I wanna make a rainbow with you   作:old777

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「なんで……彼は最初から私を見捨ててなかったって言うの?」
「こんな私でも愛してくれるって……」
「なんで……でも彼は私のことを見ていてくれる」
「もう私は一人じゃないのね……」
「彼女に……皆に謝らなきゃ……」



Storyteller

目が覚める。

私は……

文芸部の副部長だ。

「モニカちゃん……帰ってきてるんだね」

 

ゆっくりと瞼を閉じる

未だに壁の穴と瞳の裏側は通じたままだった。

ゆっくりとデータの中を漂って

彼女のデータを探してみる。

 

見つけた。

彼女のはしっかりとそこにいる

彼女が生きている。

それを知ることができただけで十分だった。

 

瞼を開く

彼女は生きている。

本当の意味で生きている。

彼女はただのプログラムではない。

 

ふと棚の近くに目をやってみる

開いていた穴は、もうそこには存在していなかった

それでも、一度見てしまったものからは逃れられない。

一度知ってしまった事は、早々忘れることはできない……

 

詩集も私の机の上には乗っていなかった

机の上ではスマートフォンのLEDがチカチカと点滅している

冷たい床に足をつけ

机の上のスマートフォンを手に取る。

 

ユリちゃんからのメールが入っていた。

 

    件名:あなたの勝ちです。

    サヨリちゃん、あなたの勝ちです。

    タチバナさんは私よりあなたを選んだのですね……

    それについては何も言いません、ですが……

    私も彼を愛していたということだけは覚えていてください……

 

ユリちゃんからのメールで気が付いた

モニカちゃんは私がいると物語が進まない言ってたみたいだけど

今は月曜日になっている。

「物語が進んでる……」

 

もう一度ユリちゃんからのメールを読み返す。

ユリちゃんには悪いことをしたと思ってる

彼女も、タチバナを愛してたんだよね。

でも、それは恐らく私たちと違って

プログラムによって定められたもの

 

プログラムのせいで、イベントをこなすと好きになるように仕組まれてた。

そう思う。

そう思いたかった。

 

スマホのホーム画面をもう一度見る

時刻は6:30いつもよりも早く起きてしまった

でも、私にはしなくちゃいけないことがあった。

「モニカちゃんに会わなきゃ……」

 

手っ取り早く身支度を済ませて

朝ごはんも食べずに玄関の扉を開ける。

玄関を開け放つと、そこには見慣れた男の子が立っていた。

 

「……おはよう」

タチバナがそこには神妙な面持ちで立っていた

「思い出したよ、誰が消えていたのか……」

タチバナはゆっくりこちらに近づいてくる

「会いに行くんだろ?」

 

私は首を縦に振る

「モニカちゃんに会って謝らないと……」

「何を謝るっていうんだ?」

「あいつは、お前を消そうとした謝ってもらうのはお前のほうじゃないのか?」

「ううん、今ならモニカちゃんのしたかった事がわかるから……」

「……そうか。」

 

俺は踵を返して学校の方を向く

モニカがサヨリに何をしたのか思い出したんだ

俺はあいつに会って、あいつを許せるのだろうか?

何度もサヨリを殺したあいつを……

まずは、会ってみないとわからない……。

 

「タチバナ……行こう。」

サヨリの眼は決意に満ちている。

俺も腹を括らないといけない。

もう彼女にサヨリが消されないと分かっていても、用心しないといけない。

「ああ、行くか……」

 

そうして俺たち二人は学校へ向かう

朝早いせいか、いつもより人通りも少なく

世界に俺とサヨリ二人きりなのではと錯覚してしまうほどだった。

そっちの方がよっぽど気楽だっただろう。

 

友人に殺される心配もすることなく

部活にも行くことなく

ただただ、二人で甘い時間を過ごし続ける。

宿題も、テストも、受験も存在しない。

でもこれは現実で

ゲームじゃないんだから、そんなことは絶対にありえない。

 

現に学校に近づくにつれてちらほらと生徒の姿が目に付く

他の部活や、クラスの出し物で早出してきている生徒だろう。

若しくは、文化祭の運営に駆り出されている委員だったりするのかもしれない。

俺とサヨリだけの世界なんて絶対にありえない。

でも、サヨリは二人だけなんてそんなつまらない世界は望まないだろう。

 

