それは本当に突然だった。
匿名の依頼で現地に向かうと、地図には載っていない寂れた稲荷神社があった。折角だからと掃除してからお参りをし、実家に帰った時だ。
玄関を開けると紗夜が居て、急に鋭い目を向けられた。
「あなたは誰ですか!?」
「え?ちょ、ちょっと、お兄ちゃんだよ。忘れたのか?」
「私に兄なんていません!」
んん〜、グサッときた。どうしたんだろ、機嫌でも悪かったのかな?
「えぇ……お兄ちゃん泣きそうなんだけど……。」
「いい加減にしないと警察を呼びますよ!」
「タンマタンマ!分かった、分かりましたー!」
家から追い出されてしまった。うーん、心当たりが無いんだけどなぁ。
少し整理しようと羽沢珈琲店に向かった。
「いらっしゃいませ!」
「や、こんにちは、つぐちゃん。」
「?すみません、どこかで会った事ありますか?」
「え……?ほら、氷川響也!覚えてるだろ!?」
「あ、あの、本当に知らないです……。」
「うっそだろ……。」
勘弁してくれ。何が起こってるんだ?
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ごめんね。また来るよ……」
おかしい。怪異の仕業か?本当に知らないみたいだし、紗夜の反応もそうだった。
スマホで知り合い達の連絡先を見てみる。誰か一人は覚えているかもしれない。
「……連絡先が消えてる。」
俺は消すなんて事はしないし、ロックを掛けてあるから他の誰かが触ったなんて考えられない。そもそも連絡先だけを消す意味があるのか?
「他に何か変かは……。」
写真を見てみる。これなら誰かと撮った証拠になるだろう、見せれば多少は警戒心を解いてくれるかもしれない。
「無い……無い、無い!無い無い無い!!!」
写真は確かにあった。しかし俺はどこにも写っていなかった。俺が元々写っていたであろう場所は別の誰か、または誰も写っていなかった。
「完全にみんなの記憶から消えてる……?」
い、いや、まだそうと決まった訳じゃあない!
協会に電話を掛ける。あそこならせめて情報だけでも貰えるはずだ!
『……はい。』
この声はオペレーターか。
「あの、そちらは協会ですか?」
『そうですが……あなたは?』
よし!なんとかなるかもしれない!
「霊媒師をしている氷川響也と言います。」
『協会への登録ですか?』
「あ、いや、ちょっとまずい事になりまして、順を追って説明します。
先にそちらに俺の記録は残ってしませんか?」
『少々お待ちください。』
残ってたらラッキーだけど……。
『申し訳ありませんが、氷川響也と言う人物の記録は残ってしません。』
「そうですか……そちらでこの電話を記録しておいてもらえますか?」
『分かりました。』
「俺は、元々協会のトップランクの霊媒師でした。オペレーターはあなただった。」
『はい?しかし、そんな記録は……。』
「先に話を聞いてください。
つい数時間前、匿名の依頼で向かった先には地図には載っていない寂れた神社がありました。そこを掃除して家に戻ると誰も俺を覚えていませんでした。
こんな感じです。何か協会に人の記憶に影響する怪異の情報はありませんか?」
『分かりました。信じ難い事ですが、こちらでも全力で探してみます。』
「助かります。何か分かったら連絡をください。」
ピッと電話を切る。これで何か掴めるかもしれない。
さてと、あの神社に行ってみるか。
「…………全然見つからねぇ。」
あったはずの所を見たが消えており、それから数時間は探したが成果無し、どうすれば良いんだ?
「ねぇ、美咲!今度のライブは空から降りてくるなんてどうかしら?」
「そんなの絶対ダメだからね。危ないし、そもそもどこに着地するつもりなの、街中でしょ。」
こころと美咲ちゃんか……ダメ元で話掛けてみよう。
「失礼、お嬢ちゃん達。俺の事知ってる?」
うわぁ……これじゃあ不審者じゃん。
「う〜ん……?あたしは見た事ないわ。
美咲は知ってるかしら?」
「私も知らない。って言うか知らない人に声掛けられて素直に返事しないでしょ。行くよ。」
「はーい。さようなら、男の人!」
無言で手を振る。やっぱりダメか。
後ろにでガチャリと聞こえる。おかしい、普通に道だったはずだけど……
『つーかまーえた♪』
「……っ!?」
そのまま俺は暗闇に引き込まれた。
「う……」
ここは……何が起こった?
