君の声が聞きたくて   作:鳥籠のカナリア

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平穏で、平和な日常。でも……


陽だまりが起こしにきた

「……」

 

 重く感じる瞼を少し開いて、辺りを見回す。ベットに入る前の記憶がない。

 

 自分の熱を吸収した毛布から伝わってくる暖かさに心地よさを感じながら、まだ寝惚けてハッキリしない頭をどうにか動かして寝る前のことを思い出す。思い浮かぶのは、疲れて最低限のことを済ませて……吸い込まれるようにベットに入った記憶。

 

 思い出せる限り、昨日は心地良い微睡みに身を任せて何を考えずに寝てしまったみたいだ。

 

 ────起きようか。……そう思ったけど、よく考えれば今日は日曜日。つまり、休日だった。大学の講義は今日は休み。そして、学費を賄うためのバイトも休み。課題もしっかり終わらせている。その上、昨日の疲れが寝ても抜けなかったみたいで、倦怠感が一夜経った今でも体に残ったまま。

 

 つまり、この寝起き特有の心地よい眠気に誘われて寝てしまっても誰も僕を咎めないということ。なら、やることはひとつ。

 

「……寝よう」

 

 誰に言うわけでもなく、そう口にする。言霊とはよくいったもので、その言葉のとおり、僕の意識は先ほどまでいた場所まで……

 

 誘われることは、なかった。小気味のいいチャイムの音が聞こえてきたからだ。眠りに落ちようとしていたところを邪魔されて少し不機嫌になる。

 

 そもそも、こんな早朝に尋ねてくるのは失礼だと思う。相手がもし、休日に長く寝ていたい人だったらどうするのだろうか。……早朝と言っても7時半なんだけどさ。

 

 事実、僕は寝ていたい。大事な用があったとしても、あとでまた来るだろうと寝る体勢に入る。

 

「いるんでしょ?入るよ~?」

 

 鍵を開ける金属音が響いて、扉を開く音がする。……僕の家の鍵を僕以外に開けられる人物なんて一人しかいない。

 

「ほら、カーテン開けるよ~?」

 

 カーテンを開く独特の音と同時に外の光が彼女の背中越しに見える。寝起きの光に慣れてない目には少しキツいものがあるよ……。

 

「おはよう。目は覚めた?」

「おはよう……リサ……」

「まだ眠そうだね……」

 

 さっきに比べたら少しだけ目は覚めるけど……このままだと目の前に彼女がせっかく起こしに来てくれたっていうのに寝てしまいそうだ……。それは申し訳ないことは分かっているけれど、人間の三大欲求のひとつの睡眠欲には寝起きの状態では特に抗い難いわけで……そのまま僕の意識は微睡みに導かれて……。

 

「おやすみ……」

「ちょ……せっかく朝ごはん作ってあげようと思ってきたのに……」

「……え、ほんと?」

「起きるのはや……」

 

 眠気が一気に覚める。え、いやだってさ……リサの手料理でしょ?そりゃあ起きるよ。美味しいからね。なにより……リサが作ってくれるだけで嬉しいから。……本人には、恥ずかしくてとても言えないけど……。

 

「まあいっか。顔洗ってきて~。朝ごはんの用意、しておくから!」

「うん」

 

 朝食をリサが作ってくれると思うとさっきまであった眠気が吹き飛ぶ。軽くなった体を起こして、洗面所へと向かう。

 

 代り映えしないいつも通りの洗面所。特筆すべき点はなくて、家庭にありがちななんの面白みもない洗面所。目を覚ますために冷たい水で顔を洗ってから、水たちをタオルで拭き取る。……やっぱり顔を洗わないと起きたって感じしないな。

 

 ……考え事をしてる場合じゃなかったね。リサが料理を作ってくれるとはいえ、任せっきりにするわけにはいかないし、なにか手伝わなきゃいけない。そう結論付けて、リビングに戻る。

 

「もう用意出来てるよ」

「早すぎない……?」

 

 少し考え事をしていたとはいえ、洗面所に3分も居なかったと思うんだけどな……。テーブルの上を見てみると、たしかに朝食が並んでいた。いや、時間にも驚くけれど、本当に驚くのはその量。これ旅館とかで出てくるくらいの量があるように見えるんだけど……?

