君の声が聞きたくて   作:鳥籠のカナリア

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バレンタインなんてくだらない


秘色バレンタイン

「バレンタインか……」

「どうかしたのですか?」

 

 昼休み。寒空の下、彼と中庭でお弁当を食べていると唐突に彼はそんなことを呟く。どこか面倒そうな顔で。

 

 独り言だったのかもしれませんが、どうしたのかと聞き返さずにはいられませんでした。わざわざ隣で言うなら聞いてほしいのかとも思いますし。

 

「あー……いや。なんでもない」

「そこまで言って誤魔化すのですか?気になるじゃないですか」

「…………ハァ」

 

 あからさまな溜息と面倒そうな表情にむっと表情を変える。そんなに面倒がらなくてもいいじゃないですか……。私と話すのがそんなに億劫なのですか?

 

「あー……勘違いしているところ悪いが、お前と話すのが面倒というわけではないんだ。……また、バレンタインかと憂鬱になってただけで」

「……だからその理由を聞いているのではありませんか」

 

 私と話すことが億劫でないことは分かっています。勘違いなんてしていません。ええ。

 

 それはそれとして……なにをそんなに言おうとしないのか彼の思考が読めない。察する事なんて私には出来ないわ。

 

「……世界のバレンタインは共通認識として恋人の日であるということは知ってるよな?」

「ええ。もちろんです」

 

 知らないわけがありません。好きな人にチョコレートを送るというのは誰しもが抱く理想みたいなものでしょうし。……私も、渡してみたいと思っていますから。

 

「だが、どうやら日本のバレンタインというのは、お菓子作りをして意中の相手、または日頃感謝している相手に渡すのが主流らしい」

「……つまり?」

「…………そのお菓子が悩みの種なんだよ」

「……え?」

 

 確かに、彼の性格的に純粋な好意の塊のようなもののバレンタインのお菓子は受け取りたくはないでしょうね。いえ……そもそも……

 

「……まずあなたは人からお菓子などもらえるような生活態度ではありませんよね?」

「……随分な言い草だな。まぁ、その通りだよ。そういう面倒事を避けるためにこういう態度を取っているのもあるんだが……どうやらお前と同じような物好きが中には居るらしい」

「誰が物好きですか誰が……」

「……最初嫌いだったクセに、いつの間にか俺を好きになっていたのはどこの誰だ?」

「うぐ……」

 

 彼の言葉に固まる。勇気を出して告白してからというもの、彼は変わった。普段の態度はほとんど変わらないけれど……その……二人っきりの時は私のことをからかってくるようになりました。まるでどこかのベーシストみたいです。……嫌いではありませんが。

 

 してやったりと言わんばかりにいい笑顔を浮かべる彼を睨む。そんな私をどこ吹く風のように軽く受け流す。

 

「……そういうわけだ」

「ちなみに……」

「数に関しては聞くなよ……」

 

 本当に面倒そうに、深い溜息を吐く彼。心なしか、瞳の色もやや薄暗くなっている気がする。わざわざ時間をかけて作ってきた子たちを愚弄された気がするけれど……彼の性格上仕方がないと割り切る。口喧嘩をしたいわけではないですから。

 

「……そんなに面倒なら受け取らなければいいではないですか」

「……せっかく作ったものを受け取り拒否されたら喜ぶか?」

「それは……」

 

 少なくとも肯定はできないわね。誰も折角作ったものを拒否されて喜ぶ人は居ないでしょう。

 

「そう、誰も喜ばないどころか何故と不満を溜め込み、周囲に吐露する。周囲はその意見に同調し、場合によってはその人物以上に拒否した人間を恨む」

「…………」

「……すまん。少し言い方を間違えた」

 

 また深い溜息を吐く。……今日はいつにも増して憂鬱に見えます。……私が渡しても、こんな風に妥協で受け取られてしまうのでしょうか。

 

「…………」

「どうしたんだ氷川さん。そんな暗い顔をしないでくれ。せっかくの美人が台無しだぞ?」

「か……からかわないでください……!」

 

 もし……もしそうだとしたら私は……本当に、彼の恋人なのでしょうか。そんなどうしようもない不安が、私を襲った。

 

 

「……で、アタシに相談してきたってコト?」

「……はい」

「なるほどねぇ……」

「な……なんですかその顔は……」

 

