君の声が聞きたくて   作:鳥籠のカナリア

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人と関わるのは嫌いだ。何故そんな面倒をしなければならない?

だというのに……


紗夜
秘色


 昼休み。それは学生だけでなく、社会人にとっても本来やることを考えずにいられる至福の一時。それは俺にだって例外ではない。昼休みにやりたいことは三者三様。友人とたわいもない話をして盛り上がるもよし、本来やることを好きでやるもよし、ストレス解消に自分の好きなことをするもよし。

 

 あまり人と関わりたくない俺は、一人で、誰にも文句を言われず気の赴くまま、自分の好きなことをしていたい。だが、学校とは社会を学ぶもの。そんな勝手は許されない。許されないなら……その中でも許される範囲の行動をすればいい。関わる時は関わり、必要のない時は関わらない。周りの人間がやってることとなんら変わらないことをしているだけ。……少しばかり過剰かもしれないが、俺の知ったことではない。

 

 そして、そんな願望を持っている俺は教師からの指摘も同級生からの絡みもない、窓際の一番後ろという素晴らしい席に座っている。

 

 くじ引きによるものだとしても、私利私欲を余すことなく叶えられるこの席を選べた自身の強運には感謝せずにはいられない。外を眺めながら缶珈琲を飲んでいると不意に声を掛けられた。

 

「すみません。今大丈夫ですか?」

「……なんだ?」

 

 声がした方向を見てみると、真面目な顔と鋭い目付き、そして水浅葱(みずあさぎ)に混じる秘色(ひそく)の髪が印象的な風紀委員兼クラス委員長の氷川紗夜が腕を組んで立っていた。

 

 彼女と俺の関係性は……クラス委員同士。彼女が学級委員長で、俺が副委員長。それ以上でも以下でもない。

 

 そもそも、なぜ本来人と関わりたくないというのに副委員長になっているのかという話だが、クラス内の多数決だ。クラス委員が決まらないからって、推薦という名目の押し付け合いで決まるというよくある話だった。

 

 もちろん、多数決というだけなら文句を言うつもりはなかった。決め方に文句などつける気はなかったし、いくらクラスの推薦投票であるとはいえ普段から人と関わろうとしない俺を推薦してくることはないだろうと高を括っていた。もっとも、それは目の前の彼女に裏切られたが。俺を副委員長に推薦してきたのは他でもない彼女だ。

 

 生徒からも、教師からも信頼の厚い彼女からの渾身のドヤ顔推薦。当然、断ればブーイングが目に見えていたため、渋々了承。クラス内の雰囲気は、氷川さんの推薦ということもありほぼ全員納得していたため、断ろうがなんだかんだと理由をつけられやらされたのだろうが。

 

 ……そういえば彼女はクラス委員に最初から立候補していた。なぜそんな面倒なことを自分から進んでやるか、俺には一切理解できないが。

 

「…………」

 

 思考を巡らせている間にも彼女は用件を言おうとしない。もしかしたら、思案を巡らせているのに気が付いて気を使ってくれたのかもしれないが。

 

「……すまないが、俺もそこまで暇じゃないんだ。誰でもいい用件だったら、別の奴に頼んでくれないか?」

 

 待つ、というのは苦手だ。時間を無駄にするし、なにより自由に行動出来ない。事実、この待っている間に何が出来ただろうか?

 

 ……小さなことの積み重ねが今。走りっぱなしというのも疲れるが、だからといって止まっていいわけではない。停滞はなにも生み出さないどころか次々と失っていく。

 

「ま……待ってください……!」

「…………」

 

 相手は離れるつもりがないのを察して、別のところで休息を得ようと席を立つ――が、彼女に止められた。普段との様子の違いに困惑すると同時に拒否出来なくなってしまう。……俺の記憶ではお前はそんな弱々しい瞳を向けてくるような人間ではなかったはずなんだがな。ため息をひとつ吐いて椅子に腰掛け直す。

 

 俺が座り直したことに安堵したのか氷川さんは表情を少し柔らかくする。

 

「……今度の土曜日、空いていませんか?」

「今度の土曜日……?」

 

 休日に彼女からの誘いがあるというのは、なにも珍しいことではない。彼女も成績優秀者だが、俺も成績だけで見れば、優秀と言って差し支えないだろう。態度はともかくとして。

 

 そのためか、彼女は俺に対して苦手な分野の教えを乞うことがある。ただし、平日は時間がないためやる場合は必ず休日。最初は面倒がっていたが、人に教えるには相手の何倍も理解していないといけないもの。いつの間にか俺の楽しみの一つになっていた。

 

 だから、今回もそうだろうと思っていたのだが……どうにも様子がいつもと違う。間違いなく勉強に誘うような態度ではないだろう。だが、それ以外なら一体なんだ?

