ハンプトン・ローズ海戦。初の装甲艦同士の決戦とされる当日、南軍の小さな、しかし恐ろしい毒針を備えた〝蜂〟が参戦しようとしていた。
これは米海軍史上、「ワスプ」の名を冠した六代目小艇の戦闘記録である。

小説家になろう『架空戦記創作大会2018秋』参加作品。例題1と2の複合(でも、2の「架空の小銃」はオマケっぽい)です。同時に「小説家になろう」にも投稿しております。

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スズメバチを意味するワスプって名前の船は米軍では2018年現在、史実では歴代10隻を数えますが、こいつは1814年のスループ(五代目)と1865年の外輪蒸気船(六代目)の中間に位置します。

つまり、この世界ではこのちびが、栄えある六代目ワスプなのです(笑)。

加筆しました。


ハンプトン・ローズの蜂

 ハンプトン・ローズは激戦であった。

 前日、南軍の誇る装甲艦《ヴァージニア》が北軍のフリゲート艦《カンバーランド》を衝角攻撃し、見事に撃沈したからである。

 猛烈な艦砲射撃も、装甲艦の防御力の前にはピンポン球みたいに弾かれ、有効な結果を残す事が出来ず、追い詰められた北軍艦隊のもう一隻《コングレス》は爆沈。《ミネソタ》を座礁させた。形勢は南軍有利に傾いたかに思えた。

 しかし、北軍は《ヴァージニア》に対抗すべく、装甲河川砲艦《モニター》を派遣したのである。

 史上初の装甲艦同士の戦闘。これが史上名高い、1862年3月9日のハンプトン・ローズの戦いであるが、それにちっぽけな南軍艦が参加したのは余りにも有名だ。

 

            ◆       ◆       ◆

 

「潜水艇ねぇ」

 

 ボラルギー・ブルータス大尉は両親から受け継いだアイリッシュ訛りで、胡散臭そうに呟いた。

 元々は漁民だから海軍へ入った語る、大男である。

 どこかで《ダビット》と名付けられた同種の秘密兵器が建造中との噂もあったが、無論、大尉レベルの下級士官には伝わってなどいない。

 彼が思い描いたのは、独立戦争時、イギリス軍を攻撃した《タートル》の方であった。

 

「正確には違う」

 

 技術屋として派遣されている女が否定する。

 

「この《ワスプ》は半潜水艇って奴だ。完全には潜れない」

「で、こいつを実戦に使えって事ですかい?」

 

 何をとち狂ったのか、この女には軍属として〝少佐〟相当の階級が与えられており、男尊女卑思想に染まっている大尉も、あからさまに反発出来ないのである。

 

「体の良いモルモットだがな……」

「意見が合いますな。ええと、レディ」

「森色の魔女と呼んで構わん。ドイツ語なんて誰も正確に読んでくれないからな」

 

 彼女は渾名で呼ぶ様に伝える。

 出身はドイツ語圏らしいが、アイリーン・フォン・グリューンヴァルドとの名を誰も正しく呼んでくれないので(ミス・グリーンフォレストとか訳されるのはまっぴらだったし、軽々しく、アイリーンとファーストネーム呼ばれるのはユンカーとしての沽券に関わった)、緑色のローブととんがり帽子のスタイルから付いた渾名、〝魔女〟を合成した名前である。

 

「ウィッチってのも何ですが……」

「ドイツではヘクセンだな。英語と違って蔑称では無いぞ」

 

 彼女はそう答えると後ろを振り向く。

 突貫で伸ばされた鉄道の引き込み線上に鎮座する列車、その長物車の上に問題の半潜水艇はあった。

 

「問題はこいつの稼働時間だ。私の計算だと、せいぜい六時間が限界だ」

「速度も出なさそうですね」

「そりゃあ、な。まぁ、ガレー船並みの人力推進よりはマシだけどね」

 

 魔女は大袈裟にかぶりを振りながら、黒煙を上げる蒸気機関車を見詰める。

 カウキャッチャーの付いた典型的な米国型Bテンダー機である。

 そのボイラーから伸びた管が、《ワスプ》の方に伸びていた。

 パイプの継ぎ目から、白い蒸気が漏れ出しているので、密閉は完璧とは言えないだろうから、充填するのに想定よりも時間が掛かるに違いない。

 

「蒸気機関車が、あと二台欲しかったな」

 

