君の声が聞きたくて   作:鳥籠のカナリア

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クリスマスの魔法なんてなかった。


クリスマスの魔法

 夜空を照らす大きな光が見えた。人為的に創られた、人間にだけ都合のいい光が。

 

 街の中央には街に繰り出す若者たちを鬱陶しいほど照らすクリスマス・ツリー。街並みを白く、鮮やかに彩る雪。街をゆく笑顔の雨を降らせるカップルたち。

 

 初めて見れば注目の的だろうそれらは、見慣れてしまった人々にとってはなんの面白みもないただのオブジェクトにすぎない。あったところで「ああ。()()か」程度にしか思わない人間がほとんどだと思う。関心を持ったとしても、ごく少数であるのは明白だ。

 

 そもそも、ツリーを見に行こうと誘えば、「ロマンチストだね~」なんて言われるのが関の山。

 

 人に見向きもされず、存在しても意味もないというのにそれは毎年、決まった時期、決まった場所に()()()()()()存在していた。

 

 まるでそこにあるのが自然で、それがこれから先も不変なのだと、他でもなく、クリスマス・ツリーに見向きもしない人々が肯定していたんだ。

 

 変わらないものなんて……そんなもの、あるわけないのに。

 

 

 視界に広がる寒空。ちらつく雪。悴む指先。みんな、冬の風物詩として好まれるようなもので、決して体の強くないあの人の天敵でもあるけど……それでも、アタシは冬が好き。街に綺麗な白い雪が一面に広がって、雪化粧していくのも、寒くて羽織るコートの温かさも、目の前を歩いていくカップルが手を繋いで幸せそうに談笑しているのも。そんなことも含めて……。

 

 そんな姿を見てたらこっちまで嬉しくなってくるな~。そう思いながら悴む手を少しでも暖めるために息を吐いても、すぐにあたたかさは消えちゃった。息で手を暖めるのを諦めて、ポケットに手をしまう。危ないからあんまりやりたくないけど、この寒さを防ぐことの方がアタシには大事だから。手袋、してくるべきだったな~……。

 

 今日はクリスマス。恋人たちがデートする日。でも、アタシの隣には街ゆくあの人たちのようにパートナーは……アタシを照らしてくれる存在(ヒト)はいない。その事実が胸を締め付ける。

 

「あ~あ……フラれちゃったか~……」

 

 いつもみたいに、気楽な声を出してみるけど……あのカップルたちが羨ましい。そう思わずにはいられなくて……どうしようもなく、あの人を恨んだ。なんで、あなたはアタシと一緒に居てくれないの?

 

 楽しそうに話して笑顔を浮かべているあの人たちみたいに、恥ずかしがりながら手を繋いだりするあの人たちみたいに、夜の街並みに目を煌めかせるあの人たちみたいに……なんで、一緒に笑ってくれないの?なんで、隣に居てくれないのさ……。

 

 ……こんなの八つ当たりだって、理不尽だって、分かってる。でも、そうせずにはいられないんだよ。だってアタシ、すっごく楽しみにしてたんだよ?

 

 なにをしてもどうにも出来ないから。その悲しさを紛らわすためにあなたがくれたファースリーブとスカートを着てきたのにこんなに苦しいなんて……意味ないじゃん。

 

 たしかにアタシたちはいつも一緒にいるよ?でもね、クリスマスは……アタシには特別だから。あなたと居る時間が、なによりも大事だから。

 

「あーあー、ダメだなぁ。アタシ……」

 

 本当は、独りでクリスマスを過ごすわけじゃなかった。じゃなきゃ、予定なんてわざわざ開けたりしないよ……。

 

 彼も好きで予定を入れたわけじゃない。その彼しか出来ない仕事があるから元々休みだったのに、どうしても出ないといけなくなった。彼がそんな実力を持っているのに、彼女として……幼なじみとして、喜ばないといけないのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。

 

 ……違う。本当は、分かってる。アタシは、彼がアタシ以外の他の人と居るのが嫌なんだ。それがたとえ、仕事上の関係でも……。

 

「アタシって、こんなに独占欲強かったっけ?」

 

 普段と真逆のしおらしい自分を茶化すように、そう独り呟く。そうしないと、今よりもっと寂しいから。 

 

 彼を送るとき、アタシは上手く笑えてたかな。本心、出てなかったかな……?

