あの日、星空があまりにもきれいだから、夜に一人で出歩いてみた。
ふと立ち止まって、星空を見上げていると、彼女に出会ったんだ。
でも、彼女には……
星屑が見えた。一緒に居た人は土星が見えるだとか、それが数年に一度だとか……そんなことを言っていた気がするけど、別に土星になんて興味がなかった僕は、それを同行者たちに悟られないために皆と同じように星空を見上げた。
普段住んでいる都会の方なら、ふと視界の端に映ることはあるだろうけど、立ち止まってその輝きを見ようなんて微塵も考えない星空。星々の煌めきではなく、
相対的に見れば、便利なんだろうね。自由自在に光を作り出し、暗かった場所を照らすことが出来る。かく言う僕も、その恩恵に預かっているわけだ。
でも、その光のせいで……星々の煌めきは、僕たちの目に……届かなくなった。
星なんて見たければ山や田舎の方に行けばいい。そんな考えほど人間が元から存在した自然の恩恵を蔑ろにして、少しずつ壊しているという事実を象徴していることはないと、僕は思うんだ。
いつからか、身近にあった星の温かな光は、手の届かない遠いところにいってしまった。他でもない、
……だからかな。あの時僕が、星になんて微塵も興味のなかった僕が、一筋の星屑の輝きに目を奪われてしまったのは。
たった一瞬の、あの閃光がすごく綺麗に見えたんだ……。
そして……その眩しいほどの輝きに魅入られて以来、僕は星空を眺めるようになった。
*
この空に点在する星たちは、今なにを思っているのかな。曰く、こちらから見えている星々の姿は
そんなことを考えながら、寒空の下、ダッフルコートをわざわざ着込み、星空を見上げる。口から吐き出される二酸化炭素は、白くなり空気中へと消えていく。こんな寒いなか星空を見上げているのだから……当然、手は
そもそも、そんなことをするなら帰った方がいいと結論付けて、足を帰路へ向け……誰かの靴の音に足を止めた。
足音の主を確認するために振り返れば、見知った……いや、それ以上の相手が見えた。
「良い夜だね~♪すごく寒いけど綺麗な星空。きみは本当に星を見るのが好きだね~?」
「……リサ」
……僕は幼馴染、なんて嫌いだ。小説でも、彼女から借りる少女漫画でも……幼馴染から恋仲に進むことは、ほとんどない。
負けヒロインとも言われるそれが、まるで僕の恋路を暗んじているかのようで……。
こんなことを考えるなんて、女々しいのは自分でもよく分かってる。でもさ、思わずにはいられないから。自覚してるくせに、思ったことも言葉に出来ないようなヘタレだから。空に向けて想いを馳せることしか出来ないから。隣に居るのに、僕にはたった一言すら言えないんだから……。
「やっほ~☆星が本当に好きだね~?」
考えていることを悟られるわけにはいかないと、咄嗟に貼り付けたような笑顔をリサに向ける。
「うん。なんとなく連れていかれたあの山の上で見た星空が忘れられないんだ」
僕が星に魅入られた日に隣に居たのは、他でもない彼女だった。彼女は……優しいから。こうして星空を見る僕によく付き合ってくれる。
呼んでもないのにリサはいつもここに来る。それがいつの間にか僕たち二人にとって、
「ところで、さ。こんな夜に、ひとりなのかな?」
「うん。一緒に見てくれる人なんてリサ以外に居ないからね。……誘おうとも思ったけど、そもそも最近は色々忙しいんだよね?」
「寂しいこと言うね~……。誘ってくれれば来たのにな〜。でも……そっか……一人なんだ……?」
一人で居ることがそんなに気になるのかな?彼女が心配性なのはよく知っているけど、リサみたいに僕は友達が多いわけでもないんだから……。
「実は、私も一人でさ。キミさえよければ、隣にいてもいいかな?」
「うん。むしろ居てくれたら嬉しい」
「うん……!それじゃ……」
リサが見惚れるほどの笑顔を浮かべながら隣のハンカチを敷いた場所に座るのを見て、それに倣うように僕もリサの隣に座る。その距離は、手を伸ばさなくても届くような距離。
そんな状況に驚かないわけがなくて……幾度となく繰り返していることなのに、激しく心臓が鼓動し始め、顔が赤くなるのが自分でもわかる。原因が隣の少女だということも。
ふと、横を見ると涼しい顔で星空を見上げる彼女が見える。こんな反応しているのが自分だけなのだと思うと、なんだか恥ずかしくて、少しだけ腹が立つ。少しくらい反応してくれてもいいと思うんだけどな。
「なんかいいよね。こういうのって」
「こういうのって?」
「二人で肩を並べてさ、星空を見て話すの。……Roseliaではそんな余裕ないからさ。余計にそう感じるんだと思うんだよね~……」
「リサ……」
寂しげに笑うその顔が、僕の言葉を詰まらせる。