 私の知る中で、この手のことに一番詳しそうな今井さんに相談した結果……ニヤニヤといい笑みを浮かべているけれど……そんなに変なことを私は言ったかしら。これでも真剣に悩んでいるのですが……。

 

「いや〜。紗夜もそんなふうに悩むんだな〜って♪」

「どういう意味ですか今井さん……?」

「あ……あはは〜……」

「まったく……今井さん、失礼ですよ」

「ゴメンゴメン」

 

 注意しても笑いながら軽く受け流してしまう今井さんに苦笑する。

 

「え~っと……つまり……自分がちゃんと恋人出来てるか分からないのと、バレンタインに渡してどんな反応をするのか分かんないってこと?」

「……はい」

「まぁまぁ。そう落ち込むことないって!」

「ですが……」

「う~ん……そうだなぁ……そんなに気になるなら渡してみればいいじゃん♪」

 

 悩んでいた私に、彼女は単純明快な答えを提示してきた。

 

 

「さ~て……じゃあそれじゃあ始めていきますか!」

「よろしくお願いします」

 

 結局、作ることになってしまったわね……いえ、渡したかったのは事実ですが……作ったところで彼は受け取ってくれるのでしょうか?

 

「紗夜~?渡す前に悲観的になるのやめよーよ!渡してみないと分かんないって……ね?」

「……はい」

 

 今井さんの言う通りね……渡してもないのに悲観的になる必要はないですよね。調理をするために、エプロンをつけて髪も後ろで結ぶ。……いわゆるポニーテールです。横を見てみると今井さんもエプロンを着て髪を後ろにまとめて自身満々な顔をしていました。いわゆる、シニョンと呼ばれる結び方でした。

 

「とりあえず材料とか器具の確認しよっか」

 

 台所の台の上には卵や生クリームはもちろんのこと、グラニュー糖や市販のチョコやココア、ホットケーキミックス、マーガリン。そして……外観を気にする今井さんらしい飾り用と思われる粉砂糖がありました。他にはいくつかのボウルに調理器具が置いてあるわね。

 

「さ~てと……じゃあまずオーブンを180度に設定して余熱しとこっか。オーブンは生地を作ってる間に温まるから次の工程いってみよー♪」

「……そういえば」

「んー?なーに?」

「今回はなにを作るのですか?一応なにを作るのかくらいは把握しておいた方がいいと思いまして」

 

 説明された通りに作れば出来上がるのは教えてくれるのが今井さんということもあり間違いないとは思いますが……私に作れるものかどうか……それが気になります。

 

「ガトーショコラだよ~☆」

「……あの、今井さん。こういってはなんですが少々難しいような……?」

「そうかな~?難しく考えすぎだよ!ガトーショコラは極論よく混ぜて焼くだけだからダイジョブだって!」

「…………」

「それに……カレシさん驚かせたいでしょ?」

「い……今井さん……!」

 

 アハハと楽しそうに笑いながら今井さんは言うけれど……少なくとも、私にとってガトーショコラは難しいイメージしかないわ。本当に上手く出来るのでしょうか……?

 

「それじゃあ続けよっか♪とりあえずボールに生クリーム、マーガリン、チョコを入れて……別のボールにお湯を入れて湯煎して溶かしていこー!」

「湯煎……容器ごと温かくして間接的に中のものを温かくする方法……でしたか」

「そうそう。完全に液状になるまでやってね」

「分かりました」

 

 手にもって適当にチョコや生クリームなどを混ぜていって、チョコの色と液体の感触になったのを確認してから今井さんに終わりましたと声をかけて、次の指示を聞く。

 

「じゃあ次に卵と砂糖をまた別のボールに入れて……ハンドミキサーで卵の色じゃなくて真っ白な色になるまで混ぜてみて」

「……卵はここまで白くなるんですね」

「うん。そだよー。だからここは妥協しないでね!」

「分かりました」

「じゃあ今混ぜたやつと、さっき混ぜたやつに入れてまた混ぜて」

 

 ボウルってここまで必要なのね……お菓子作りを少し侮っていたかもしれません。とにかく混ぜていくと、先ほどチョコを混ぜたときよりさらにチョコの色と白の中間のような色になりました。

 

「そしたら、ホットケーキミックスとココアを入れて……ダマが無くなる程度まで混ぜて?」

「はい」

 

 多分()()は粉の塊のことでしょう。普段お菓子作りをしない私でもこのくらいは分かります。

 