 

 ────彼と恋人になってから数年。高校生だったアタシは、いつの間にか大学生になってた。その間に……色々あった。キスだってしたし、同棲までしてる。いろんな意味で未熟だったアタシが、彼のおかげもあって、少しは成長出来たと思う。

 

 でも……この気持ちをアタシから伝えることは出来ない。アタシは……臆病だから。自分自身の本音を隠しちゃう、そんな人間だから。告白の時は……その場の勢いもあってなんとか出来た。でも……今は、行かないでって自分の気持ちも言えないアタシにはきっと……。

 

「帰って寝よっかな……」

 

 独りで居ても、あなたが隣に居ないと……独りだって思って虚しいだけだから……。

 

 

 クリスマス。イエス・キリストの生誕を祝う特別な日。なんでも、正教会の中でもユリウス暦と呼ばれる暦を使用する教会は1月7日に行うらしいね。……もっとも、クリスマスは先述の通り海外の文化で、日本の文化ではないんだけど。日本ではカップルが街中に消えていくのをよく見かけるね。異国の文化を吸収して改変する日本人らしさが形になっているね。

 

 そもそも、どうして虚ろな目で現実逃避をしているのか。それは……

 

「……終わらないなぁ」

 

 パソコンに向かってため息ひとつ。画面に映るのは、本来僕がやる予定ではなかったプレゼンテーション資料や、会社のデータベース。……つまり、本来は休みを取っていたクリスマスにも関わらず駆り出されて、仕事をさせられているわけだね。 

 

 いや、僕だって先述の通り、好きでやっているわけじゃないんだ。普段ならこんなことはないし、出来ることなら、元々仕事が入っていた人間に任せたかったというのが本音なんだ。

 

 だけど、元々今日仕事があったはずの人間が、風邪を引いてしまったようで僕が代わりに呼び出されることになってしまった。今日休んだ人は、仕事に誠実でズル休みをする人じゃない。もちろん、僕がその人のことを十分に理解できていない可能性は無きにしもあらずだけど、それは置いておこう。ともかく、体調は会社に来れないだけあって良くないらしいから、今頃はベッドの中かな。

 

「ん?お前か。今日は休みじゃなかったのか?」

 

 考え事に集中していると、不意に背後から声がかけられた。声の主はわざわざ確認しなくても誰か分かってるけど、相手の立場上しっかりと顔を見て話さないといけないから振り返る。

 

「お疲れ様です。……ってあれ?聞いてないんですか?なんでも風邪引いちゃったとかいう話で、今日は休みをとってた僕に声がかかったんです」

「おう。お疲れさん。少なくとも俺は初耳だ。そうだったのか……」

 

 快活な雰囲気で苦笑交じりに返してくれるこの人は、僕の上司。仕事のことはもちろん、個人的な悩み事の相談にものってくれるある種お父さんのような人でね、僕もよくお世話になっているんだ。……もちろん、リサとのことも話してある。そのせいでよくからかわれるけどね。

 

「ところでお前さん……リサちゃんはどうしたんだ?」

「……」

 

 言ったそばから聞かれたくないことを聞いてきて、まるで喉元に刃物でも突き付けられてる気分になる。……そんな物騒なことでもないけど、今一番聞かれたくなかったことには違いなかった。そこから先は聞かれたくなくて、視線をデスクのパソコンに戻すけど、なにも言わなかったのが肯定と捉えられてしまって、逆効果だったみたいだ。その証拠に、上司の口から呆れたようにため息を吐かれた。

 

「なら、今頃リサちゃんは家ってわけか?」

「そうなりますね」

「お前なぁ……」

 