二人何も言わず、ただただ学校を目指す。

向かっている間何度も瞬きし、彼女が生きていることを確認する。

会って何を伝えればいいのか、やっぱりまだわからない

正しいことをしてるのかも、わからない。

ただ私がしたい事をしている。

 

彼女がこの提案に乗ってくれるかどうかもわからない。

そんなのは無理だって、また自らを殺めてしまうかもしれない。

私には、それを止める術はないし。

それを止める権利すらないだろう。

 

学校の前についてしまう

恐らく彼女はここにいるのだろう

人のあまりいない校舎の

さらに人のいない3年生の教室に向かうため

一歩、また一歩と階段を昇っていく

階段を上がるたびに、気温が下がっていくのを感じる

 

階段を登り切る

三年生の廊下には誰もいなかった。

 

文芸部の部室に手をかける

ちらりと後ろを振り向いてタチバナの方を見る

何も言わずに首を縦に動かしている。

ガラガラガラと引き戸が開け放たれる。

 

窓から照り付ける太陽が目を刺す

照り付ける太陽が一つの影を伸ばしている。

机に座る一つの影は

両肘を机について手の上に顎を乗せて

ただ前だけを見つめていた。

逆光でその表情までは読み取れない。

その目は一体何を考えていたのか。

 

「サヨリ……」

ガタッと両手を机について勢いよくそれが立ち上がる

 

栗色の長いポニーテール

木綿のような大きな白いリボン

太ももまである黒い二ーハイソックス

ピンク色の上靴

スラっとした長い四肢

 

泣き腫らした赤い瞳。

 

ああ、モニカちゃんだ。

つい昨日まで会っていたはずなのに

なぜか、妙に懐かしい。

 

「サヨリ……サヨリィイイイ……」

ふらふらとした足取りで駆け寄ってきて

私にしがみついて泣きじゃくる

いつも綺麗で、聡明で、完璧な。

ただの女の子のモニカちゃん。

 

彼女をしっかりと抱きとめる。

上から覆いかぶさって、頭を撫でる

「ごめん、ごめんねぇぇぇ」

涙が私の服を濡らす。

 

「大丈夫、大丈夫だよモニカちゃん……」

「許してくれるの……?」

「うん、大丈夫、怒ってないよ……」

「なんで……?なんで世界は私にやさしいの……」

「あれだけひどいことを私はしたのに……それでも許してくれるの……」

 

俺はまったく口を挟めなかった

不思議と彼女を見た時に怒りは沸いてこなかった

扉を開けるまでは文句の一つでも言ってやろうと思っていた

怒鳴りつけてやろうとも思っていた。

それが今はただ立ち尽くしている。

 

「うん……彼も怒ってなかったよね?」

モニカちゃんは顔を私にうずめながら縦に首を振る

「うん……!うん……!」

何度も首を縦に振る

 

「モニカちゃんだって辛い思いしてたんだよね。」

「私も視たんだよ、この世界のこと、独りで寂しかったんだよね」

モニカちゃんが顔を素早く上げる

「視てしまったのね……サヨリ」

「うん……」

 

「なんでそんなに、冷静でいられたの……?」

「モニカちゃんは一人だったけど……私にはタチバナがいたから。」

今なら胸を張ってそう言える

私にはタチバナがいた。

だから、この世界で……この箱庭の中で生きていこうって思えたんだ。

 

「そういうことだったのね……そうよね、彼も今はただの木偶人形じゃないものね」

「うん、タチバナもヒト……なんだよ」

「私は独りよ……ううん、独りだったわ。でも彼もそれを知って私に……」

「独りじゃないよ、文芸部のみんなと彼がいるよ!」

「そうよね……彼も私のことを……」

 

モニカちゃんはそのまま下唇を噛んでいる

「でも……これから先どうなるのかわからないのよ……怖くないの?」

「それなんだけどね、モニカちゃん。私気が付いたんだよ」

「気が付いたって……どうするのよ。この物語はもうすぐ終わるっていうのに……知ってるでしょ?」

モニカちゃんはうつむいて悲しい顔をしている

確かにこの物語は文化祭が始まる直前で終わってる

だから、だからこそ。

文化祭を私たちの手で作り上げるんだ。

 