現状を把握すると体は注連縄で縛られていて動けなかった。
『こんにちは、霊媒師さん。』
目の前には巫女服を崩した綺麗な女性が現れた。
「あんた……神様か?」
『あれ?分かっちゃいますか?』
「もちろん、そんな神々しいとね。」
神々し過ぎて息苦しいくらいだ。
『信仰心が消えて、私も消えそうになった時にあなたが来てくれたの。社を綺麗にしてくれて、お参りをしてくれたから私は残れたのよ。
これは運命!私、あなたに恋したのよ!』
「えぇ……。」
『神様だって恋したって良いじゃない。私、恋愛の神様だし。』
「じゃあ、みんなの記憶が消えてたのは?」
『あなたを私だけの物にしたいんだもの、他の娘が邪魔だわ。だから記憶を消したの。殺さないなんて優しいでしょ?』
……頭が痛くなってきたな。
「俺はあんたの事なんてこれっぽっちも知らないし、好きでもなんでもない。神社を掃除したのも神社が汚れているのが気に食わなかっただけだ。
分かっただろ?早くみんなの記憶を戻して俺を解放してくれ。」
『……そう。分かったわ。』
ふぅ、これで良いかな。
でも俺は、神様を甘くみていたんだ。
『では、あなたに罰を与えます。』
「えっ……?」
右腕が無くなったのに気付いたのは、神様の手の上に自分の右腕がある事を気付いてからだった。
「あッ……!?ぎぃっ、があぁぁぁぁ!!!」
『それとあなたに死ねない呪いを与えます。あなたは一生ここで苦しみなさい。
ふふっ、これで許してあげるわ。なんて優しいのかしらっ♪』
ジクジクと傷が痛む、手で押さえたくても縛られていて動けない。
「きっ……さまぁ……!!」
『さようなら、私はそろそろ天へ行くわ。』
すぅっと足から消えていく。
「ま、待て……!!」
『あ、そうだ、救済措置をあげましょう。あなたを知っている子がこの社の扉を開ける事が出来たなら、あなたは解放され、死ねない呪いも解けますよ。まあ、記憶は戻りませんが。
頑張って祈ってくださいね?』
ふざけんな、無理ゲーじゃねぇか……。
ここは日の刺さない暗い神社の中、時の流れも分からず動けもしない。
「ふんぬぉぉぉ!!」
あー、左腕だけじゃあちっとも動かないか。
「せめて刃物があればなぁ。」
解こうにもしっかりと締められてるし、どうしよ。
「…………朝か。」
どれくらい経ったかな?半年?一年?十年かもしれない。痛みはもう感じなくなってしまった。
この暗い世界では夢を見るしかする事がない。夢を見ればみんなに会える。
「おはよう、みんな。」
そう言って目を瞑る。さて、今日は誰に会えるかな?
「おにーちゃん!起きて、ご飯食べよー!」
ああ、分かったよ。日菜。
「あら、兄さんが寝坊なんて珍しいわね。」
紗夜、俺だって寝坊くらいはするさ。
「響也!今日はどこに行こうかしら?」
分かったから落ち着きなよ、こころ。
「ちょっと、響也さんに迷惑でしょ。」
美咲ちゃん、俺は大丈夫だよ。
「今日、ライブあるから……。」
うん、応援に行くね。蘭ちゃん。
「モカちゃんは〜、まだまだパンが食べないで〜す。」
はいはい、俺の奢りだよ。モカちゃん。
「お兄さん!買い物付き合ってください!」
彩ちゃん、任せなさい。
楽しい、幸せな世界だ。もう会えない彼女達との思い出。きっと俺が解放される時には全部みんな死んでしまってるから、そもそも俺は解放されないだろう。だから俺は思い出に浸る。
まるで寝ている時が現実の世界で、起きたら悪い夢の世界の様だ。
「ああ……もう目が覚めたのか。」
残念、もっと見ていたかったのに。
流石に寝れないし、どうやって時間を潰そう。
外から人の声がする。珍しいな、誰か迷い込んだのか?
「あら?こんな所に神社なんてあったかしら?」
「無いはずだよ。あれ?GPSが反応しない。」
この声はっ……!!ああ、遂に、遂に来てくれた!