 呆れるようにまたため息を吐く上司を尻目に、億劫に思いながらも仕事に戻る。この量じゃ、いくら早く終わらせても今日中には帰れなさそうかなぁ……。表情や態度には出さないように、あくまで仕方がないと割り切ったように見せる。

 

「お前、それでいいのか?お前はもちろん、リサちゃんだって楽しみにしてたんだろう?」

「仕方がないですよ。誰かが休めば誰かが代わりをしないといけない。そうやって世の中は回ってるんです。リサには申し訳ないですけど、それが()()()()僕だった。……それだけの話なんです」

 

 そう。たったそれだけの話。どれだけ小さな仕事でも、やらなければ必ずどこかで穴が開く。まるで雨漏りでもしているかのように。小さいけど、確実に弊害が生まれる。それがひとつだけだったらまだ良かったんだ。でも、その穴は何ヵ所も開いていて、夜が明ける頃には足元にはもう水たまりが出来てしまいそうだ。

 

 当然、その水たまりを踏めば、たとえ少しでも濡れてしまう。それと一緒。だから、僕がやるしかない。自分にそう言い聞かせて自分の仕事を続けようとすると……重く、鈍い音を立ててなにかが置かれる。……僕の仕事用バッグだ。

 

「……お前さん、今日は帰れ」

 

 突然、そんなことを言ってきた。その気持ちはありがたいけど、自分のではないとはいえ、やってる仕事が終わってないのに、帰るわけにはいかない。だから、それに断わりを入れようとした……。

 

「え……いや……仕事終わってないですし……」

「若いやつが遠慮なんてするもんじゃねぇよ」

「え……でも……僕が帰ったら誰が……」

「あーめんどくせぇなぁ!そんな辛そうな顔しながら仕事されると邪魔なんだよ!なぁお前ら!?」

 

 部署の中の人間に聞こえるような大きな声で、そんなことを言ってくれる。そして、ここの人たちは……ノリが良くて、優しくて……頼りになる。

 

「作業効率が落ちるのですよ」

「さっさと行け。邪魔でしょうがない」

「ということだ、仕事は俺たちで終わらせておく!ちゃんと楽しんで来いよ!」

「ありがとう……ございます……お先に失礼します!」

 

 ひとこと、そう言ってデスクの上に置いてくれたバッグを掴んで走りながらスマートフォンを手早く開いてリサへメッセージを送る。内容は簡潔に……

 

『22時に駅前のクリスマスツリーの前に来てほしい』

 

* 

 

「……行ったな」

「部長ちょっと回りくどすぎるんじゃないですか?最後面倒くさがって素に戻ってたじゃないですか」

「ほっとけ」

 

 部下にそんなことを言われちまうし、ほんと今日はついてねぇな。

 

「よし……今日は飲むぞお前らァ!」

「お供します!」

「アイツめちゃくちゃ可愛い彼女とさっさと結婚すればいいんですがね……」

 

 まぁ、それでもいいか。部下が……自分の子供みたいなやつがあんな浮かない顔してたんじゃ仕事が出来たもんじゃねぇし、だったら俺が引き受けた方がいいもんな。幸せになれよ、坊主。

 

 

「駅前に来るのなんていつぶりかな……」

 

 思わずそう呟いた。近くにあるというのに、子供の頃は遠出となれば親の車か電車か新幹線だったのに……。今となってはドライブも兼ねて自分の車を出すのもあってここには来なくなっていた。遠出を嫌ってた僕がそんなことを言うのもおかしな話だなと苦笑する。

 

「寒っ……」

 

 しんしんと降ってくる雪に寒さを覚えて悴む手をトレンチコートのポケットに突っ込む。なにをするわけでもなく、ホッとひと息。白い息は都会の排気ガス混じる空気中に霧散していった。コートを着ていても寒いってことは、だいたい氷点下付近かな。

 

「今日は一段と冷えるね……」

 