 

「今度、夏祭りがあるんですが……よかったら一緒に見て回ってくれませんか?」

「夏祭り?」

 

 ()()()。その単語が彼女から出たことに、驚愕する。なぜなら彼女は生真面目。そんなことをするの暇があるのなら勉強でもしているような性格と認識しているからだ。なにより驚いたのは、俺を誘ってきたこと。そもそも俺たちの間柄は高校に入ったここ一年程度のもの。

 

 夏祭りに誘われるような親しい間柄ではないと、俺は考えていたのだが……。彼女の中では、そうではなかったのだろうか。たしかに、必要なこと以上に他の人間と話していることを見るのはなかなかないのは事実ではあるが。

 

「えっと……ダメ……でしょうか……?」

 

 まるで捨てられた子犬のような上目遣いで、こちらを見てくる。……ったく、俺は捨てる側で、お前は捨てられる側かよ。まあ、たしかに面倒ではあるが……

 

「……いや。大丈夫だ」

 

 たまにはいいだろう。どうせ家に居ても勉強をする以外にやることはない。

 

 それに……なによりこのまま断りでもしたら悲壮感漂う顔になるのは目に見えていた。そんなのを見たいほど俺は物好きじゃない。そうそう思いながら彼女に返事を返すと、まるで花が咲くように微笑んでくれる。……感情が表情に出やすい。しばらくしてそのことに気が付いたのか、咳払いをした。

 

「本当ですか……?それなら、今度の土曜日の夕方五時半に、この近くにある公園に集合でもいいですか?」

「ああ。分かった。楽しみにしておく」

「……!はい!私も……楽しみにしておきます」

 

 社交辞令で言ったつもりのひとことに、彼女は一度驚いた後、笑みを浮かべる。それから少し会話して彼女が俺の元から離れるのを確認して、深いため息を吐いた。やれやれ……次の休みは潰れちまうことが確定したな……。

 

 

 土曜日。休日。約束の日。なんの面白みもない毎日に特に思うことはなく、むしろさっさと過ぎ去ってくれと願うばかり。だからといって幼子(おさなご)のように早く大人になりたいなどという寝言を言うつもりは毛頭ない。だが、出来ることなら学校になど行きたくない。人と関わりたくない。……そう、思っていたんだがな。なにを思ったか、関わる必要性がない時間(私生活)まで使おうとしているのだから、自分はおかしくなってしまったのかと苦笑する。

 

 人との関係になにかを見出したことはない。ただの面倒事以外のなんでもない。そのはずだ。

 

 だから今のようにわざわざ約束をして、わざわざ早めに家を出て、わざわざ10分前に目的地に着くなど、俺にとっては異常以外の何物でもない。

 

 ────10分前。日本では社会の常識とすら定義されている5分前行動よりさらに早い。そんな時間に着くように行動をしたのにも関わらず、俺を待っていると思しき人物はそこに居た。彼女らしいといえばらしいが、わざわざこんな時間に居ずともいいではないか。そんなに急いで何処を目指しているのか。俺には理解できない。

 

「こんにちは。……思ったより早かったですね」

「……氷川さんが早すぎるだけだ。そんなに急いで疲れないのか?」

「いえ……疲れたりなどしません。それに、行動が早いのはあなたもです。あと15分は待つと思っていました」

「俺は時間を守らないんじゃなくて、守る必要性がないから守らないだけだ」

「では、今回は必要性を感じてくれたということですか?」

 

 そう言って真面目な彼女にしては珍しい、悪戯な笑みを浮かべる。その表情に、心臓の心拍数が跳ね上がって顔が赤くなるのを自分でも感じる。彼女にはどう見えているだろうか。出来ればこうなっていることに気付かれたくない。だが、きっとこの空から差す夕日の残光が顔色を誤魔化してくれたのだろう。特に彼女が反応することはなかった。

 

 だが、彼女がそうだとしても……まだ脳裏に先ほどの悪戯な笑みが焼き付いていてひとこと

 

