、違う! なんで私、一緒になって食事の後片付けとか見送りとかやってるのぜ!」
やはりAIが色々とアレらしいルナーサであった。完全にベータたちのペースに流されていた。
急いでベータの手を引っ張って、琥太郎に追いつき「勝負するするんだぜ!」と思い出したかのように連呼を始めた。
「えっと、勝負って何をするの?」
「料理で、チーム戦なのぜ!」
「コタロー様はお時間がないので、手短に話すであります」
「お料理対決なのぜ!」
やっぱりさっぱり意味が分からない二人に、得意げに腕を組んで、むふん、と鼻を鳴らすルナーサ。
「テレビ中継があるのぜ」
「テレビ?」
「今度の土曜日、北海道に来るのぜ! そこにエントリーしてきたから、料理対決なのぜ! こっちはこっちでもう一人助っ人を呼んでるから、楽しみにしておくのぜ、お姉さま、琥太郎様!」
ぜーっぜっぜっぜ、という、非常に特徴的な笑いをしながら、どこかへ飛び去るルナーサ。
琥太郎、足元のベータに視線を合わせて「どうする?」と反笑いで相談した。
「? コタロー様、ひょっとして勝負を受けるつもりであります? いっそ実力行使に出てしまった方が、色々と決着が楽だと思うのであります。そもそも命がかかってるでありますよ?」
「いや、そうかもしれないけど……、なんかこう…………、断るのも可哀そうで…………」
「嗚呼……」
両手で顔を覆い、ベータも琥太郎も、何とも言えずうなだれた。
本作のCVイメージ:
ルナーサ:小林由美子
深山良治: 高橋広樹
ルナーサをはじめ、ベータの姉妹たちは要するにEMAシリーズが複数台実装されていたら、みたいなコンセプトとなっております;