「ひぃ〜なぁ〜ちゃ〜んん〜?」
ある日、たまたま家に泊まると、次の日の朝起きると異変があった。
「おにーちゃん何ー?」
「腕にマジックみたいなので文字が書いてあるんだけど〜?」
袖を捲ると『日菜の!』という文字が書いてあった。
「あ、うん。るんっ♪てきたから書いたよ!」
「そのるんって、便利だよなぁ……。」
いつもより強めにがしがし頭を撫でる。
「うへ〜〜〜〜〜。」
「しかも油性だろ。せめて、水性で書きなさい。」
「水性なら良いの?」
「まあ、油性より消しやすいし、まだマシだろ。」
「じゃあ次からは水性でするね!」
やめないんだよなぁ……。
とりあえず今日は家に戻ったら出来るだけ外に出ないようにしよう。あれ……よく見たら横っ腹に小さく『私の』って書いてあった。紗夜かなぁ、珍しい。
地味に袖の入口近くに書いてあったから見られないように細心の注意を払いながら家に帰った。
「あれ、親父からラインが来てる。」
『響也、来週から紗夜の参観日と日菜の参観日が一週間ずつずれてあるからよろしく。
俺と母さんは忙しくて手が行けそうに無いので写真と動画もね。』
「分かった、っと。」
妹達の参観日となれば、俺も恥ずかしくない服装で行かないとな。
一番良いスーツを着て行くか。
「今から楽しみだなぁ。あ、カメラの充電しとくか。」
ビデオカメラは首から下げれるやつにしよう。
「そうだ、弁当も作ろう。」
よし、参観日の献立考えるついでに買い物行こう。
「〜♪」
口笛を吹きながら歩いていると、ぞろぞろと後ろに猫が集まっていた。
……どうしよう。
「あ、お兄さ、ん……凄い事になってますね……。」
「動物でも猫にだけは好かれるんだよねぇ。」
ネコ科なのか猫だけなのかは不明だけど。
クルッと猫達の方を向いて手を叩く。
「これから店に入るから、君達は帰るか大人しく待ってなさい。」
するとほとんどの猫は散って行ったが一匹だけ残った。お利口さんだ。
「なんだ、残ったのはクロだったのか。待ってろよ。」
一撫でしてスーパーに入る。
「あれ、彩ちゃんも着いてくるのかい?」
「ダメでしたか……?」
「いやいや、そんな事ないよ。」
あ、肉が安いから生姜焼きにしよう、キャベツ買わなきゃ。
「あ、彩ちゃんも食べてく?」
「え、良いんですか?」
「もちろん、嫌じゃなければだけど。」
「じゃあ、お願いします!」
「了解了解。」
んじゃあ、ちゃちゃっと終わらせますか。
「あ、あれ?野菜とかどれが良いか見なくても良いんですか?」
「なんとなく見れば分かるかな。外した事無いし。」
ほぇーっと感心したように声を出す。彩ちゃんはリアクションが面白いなぁ。
「よし、帰るよ。」
会計も終わらせて外に出る。
「にゃあ」
「ちゃんと待ってたか。」
クロを持ち上げて彩ちゃんに渡す。荷物持ってて危ないしね。
「毛並み綺麗ですね〜。」
「そうだね、野良なのに。」
「えっ!?野良猫に名前まで付けてるんですか!?」
「なんかそうなっちゃった。」
話しながら家に帰る。一人でぼーっと歩くのも良いけど、やっぱり誰かと話してると楽しい。
「よし、完成だ。」
お客さんだからちょっと気を使った盛り付けにしてみた。どうかな?
「わっ、綺麗な盛り付けですね。」
「折角彩ちゃんが来てくれたからね、気合い入れてみたよ。」
すると彩ちゃんがスマホを取り出した。
「しゃ、写真撮って良いですか?」
「もちろん。」
にっこり笑顔で生姜焼きの皿を持ち上げる。
「撮りまーす。」
パシャッと鳴る。
「見せて見せて……おお、良い感じだね。」
「やっぱり絵になりますね!」
「そ、そう?ありがと。」
ストレートだから照れるなぁ。
「も、もう一枚良いですか?」
「幾らでも。」
すると彩ちゃんが横に来た。なるほど、自撮だな?