 

 それに、普段ほとんど料理をしない素人の僕でも、どれも丁寧に作られてるのが分かる。こんな短時間でいったいどうやって……

 

「実はこれさ、全部昨日用意してたんだ~♪」

「えっ!?」

 

 つまり、昨日わざわざ時間をかけて作ってきてくれたということ。たしか昨日は土曜日ではあったけど、彼女は普通に学校もあったはず。その上、たしかバンドもしていたはずだから、時間も限られるはずなのに……。その貴重な時間を、僕のために使ってくれた。……そう思うだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

「タッパーに入れて持ってきたんだ~♪だから、あとは全部お皿に移し替えただけだよ」

 

 わざわざタッパーから出したのか……。別にタッパーのままでもよかったのに。リサは本当にそういうところはよく拘るよね。

 

「それじゃ、食べよっか?」

「うん。いただきます」

 

 

「ごちそうさまでした。美味しかったよ」

「はい、お粗末様でした~♪美味しかったのなら、よかったよ~!」

 

 それにしても……これ本当にタッパーに入れて持ってきたのかな?リサのことを疑ってるわけじゃないけど、出来たてみたいな味なんだ。多少なりとも置いておけば味は劣化してしまうものだと思うんだけど……それもない。なにか技があるのかな?

 

「それにしてもさ、これだけ美味しい料理作れるんだったらいいお嫁さんになれるね」

「えっ!?あ……えっと……あはは……不意打ちだよ、急にそういうこと言うのさ……」

 

 まるで熟れた苺みたいに顔を真っ赤に染めてくれる。不意打ちもなにも事実を言っただけなんだけどな。

 

「でも、その場合、相手はあなただからね?」

「っ……」

 

 自分で不意打ちはずるい、なんて言ってたのに、どうしてそういうかな。リサも人のことなんて言えないじゃないか……。僕も顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 

 

「今日はどこに行くの?」

 

 車の鍵を開けながら、彼女に問う。今日の予定をまだ聞いてなかったのをすっかり忘れてた。目的地が分からないんじゃ、ただのドライブになってしまう。僕自身、ドライブは嫌いではないけど、それをわざわざ彼女に押し付ける必要もない。

 

 もしかしたら、彼女には彼女なりのプランがあるのかもしれない。一応聞いてみないことにはなにも始まらない。……こういうのは、男が決めるものという意見もあるだろうけど、僕は基本的にアウトドア派じゃなくてインドア派なんだ。外に出るより家で読書をしていたい人間なんだ。

 

 だからと言って自分で決めなくていいわけでは決してないけど。

 

 それでも外に出るのは……リサと居られるから。理由は結局、それだけなんだ。

 

「んーそうだなぁ……。ちょっと買い物に付き合ってもらってもいい?」

「わかった。じゃあ行きますか」

「うん!今日も一日よろしくね!」

「もちろん」

 

 朝日に照らされる彼女の姿が、とても眩しいものに見えた……。

 

 

「近所にこんな大きいショッピングモールがあったんだね……」

「そうだった……。あなたって外に出る習慣がないんだったね……」

 

 彼女に案内されること数十分。着いた場所は、大型のショッピングモールだった。ショッピングモールが近くにあったのは知っていたけど、ここまで大きいとは思っていなかった。

 

 自慢ではないけど、僕はオシャレとかには無頓着で、服も適当に済ませるから、こんな場所に来ることなんて滅多にない。

 

 そもそも、外出自体大学とバイト以外、滅多にしないし。

 

