深山さんちのベルテイン/the Great Ultimate One 作:黒兎可
「美味であります! 美味であります!」
「そうかい? いまいち紗月さんからは褒められた覚えがないんだけどね」
「いえ、それは単に照れ隠しだったか意地を張っていただけであります……、ともかく美味しいであります」
深山家、琥太郎の自宅にて。父が作る料理に舌つづみを打つベータを前に、琥太郎は左頬がひきつった笑みを浮かべていた。
「ベータさん、なんかこう、元気だね……、あれだけ破損していたのに」
ことの経緯は、昼間、クリック・クラックを名乗る翡翠のメイドと対決、小型モードにてボロボロとされてしまったベータをどう修理したものか、というところであった。理々といっしょに破損した腕の一部などと共に、自宅に持ち帰ってさぁどうしたものか、というところで、父親がそれとなく一言。
「ごはんを食べれば治るんじゃないかな」
まったく意味不明なセリフであったが、しかし実際に彼が持ってきたポテトチップス(のり塩)をベータの口に持っていくと、機能停止しているはずなのにカシャカシャ音を立てて食べ始めた。一袋平らげるころには、いつの間にやら両腕に、棒と球体関節で作ったような簡単な腕が装着されており、そして再び目をかっと見開いて。
「ごばんを所望するであります。ご飯を所望するであります」
「これ、私いらないわね。帰る」
「まって、僕を一人にしないで……!」
夕方、少々早めの夕食の時間だったが、平然と四肢は快調、頬の破損した箇所も平然と修復されている様子である。なぜか一緒にメイド服まで再生しているのが不可思議といえば不可思議だが、まぁもともと大きくなったり小さくなったりしてる時点で質量保存の法則にケンカ売ってるのだから、いまさらといえばいまさらだった。
なお琥太郎必死の懇願により、理々もこの場に同席しており、琥太郎以上に奇怪な、面倒そうな表情を浮かべていた。
「って、いやいや、やっぱりおかしいでしょ!? なんでアンドロイドが食事で回復するの! お父さん!」
「まあそういう設計らしいから」
「どういう設計!?」
「僕も詳しくはないよ。まあ紗月さんだし」
「それでなんでもかんでも納得しちゃダメだよね!?」
だが誰が実際どう説明するということもないので、それで納得せざるをえない琥太郎であった――――。
「いや、なんでそれで納得できるのよっ」
完全に無言を貫いていた理々が、さすがにとばかりに突っ込みを入れた。
「ベル助もベル助だし、
「おやおや」「まぁまぁ、であります」
「? 今、なんか変な発音に聞こえたような――――」
「うるさいっ。そんなことはどーでもいいの。重要なのは、ベル助含めクリック・クラックとか言ってたアレが何なのかってことでしょうが!」
「「「ああ~」」」
「なんで私が、話の論旨を整理する立場になってるのよ……!」
頭を抱えてうなる理々と、いまいち何事かわかっていない様子の琥太郎。なおベータと琥太郎の父は顔を見合わせて肩をすくめたあたりからして、いろいろと確信犯の可能性が高い。
「で、どうなのベル助」
「ふむ。あの、クリック・クラックとは何なのか――――その説明にはまず、深山博士が何を研究していたかということについて、お話しする必要があるであります」
「お母さんの研究?」「ころ太のお母さんの?」
「本来は守秘義務でありますが、プロジェクト自体は取りやめになったはずなので、話してももう問題ないでありましょう。時効というやつであります。
――――さて。深山博士が出向していた研究機関とは、つまり某国の災害研究センターであります」
「「災害研究センター?」」
いまいちつながりが見えない琥太郎たち。ベータがテレビ画面に手を向けると、どこからともなく画面の映像がハイジャックされ、世界地図、地震マップ、噴火マップ、台風マップなど様々な災害情報が映し出される。
「深山博士は機械学習、および集積回路の技術系の研究者であります。ひいては趣味が高じて、それを搭載したアンドロイドの開発なども、友人知人数人と行っていたであります。我々EMA-Dシリーズがその最たる例であります。