撮りづらいだほうと思い、彩ちゃんに顔を寄せて横ピースをする。
シャッター音が鳴って写真を見せてもらうと、こっちも中々良い感じに撮れていた。
「それじゃ、食べようか。腹減っちゃったよ。」
「あ、はーい!」
「「いただきます。」」
この時撮った写真を彩ちゃんがSNSに上げたせいで少しだけ燃えたらしい、すぐに落ち着いたみたいだけどね。詳細は知らない。
「…………。」
参観日当日、私はクラスのざわめきを聞きながら黒板を見ていた。
「ちょっと、あの人イケメンじゃない……?」
「氷川さんのお兄さんだよね……タイプかも……。」
近くの席の子の声が聞こえる。いつもは注意をしたいけれど、余り目立つ訳にはいかない。
その原因である兄さんをこっそりと見る。
いつ買ったかは知らないけれど質の良さそうなスーツ、いつもと違ってうなじで結んだ髪、揺らめくテール、珍しく掛けた伊達眼鏡、微笑む顔。確かに贔屓目に見なくともイケメンね。けれど、首に下げたビデオカメラと手に持った一眼レフが全てを台無しにしていると思うわ。
それでも兄さんを見た事が無かった子達には衝撃だったみたいね。
「紗夜ー、頑張れ。」
兄さんが微かに聞こえる程度の声を出す。私に聞こえているという事は周りと私より近い子達には聞こえてしまう。
「優しいお兄さん……良いなぁ。」
「家族に優しいのってポイント高い……。」
私のクラスの兄さんへの好感度がどんどんと上がっていくのを感じてしまう。
……もう、本当に気にしないようにしよう。
「あ、えっと、ごめんね。通してね。」
「あ、あの、連絡先とか聞いても良いですか!?」
「彼女とか居るんですか!?」
そういえば、今の俺って顔が良かった。顔面偏差値が高いのは嬉しいけど紗夜に合流したい。でも、女の子に囲まれているから動くにも動けない。
「悪いけど、通して、通して〜……。」
パシッと手を掴まれる。
「兄さん、行くわよ!」
「あ、紗夜。助かったよ。」
ぐいぐい引っ張られて人気の無い所へと行く。
「この辺りで大丈夫なはずよ。」
「おー、こんな所があるんだ。そうだ、弁当作って来たからここでご飯にしようか。」
そう言うと紗夜の口元が緩む。
ふふふ、今日は満足してくれるかな?
食事風景は割愛で、今はお茶を飲みながらゆっくりとしている。学校でもこんなに静かなところがあるもんなんだね。
「兄さん、ちょっと、お手洗いに行くから、待ってて。」
「ん、分かったよ。いってらっしゃい。」
紗夜が歩いて行くのを見ながら目を少し左に向けると、黒い影が微かに見えた。本当によく絡まれるな。ふむ……あれはダメだ、手遅れになる前に動かないと。大事な妹だからね。
「ふぅ。」
思っていたよりお手洗いが離れていたけれど間に合って良かった。
「兄さんはちゃんと待っているかしら?」
少し歩く速度を速くする。
コツコツと足音が響く。
「……この廊下ってこんなにも長かったかしら?」
そもそも奥が見通せない、まだ昼なのにどうしてだろう?
『おねーちゃーん。』
「日菜?」
今日は来たかったけれどパスパレの練習があったから来れないと言っていたのに、まさか、サボって来たの?