「うんうん。良く出来てる。じゃあ次にここにある型にクッキングペーパーを置いて破けないように適当な感じに押し込めてね。それで型に沿って敷けたら……」

「あの……今井さん……?」

「なに?」

「なんで型がハートなんでしょうか……?」

 

 その……あまりにも直接的すぎるというか……もう少し間接的なものはなかったのでしょうか。少し……いえ、かなり恥ずかしいのですが……

 

「まぁまぁ。いいじゃんいいじゃん。直接的な方が分かりやすいって!それにさ。たしか紗夜の恋人っていくらアプローチしても気が付かなかったような鈍感なヒトって紗夜が自分で言ってたじゃん?なら直接的じゃないときっと気が付かないって!」

「…………」

 

 たしかに、一理あります。夏祭りに誘ってもなかなか意図に気が付いてはくれませんでしたし……

 

「……わかりました」

「よーっし!なら生地を全部流し込んじゃおー!それでさっき180度まで熱したオーブンにその型を入れて、25分から30分くらい焼いて完成だよ!でもね。時々焼き過ぎちゃうこともあるから……終わる十分くらい前からはこまめに確認すると良いと思うよ」

「……思ったより簡単でしたね」

「でしょ?あとは熱が取れたら……粉砂糖振ったり……ラッピングかな~」

「……今井さん。ありがとうございました」

「いいっていいって♪ それより、彼氏さんの反応あとで聞かせてね! 気になっちゃってさ~」

「……考えておきます」

「え~! 教えてくれたっていーじゃん!」

「……ふふっ」

 

 教えてくれたお礼に、反応を聞かせようかとも思いましたがやめました。だって……面白くない、そうでしょう?

 

 

「……憂鬱だ」

 

 そんな俺を嘲笑うかのように青く澄み渡る空をひとつ睨みつけてため息を吐く。寒気のせいか、視認できるようになった息はやがて空気に溶けていき、そこには俺しか残らなかった。

 

 バレンタイン。俺にとっては憂鬱でしかない日だ。いや、たしかにもらうの自体は嬉しいことなのだろう。……()()()()。だが、俺にとっては面倒な事この上ない。

 

 正確にはそのあとにあるホワイトデーとかいう妙な文化が嫌いなのだ。お返しにそれぞれ意味があるだとか、マシュマロはダメだとか……それは一旦置いておこう。

 

「…………」

 

 そういえば、氷川さんも渡してくるのだろうか?

 

「……いや。それはないか」

 

 苦笑しつつ下駄箱を開けると、案の定というかなんというか……包みがいくつか入っていた。……朝一に渡されても置き場所に困ることを誰も理解してはくれないだろうが。というよりなぜ関わってもいないのに渡してくるのか。普段の言動からその手のことを好まないなんてことは分かりきっているだろうに。

 

 そもそも、何故直接渡してこないのか。何人か見たような名前があった気がするが……無視して外履きを入れて上履きを取り出す。

 

「おはようございます」

「……ああ。氷川さんか。おはよう」

 

 下駄箱の中身に苦い顔を浮かべたままだったからか、氷川さんはあからさまに顔を顰める。

 

「私では不服ですか?」

「別に氷川さんに対しての表情ではない」

 

 氷川さん……なんか今日機嫌が悪いような気がするな。というより事実悪いだろ氷川さん。記憶をたどってみても、俺がなにかした覚えはない。なんなんだいったい……?

 

「……機嫌が悪い気がするんだが。どうかしたか?」

「別に……どうもしていません。私は先に行っています」

「…………」

 

 有無を言わさないといった様子で教室へ歩みを進めていく後ろ姿を見つめながらため息をつく。本当にどうしたんだか。

 

 視界の端……校門の方に、()()()()を持つ他校の生徒が居たような気がするがきっと気のせいだろう。そもそも、見覚えもないはずなのにどうして気になったのだろうか。惚れたか?