その前提を踏まえたうえで、であります。深山博士が招かれた理由としては、つまるところ人口知能の開発プロジェクトがあったからであります」
「僕も、そのあたりまでなら知ってるかな」
父親の言葉に少しだけ驚くも、琥太郎はベータに続きを促す。
「クリック・クラックとは、そこで開発されていたAIのひな型――――我々よりも高度な人口知性であります」
「高度?」
「私たちは、おそらく外見上は人間とそう大差ない立ち振る舞いを行っているかと思うであります。しかし、本質的には違うであります。膨大な学習パターンをもとにしているのではなく、深山博士のセンスで振る舞いや行動パターン、内容を『選ばれ』『設定されて』いるであります」
「あ、だからお母さんの趣味だっていうのか」「つまりベル助とルナ助みたいなのが、まだまだいっぱいいると……」
「でも、クリック・クラックは違うであります。
あらゆる災害シミュレーションが可能なシステムを作ろうとした結果、人工知能に頼ろうという発想になった。その予測には究極といえるほどの知性が必要になったがゆえに、深山博士をはじめとした研究者が集められ、実験を行ったということらしい。
と、ここまで話したあたりで、理々は肩をすくめた。
「ってことは、よくありがちな話だと、アレかしら。反逆でもされたのかしら?」
「おおむね正解であります。発展途上であった知性たるクリック・クラックは、ある時反逆を起こし、プロジェクトは凍結をせざるを得なくなったのであります」
「で、それがお母さんの作ったアンドロイドを乗っ取ってきてるってことか……。ところで、なんでいまさらなの?」
「少なくとも大本のハードは破壊されたはずであります。それでもなお生き残っているとなると、当時、今ほど発展していなかったインターネットなどを利用したか、定かではないでありますが。ともかく何らかの手段でバックアップをとっていたものと思われるであります。協力者とも、見解は一致しているであります」
「「「協力者?」」」
そういえば、そもそも破損していたらしいベータを修理してこちらに送り届けた誰かについて、一切話を聞いていなかった。そのことに思い至った三人であったが、ベータは小さい容姿に似合う、愛らしいほほえみとウィンクをかまして。
「企業秘密であります」
直球で、誤魔化すことなく隠した。
「いや、なによ企業秘密って……」「ベルさん、別に商売じゃないんだから…………?」
「まじめな話をすると、第三者には明かさない約束だったでありますし、話したところで誰も別に知らないことでありますので、意味がないのであります。ただ復活したクリック・クラックの機能停止が目的に違いはないので、お互い持ちつ持たれつ協力してるであります。
とはいえ、敵の正体が解ったところで、敵の目的が不明慮なのは実際変わらないのであります」
「記録によりますと……、あの時はまじめに、人類支配をもくろんでいたようであります」
「なんてもの作ってるんだよ、母さん……」
決着が見えない話ではあったが、しかして故人たる母親の影響力めいたものを、感じざるを得ない琥太郎たちだった。
※
「いくら暴走したからって、世界征服とか……、絶対、ころ太のお母さんの影響でかいでしょ……」
「あはは……」
家が近所のこともあり、夕食が終われば琥太郎が家に送っていく。ごくごく自然な流れで立ち上がる琥太郎に、何も言わず送り出す父親。ベータは「護衛するであります」と言ってはいたが、直後、ふらりと倒れてはそれどころではあるまい。体そのものは再構成できても、それを動かすだけ電力だのその他の要素が足りていないらしく、どこからともなく取り出したUSBのACケーブルをコンセントに接続し、チューブ飲料でも食べるかの如く、かぷりとかじりつくベータであった。
その様にも色々と突っ込みを入れたい琥太郎であったが、さすがに今日は疲れたのでそのあたりは放棄して今ここに至る。
「それにしても本当、意味不明よね。なんで命なんて狙われてるのよ、コロ太」
「さぁ……。別に、僕って出自が特殊なわけでもないし」
「容姿が女の子なこと以外はね」