 周囲を見渡しながら歩く。手を繋いで幸せを噛みしめるようにはにかむカップル。大衆の面前だというのに見せつけるように甘い口づけを交わすカップル。子犬同士がそうするように、じゃれ合うカップル。三種三様の光景に、僕たちはどれに分類されるのかとふと疑問に思った。

 

 少なくとも、僕たちは公衆の面前で見せつけるように行動をするタイプではなかった。いくら頭を捻ってもいい答えが見つからない。そもそも、答えを出す必要があるのかという話ではあるけど。

 

「……」

 

 考え込んでいれば、いつの間にか周囲が一際明るくなっていることに気が付いた。自然と下がっていた視線を上げて……それに気が付く。高くそびえ立つ樹齢50はくだらない木に飾り付けられた青と白のLEDライト。

 

「クリスマスツリー……懐かしいなぁ……そういえば、ここにあったっけ」

 

 眩しさに慣れるため何度かマバタキしてから真っ直ぐクリスマス・ツリーを見つめる。子供の頃からこの時期になると、いつの間にか立っているクリスマス・ツリー。いつからあるのか分からないし、何の目的で設置されているのかも分からない。

 

 イルミネーションにしては少しばかり大きすぎるこのツリーは、これから先もあるのかな。子供の頃から変わらず。

 

「ツリーは変わらないとしても……」

 

 僕たちが()()()()()なんてことは()()。少なくとも、僕たち人間は不変じゃない。僕たち自身が変わろうとしなくても……人はみな、一様に変わってゆく。仮に僕たち自身が変わることがなかったとしても……周囲の環境が、変わっていく。人間関係、経済の動き、社会……。数えていけば、変わるものはキリがない。むしろ、変わらないものを探す方がずっと苦労するんだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自然現象で、他に意味はない。ただ事象として流れていく時のように。人では変えられない。そういうものだと、決まっているんだ。

 

 変化が避けられないものだとしたら……僕は、自分自身で道を切り拓く。自分自身で閉ざしていたドアを開く鍵は、もう僕のポケットと、胸の内に入ってる。

 

 時刻を腕時計で確認する。今は……21時。少しばかり早く着きすぎてしまったけど、遅れなかっただけよしとしよう。……待つのは嫌いじゃない。

 

「ちゃんと来てくれるかな……」

 

 僕の弱音は、さっき何気なしに吐いた息のように、雪が降る夜空へと吸い込まれていった。

 

 

「来ないなぁ……」

 

 時刻は既に22時。……ここに来てからすでに1時間が経っていた。何人かカップルが合流していく様を見ているけど、リサは見当たらないまま。もしかしたら、リサは来ないのかもしれない。そんな予感が頭をよぎる。

 

 ……でも、僕がそれを責めることは出来ない。今日、僕は仕事を理由に彼女を裏切ってしまった。なら、これは当然の報いなのかもしれない。

 

「綺麗だなぁ……」

 

 眼前にあるツリーはこんなに綺麗に輝いて、辺りを照らしているのに……僕は君のことを輝かせることが出来ないのかな。そう思うと、胸が痛くなる。

 

「……さすがに23時になったら、帰ろうかな」

 

 僕は、こんなに惨めなのに……空にある星たちだけは恋人になったあの日みたいに、美しく輝いていて……その姿を()()()のように見つめる。あの時みたいに、星を眺めていれば来てくれるんじゃないかって思って。その幻想に(すが)っていたくて……。

 

 その中でふと見つけた星を繋ぎ合わせて出来上がった星座は……オリオン座だった。

 

 

「ん……ふぁぁ……もう……夜かぁ……」

 

 眠気より倦怠感が勝ってる重い体をなんとか起こして(まぶた)を開いてみると、部屋の中はいつの間にか真っ暗になってた。月明かりの仄かな光と感覚だけでなんとか電気をつける。

 

「えーっと……アタシいつの間に寝てたんだろ……」

 