「……そうかもな」

 

 そうぶっきらぼうにそう答えるしか俺には出来なかった。せめてもの反撃に彼女を睨みつけるように見る。先ほどまで気にしていなかったが、彼女は浴衣を着てきたらしい。……正直、意外だった。

 

 夏祭りに浴衣は付き物とよく聞くが、実際に……しかも、風紀委員である彼女の浴衣姿を見るとは思わなかった。彼女らしい力強い群青を基調として、ところどころにユリのような白い花があしらわれている。

 

 その浴衣姿があまりに綺麗で……柄にもなく、彼女に見惚れてしまう。

 

「……どこか変ですか?」

 

 不思議そうに自分の姿を確認する氷川さん。こちらの反応の理由が分からないと言わんばかりにかしげられた顔に少し腹が立つ。それと同時に、美しいとも。

 

 無意識とはいえ、彼女に振り回されてばかりではたまらない。

 

「いや……特にはおかしなところはないが……」

「……なんですか?勿体ぶらずに思うことがあったなら言ってください」

「……よく似合ってる」

 

 思った通りの言葉が出ていた。言い方が良かったのか、それとも単純に言われ慣れていなかったのか、彼女は熟れた林檎のように頬を赤く染める。彼女ほどの美貌を持っていれば、この程度のことは言われて然るべきではないかと思うのは俺の勝手だろうか。

 

「な……なにを言ってるんですか!……もう」

 

 普段の厳格な彼女とはまったく異なる血色のいい両頬に浮かんでいる豊かな微笑を向けられ、意図的に視線を逸らす。……彼女は学校でほとんど表情を変えている印象はない。なにに対しても生真面目で真顔で取り組む模範的な生徒。対する俺は何に対しても面倒がり、仕方がないと妥協して真顔で取り組む模範的とはとても言い難い問題児。同じ表情でも、彼女とは相容れない。そう思っていた。だからこそ彼女が様々な誘いをしてくる度に驚いていた。

 

 だが、実際は違うらしい。その証拠に彼女は表情をころころ変えて時折悪戯な表情を浮かべて言葉遊びをよく好んでいる。……あのイメージは関わらないからこそ、だったのかもしれない。

 

 

 屋台。喧噪。夏祭りの風情。普段寂れた街並みには屋台から漂う食べ物の匂いが辺りに充満し、数多くの人で賑わう。……それも当然だろう。ここの祭りはここら辺では最大規模。なんでも、わざわざ電車や車を使ってまで祭りだけのために来る人間も居るというのだから、物好きなは居るものだ。俺は歩いて数分という距離でも出来れば来たくなどないというのに。

 

 ふと、横に居る氷川さんに目を向ける。その瞳は……輝いていた。まるでエメラルドが太陽の光を受けて光り輝くように彼女の瞳も輝いていて……その瞳に魅入られた。

 

 氷川さんの視線が全く動かないことに疑問を感じて彼女の向いている方向……正確には凝視しているものを探すとそこにあったものは……

 

「……ポテト?」

「っ!?」

 

 ハッとした様子でこちらを向いて惚けたような顔をしたのち……顔を赤く染めて睨んでくる。

 

 その反応にふとしたことを思いつき……口元に三日月をつくる。

 

「氷川さんはポテトが好きなのか?」

「べ……別にポテトなんて興味ありません……!」

 

 あからさまに先ほど目を向けていた屋台から視線を外すが、横目で気になっているのか、横目でちらちらと盗み見るように見ている。……これはアレだろうか。女子だからあの手の物が好きなことが恥ずかしいということだろうか?

 

 氷川さんの本当に隠す気があるのか分からない言い訳を聞き流しつつ、先ほど彼女が向けていた視線の先にあるフライドポテトの屋台に足を運ぶ。

 

「いらっしゃい!いくつほしい?」

「ひとつ頼む」

「あいよ。300円な」

 

 お代を丁度出すとおっさんはポテトを揚げ始める。どうやら、この忙しいときにわざわざ揚げたてを作るらしい。この一通りならある程度売れはするのだろうから、わざわざそれに拘る必要はないと思うのだがな。

 

 おっさんが揚げている間に氷川さんも追い付いてきた。

 

「勝手に動かないでください……!追いつくのも……大変……なんですよ……!」

 