 上げてる煙が黒いのが気になる。

 蒸気機関を描写する際に、良く「黒い煙をもうもう」とかの表現があるが、あれは勇壮に見えて、実は燃焼効率の悪さを示す悪い印なのである。

 機関車や汽船のベテラン機関士が操るボイラーならば、出て来るのは白煙であって黒煙では無い。つまり、ここで用意された連中は蒸気機関に対して素人だ。

 

「我が軍の乏しい懐事情を考えるとどうですかねぇ」

「分かってる。これは愚痴だ」

 

 長物車に乗ってるからも分かるだろうが、これから出撃するこの新兵器の大きさは大したサイズでは無い。

 長さは25メートルちょっと、重さも長物車の後ろに連結されている起重機車でも持ち上がる、15トンちょいでしかない。

 その起重機車の動力源たる蒸気ボイラーも稼働している。

 こっちは運用されるべき、新兵器への充填用だ。

 回される為の機関車が足りないので急遽代用と言う訳であるが、それだけに能力不足になりそうな気がして、気が気ではない。

 

「さて、我々は何時出撃するんで?」

「蒸気が貯め終わったらだな」

 

 本来ならとっくに出発してる筈なのだが、準備に予想外の時間が掛かっていた。

 主攻勢の《ヴァージニア》に先駆けて夜襲の予定が、この分だと夜明け前の薄暮攻撃になりそうな具合であった。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 のろのろとエリザベス河を進む、半潜水艇《ワスプ》。

 航続距離の関係で、ノーフォークよりもかなり前の河岸に臨時の根拠地(先程の引き込み線数本である)を置き、そこから自走でチェサピーク湾へ向かうのであるが、搭載機関の馬力が低いので、速力はドンガメと言って良かった。

 

「圧力の低下は?」

「まだ規定の範囲内です」

 

 半ば水中に沈んだ船体から、一段高まった航行用のブリッジに立っているのはボラルギー大尉と魔女の二人組。

 本来ならば軍属なので戦場に出る必要は無いのであるが、搭載した新兵器の扱いと実戦の観戦と言う目的で、森色の魔女は、この今にも沈みそうな危ない珍兵器に乗り組んでいた。

 

「沈没しかけているみたいだな」

「このブリッジ以外は、吃水線下にある様な物ですぜ」

 

 アイリッシュ訛りで答える大尉。

 何しろ艇首は現代のティアドロップ型潜水艦もどきな、尖った筒であるから単に航行しているだけでも、ざばざばと水が被る。

 実質、この一段高くなったブリッジが艇首代わりである。

 波よけのシールドがあるが、それでも一部の波は胸壁を乗り越えて飛沫を上げる。

 

「実戦が上手く行ったら、この手の半潜水艇を上層部は量産するらしいぞ」

「あまり、嬉しくないですね」

 

 半潜水型の水雷艇計画は、こっちの物とは別の方面から立ち上げられた物である。

 同じ様な考えを持った者も居たんだとアイリーンは偶然の一致に驚いたのだが、その設計を知って危機感を抱いたのは、向こうの船には艦橋が存在せず、上甲板にハッチしか無い事であった。

 この中の一隻を貰い受け、こちらの計画で使用する筈であった新型の機関を取り付け、更に艇首から艇尾に至るまで、波避け用のシールドを取り付けたのが本艦である。

 原型のままだと不意に波を受けたら、ハッチから浸水して沈没しかねないからだ。

 

「しかし、時間が……」

 

 胸元から時計を取り出し、時間を確認する魔女。

 かなり遅延している。これでは薄暮攻撃にすら間に合うかどうか……。

 

「後方から味方艦でーす」

 

 見張りの声に振り向くと、遙か彼方ではあるが闇夜に光る赤い光か見えた。

 恐らく、修理がなった《ヴァージニア》だろう。

 

「煙突の修理は間に合わなかったみたいだな」

 

 後方から迫る《ヴァージニア》に進路を譲る為、河の中央から左舷に寄った《ワスプ》は、装甲艦が生んだ横波に翻弄されながらも、昨日の戦闘の傷痕を確認していた。

 

 装甲に包まれた細長い亀の様な《ヴァージア》の特徴的なシルエット。

 煙突は半分失われ、機関が焚いた火の粉が激しく噴き出している。

 舷側や砲門にも無数の弾痕があり、砲郭部の幾つかの砲は使用不可能に見えた。

 