 

「……いや、それはないな」

 

 一瞬浅はかにも出てきてしまった考えを一蹴するように苦笑する。一目惚れなんて創りモノじゃなければなかなか起こりえないだろう。それに今は……氷川さんが、居るしな。

 

 

「…………」

 

 授業中、ふと少し離れた席に居る彼を見る。いつものようにかったるそうに、でもどこか真面目な視線で黒板を見ていました。隣の席なら、彼に教えたり、教えられたり、注意したり出来るのに……そんなことが思い浮かんで、思わず頭を抱える。それよりも大事なことがあるというのに私はなにを考えているのでしょう。

 

 ───────バレンタイン。女性が意中の男性にチョコレートを渡す日。昨日、たまたま休みだったこともあって、今井さんに教えてもらいながら作りましたが……

 

 どうしても、あの億劫そうな顔が胸にチラついて渡そうと声をかけようとしても途中で言葉に詰まるのです。

 

 それに……朝、彼と会った時に見てしまったあの下駄箱の中から溢れそうなほどの小包。多分あれは……バレンタインのお菓子……よね。そう思った瞬間、何故だか分かりませんが、途端に不機嫌になっていくのが自分でも分かりました。

 

 きっとあれは……嫉妬。私の恋人なのに私以外に渡されてるという独占欲にも似た嫉妬だったのだと思います。だから彼にあんな冷たい態度を取ってしまったのでしょう。……まるで子供みたいね。

 

 彼としてもそれは不本意なのでしょうし。……それもそれでどうなのだろうと思いますが。

 

 だからこそ私は彼に作ったものを渡しにくいのです。もしかしたら私の作ったものですら不本意なのではないかと。そんなこと、心配しても仕方がないというのに。

 

 

 放課後。あいにく、空は見えず夕焼けが雲越しとなってしまう。雲越しに見る夕焼けもなかなか悪くはないが、そういうわけではない。どうせ見るなら澄み渡ってる方がいい。ただでさえ不満という雲はいくらでも出てくるのに、なにも空まで曇らなくてもいいじゃねぇか。

 

「……結局、氷川さんからはなかったな」

 

 意図せず出てしまった本音に、思わず苦笑する。別に特別欲しいわけでもないのだから、そんなひとことは出てくるはずないのに。そもそも、バレンタインのチョコなど特別なものでは決してないだろう。チョコなど渡そうと思えば渡せるのに、どうして揃いも揃ってバレンタインに手間をかけてまで渡そうとするのだ?

 

「……こんなものは、主観に過ぎないか」

 

 そんな考えすらすぐに切り替えた自分自身に苦笑する。以前ならこの考えを貫いていただろう。それだけ、氷川さんが……というより、彼女に合わせなければならなかった面が強いのだが。

 

 そもそも人に合わせるという発想すら忘れていた俺にとってはかつてない進歩だ。

 

 人間というのは簡単に変わるものだと再確認しながら帰宅しようと昇降口を出て前を向くと……一人の女生徒が立っていた。夕日に照らされて顔は見えにくいが……

 

「……こんなところでなにしてるんだ」

「一緒に帰ろうかと思いまして」

 

 そんなことを平然と言ってくる氷川さん。……別にわざわざそんなことをしなくてもいいと思うのだが。口まで出かけたその言葉を、なんとか呑み込む。間違いなく機嫌が悪くなるだろうしな。

 

「そうか。……待たせて悪かったな」

「ええ。あと15分は待つと思っていました」

「……そのイヤミ、半年前も聞いた」

 

 そうでしたか。と特にそれに触れることもなく、夕日を受けて輝く彼女はただ、佇んでいた。いつもと少し違う彼女の様子に疑問を抱きつつ、一歩踏み出して彼女の方へと振り返る。

 

「……帰るんじゃないのか?」

「え……ええ……そうですね……」

「……?」

 

 妙にハッキリしない氷川さんに疑問を抱きつつ、考えても仕方がないと帰路へ向けて歩き出す。

 

 そんな俺を見てか、慌てたようにして追いかけてくる。追いつく彼女の普段の歩調に合わせるように、歩く速度を落とす。少し息を整えながら、頬を緩ませてこちらを見る氷川さんと目が合わせるのがどうにも難しくて……逃げるように空を仰ぎ見る。

 

 そんな俺を面白がるように、その行動の原因の彼女は目を細めて笑う。

 

「……なんだよ」

「いえ……前よりなんだか柔らかくなった感じがして……すみません」

「笑いながら言っても説得力がないっての……」

 

 褒めているのか、貶しているのか……。少しでも態度が柔らかくなったなら、それはきっと氷川さんのせいだ。

 

 

「……悩む必要なんて、なかったんでしょうか」

 

 何処か優しげな呆れ顔を見てふと呟いたひとことが彼にも聞こえたらしく、「どうした?」と不思議そうに私を見る。それに対して私は……

 

