君の声が聞きたくて   作:鳥籠のカナリア

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どこか残念な彼女……


大和さん
残念な彼女に呼び止められて


 真っ白な廊下に静かに鳴り響く足音、外から聞こえてくる下校時特有の若々しい声に彩られた放課後の校舎。

 

 学び舎としての学校が終わってから既に一時間ほどが経過し、放課後特有の廊下の喧噪は完全下校を告げる校内放送が流れ始めた先ほどとは比べ物にならないくらい静かになっていた。

 

 なら何故ただの一生徒であるはずの僕が廊下の喧噪が落ち着くような時間まで校内に居るのかというと、僕が放送委員会の人間だから。

 

 ここの学校の放送委員会は、なんというか……ありきたりなものだったんだ。朝と昼は特になにもなく、定時連絡や急を要するような連絡のときは動かなければならないけど、基本的には下校の放送だけ。なんとも楽な仕事だと思って選んでみれば、想定していたより多くの仕事があって驚いた。機材のメンテナンスまでやるとは思わないでしょう? 普通。

 

 ――愚痴を言っていても、なんだかんだ楽しんでやっているから特に問題はないんだろうけどね。

 

「あ!先輩!お疲れ様です!」

 

 背後から声をかけられ、振り返ると……茶色の髪に赤縁メガネをかけた裏葉色(うらばいろ)の瞳が特徴的な女生徒が立っていた。

 

 意識して柔らかな表情と声色を作る。

 

「ああ。大和さんか。お疲れ様」

 

 彼女の名前は大和麻弥。僕の後輩であり、放送委員会のメンバーでもある。

 

 ――同時に、僕の好きな人。

 

「先輩は今帰りですか?」

「うん。先生からの頼まれごとがやっと終わってね……大和さんは?」

「ジブンは演劇部の帰りです。思ったよりも早く終わってよかったです……」

「そっか。お疲れ様、かな?」

 

 部活に精を出す大和さんが妙に眩しくて、誤魔化すように微笑みかける。僕は部活に入っているわけではないから、目を輝かせている大和さんが少し……羨ましい。もう三年生。しかも後半なのだから、部活動なんて二度と出来ないんだけれど。

 

 そんな自嘲にも似た笑みに気付くこともなく、いつものようにフヘヘと特徴的に笑ってから、ありがとうございます、と笑顔を浮かべてくれる。

 

 正直なところ、なんというか……君はもう少し自分に自信を持っていいと思うんだけどね。

 

「ところで先輩、聞きましたよ!好きな女の子が居ても、告白が出来ないんだとか?」

「……それは誰が言っていたんだい?」

「えっと……リサさんが……」

「今井さんか……」

 

 少し遠い目をしつつ苦笑する。彼女は口が堅いと思って相談していたんだけどね……まあ、特段責めるつもりはない。そもそもは話した僕が悪いんだし、別に話してはダメだと言った記憶もない。情報を漏らしたのはこちらで、今井さんに停止を促さなかったのだから仕方がないから割り切るとしよう。

 

 つまり……なんだ。完全に僕の自業自得というわけだね。それに対してグチグチ言うなんてカッコ悪いだろう?

 

「いやー……でも……あの先輩が……」

「大和さんは僕のことをなんだと思っているんだい……?」

 

 こう言ってはなんだが、僕は他人に対して思った事を率直に言う。歯に衣着せぬと言えば聞こえはいいが、実際はただただ協調性がないだけだよ。それにしても……ニンマリとなかなかいい笑顔を浮かべてくれる大和さんに少々腹が立ってきたわけだが、どうしたものか……。

 

「フヘヘ……そんな楽しそ……じゃなかった。大事なことならもっと人に相談してみましょうよ!」

「いや……だから今井さんに相談したんだけどね?」

 

 彼女は彼女で交友関係が広いから、そういった面にも対応できるかと思えば……どうやら彼女は彼氏が居たことがないらしい。好きな人が居るという話はポロっと漏らしていたが……。

 

 この子は気になることがあると周りのことが見えなくなる()()がある。以前から注意するように促してはいるけれど、それで治れば苦労しないよね……。

 

「え……えっと……ジ……ジブンでよければ相談に乗りますよ?」

「…………」

 

 相談に乗るのを進言する前にせめて話を聞いてね……。

 

 いや……それは置いておくとして、君には解決できることではないんだよ。

 

 実際、彼女自身も解決できるような目途は立っていないように見える。それを肯定するように彼女の瞳は大きく揺れていた。それを指摘しようとも思ったけれど、彼女の場合、若干の別の目的が混じりつつも純粋な好意と分かっているだけに断りにくい。

 

「先輩の恋だって……きっと、ジブンが手伝えば叶います!一人よりはいいですって!」

「どこからそんな確信に満ちた答えが出てくるんだい……?」

 

 彼女としては至って真面目なのだろう。思わず口から零れたひとことが彼女に聞こえていた様子はない。

 

「ところで、誰に告白するつもりなんです?ジブンの予想では……」

 

 そんな調子でなかなかに楽しそうな顔で語ってくれる大和さんだが、残念ながら全部外れている。というか、彼女の考え方的に当たることはないだろう。その確信があるからこそ、僕は無理だと思っているんだけど。