「弾は全て弾いたけれど、完璧では無かったのか」

「弾薬の補給は済んだのかな。喫水が上がってるけど」

「まぁ、弾が無くても衝角があるからな」

 

 《ヴァージニア》を見物すべく、波よけシールドに囲まれた上甲板に、水面下の艇体からハッチを伝って乗組員達が上がってきた。

 と言っても、全部で五名。艇長の大尉と魔女を含めて七名が、この《ワスプ》のクルー全てと言う小所帯である。

 わいわいと騒ぎながらも、味方艦が通過するのを待つ。

 続く南軍の砲艦二隻を見送った後、再び単艦となって川を下る。

 

「少佐、間もなくチェサピーク湾ですぜ」

「戦闘用意。だな。大尉、済まないが私は素人だ。新兵器以外の指揮は任せる」

「了解しました。それで、例の物は宛てになりますかね?」

 

 魔女は苦笑して「ぶっつけ本番の実戦テストだからな」と正直に答える。

 発射試験は完了しているが、実用弾頭を用いたテストはしていないらしい。

 

「砲手を上げろ」

 

 ハッチからガトリング砲の操作員が上がって来て配置に就く。

 艇尾に据えられた《ワスプ》唯一の火器であり、自衛用火器の一つも無いと士気に関わるとして、半ば強引に取り付けた物だ。

 

「個人的な事を聞いても構いませんかね?」

「ん?」

「下手すると、今回でお陀仏ですからね」

 

 魔女に対して大尉が尋ねる。

 彼女は苦笑して「うちの会社の事か?」と聞き返した。

 

「兵器メーカーなのでしょう」

「残念ながら、専門は民生用の機械。それも産業用の小型機関車のな」

 

 専門は幹線を走る大型の蒸気機関車ではなく、工場や鉱山と言った専用軌道を走る小型の機関車専門メーカーで、米国に売り込みに来た所、今回の戦争に巻き込まれたと彼女は語った。

 その祖国は何とか言う欧州の公国らしいが、名は失念した。

 

「まぁ、北部の海上封鎖の結果、帰国が出来なくなったせいもあるが……」

 

 南部に残ったのはそれだけでは無いらしい。

 不意に「この戦争の背後にはイルミナティが……」とか口にしたが、「いや、忘れてくれ、これは我ら以外には無関係だから」と話題を変えた。

 後に、魔女の一族として暗闘している相手とだけ聞き出せたが、大尉にとってそれが何を意味するのかは分からなかった。

 彼女を少佐待遇にしたのも、その関係からの大統領からの差し金であったらしい、と知るのも戦後大分経った時である。

 

「その会社の最新技術が、こいつですかい?」

「画期的でしょ。ファイアレス機関よ」

 

 《ワスプ》の動力源。それは元々は〝無火機関車〟として発表されるべき物だった。

 外部から精製した蒸気を貯め、そいつを容器に封じ込めてシリンダーを動かす事により、火を使わなくても蒸気機関を作動可能な技術である。

 火が使えない場所。工場内とか、炭鉱内部の動力源として有効視されていたが、これを蒸気機関車では無く、蒸気船に応用してスクリューを回して前進するのが、この《ワスプ》であった。

 

「火を使わないから、隠密性も抜群だし」

「代わりに稼働時間に限界がありますけどね」

 

 しかし、潜水艇の動力源が人力でクランクを回す時代であるから、それから思えばかなりマシなのであるが、大尉としては往復だけで蒸気を使い果たしそうなこれに、どうしても不安感が付きまとうのであった。

 

「ああ、日が昇る」

 

 昇ってくる朝日に、艇長は片手で光を遮った。

 薄暮攻撃のタイミングは完全に逃してしまった。

 おまけに砲声まで遠くから響いてくる。

 

「本隊が攻撃を始めましたな」

「どうする?」

「行くしか無いでしょう。旗を揚げろ、もう隠密に行動する必要も無い」

 

 《ワスプ》は相変わらず低速だが、南軍旗を掲揚しながら突っ走る。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 ハンプトン・ローズは再び激戦の地になっていた。

 南軍にとって予想外だったのは、昨日では見掛けなかった奇妙な形をした新型の敵艦が北軍に混じっていた事だ。

 波を洗う低乾舷の船体に、砲塔を載せただけの様な奇形艦。

 