「ちょっと日「紗夜。」」
振り返って日菜に説教をしようとすると、前から兄さんの声が聞こえ、途中まで向けていた首を前に向けると兄さんが居た。
「に、兄さん?待っててって言ったはずだけど……。」
「紗夜、良いかい、振り返っちゃダメだよ。」
「え?でも、後ろには日菜が……。」
「それは日菜じゃない。紗夜なら分かるはずだよ、よく聞いてみて。」
そう言われて目を閉じて耳をすませる。
「おねーちゃーん、おネーちャーん、オネーちャーん、オネーチャーン、シネ、シネ、シネ、シネ」
「あ……あぁ……」
日菜だと思っていた声は聞けば聞くほど変わっていき、最後には言葉すらも変わってしまっていた。
「お兄ちゃんの声をちゃんと聞いて、こっちに来るんだ。絶対に振り向いちゃダメだからね。」
何時に無く真剣な顔の兄さんに頷いて返してゆっくりと足を進める。
歩く音に合わせて真後ろからヒタヒタと足音が私に着いて来る。
『シイイイイィィィィィィィ……』
肩が震え、歯が鳴り始める。
ぬるりとした風が体に当たり、首や手を何かに触られる。
ジワリと涙が浮かぶ。嫌だ、早く、早く兄さんの所に行かなくちゃ。
襟や裾、手が弱い力で後ろに引っ張られる。
「に、にい、さん……たすけて……。」
触られてない方の手を前に伸ばす。
「よく頑張った、後は任せろ。」
兄さんの手が私の手を掴んで思い切り引っ張ってくれた。もう、何かに掴まれた感覚は消えていた。
「さてと、よくも俺の妹に手を出してくれたな。」
紗夜を抱き締めながら紗夜の後ろにいた霊に目を向ける。
身長は天井スレスレで、丸い目と広く弧を描いた口だけしか見えない、真っ黒な体はガリガリにやせ細って骨だけに見える。
「お前、俺が来なかったら間違いなく紗夜を食ってたな?」
腕の中で紗夜が震えるのを手を背中に当てて落ち着かせる。言葉を選んでられないから、許してくれ。
「聞いたけど、前にも食った事あるんだってな。人の味でも覚えたか?」
俺の言葉に反応もなく、霊がじっと紗夜を見つめる。
「おい、その目で紗夜を見るな。」
霊が俺を見る。すると、メールの着信音が鳴る、誰だこんな時に。
開くとこの霊の詳細な情報が協会から送られて来た。
「……なるほどなるほど、お前、元々はこの地に憑いた守護霊か。それが何があったかは分からないけど、人を襲うまでになったのか。」
信仰心?いや違う。人の認知?これも多分違うだろう。
「……お前の祠か、基点となっている所に案内しろ。出来るな?」
そう言うと霊は一度頷くと背を向けて歩き出した。
「紗夜、ここから出たら今日はもう帰りなさい。」
「嫌っ……!」
震えが酷い。ううん、これで一人で帰すのは酷か。
「分かった。じゃあお兄ちゃんの近くを離れるなよ?」
紗夜は素直に頷いた。
よし、行くか。
「ここか……。」
到着してみるとさっき弁当を食べた近くに祠があるみたいだ。
祠があるであろう場所には草木や蔦が巻き付いており、まずはそれを退ける所から始めなければならない。
「紗夜、ごめんけどジャケットだけ持って後ろで待っててくれるかい?おい、霊。紗夜に何かしたら速攻でぶっ飛ばすからな。」
さてと、作業開始といきますか。
「だー!終わったー!」
空が赤くなり、カラスが鳴き始めた頃に作業が終わり、祠が見えた。
「これはまた……鬱陶しいのが着いてるな。」
誰がやったかは知らないが動物の死骸に呪詛の書かれた札、怨念の篭った箱と、今まで大きな被害にならなかった事が驚きな程穢されていた。
「紗夜はこれ見るなよー!……こんなの俺も掃除したくないけど。」
掃除を始めて数時間、完全に日が落ちた頃、ようやく掃除が終わった。
「後は、祠と土地にちっと祈るか。」
はー、これで三十分から一時間、時間掛かるなぁ。仕方ない、やるか。
「はい……終わり、今日は活動終了……。」
終わって落ち着くと、後ろから光が差した。
「おー……それが本当の姿かい。」
煌びやかな和装の女性がそこにはいた。
「うんうん、そっちの方が良いな。綺麗だね。」
そう言うと霊は顔を赤らめると一礼をして俺の側に来た。
「な、なんだ?」
そのまま霊は頬にそっと触れる程度のキスをして姿を隠した。
「……礼ならここの生徒を守ってくれるので良いんだけどねぇ。」
「兄さん。」
「お、紗夜。やっと終わったよ〜。」
「少し、お話があります。」
「えっ?」
それから家に帰るまでの道中、いや、家に帰ってからは日菜と二人でくどくどと説教をさせられて、今度の休日は一緒に出掛ける約束をする事で落ち着いてくれた。
場面の移動って難しいですね。