僕が……外から見ているだけの……彼女たちに直接関わっているわけでもない僕が、口を出すべきではない。何故ならこれは彼女たちの問題で、僕の問題ではないから。
「それにさ……まるで、恋人……みたいじゃない?」
「っ……」
急にそんなことを頬を染めていうものだから、元より彼女のことで頭がいっぱいになり、乱されていた僕の感情は、行き場のないものへとなっていく。なんとか落ち着くために、月を見上げる。……綺麗だなぁ。本当に。
「そう……だね……」
なんとか絞り出せたのは、なんの面白みもない同意だけ。……そもそも、彼女はモテるのではないだろうか?彼女に異性として魅力を感じない男子なんて居ないだろうに。恋人みたい、なんて言わずとも居ると思うんだけど。
「……リサには、さ」
「ん?」
「か、彼氏とか居ないの?」
顔良し、性格良し、初心で……おまけに家庭的ときたものだ。誰も……放っておくわけないじゃないか。
籠に閉じ込められた小鳥が窓の外の青い空に見惚れ、
さようなら。僕の初恋。外面を偽るのだけは得意なんだから、こんな気持ちは隠すことくらい、わけないはずだ……。あとは、
腹を括ったっていうのに、いつの間にか伏せていた顔を上げることが出来ない。強張った表情から元の柔らかい表情にすることが出来ない。どこまでも女々しい自分自身に嫌気が差す。
こんな思いをしているのは誰のせい?リサのせいじゃない。他でもない、告白しなかった僕自身だ。だから、これは当然の報い。だから……
「やだな、そんなのいないよ~」
「え!?」
リサが発したそのひとことには、心底驚いた。え……?居ない?リサに、彼氏が……?
「ならこの前一緒に歩いてた人って……?」
「え?……あっ、それCiRCLEのスタッフさんだよ!」
「あ、よく行ってるライブハウスの……」
「しかもあの人、ああ見えて中身はけっこう女の子でね~……。そもそも、普通に女の子なんだけど。女友達同士になっちゃうんだよね……」
「……あのルックスで?」
「そう。あのルックスで」
「えぇ……」
遠い目ではあるけど、ルックスが良かった。つまり……僕は女の子に嫉妬してたってこと……?それに、リサには彼氏なんて居なくて……。それって……僕の勘違いってことか……
あまりに馬鹿馬鹿しい結末に、思わず空を仰ぐ。空が青いな……。
結局のところ、僕の早とちりだったわけか……。それに気が付くと同時に、あまりの羞恥に伏目になるのをなんとか堪える。穴があったら入りたい。僕の胸中がそんなことになっているとは露知らず、彼女は口を開く。
「……つまり、そういうわけで、現在アタシはドフリーです。好きな人はいますけど、全然気づいてもらえません」
「……?」
「せっかくその相手と二人っきりになれたっていうのに、なんと相手はライブハウスのスタッフさんを彼氏だと思い込んでいたんだよね」
「え……どういうこと……?」
わけが分からないと頭を捻っていると、リサの機嫌が目に見えて悪くなっていき……頬を膨らませて睨んでくる。
なんとも可愛らしい主張の仕方に、顔がほころぶのをなんとか抑える。
「ニブチン」
「えぇ……?」
ニブチン……?たしか人からの恋愛感情なんかに疎い人のことを指すんだったかな。でも、それが今の状況となんの関係が……?
「え……それって……」
自分の中ですべてが繋がり、顔に恥じらいの色が溢れるのが鏡で自分の顔を見ずともわかる。え……なんで……。そんな疑問が頭を駆け巡る。思考も整理出来ないまま、リサは言葉を続ける。
「そうだよ。きみが好きなんだよ!」
注視しなくてもわかるほど頬を赤く染め、僕をまっすぐ見てくる。いくら体調の悪いときだって、彼女がここまで顔を赤くしたところはみたことがない。
まるで林檎のような鮮やかな赤に頬が染まってるだとか、普段なら冗談めかして言うけど、今ばかりはそんなことは言えないほど目の前のことで頭がパンクしていた。
リサが……僕のことを……?な……なんで……。たしかに、僕たちはいつも一緒だった。僕が彼女に惚れたように、彼女が僕に好意を寄せてくれていてもなにも不思議はない。理屈では分かっているけど……。
「これまでけっこうアピールしてたつもりだったんだけどなぁ……まさかスタッフさんのことを彼氏と思われてたなんてこれはさすがのアタシも見抜けなかったよ~」
「……ごめん」
目の前の出来事が受け入れられないまま口から発せられるのは、相手の想いに気が付かなかったことに対する謝罪。そこまでアプローチしてくれてたなんて気が付かなかった。そもそも……僕に好意を寄せてくれているだなんて、思いもしなかった。
リサは友達が多い。友人も、後輩も、バンドの人たちだっている。それは年々数が増え続けていったし、これからもそうで、きっと……僕の好意なんて届かないと、そう思い込んでいたから。自己解決して、逃げようとしていたから。彼女のことを見ようとも……彼女の想いに気付こうともしなかった。僕は……自分勝手だ。