 肩を上下させながら氷川さんが合流する。合流するとは言ったが、せいぜい50メーターにも満たない程度の距離なのだが。

 

「坊主、隣の子は彼女さんかい?」

「か……かの……!?」

 

 恋仲だと勘違いされたのが余程不服だったのか、目を見開いて驚愕している。……そこまで不服なら俺を連れてくるべきではなかったと思うのだが。そんな反応をされるのが妙に気に食わない。

 

「彼女じゃねぇよ。ただのクラスメートだ」

「そんなに照れなくてもいいじゃねぇか」

「照れるもなにも事実だ。そうだろ?」

「……そうですね」

 

 先ほどのおっさんの一言が効いているのか、怒っていると言わんばかりに氷川さんはこちらから視線を逸す。そんな様子に屋台のおっさんが青春だとか言い出していたが、俺は彼女とそんな間柄ではない。……少なくとも、恋仲ではないのだから。その事実が、嫌にすんなりと入った。

 

 

「…………」

「……なんでそんなに不機嫌なんだ?」

「別に……不機嫌になどなっていません……!」

 

 どこがだ。そう言いそうになるのをなんとか堪える。もし言えばさらに不機嫌になるのは明白だったからだ。誤魔化すように先ほど買ったポテトを口にする。揚げたてということと、いい塩梅で塩であじつけ程よい食感と味がある。

 

「意外と美味いな……」

「…………」

 

 一言漏らすと先程とはまた別の視線を氷川さんは向けてくる。本当に分かりやすい人だな。

 

「……氷川さんも食べるか?」

「い……いえ……ポテトになど興味は……」

 

 そっぽを向いてそう答える氷川さんだが、その目線をチラチラと俺の手の上にあるポテトに向けられている。……分かりやすい人だ。実は隠す気がないんじゃないか?

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいだろ。ほら」

「なっ……!?」

 

 ポテトを一本彼女の前に差し出すと、思った通りに驚いてくれる。なんというか、真っ直ぐな人だな。愚直で、曲がったことが嫌いで……。そろそろ冗談は終わりにしようか。

 

「なんてな。じょうだ……」

 

 冗談……そう言いかけた瞬間。彼女はあろうことか俺が彼女に差し出したポテトを食べ始めた。俺が、直接、手に持っていたポテトを。思考が鈍る。なにがあったのか理解できない。彼女は恥ずかしがってこんなことをする人間ではなかった。少なくとも、俺の中では。

 

「……からかわれた仕返しです」

 

 悪戯っぽく笑う彼女が、妙に可愛らしく見えた。

 

 

 

 

「……さすがに、この辺りまで来ると誰も居ませんね」

「……そうだな」

 

 人の波外れた公園。少し中心街に足を向ければ祭りが行われているとは思えないような静かさ。そして俺たち二人を包む気まずい沈黙。原因は、間違いなくさっきの一件。彼女をからかおうとした俺も悪いが、あそこで無理をしてまで反撃してくる彼女にも非があると思う。……なにもあそこで反撃に出ずともいいじゃないか。

 

 恨みがましく横目で彼女を見ると、彼女もまた、こちらを真っ直ぐ見ていた。目が合っただけだというのに急に恥ずかしさが込み上げてきて逃げるように逆の方向を向く。この状況をどうにかしようと彼女に何か声をかけようとしても、言葉が出ない。

 

 この空気をどうしようか悩んでいると、大きな音とともに夜空が光で満ちる。

 

「河川敷からはかなり離れてるはずだが……ここからでも花火は見えるものなんだな」

「……そうですね。もしかしたら河川敷で見るよりこっちの方がよく見えるかもしれません」

「……うるさくないしな」

 

 二人揃って、空を見上げる。花火が照らす夜空はとても綺麗で、きっと家に居ては見向きもしなかっただろう。……氷川さんに対する固定観念にも似たイメージも変わったことだし、わざわざ足を運んだ甲斐はあった。

 

「……あなたは、優しいですね」

「随分突然だな?」

「そうでしょうか?少なくとも、私にとってはそうではありません。今日、ずっと考えていたことですから。……私がはぐれないように、こっそり気をつかってくれていましたよね?」

「…………」

 

 彼女のひとことに目を見開く。たしかに、道中の思い付きを除けば彼女がはぐれてしまうことがないように気をつけてはいたが……まさか見透かされていたとは思いもしなかった。