 

「フヘヘ……結構いい線いってるんじゃないですか?」

「……大和さん」

「どうしました?」

 

 言うべきか……そう悩んだが、男は度胸とはよく言ったもの。どうせなら今吐き出してしまおう。

 

「……大和さんなんだ」

「……?ジブンが……どうかしたんですか?」

 

 ここまで言っても気が付かないか……あまり自己評価が低すぎるのも考えものじゃないだろうか。

 

 片手で軽く頭を抑えつつ、言葉を続ける。

 

「だから……その好きな相手が大和さんなんだ……」

「そうですか……」

 

 それなりに思い切って告白したにも関わらず、少々反応が薄すぎるんじゃないだろうかと少し腹を立てる。気の抜けたような返事を返してきて、小首をかしげていったいなにを言っているか分からないといった様子でこちらを見てくるわ……。

 

 だけど、次第に理解していったのか、その呆けたような表情は崩れていき、顔は赤く染まり、瞳と口が驚愕で見開かれていく。

 

「ほへっ!?へっ……あ……えっ……え、あ、あ、あの……あ……」

 

 未だに処理がしきれないのか、口調が乱れていく。こうして冷静に分析している僕自身も、彼女の反応を受けて、その場の流れとはいえ告白したことをようやく自覚したようで、顔に熱がこもるのが自分でも分かる。

 

「ジ……ジブン……ですか……?」

「うん。僕は……大和さんが好きだ。……付き合ってほしい」

 

 なんの面白みのない告白にありがちなひとこと。でも、それは僕の人生にとって全然ありふれたものではなく、むしろ初めてのこと。

 

 ──フラれるのは怖いよ。でも、それだけで引き下がれるほど僕の気持ちは軽くない。

 

「えっ……あ……えっと……ふ、不束者ですが……よろしくお願いします……!」

「なんでそんなにテンパっているんだ……」

 

 心臓がうるさいけど、彼女の驚きで少しだけ冷静さを取り戻せた。

 

「え……だって……ジブンも先輩が好きで……誰かのことを好きだってリサさんに聞いて……叶わない恋ならせめて……せめて……先輩を応援したいって思ったのに……」

「大和さん……」

 

 目尻に涙を浮かべ、時折流れ落ちていくものを必死に掬うように、目元を拭う。

 

「ジブンが好きだって言ってもらえて……あ……あの……!ジブン初めてなんですけど……結婚は出来れば海の見える教会で!子供は2人くらい欲しいです!」

「ちょっと待って大和さん!混乱しすぎて先の話になってるよ!?」

「え?違うんですか……?」

「それは……たしかに、そう遠くない未来にあるかもしれないけど……今はまだ、その時ではないから……」

 

 勘違いしてしまったと言わんばかりに伏せられた目が見ていられなくて、遠慮がちに肯定すると、彼女はフヘヘと嬉しそうに笑って見せた。

 

 一度落ち着くためか、深呼吸をしているようだけど、時折事実を受け止めきれていないようにふぇと声が出ている。可愛らしいことで……。

 

「あ……あの……本当にジブンなんですか……?」

「これでも本気なんだけど……」

「この展開はジブンも予想外です……」

「うん。それを言いたいのはこっちなんだけどね?」

 

 ここまで予想外の反応をされるとこっちとしても困るんだけどね……そんな僕を気にすることもなく、大和さんは独り言を呟く。

 

1年前、競争率が高すぎて諦めてた相手がまさかのここにきて逆告白……!恋人になれば、デートとか……キ……キス……とか……フヘヘ……

 

 競争率だとかいったいなんの話をしているんだ……僕は特別モテるわけでもないし、なにかに秀でているわけでもないのだから、別に諦めるもなにもなかったと思うのだけど……。

 

 僕を置いてけぼりにしているのに気が付いたのか、それとも別の理由があるのか、大和さんはハッとしたようにこちらを向く。

 

「あ……そ……その……よ……よろしくお願いします……」

「……別に無理に自分を偽らなくていいから。素の状態の君でいいしむしろ君がいい」

 

 我ながらおかしなことを口走ったと若干の後悔をしつつ、大和さんの顔を見ると、やはりというかなんというか、驚いたように──事実驚いているのだろうけど──目を見開いていた。

 

 ああ、失敗したかと自分の発言を後悔した。

 

「なんというか……先輩ってジブンがいうのもおかしいですけど、実は相当女性の趣味が変じゃないですか?」

「君ってなかなか失礼だよね……」

 

 なかなかなことをサラっという後輩に思わず苦笑してから

 

「でもまあ──それで君を好きになったんならそれでもいいよ」

 

 思いの丈をそのままぶつける。大和さんは目を何度も……何度も瞬かせたのち……心底楽しそうに笑って口を言葉を紡いでくれる。

 

「……先輩」

「なんだい?」

「後悔しないでくださいね?」

「ある意味後悔するかもね」

「フヘヘ……」

 

 太陽の温かな光に照らされた廊下で、僕たちは恋人同士となった。




そんな彼女を僕はかわいいと思ってしまう
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