「いえ。なんでもありません」

「そんな顔で言われても気になるものは気になる」

「……どんな顔をしているっていうんですか。私は至って普通の顔です」

「普通……?」

 

 普通。その言葉に突っかかった彼を軽く小突いて睨む。予想外だったのか、苦笑を浮かべているのが見えた。……夕日に照らされる少なくとも、私にとってはかっこいい彼に、思わず胸が高鳴る。それを表に出さないように、努めて真顔を貫いておくことにしましょう。

 

 少しの間、立ち止まって訝し気に私のことを見ていた彼でしたが、やがて諦めたのかため息を吐いて空を仰いだ。空を仰ぐ。彼にとっては気持ちを整理するために仰いでいるみたいだけれど……私には、分からないわね。ふと仰ぎたくなる時はあるけれど、何度も仰ぐこともないでしょうに。

 

「……俺には似合わないか?」

 

 苦笑をしながらこちらを見てくる彼に少し心臓の鼓動がうるさくなるのを感じながら、そんなことはないと否定する。似合っているとは思いますから。

 

「誰もそうは言っていません」

「言ってなくとも思ってはいるんだな?」

「どうしてそう揚げ足を取ろうとするのですか。別に思ってもいません。むしろ……」

「……?」

「な……なんでも……」

 

 

 思わず言おうとしたひとことが途端に恥ずかしくなって口を噤む。口にしたら彼ならからかってくるでしょうし……それに、まだ言うときでは……ありませんから。

 

「……じゃあ氷川さん。また明日」

 

 彼と別れる十字路。いつも通りの静かな別れに寂寥感を募らせながら……まだ、別れるわけにはいかないのです。大事なものを……渡しそびれたままですから。

 

「あの……これを……」

「……これは?」

 

 顔を彼から逸らして、聞き取れるかどうか分からないほどの声も彼には聞こえていたらしくて、不思議そうに首を傾げてくれる。……分かってはくれませんか。

 

「えっと……バレンタインのチョコを……」

「…………」

「あっ、えっと……嫌なら……」

 

 いいんですけど。そう言おうとして伏せていた目を上げて……彼の驚愕したような表情に遮られた。

 

「……渡されるとは思ってなかった」

「酷い言い様ですね……」

 

 そこまで言わずともいいではありませんか。不満をぶつけるように彼を睨むと、困ったような笑顔を浮かべる。

 

「あー……そうじゃないんだ。氷川さんが俺に渡してくれるとは思ってなかったんだ」

「私たちだって一応……こ、恋人なんですから……」

「……そうだな」

「…………」

「…………」

 

 二人とも黙り込んで、気まずい静寂が訪れる。思っていたよりずっと恥ずかしいわね……ただチョコを渡しただけなのに。表面上の感情を取り繕おうとしても、それすらも失敗して……

 

「えっと……では私はこれで……」

「あ……ああ……ありがとう……」

 

 逃げるように彼と別れる。ちゃんと顔を合わせて渡すなんて……絶対出来ないわよ……

 

 

「…………」

 

 椅子に座ってため息ひとつ。目に映るのは丁寧にラッピングされたひとつの小包。ラッピングした人物の几帳面さがうかがえる綺麗な外観に、思わず微笑が零れる。円形であることが分かるソレの中身が全く分からない。

 

 冷静に考えればなにをわざわざ予想などしているのかと至極当然の考えが浮かんでくるが、そういう問題ではないんだ。氷川さんがなにを贈ってきたのか、何故だか彼女に負けた気がするのだ。

 

 そうは言っても、時計の針が幾度動いたかも分からないほど考えているのに全く思いつかない。そもそも、俺はこの手のもの(お菓子)には疎い。だというのに答えなんて見つけられるわけないじゃないか。

 

「……ハァ」

 

 ため息、ひとつ。

 

「開けるか」

 

 結局、そんな結論に至ってしまう。自分の謎の意地に呆れながら箱を開けると砂糖かなにかでデコレーションされた柔らかそうな生地のチョコと……

 

「紙?」

 

 もうひとつ、メッセージカードの中にはひとこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッピーバレンタイン。あなたのことが大好きです

 

 

 その一通に、頬が熱を帯びていくのが自分でもわかった。




そう思っていたんだがな……どうやら、好きな人から渡されるというのは、そうではないらしい。
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