 

「それは氷川さんが女性として魅力的で、()()()のことがないようにと考えていただけだ」

「魅力的……!?」

 

 魅力的。そのひとことに一瞬固まったが、慣れてきたのかすぐに元の調子に戻った。

 

「ふふっ……そういうことにしておきます。でも、私にはお見通しですよ?」

「……そうかよ」

 

 手のひらで転がされている感覚がして、彼女から視線を逸して夜空をまた見上げる。相も変わらず音を立てて花火は散っている。

 

「私は別に、今日だけのことを言っているわけではありません。なんだかんだで頼めば引き受けてくれたり、面倒がっていても、自分から動いてくれたり……そういう普段のことも含めてです」

「大袈裟だな。それは自己利益のためだ」

「大袈裟などではありません。そうだとしても……少なくとも私はいつも助けられています」

「……そうかよ」

「そうです」

 

 真っ直ぐに褒められるのが妙に気恥しい。どうやら本当に彼女の手のひらで転がされているらしい。細められた瞳が、美しく見える。

 

 そして、細めていた瞳を開く。その瞳は輝いていて……震えていた。なぜ、震えているのか。横目ではまったく分からない。……いや、横目じゃなくても俺には分からないんだろう。やがて、なにかを決意したのか俺の方を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「一年生のときのことを、覚えていますか?」

「……ああ」

 

 正直、あの時ほど高校をやめたいと思ったことはないがな。

 

「あの時、私はあなたを推薦しました。なぜだか分かりますか……?」

「さあな。そいつの考えはそいつにしか分からない。俺に出来るのは想像することだけだ」

「どうしてそうあなたは素直に分からないと言えないんですか……」

 

 そう言ってため息を吐く氷川さん。その何気ないひとつの動作でさえ彼女は絵になる。

 

「私は、あなたをクラスの副委員長に推薦しました。あれは……その……」

「なんだ?歯切れが悪いな」

 

 彼女が言い淀むのは珍しい。後ろめたいことはそもそも言葉によしない彼女がこうして言葉に詰まるのは普段の様子からは想像もできない。彼女はなにを言おうとしているんだ?

 

「……私は、あのとき、あなたが苦手でした」

「は……?」

 

 思わず、間抜けな声が出てしまう。苦手……なぜ?俺は彼女になにかした覚えは無い。そもそも、クラス委員に推薦されるまでは関わりもしなかった人間同士だ。なにかあるとは思えない。

 

「入学式の時、私はあなたの隣でした。……あなたは覚えていないかもしれませんが。そのとき、面倒くさそうに欠伸をするあなたが横目に見えて、この人は学校をなんだと思っているのだろう。そう思ってしまいました」

 

 彼女は淡々と語るわけでもなく、過去を懐かしむように、宝物を大切に取り出すように、ゆっくり語ってくれる。……そういえばその日は寝不足でさっさと帰りたい一心だった記憶がある。入学式なんて特に大事な日でもないしな。

 

「端的に言ってしまえば、腹が立ちました。だから嫌苦手な人になる……というのはあまりに短絡的だと自分でも思います。もちろん、それだけではありません。誰とも関わろうとしないあなたを見て、このままでは孤立してしまうのではないかという相反するとも言える疑問が起こりました。苦手なのに。おかしな話です」

「……そんなお節介で俺は推薦されたのか?」

 

 苦笑しながら彼女に問いかける。真顔を崩して、微笑んでくる彼女に思わず顔が熱くなるのを感じる。

 

「ええ。今思えばお節介です。でも、あのときはそれしか頭にありませんでした。とはいえ、私としても嫌いな相手と居るのは好ましくはありません」

「随分ストレートに言ってくれるな?」

「すみません。……しかし、あなたとクラスの仕事をしていくうちにそれは間違いだったことに気が付きました。やさぐれているふりをしていても、根は優しいのだと、そう思いました」

「…………」

 

 違う……そう否定しようとしたが、彼女の見透かしているような視線にその言葉を飲み込む。彼女の言葉は俺には毒でしかない。あまりに真っ直ぐで、俺とは正反対の人間性。彼女なりに考えて、感じて、出した結論だとしても、俺にはそれが少しばかり眩しすぎる。

 

「私は……いつしかあなたのことが気になるようになっていました。副委員長としてではなく、クラスメイトとしてでもなく……異性として。今日誘ったのはきっかけがほしかったからです」