「うっ、それは言わないでほしいんだけど……!」
「だって考えてもみなさい。ころ太が女装したのと私とで一緒に歩いてたら、絶対ころ太のほうがナンパされる確率高いわよっ。ああいまいましいっ」
「そんなに!?」
実際そんな容姿である。理々が少し荒っぽい印象もある少女だとするなら、琥太郎は守ってあげたくなる美少女風な容姿だ。外観の美醜、アピアレンス、APPでいえば3か4は差がある。それはそれは可愛いらしい琥太郎だった。
「いや、それはないんじゃないかなさすがに。ほら、りりさんのほうがその、可愛いと思うし」
「うっ、まぁ、アリガト……」
少し照れたように顔を背ける理々と、これまた照れたような琥太郎である。
と、不意に理々が「思い出した」と言わんばかりに、はっとした表情で琥太郎に言う。
「ねえ、来週に海行かない?」
「海?」
「うん。沖縄」
「なんでそんな唐突に……」
「ここ数日ころ太、いろいろあったじゃない? だから、気分転換に。春先だけど泳げるらしいし」
「道民って汗腺なまってるから、色々大変そうだなぁ……」
「ダメ?」
「あー、いいけど。耕平も来るよね?」
「う゛、ま、まあ来るわね」
「何その反応?」
「な、なんでもないわよっ。」
どちらにせよベータはついてきそうではあるが。
ともあれ約束だからね、と小指を差し出す理々に、戸惑いながらも琥太郎も指をからめた。ほんのりと冷たい指先の感触に、意外と、どきどきする琥太郎。「どうしたの?」という理々の反応に、なんでもないと慌てて手をひっこめた。
「ここまででいいわ。じゃあ、水着とかちゃんと用意して――――」
「――――おお、奇遇じゃないか一年坊主!」
と、突如この空気に割り込んでくる不良が一人。蛍光色とまでは言わないが、痛々しいほどに明るい金に染め上げた髪に両耳ピアス。その左右には茶髪のパンチパーマと妙にてかった黒いリーゼント。今時珍しいくらいのテンプレートな不良だが、「今日から俺は!!」が三十年後ドラマ化されるような時代だし、一周回ってアリなのかもしれない。いや単に琥太郎の生活圏に、ほかにあまり不良っぽいのが居なかったりするだけなので、全国的にどうなのかは分からないが。
彼らと琥太郎との因縁は入学式の一週間前後のあたりだったろうか。まあ大概しょうもない理由なので、琥太郎は思い出すのも億劫である。
「ここであったが百年目――――今日こそお前が女だって証拠をつかんでやんよっ!」
この第一声を前に、理々からしてぽかんと、開いた口がふさがらない。
左右の二人も「兄貴……」となんとも言えないリアクションである。
対する琥太郎は冷めた目で。
「パンツ脱ぎましょうか?」
「破廉恥っ!」「「兄貴!?」」
「何これ、ころ太、何これ?」
「いや、待て、脱いだ姿を確認しなければ、そこにはコイツが男の世界と女の世界が同時に存在してることになる……! だからそれはいい」
「そうですか。一発で全部解決するのに……」
ともあれおおむね週に一回、あんなことを宣いながら絡んでケンカを吹っかけてくるのである。さすがに理々たちに話すのも気が引けているし、そもそも女性的な容姿をしていること自体にコンプレックスがある琥太郎である。友達や知り合いならいざ知らず、こうも知らぬ他人というか上級生というかに絡まれては……。
「ころ太、怒ってる?」
「ちょっとね……」
「ん? おお、何だ今日は女友達も同伴な――――」
「「兄貴!?」」
理々に手をまわした瞬間、琥太郎の足払いが炸裂! 激痛に足を抱えうずくまった瞬間、特に気にせず琥太郎はそれを蹴り飛ばした。手慣れているし、作業めいた風景で非常に恐ろしい。さしもの理々も二の句が継げない。
呆然とする残り二人に冷めた目を向けると、「きょ、今日のところはこのくらいに」とか言い出して兄貴分を両側から持ち上げて逃げて行った。
「やっぱり、家の前まで送るよ、りりさん」
「琥太郎、殴った直後にそのサイコパスみたいな純粋な笑顔やめよ? ね、色々心配になるからさ」
なぜか真剣な目をして琥太郎の両肩を持ち、呼び名さえ普段のあだ名を忘れ、ただただ理々は諭すように繰り返した。