 若干重く感じる思考を総動員させて寝る前のことを思い出す。……そうだ。彼が仕事に行っちゃって、寂しい気持ちを誤魔化そうとして……失敗して。帰ってきて寝ちゃったんだ。あーあー……アタシらしくないなぁ……。

 

「……あれ?メール……?」

 

 ふとスマートフォンを手に取ってみると、メールを受信していたことに気が付く。んー……大学の課題は出してあるから教授からの催促じゃないだろうし、バンドのことでもないだろうしなぁ……。とりあえず開いてみると、送信主は……アタシの大好きな彼。書かれていた内容は……

 

『22時に駅前のクリスマス・ツリーの前に来てほしい』

 

 仕事に行っていたはずの、彼からデートのお誘いの連絡だった。早めに終われたのかな……?そう思って急いで時計を確認したら……時計の針は……23時15分を指してた。つまり……もう時間はとっくに過ぎてたんだ……その事実にアタシは青ざめる。

 

「……どうしよう」

 

 完全にアタシが寝てたせいだ……。でも、電気がついてないってことは彼はまだ帰ってきてないってこと……。

 

「悩んでる暇なんてないよね……!」

 

 時間がとっくに過ぎた今行っても、もう遅いかもしれないけど……ここで待ってるなんて、なにもなかったように過ごすなんてアタシには出来ない……。だったら、すぐ動こう。迷ってる時間がもったいないもん!そう決めて、急いで靴を履いて、家に鍵をかけて走る。コートを着るのも忘れて……。

 

 

 走る。走る。走る。寒さも忘れて走る。雪で滑りそうになっても、止まらない。すべてはアタシを待ってくれてるあの人のために。……あの人に会いたいっていうアタシ自身の気持ちに嘘をつかないために。家からずっと走り続けたせいで息も絶え絶えだし、空気が冷たいせいでもっと息苦しさを感じる。でもね……そんなこと、気にしてる場合じゃない。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息苦しさに耐え切れなくなって、足を止める。……いったい何分探し続けてるんだろう。見つからない。人通りも減ってくるはずのこの時間なのに。

 

「帰っちゃったかな……」

 

 独り、そう呟く。そのひとことで、アタシの中で諦めの感情が強くなってくる。言葉は、力。昔、彼が言ってた言葉。その意味が、やっと分かった気がする。ネガティブなことしか今のアタシには思い浮かんでこない……。分かるなら、こんな形じゃない方がよかった……!

 

「そりゃ……帰っちゃうよね……当然……だよね……!」

 

 自分自身を責めるように──実際責めて──そんなことを呟く。目尻からあたたかい()()()が流れていくのを感じる。手で目尻に触れてみる。

 

「涙……?」

 

 あたたかいものの正体は、涙だった。あ~あ……本当にダメだなアタシ。もう泣かないって決めてたのに……。自覚した途端、涙が次々と流れてくる。アタシに……幸せ(クリスマス)なんて、なかったのかなぁ。

 

「もう……やめよう……。アタシ()()()が、誰かを想うなんて、迷惑なだけだもんね……」

 

 今までを……アタシは否定した。もう……これでいいんだ。帰ったら、今までのお礼を言って、アタシの家に帰ろう……。

 

「でも、その前に……もう少しだけ、ここに居てもいいかなぁ……?」

 

 自分でも泣いてるって分かるようなアタシらしくない震えた声で、そんな未練がましいことを言わずにはいられない。……、まだ可能性があると信じてたいから……。

 

 

 

 

 

 

「リサ……?」

 

 ああ。本来聞こえない声が聞こえるなんて……アタシもダメだなぁ……。それでも、希望を捨てきれなくて目を開くと……。

 

「……どうして、ここに居るの?」

 

 とっくに帰ったと思ってた……アタシの、大好きなヒトが居た。

 

 

 寒空。コートを着ていても、防ぎきれない寒さに肩を震わせていたら、来てはくれないと思ってた僕の大好きな人を見つけた。驚きが上回って、なんの捻りもない言葉が出る。

 