「何だ、あれは?」

「《ワスプ》と同じ、半潜水艇か!」

 

 南軍将兵がそう思うのも無理は無い。

 そう、これこそが北軍の切り札、装甲艦《モニター》であった。

 28センチの連装ダールグレン砲を振りかざし、砲撃を加えてくる奇形艦。

 

「負けるな、撃ち返せ!」

 

 対する《ヴァージニア》も、砲郭式の砲門から使える砲全てを持って反撃する。

 砲の口径こそ劣るが砲門数は片舷五門と勝る南軍の装甲艦は、敵へ立て続けに砲弾を命中させる。

 しかし、発射速度が前装式の為に遅い《モニター》であるが、威力は《ヴァージニア》最大の主砲である23センチ砲の倍。命中した時の効果は明らかに上だった。

 《モニター》の方は、《ヴァージニア》の砲弾を弾いても弾痕が残るだけだが、《ヴァージニア》は装甲板のお陰で貫通はしないものの、装甲が割れる箇所が続出した。

 

 戦闘開始から二時間余り、その頃、《ワスプ》はやっと湾内へ進入していた。

 《モニター》対《ヴァージニア》の決戦も、一時小康状態で、特に緩慢に砲撃を続ける北軍の装甲艦に、衝角攻撃を仕掛ける《ヴァージニア》は躱され、両艦の距離は一時的に離れて行った。

 元々《ヴァージニア》の旋回半径は大きく、前日の戦闘の結果、搭載物資の減少によって乾舷が上がった事で、更に機動性の低下を招いていたのである。

 

「大尉、本艦の速度で追随出来ますかね?」

「難しいですな。その新兵器とやらの有効射程は」

「300メートルだけど、出来れば100メートルにまで接近出来れば……」

「メートルって何です。フィートかヤードで言って下さい!」

「知らないわよ」

 

 欧州系の少佐と米国人の大尉の間で齟齬が出る。

 ローカルな話であるが、実はアメリカの単位って奴は20世紀に入るまで州毎で違っていたりする。

 

 《ワスプ》が混乱している中、《ヴァージニア》は一時、座礁した敵艦《ミネソタ》を狙ったのだが、こちらも座礁してしまい、何とか離礁して再び《モニター》を相手取る事にしたのである。

 そして遂に《ヴァージニア》は敵艦の弱点を発見していた。

 

「パイロットハウスだ。艦首のあの小屋を狙え!」

 

 艦長代理のジョンストン大尉(正規の艦長、ブキャナン大佐は前日の戦闘で病院送りになっていた)は、叫んでいた。

 それは敵艦の艦首に設けられた操舵室である。

 ここも装甲が施されていたが、砲塔とかに比べると脆弱であり、確かに《モニター》の弱点であった。

 距離17メートルの超至近から、《ヴァージニア》の23センチ滑腔砲、副砲の18及び15センチ施条砲が火を噴いた。

 僅か1メートル四方の小さな操舵室に砲撃が集中され、遂に北軍の艦長、ウォーデン大尉がスリットから飛び込んだ弾片に重傷を負ってしまう。

 

「悔しいが、潮時だ」

 

 激闘四時間。ジョンストン大尉は艦の撤退を命じる。

 干潮が迫って来ていた。

 搭載弾薬残量も心許なくなってきており、加えて、幾ら撃っても全く効いてなさそうに見える《モニター》との撃ち合いに乗組員も疲れていたからだ。

 

「あれは……《ワスプ》か。こんな時に現れるとは、ドンガメめ」

 

 自艦の横をすり抜けて行く、吹けば飛びそうな小艇を見つつ、ジョンストン大尉は残りの戦いをこのチビに任せる事にしたのであった。

 

            ◆       ◆       ◆

 

「圧力は半分以下です」

「戦闘速度に上げたら、蒸気を食いますがどうします?」

「あの装甲艦を沈められるなら、やるべきだけど……」

 

 魔女は口ごもる。

 ここで速力を全開したら、多分、根拠地へ帰還するだけの蒸気は残らない。

 ちらと、敵の装甲艦を見る。

 主砲であり、唯一の武装であるダールグレン砲塔は後ろを向いている。

 前装式の滑腔砲なので、発射後は180°砲塔を回転させ、砲塔自身を遮蔽物にして再装填を行うのである。

 