「とりあえず車降りよっか~♪ずっとここに居ても仕方ないし」

「それもそうだね」

 

 彼女に言われて、車から出る。30分ばかり座ったままだからか、少し体が痛く感じた。……普段運動しないからかな。

 

「おじいちゃんっぽいよ?」

「リサ……一応僕も社会人とはいえ20代だよ?なのにおじいちゃんっぽいって、それはちょっと酷くないかな……」

「あははっ!ごめんごめん!つい……ね?」

「つい……じゃないよまったく……」

 

 彼女のからかい癖には振り回されてばかりだ。普段は世話好きの彼女だけど、ここぞとばかりに僕のことを弄ってくるときがある。……それもきっと、心を許してくれているから。だからかな、僕が呆れながらもどこか心地よく感じてるのは。

 

 常々思うけど、もしかして僕って結構単純なのかな。……それでもいいか。

 

「そういえば、なにを買いに来たの?」

 

 駐車場を歩きながら、この日一番の疑問を投げる。正直、僕を連れてきてもあまり意味のないショッピングモール。……なにを考えているのか、皆目見当もつかない。

 

「あれ?言ってなかったっけ?アタシの服選びに付き合ってもらおうかなって」

「服選び……?なんでまたファッションセンス皆無の僕を?」

 

 自慢ではないけど、先述の通り僕はファッションは適当に済ませる。理由は……言ってしまえば、自分のセンスに自信なんて一切ないから。だから適当と言って誤魔化してしまう。

 

 そんな僕に対して、彼女のファッションセンスは抜群だ。なんでも、同級生からのファッションに関する質問も受けるらしい。

 

 彼女が僕を連れてくる理由が分からない。

 

「分かってないな~。アタシはあなたと居れればそれでいいの。つまり……服選びなんてただの付属品みたいなものってこと!」

「……」

 

 そんな恥ずかしいことを、恥ずかし気もなく、胸を張って言うものだから、さっきまで普通だった僕の体温は、自分でも分かるほどみるみる上昇していく。

 

「顔が赤くなってるね~?なんでかな~?」

「……別に赤くなんてなってないよ。さ、行こう?」

「あっ、逃げた……」

 

 聞こえないふりをして……彼女と指を絡めて、優しく手を握る。いわゆる、恋人繋ぎ。

 

「……っ」

「……リサ、どうしたの?」

 

 きっと、今の僕は、いたずらが成功した子供みたいないい笑顔をしてると思う。なぜなら……彼女の顔は、綺麗な桜が咲いているから。それがなによりの証拠。

 

 見られることが恥ずかしくなったのか、僕から顔を逸らす。

 

「……なんでもない!よーし!きっと君はいい服選んでくれるんだろうなー?」

「うぐっ……そ、その反撃は反則じゃないかな?」

「なんのことかな?ほら、行こ!」

 

 そう言って彼女は歩き出す。……僕と手を繋いだまま。

 

 

 さきほどの雰囲気を引きずることはなく、リサの服選びに付き合っていた。……とはいっても、僕は見ているだけだけど。

 

「ねえ?これどう思う?」

「ん?」

 

 そう言ってリサが見せてきたのは一つのパーカーだった。灰色に見えるのは間違いないけど……なんというか、色の配色が僕としてはあまり好みではないかな。

 

「なんか……白と黒が上手く混ざってないみたいな色だね。灰色っていうには違和感があるけど、単色かって言われると微妙かな」

「あー……そっか」

「……色の感じ方なんて人それぞれなんだから、リサが良いと思ったらいいんじゃないかな?」

「えー?なんか適当じゃない?」

「そうは言ってもね……」

 

 人の服を選ぶなんて僕には出来ないって、リサには何度も言ってるじゃないか……。

 

「んー……じゃあさっきみたいに聞くから純粋に思ったことを言ってみて?」

「それだけでいいなら……」

「やった!よーし!いっくぞー!」

「気合入ってるなぁ……」

 