「……可能性があるって、信じてたかったからかな」

 

 我ながら馬鹿だと思うよ。本当は23時になったら帰ろうとしたのに、諦めきれなくて……ずっとここで待ってた。足が……なにより、僕の心がここから動いてくれなかったんだ。

 

「馬鹿じゃん……」

 

 口ではそんなことを言いながらも、涙を流す彼女。僕もそんな彼女を見て、もらい泣きしそうになっても……なんとかこらえて、苦笑しながら彼女を答えを返す。

 

「そうだね。馬鹿だ。大馬鹿だ」

 

 少し注視すると、彼女は肩を上下させているのが分かった。……急いで来てくれたんだね。この寒さに負けないくらい、心が温かくなるのを感じる。馬鹿とはなにかと反論しようとしても、今はそんな言葉が出てこない。なぜなら……

 

「でも……リサは来てくれた。馬鹿でよかったよ」

 

 彼女は、来てくれたから。……本当に、馬鹿でよかった。そう思えば自然と彼女に微笑みを向けられる。もし、あそこで諦めるような賢さを僕が持ってたら……僕とリサはきっと離れていたんだろうね。なんとなく、そう思うんだ。

 

「リサこそ、なんでこんなとこに居るの?時間は……とっくに過ぎてるよね?」

「あはは……なんでかな~……。もしかしたら、アタシも馬鹿だったのかもしれないな~?あなたと、同じくらいにね♪」

 

 少し赤くなった目をウィンクさせながら、僕と同じようなことを言ってくるリサ。……そうじゃないか。わざと同じようにしてるんだ。僕と、同じ気持ちだって伝えるために。小舞曲(メヌエット)みたいにゆっくり、丁寧に。

 

「はは……じゃあ似た者同士ってわけだね?」

「そう……だね」

 

 見つめ合う僕たちは、手を伸ばせば届く距離。呼吸で僅かに上下するのが分かるほど近いのに、僕の体は()()をしようとしない。違う、今じゃないと……まるで止めてくるみたいに。そんなの分かりきってるのに。僕だって、今決めようとはしてないよ。ただ……そう、これは前振りみたいなもの。

 

「……とりあえず、そんな服装じゃ寒いままでしょ?これでも着てよ」

 

 最初から気が付いてはいたけど、リサは手袋やマフラーはおろか、コートすらも着ていなかったんだ。いくら体力があるからって、こんな寒空の下じゃ風邪をひいてしまうし、なにより見てるこっちが寒くなってしまうからね。だから、僕が羽織ってたコートを彼女に渡す。

 

「え……でも……」

「見てるこっちが風邪ひきそうなんだ。羽織ってくれないかな?」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおっかな~♪」

 

 「ふふ……あなたの匂いがするな~」なんて小声で言うものだから、恥ずかしくて目を伏せる。

 

「そりゃあ僕が着てたからね」

「あはは。そっかそっか~♪」

 

 そんなささやかな反撃をしても、彼女はいつものように受け流すだけ。……本当に、これでいいのかな。僕は、自分で変えようとしてるんだ。未来を。なのに……それなのに、こんな受け身じゃ、ダメだ。僕はもう……決めたんだ。今日で……僕たち二人の()()っていう関係を終わらせるって。覚悟を決めたんだ。なら……やることはひとつだけだよね。

 

「ねぇリサ……」

「ん?なーに?」

「……少し、歩かない?君に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」

「……もっちろん!」

 

 

「ここに来たのなんていつぶりだっけ……」

「え~っと……たしか、2年ぶりくらいじゃないかな?ほら、アタシたちが付き合い始めた頃」

「え、もうそんなに経つの?時の流れって早いな……」

「も~……おじいちゃんみたいだよ?」

「リサ?一応とはいえ、僕はまだ20代だよ。それに、リサも今となっては20代だ。つまりリサも……」

「あー!この話やめよ!」

 