『今なら、敵の攻撃も無い』

 

 外から見る限り、《モニター》には副砲もなさそうである。

 

「やりましょう」

「機関全速っ!」

「機関ぜんそーく、よーそろー」

 

 速度が倍にはね上がる。

 とは言え時速5ノットなのだが、《モニター》の全速が8ノットであるのに比べれば、そんなに悪い数値では無い。

 

「缶詰みたいなあの艦より、周りの随伴艦の方に気を付けて」

「総員、白兵用意だ」

 

 大尉が艦内から上げられて来た小銃を脇に置く。

 レマット・リボルビングカービンである。こんな物が役に立つ日が来るとは、海兵になってからは思わなかったが、改良を施され、火傷の心配とかは取りあえずは遠くなった。

 

「しかし、艦の上から敵を撃つ事になるとはな」

 

 艇尾の砲以外、これら携帯火器以外に何も無いのが《ワスプ》のお家事情である。

 主砲の使えぬ《モニター》の兵と撃ち合いになるのは、致し方ない。

 

「トーピードの用意をします」

「あんただけが頼りだが、頼むから、成功してくれよ」

 

 アイリーン・グリューンヴァルト。森色の魔女は艇体左右に括り付けられた魚雷の作動スイッチに手を掛けた。

 この魚形水雷は彼女の開発した無火機関によって、プロペラを回して目標に突撃する自走形の無人兵器なのである。

 

『ただ、使った蒸気エンジンが起重機のそれだから、規定値が入っていない可能性も……ええい、女は度胸!』

 

 迷いを振り切って敵艦に接近する。

 射程は約300メートル。24ノットで突進するのだけは確認済みだが、先にも行った通り、弾頭の試験は行っていない。

 だから、彼女は確実に明徴するだろう必殺距離まで、魚雷を投射しない予定だった。

 トーピードは左右に一発ずつ、合計二発。

 

「やれるんだろうな?」

「炸薬量は100kg以上だから、当たれば確実に」

「あ?」

「はいはい、貴方達流に言うなら、300ポンドよ」

 

 魔女の言葉に大尉は満足げに頷くと、まだ砲を再装填中の《モニター》へ直進して行く。

 しかし、とうとう北軍にも《ワスプ》の存在が気が付かれた様だ。

 今まで、二大装甲艦の砲撃によってそこら中に白煙が漂っており、この低乾舷の半潜水艦は注目を集めなかったのだが、流石に砲煙が引き始めた今、《ワスプ》が接近中なのを認知したらしい。

 

「《ミネソタ》発砲してきます」

「座礁しているんだから、休んでりゃ良い物を」

 

 まず、こちらに発砲してきたのは、座礁中の北軍フリゲートであった。

 中口径砲を撃ってくるが、幸いにして弾着は遠弾だった。

 

「無視しろ、どのみち、こっちの火器は届かん」

 

 艇尾の砲以外、こちらの火器はせいぜいライフルなので撃つだけ無駄である。

 が、遂に《モニター》も迫る南軍の小艇に気が付いたらしい。砲塔の上にひょろい人影が現れて、小銃を手にして発砲して来た。

 

「くっ!」

 

 銃弾が大尉の脇をかすめる。

 一発撃つ度に、レバーを操作して実包を込めているから、奴のライフルは後装式だ。

 パイプで紫煙を噴かしながら、何やら鼻歌交じりで撃ってくる敵兵に殺意を覚える。

 未だ、雷管式の滑腔銃も珍しくないのであるが、流石は装甲艦の水兵だけあって装備も最新式と見える。

 

「シャープスか!」

 

 大尉が吠え、手元の銃を構える。

 こちらのレマットは回転輪胴を備えた雷管式銃で、装弾数は驚きの9発。

 しかし、この銃の元は拳銃であり、それにロングバレルとストック、そしてシリンダーギャップを避けるべく、フォアグリップを取り付けただけの銃である。

 使う総薬量は元となったピストル基準なので、射程と威力がどうしても劣るから、長射程でライフルと喧嘩を売るには向かない代物なのだ。

 

「撃て、相手を釘付けにしろ!」

 

 この艇、唯一の砲は艇首方向には向けられないので、今は手持ちのカービンで応戦するしか無い。威力から言えば、敵のシャープスライフルの方が上なので、こちらは弾幕を張って敵の動きを封じるのが最良の方法だろう。