「きっかけ……?」

 

 潤んだ瞳が自分に向けられている理由はもう分かっている。だが……なぜだ。どうしてだ。そんな疑問が頭を埋め尽くして他のことに思考が回らなくなっていく。頭が、腕が、足が……体が、動かない。彼女の唇が動く。一文字ずつ、ゆっくり、覚悟を決めるように。

 

「私は……あなたのことが好きです」

「…………」

 

 彼女は顔を赤くしながら……俺にそう告げてくれた。これは、いわゆる告白。自分の気持ちを相手に伝えるための……。

 

 彼女が……生真面目な彼女が俺を好いているなど、思いもしなかった。……どうすればいい?どうすればこの状況を抜け出せる?人に好かれたことなど今までなかった俺には分からない。

 

 逃げるか?いや、ここで逃げれば後々面倒なことになるだろう。それだけは避けたい。

 

 誤魔化すか?いや、いくら対人関係が壊滅的だとしても、やっていいことと悪いことの判別程度は出来る。これはそんなことをしていいことじゃない。

 

 ……悩みながら彼女を見ると、微かに震えているのが見て取れた。だが、それも当然かもしれない。結果がどうであれ、これまであったものは少なからず変わる。彼女はそれを覚悟して告白してきた。

 

 ……俺は、彼女は失敗を怖がるような人間ではないと、勝手に思い込んでいた。俺は、学校と勉強の時の彼女しか見てはいないが、何事にも妥協を許さず、失敗したなら答えを求める。そういう人物だと……そう思っていた。

 

 だが、どうやらそうではなかったらしい。失敗を恐れないわけではない。そう見えるように誤魔化しているに過ぎない。

 

 それが分かったから、だろうか。知らず知らずのうちに彼女を抱きしめていた。

 

「………」

「…………」

 

 行動に移してしまったことに自分でも驚いた。だが、こうしてしまった以上もう、あとには引けない。

 

「なあ氷川さん。去年から、色々あったよな。あんたに副委員長に推薦されて、色々な仕事をやらされて……正直、面倒なことこの上なかったよ」

「そう……ですよね。……すみません」

「だがな。……一応、感謝はしてるんだ」

 

 彼女が……氷川さんが副委員長に推薦してくれていなかったら、間違いなく孤立していただろう。そうなれば少なくとも教師の目には止まる。わざわざそんなことはしたくない。

 

「それに……俺は氷川さんと一緒に居るのは、嫌いじゃない」

「それって……どういう……」

 

 だが……これ以上待たせるのも失礼だろう。そもそも……俺の想いなど、最初から決まっているのだから。深呼吸して、彼女を真っ直ぐ見据える。言葉を間違えないように。

 

「あー……俺は小説にあるような洒落た言い回しが出来なくてな。単刀直入に言わせてもらう。氷川さん。……俺は氷川さんのことが好きだ」

「えっ……」

 

 その瞬間、彼女の体の震えは止まり、その代わりに顔には驚愕の表情が浮かび上がる

 

「ほ……本当……ですか……?」

「嘘ついてどうするんだ」

「……怒りますよ?」

 

 やや乱暴な物言いに対してか、不服そうに睨むような視線を向けてくる。とはいえ、本気ではないようで次第に瞳は潤んでいく。

 

「……なら、証明してください」

 

 どう証明すればいいのか。そんな野暮なことは聞かない。そのくらい、俺にだって分かる。

 

 ━━俺は彼女に口付けをした。ぎゅっと目を閉じて頬を染める彼女がとても可愛らしい。そんな感情が芽生え始めていることに、彼女が本当に好きなのだと実感を得る。

 

 ……順序が逆に思えるが、そんな恋愛も悪くはないだろう。

 

「ふふ……キス……してしまいましたね」

「そうだな……」

 

 季節外れに凍った川の流れは再び勢いを取り戻し、彼女からは涙が流れる。そんな彼女の涙をそっと拭ってやる。

 

「すみません……その……嬉しくて」

「……そうか」

 

 彼女らしくない素直さだが……これもまた、悪くない。そう思わせてくれるほど水面に映る笑顔は、綺麗だった。空に映える、花火と……いや、花火なんて比べる対象にならないくらいに。




どうやら人と関わるという段階をすっ飛ばして互いを知るという道を選んでしまったらしい。
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