 いつの日かやったやりとりを、今度は僕が主導権を握る形で繰り返す。あの時とは違う。彼女に手を引かれるんじゃなく、僕が彼女の手を引くんだ。そう覚悟を決めて、立ち止まる。それにリサが気が付いて、小首をかしげてこちらを向く。

 

「どうしたの?」

「……リサ。君は僕たちが初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「うん。もちろんだよ」

 

 なぜ。そう聞いてくることもなく、静かに彼女は答えてくれる。その顔には、疑問を見せたまま。……それでいい。なぜならこれは、サプライズ。僕が君に贈る……クリスマスプレゼント。

 

「僕ももちろん覚えてるよ。今とは違って、君は僕のこと怖がってたよね。涙目になって。子供心ながらに傷ついたのをよく覚えてるよ。なんで怖がられるのか、分からなかったからね。……でも、知らない人が、親の知り合いとはいえ目の前にいるんだ。驚くよね」

 

 記憶の粒をひとつひとつ。抱きしめるように思い出す。彼女は……なにも言わない。なにかを察して黙ってくれているのかもしれないし、いきなり語り出した僕に違和感を感じているのかもしれない。普段と違う僕に怪訝な顔をしているのかもしれない。……それでも、いい。

 

「……でも、そんな僕たちが、今は恋人として一緒に生きてる」

 

 ()()()()()()()()。その言葉に語弊があると気が付いて、別の言葉に変える。

 

「いや、違うね。君に照らされていたんだ。君はさながら太陽。僕は月。君から助けてもらうだけで、僕からはなにも出来てなかった」

「そんなことない!アタシだってあなたに助けてもらった……!」

 

 リサはそんなことを言ってくれた。……もし、本当に僕が彼女になにかを出来ていたら、それはとても嬉しいことだけど……それでも、彼女に僕が依存していたという事実は変わらない。

 

「ありがとう。でも、僕はそう思ってるよ。変わらない。変えられないんだ。僕が考えてることは。だから……こんなこと、終わりにしよう」

「えっ……?」

 

 今、ここで、それを終わらせる。そのために、僕は彼女に近寄り……片膝をつく。スーツが汚れても、少しばかり積もった雪が体温を奪っていっても、そんなことは気にならない。

 

「僕は君のことが好きだ。大好きだ。……愛してる。他に比べようがないくらい、君のことが」

 

 隠していた指輪(想いの結晶)を胸ポケットから取り出し、彼女の目の前で開けてみせる。

 

「これからは、僕も、君の傍にいるから。君に引っ張られるだけじゃなくて、時には僕が君を引っ張ってみせるから。だから……僕と一緒に、歩いてはくれないかな?」

 

 彼女を真っ直ぐに見つめる。この気持ちに嘘偽りや、その場の勢いなんてことはないって、証明するために。

 

「うぅ……遅すぎるよ……バカぁ……!」

 

 彼女の瞼から透明な二粒の結晶()が一緒に弾き出される。

 

「うん……遅れてごめん」

 

 僕は、消えるような小さな声で謝る。ひとつは彼女を待たせてしまったことについて、もうひとつは……僕の弱さで彼女を傷つけてしまったことに対して。

 

「うん……いいよ……」

 

 そして彼女は、眼のふちの涙を拭うこともなく、ニコりと良い笑顔をこちらに向けて……

 

「アタシで良ければ……よろこんで……!」

 

 勢いよく、周りに人が居るのも忘れたように彼女は僕に抱き着いてきた。僕たち二人のこの出来事は、大きな世界の小さな出来事。でも……僕たち二人にとって、とても……大きなこと。時計の針が0に達したことを報せる鐘の音色が鳴り響く。

 

 

 

 時刻は24時。

 

 

 クリスマスは終わってしまったけど……僕たちの物語は終わらない。二人で、歩み続けていく限り……それこそ、人生が続いていく限り。

 

 クリスマスの魔法は、もうとけた。でも……恋の魔法は、とけることを知らない。

 




恋の魔法は……あったね……。
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