 幸いにして、今、甲板に出ている人数は総勢四人。敵はまだ一人だけである。

 

「敵との距離は?」

「500ヤード!」

「ええと、約460メートルね」

 

 ヤード・ポンド法で答えられるので、一々換算が面倒だ。

 トーピードを放つには、距離がまだ遠い。

 パンパンと発砲する音が聞こえ、こちらの射撃が牽制にはなっているらしく、敵も撃ち返して来る頻度が減った。

 

「不味い、敵の主砲が動き出しやがった」

 

 ちっ、との舌打ちが響く。

 ダールグレン砲の再装填が完了したのだろう。砲塔がゆっくりではあるが旋回している。

 発砲後は次射に5分は掛かると言われる代物だが、装填が完了したなら脅威であるのは間違いない。

 砲身が殆ど砲塔にめり込んでいるかの如き短砲身の榴弾砲だが、28センチと言う巨砲に狙われたら、こちらとて只では済みそうに無い。

 

「距離は!?」

「300ヤード!!」

 

 水飛沫を浴びながら、《ワスプ》はようやく射程圏内へと入った。

 魔女は、右舷に搭載されている魚雷だけを始動する。

 スイッチを入れると栓が外れ、水蒸気を吐きながらエンジンがスクリュープロペラを回す。

 

 貯められた蒸気が内蔵された小さな矢羽根車を回すのであるが、これが後に〝タービン〟機関の原型となり、特許を取った彼女に莫大な富をもたらす事になるのは別のお話だ。

 問題は一気に貯めた蒸気を消費する為、作動して短時間しか稼働しない為、必然的に短射程だと言う事だ。

 

「投射!」

 

 ぐいっと縄を引っ張ると、ストッパーの外れた魚雷が上甲板から転がり落ちた。

 後世の発射管みたいな、便利な射出機構なんぞ無い。

 転がり落ちた魚雷は水面を勢い良く走り出す。

 そう、水中では無く、水面、つまり無人のボートみたいな感じで突進するのだ。

 

「反転だ」

 

 後はトーピードが敵に命中するのを祈るだけである。

 

「待って、魚雷に不具合が……」

「何だって」

 

 艇長命令を魔女が遮った。

 

「速度が出てないのよ。やっぱり代用品の蒸気じゃ、圧力が規定値に届かなかったのね」

 

 約24ノットと予想した速度は出ていない。あれでは18ノットがせいぜいだ。

 起重機車のボイラーで生成した蒸気では、やはり不具合が出たのだろう。

 

「欠陥品かよ!」

「スパートーピード(刺突爆雷)なんて、お馬鹿な兵器で特攻するよりゃマシでしょ」

 

 魔女は目をつり上げて反論する。

 スパートーピードとは、棒の先に爆薬を付けて相手に押しつけて爆発させる爆弾の事だ。

 南軍では良く使われており、潜水艇《ハンレー》もこいつで敵艦を撃沈したが、同時に自分もお陀仏になっていると言う、特攻兵器すれすれの武器である。

 実際、《ワスプ》の武装も、最初の案ではそうだったのだ。

 危なすぎるとして、無火機関を備えた爆薬付きの小艇を繰り出す様に換えたのだ。

 

「でも、とにかく動く事は動くから、再度攻撃を」

「無茶言うな」

 

 砲塔がこちらを向く、が、敵の装甲艦は発砲しなかった。

 突進してくる不審物に注意が行っているらしく、危険と判断して魚雷の回避を試みている様子である。

 

「チャンスよ。もっと接近して」

「撃たれるぞ」

「あの状態なら、何とかなりそうよ」

 

 指摘されると、成る程とも思う。

 実を言えば《モニター》も動く時は、《ワスプ》と変わらぬ半潜水状態なのである。

 水面すれすれの低乾舷な造りは、単に動くだけで艦首は盛大な水浸しとなり、その揺れから砲の操作も困難を極めてしまう。

 砲塔の真下まで波が洗う為、砲撃時には停止するか、極めて低速で行動せざる得ない欠点があり、おまけ砲塔の機構も成熟しておらず、ブレーキが付いていないので一度動き出したら、砲塔の慣性を止めるのに一苦労なのだ。

 まぁ、これは責められない。何しろ《モニター》は史上初の砲塔艦。

 奇才エリクソンの設計した新鋭艦も、まだまだ技術が未熟だったと言うべきだろう。

 