「そ……それで、さ……答え……聞かせてくれないかな、なんて……さっきからずっとドキドキしっぱなしなんだから……」
さっきよりもずっと、赤を通り越して紅に頬を染めて……彼女の言葉が
「そういえばさ。言ってなかったけど……僕にはずっと、好きな人が居るんだ」
思わず、そう言っていた。……なにを言っているんだ僕は。今の言い方がどんな受け取り方をされるなんて……驚いたように見開かれた瞳を見なくとも、分かるだろう。自分でしたことにも関わらず、自責の念にかられる。
「あはは……そ、そうなんだ……あ、あはは……」
綺麗に咲いていたはずの赤い花は枯れて、かわりに苦笑という見るに堪えない黒い花が咲く。……違う。僕がしたいのはこんなことじゃない。せっかく、彼女も想いを伝えてくれたんだ。ここで自分の気持ちにすら嘘を吐いて、彼女を欺くなんて……そんなの、嘘だ。
「あ……えっと……その……」
「それでさ、その相手の人の名前はね……」
「言わないで……!」
今にも泣きそうな顔で彼女は僕の手を掴む。普段見ることがない彼女の弱々しい姿に心臓を直接掴まれたような衝撃を受けるけど……そんな彼女を無視する。ここで止めてしまえば僕は彼女の想いに答えられない。
たとえ、これが自分勝手なのだとしても。僕は、伝えなければならないんだ。
「その人の名前さ、今井リサっていうんだよね」
「……っ!そ……そうなんだ……今井リサさんっていうんだ……あの人と……お幸せにね……っ」
その涙を流しながら微笑む姿が酷く歪で……心がズキリと痛む。まるで鈍器かなにかで叩かれたような鈍痛に、思わず顔をしかめる。
「……え?」
でも……その涙は次第に止まり、かわりに目が赤くなるほど涙を流していた瞳は大きく見開かれ、頬は見て取れるほど赤く染まっていた。
その様子に、安堵のため息を吐く。
「え、あの……ひょっとして、今井リサって……アタシ?」
「うん。……僕は、リサのことが好きだ」
数年越しに言えた本当の想い。ずっと、心の片隅に追いやろうとしていた、リサへの気持ち……。結局、自分の気持ちに嘘なんてつけないんだ。それを分かった今なら、今だからこそ自分の想いを伝えられる。
薄っぺらくて、ありふれた言葉なのは自覚してる。でも……余計な言葉なんて、必要ないから。ありふれていたとしても……この言葉に嘘なんてないから。
「ひ……酷いよ……フラれたかと思ったんだからね……!」
「……ごめん」
「絶対に許さないから……!でも……もし、もし許して欲しいんだったら……もう一度、アタシのこと、好きだって……言ってみてよ。そしたら、許してあげる」
……なんともかわいらしい許し方だ。……でも、それでリサが納得するなら……いや、違うね。そんなこと、求められなくても何度だって、何十回だって言うよ。この気持ちに……今感じているこの気持ちに嘘偽りなんてないんだから。
「僕は……リサが好きだ。初心なとこも、その世話好きなとこも、その優しい笑顔も……」
「うん、アタシも好きだよ。ずっと……ずっとキミと、こういう関係になりたかったんだ……♪」
なるほど。時折周りからの視線が暖かいものに感じたのは、こういうことだったんだね。……結局のところ、相手の気持ちを知るのを怖がって自分の気持ちを表せず……相手の気持ちすら汲み取ることが出来なかった。結局、鈍いのはお互い様だったんだね。
「ねぇ……そろそろ寒くなってきたからさ……」
寒さのせいか、耳まで真っ赤にしてこっちを見てくる。……ここまで彼女の気持ちに気づかなかった僕もなにをしてほしいのか分からないほど鈍感じゃない。
「キミに……抱きしめてほしいなぁ……なんて……」
言い終わる前に……無意識に彼女を抱きしめていた。ふわりと太陽のような落ち着く香りが鼻孔をくすぐる。僕とは違う……力を入れてしまえば折れてしまいそうなしなやかな体を折らないように、優しく抱きとめる。
「……暖かいね」
「うん……。ねぇ、このまま離さないで……?」
「……そんなことを言うと絶対に離さないよ?」
「うん……アタシも絶対離さないから……キミも離さないでね……」
「分かってるよ」
一度、抱きしめるのをやめて、リサを見据える。彼女もなにをされるか分かっているのか、両目を堅く、堅く閉じた。
「あっ……」
そのまま……まだ誰も触れたことがないだろう花に触れた。
小説や漫画なんかでは、恋に落ちる。なんてよく言うけれど……今なら、その気持ちが分かるかもしれない。恋をするって……まるで自分が水の底に沈んでいくような感覚なんだ。
彼女と交わした初めてのキスは……青春の、甘酸っぱい味がした。
ふと触れたリサの体温が、とても暖かった。