 そんな彼女に苦笑しつつも、まんざらでもない自分に苦笑するしかなかった。

 

 

「あーあー……結局いい服なかったか~……」

「そういうこともあるよ。そんなに気を落とさないでもいいんじゃないかな」

 

 結局、リサと僕の意見が噛み合う服はなかった。……やっぱり僕は付いてこなかった方が良かったんじゃないかな。

 

 だって、リサがいいと思っても僕が否定してしまったわけだし。

 

「どうせあなたのことだから自分はついて来なければ良かった~なんて思ってるのかもしれないけどさ、アタシは楽しんでるんだよ?言ったでしょ?私はあなたと居られればそれでいい……って」

「……うん、そうだったね。」

 

 そう言ってくれる彼女に苦笑を返す。ネガティブなのは決して悪いこととは言い切れないけど、場合によっては相手に失礼になることを忘れてはいけないということを、改めて学んだ。

 

「んー……ここに居ても仕方ないか〜。そろそろ帰ろっか。」

「そうだね。なら行こうか」

 

 少しの間この場所に居たからか、ふと周りを見渡す。……ふと、ひとつの服が目につく。

 

「……リサ」

「ん?なに?」

「先に車行っててもらえる?運転長くなると思うから一度お手洗いに行ってきたいんだよね」

「ん、わかった〜☆じゃあ先に行ってるからね〜?」

「うん。またあとで」

 

 遠ざかるリサの背中を見送って、僕はさっきとは違う服屋に行く。好みに合うといいんだけど……。

 

 

「ただいま」

「おかえり〜……って、アタシが言うのもおかしいけどね」

「そうかな?僕はそうは思わないんだけど」

「え、なんで?」

「だって、結婚してくれるんでしょ?」

「あ……あはは……そ、そんなこと言ったかな〜?」

 

 耳まで真っ赤にしてリサは僕から目を逸らす。恥ずかしいなら言わなければ良かったのに……と出かかった言葉を飲み込む。そんなことを言えば、今度は僕がからかわれるのは分かりきってるし、この手の言葉遊びで僕が彼女に勝てるとは到底思えないからね。

 

「そうだ。リサ、プレゼント」

「……プレゼント?え、なんかあったっけ?」

 

 渡したのは綺麗にラッピングされた少し大きめの袋。外から中をうかがうことは出来ないから、なかに何が入っているのかわからない。

 

「特段なにかあるわけではないけど……普段の感謝かな」

「ふーん……?開けてみてもいい?」

「もちろん」

 

 僕からの了承を得たからか、ラッピングを解いていくリサ。そして、中にあるものに目を丸くする。

 

「これって……」

「さっき見つけたんだ。似合うかなって思って」

 

 中に入っていたのは、ファースリーブと、スカートだった。このふたつを選んだ理由は、色合いが好きだというのもあるけど……リサに似合うと思ったから。

 

「……ありがとう!ねえ、早速着てみてもいい?」

「じゃあ僕は部屋を出ておくね」

 

 

「もう入って大丈夫だよ〜♪」

 

 着替え終わったようで、彼女から声がかかる。別室から、リサが着替えていた部屋に戻り……思わず、目を見開いた。

 

「ど……どうかな……?」

 

 視点が固定される。目を閉じられなくなる。……目が離せない。似合うと思って、買ってきたのは自分なのは分かってる。でも……あまりに似合いすぎてる。白とクリーム色を基調とした温かみのある色合いのファースリーブにチェックのスカートという組み合わせが、リサのイメージと外見に合致して、言葉を失う。

 

「あ……えっと……に、似合ってるよ」

 

 なんとか形に出来たのは、そんな陳腐な言葉。なんの面白みのない言葉だった。それでも、彼女は優しく……

 

「ありがとう!大切にするね!」

 

 そう返してくれる彼女の笑顔は……とても眩しかった。

 




僕の心は、平穏なんかじゃない。
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