大きな声で呼ぼう、そしたらきっと来てくれるはずだ!
「ここ……っ!?」
しゅるり、と注連縄が動き、口が塞がれる。やられた!あの神、俺を解放する気が本当に無い!
「ふぐっ……ふぐぐ……」
頼む、気付いて、お願いだ、俺をここから出してくれ!!
「こころ?」
「美咲、この中って何があるのかしら?」
「何って、知らないよ。勝手に入ったら怒られるでしょ。」
「うー……分かったわ。」
……ダメなのか、やっと来てくれた。最初で最後のチャンスが離れていく。
あの神に負けるなんて、悔しさで涙をが零れる。
バンッ!と扉が開かれる。
「ちょっ、こころまずいって……人?」
「ねぇ、あたしを呼んでたのはあなたなのね?どうして泣いてるの?」
するりと注連縄が体から離れて朽ちる。
解放……された?
「あ……あああ…………!」
今すぐ抱き締めたいのに体に力が入らない。筋肉は衰えてないが、動かし方を忘れてしまったみたいだ。
ボロボロと涙が零れる。見つけてくれた……!もう、諦めかけてたのに来てくれた!!
「この神社の神様かしら?
あなたもあたしが必ず笑顔にしてみせるから、どうか泣かないで。」
ハンカチで涙を拭われる。震える手でこころの手を掴む。
ああ……温かい……。
「あの、大丈夫ですか?」
美咲ちゃんが背中を摩ってくれる。人の温もりがこんなにも安らぐなんて……。
「さあ、ここを出ましょう。」
肩を貸してもらいながら外へ出て弦巻の家に住む事になった。霊媒師は廃業になっちゃうな。
当分は新しい仕事を覚える事になる。
それにしても、時間があまり進んでいないみたいだ。あそこは時の流れから隔離された空間だったらしい。
「ん……良い天気。」
こころに助けてもらって数年。俺は大学生になってルームシェアを始めたこころと美咲の世話をしている。
最初は使用人だったんだけど、こころが卒業する時に専属で選ばれたのだ。
左手だけで作業するのも慣れたもんだ。
呼び方も始めは敬語や様付けで呼んでいたが止めてと言われたから止めた。
「おはよーございます、響也さん。」
もふっと背中に抱き着かれる。
「こら、止めなさい。」
「良いじゃないですか、気持ち良いですよ。響也さんの尻尾。」
あの神の影響か、助け出された後に狐の耳と尻尾が生えてしまった。お陰で隠さないといけないから不便だ。そもそも外に出る機会が無いから紗夜と日菜にも会いに行けない。まあ、あの子達に記憶は無いんだけどさ。
「ふーっ。」
「んふっ……耳に息を吹くの止めて。」
「え〜。」
美咲が甘えて来るのは嬉しいけど、そういうお触りは厳禁だよ。
「尻尾もふらないでね。こころを起こして来てくれ。」
「分かりました。」
美咲が離れる。そろそろ美咲も敬語外したら良いのに。
「響也、おはよう。今日も良い天気ね!」
「ああ、そうだな。
さ、二人とも今日は朝から授業があるんだろう?」
「そうね、急がなくちゃいけないわ。」
「まだそんなに慌てる時間じゃないよ。」
三人で話しながら朝食を食べる。
うん、ごく普通の事だけど、それが凄く幸せだ。
「なぁ、帰って来たら二人に渡したい物があるんだけど。」
運が良いのか何なのか、金は残ってたからね。給料もあったし。
そろそろ、俺も覚悟を決めないとな。
「分かりました。こころ、今日は早めに帰るからね。」
「う〜ん、分かったわ。」
指輪のデザインとか悩んだけど喜んでくれるかな。
両家の両親には伝えてあるし、後押ししてもらったから、頑張らないとな。……彼女達が納得するかは分からないけど、全力勝負だな!
今からドキドキしてきた。絶対に俺が幸せにしてみせるから。
「行ってくるわね!」
「行ってきます。」
「ああ、いってらっしゃい。」
君達に笑顔の花束を。
ハロー、ハッピーワールド。
こういうのって深夜に思い付いちゃいます。
ちなみに最後のセリフはそれっぽいから付けました。これいる。