「今の敵艦は回避用に全速を出してるわ。だから……」

「ふんっ、つまり近付いて新兵器を至近からお見舞いするんだな」

「ほら、あのスナイパーもこっちを撃つどころじゃ無さそうだし」

 

 一発目はギリギリ躱されそうだが、避ける為に敵艦の船体は盛大に揺れている。

 砲塔に昇っていた敵兵も、ぐらぐら揺れる天蓋から転げ落ちない様にしがみつくのが精一杯であった。

 

「……ザ・セーラメーン。……セーラメーン!」

 

 やけくそなんだろうか、しがみついてるひょろい水兵が、大声で何か「俺は水兵だ」を連呼してがなり立てていた。同時に《モニター》の機関が全速を出したらしく、猛烈な煙と共に「ぽっ、ぽーっ」と汽笛が鳴る。

 敵の水兵が一人しか現れなかったのも、この波にさらわれる危険を承知していたからである。

 確かにチャンスではあった。

 

「本艦の圧力は?」

「あと一時間保つか、保たないかです」

 

 伝声管から返って来る返事を聞いたボラルギー大尉は決心した。

 もう、根拠地への帰還は不可能だ。

 行きと違い、帰りは遡航、つまり河の流れに逆らって航行する必要があるので、それだけ貯めた蒸気を多く消費する為だ。

 

「取り舵、敵艦へ舳先を向けろ」

「アイ・サー」

 

 《ワスプ》最後の戦いが始まろうとしていた。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 装甲艦《モニター》は南軍に撃沈された。

 二発目の魚雷が見事に命中したのだが、攻撃した《ワスプ》の誰もがそれが成功したとは思ってなかった。

 被雷しても、当初は全く平然と装甲艦が浮かんでいた為であった。

 しかし、数分後、《モニター》は徐々に傾き始め、遂に横転してチェサピーク湾の底へと沈んで行ったのだった。

 

 大金星を挙げた殊勲艦《ワスプ》であったが、こちらもその半時間後、復讐に燃える北軍の艦艇に追い詰められて自沈した。

 装甲艦を失ったとは言うものの、やはり制海権は北軍の手にあり、追撃してくる北軍の蒸気船へ、唯一搭載している尻のガトリング砲を撃ちまくりながら逃げても、多勢に無勢。

 遂に岸へ乗り上げる形で艇を放棄。乗組員は陸へと上陸して逃走する。

 その中に女性が含まれている事を見たと言う談もあり、その人物を含む、数名が何か、半魚人みたいな化け物と闘っていたとの話もあるのだが、これは幻覚か、眉唾として無視されている。

 

 ハンプトン・ローズ会戦は、戦術的には南軍の勝利となった。

 だが、ノーフォークへ帰還した《ヴァージニア》にも多数の破孔があり、夜半、浸水に耐えられなくなって着底し、この南部最大の軍艦は、以後、動く事はなかった。

 海上での情勢は南部劣勢のまま進み、それは二ヶ月後のノーフォーク陥落によって幕を閉じる。

 

 《ワスプ》の量産型、と言うか、原型の《ディヴット》級半潜水水雷艇は量産に移されたが、機関は無火形ではなく、通常の蒸気機関を積んで、煙を吐いて走る形へと変更されてしまった。

 但し、改良はされ、襲撃時には無火機関に切り替える機構が備えられ、例のブリッジも装備された。

 更に魚雷と言う兵器に注目が集まり、量産された全艦はスパートーピード装備を取りやめ、無火機関による魚雷を搭載する様に改正された。

 この内の幾つかは、戦争中に数度、魚雷攻撃を成功させている。

 

 南部連合は結局、物量差から合衆国に敗北してしまうのであるが、今でも「敵に魚雷をお見舞いしろ!」の掛け声は南部の誇りとして伝えられている。

 

 

〈FIN〉




え、ブル○トとポ○イに硅国の魔女? はて、何の事かな? ぽっぽーっ!
流石に、青菜の缶詰を食う所までは出せなかったよ(笑)。

無火機関車ってのは実在します。産業用としては割合メジャーなんだけど知名度はまるでない。
方式は違いますが、復活したD51やC12を圧縮空気で動かしてるロコ、あれも無火機関車の一種です。興味あったら調べて見て下さいね。

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