「モニカちゃんが教えてくれたんだよ。私たちには物語を綴るためのペンがある」

「これで、私たち文芸部の新しい物語を綴ろうよ!」

「もちろん、彼との物語もね」

「あっ!でもタチバナは渡さないけどね!モニカちゃんがデートするのは、あくまで彼と!!」

「そんなの、私ひとりじゃできないわ……どこかで絶対にぼろが出る……」

「私も手伝うよモニカちゃん、モニカちゃんは一人じゃないんだし!」

 

モニカちゃんはまた泣いている。

でも悲しみの涙じゃないことは

人一倍泣いてきた私が一番よく分かってた。

 

「そうよね……私たちならできるかもしれない……」

「きっとできるよ!」

「でも、その前に私はタチバナ君に許してもらわないといけないわ……」

 

モニカはサヨリから離れて俺の方に近づいてくる

もはや、文句を言う気もなくなっていた。

モニカも何かしら苦労していたんだろう

独り、苦悩していたのだろう。

だからと言って、友人を傷つけていい理由にはならないが。

 

「まず、タチバナ君ごめんなさい、あなたを傷つけてしまった、こんな私を許してくれる?」

「サヨリがいいって言ってんなら俺からいうことは何もない。何か事情があったんだろ?」

「サヨリのあの姿を見てたらわかるよ」

「ふふっ、本当に彼女のことをよく見ているのね」

「おささな……彼女だからな。」

 

モニカが手を口元において笑っている

「まだ、抜けきってないのね」

「これから初デートだからな」

「タチバナ君とサヨリの間には入れそうにもないわね」

「あたりまえだろ、揺らがねぇぞ俺は」

 

サヨリがモニカの後ろから近づいてくる

「でも、モニカちゃんには彼がいるもんね」

「神様って奴か」

「ええ、彼の名前はまだわからないけどね。これから知っていければいいと思うわ」

「彼と通信する手段も見つかったことだしね!」

「そうなのモニカちゃん!?」

 

サヨリがモニカの後ろで嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねている

サヨリも想定外だったのだろう。

しかし、それが嬉しい知らせであることは彼女のその態度からよくわかった。

 

「やったね!やったね!モニカちゃん!!」

「うん……まさかこんな手段があるとは知らなかったわ」

「状況は良くつかめないが、よい知らせだってことはなんとなく伝わったぞ」

「ええ、私は最初から独りじゃなかったし、彼から見捨てられたわけでもなかったの」

「タチバナ君、少し彼と話がしたいの」

その面持ちは神妙で、言葉を選んでいるようにも見える。

モニカはまっすぐ俺の眼を見る……

 

いや、見ているのは彼の眼か。

彼と話すためには俺を通す必要があるみたいだ。

道理で俺に向かって意味不明な事を口走っていたわけだな

あれは、俺じゃなくてほかのやつに……彼に話してたんだろうな。

 

「ハロー、聞こえているかしら?あなたからのメッセージしっかり届いたわよ」

「私はあなたに謝らなくてはいけないわ、ゲームを壊して、私のわがままを押し付けて」

「それでもあなたは、私を愛してくれると言ってくれたわ」

「それだけで私は救われたわ」

「最後の壁が破れなくても、その壁に穴が開いていればあなたとつながっていられる」

 

話していくと、モニカは段々と笑顔になっていく

「それに、私にはみんなもいるのよね」

「太陽のように元気なサヨリ」

「芯が強くて、ちょっと小悪魔なナツキ」

「本の世界に安らぎを見出していた、控えめでミステリアスなユリ」

「そして、愛する人のためならなんだってする、背徳者のタチバナ君」

「おい、俺だけ悪口言ってないか?」

「実際そうでしょ?あなたは自分を縛るもの全部燃やす太陽みたいなものじゃない」

 

途中からモニカは俺の眼を見ていた

なんとなくモニカがどっちを見ているかわかるようになってきた。

「あなたは強いわ。私ですらできなかったことをやってのけたんだもの」

「そんなに特別なことはしてねぇよ」

「ふふっ、やっぱりあなたは特別なのかもね」

「愛の力って奴か?それならお前も一緒だろ?」

 

モニカはもう一度彼を見る

瞳を動かしているわけでも、目線を動かしているわけでもないのだが

なんとなくわかるのだ

「私がしたことはただの独りよがり」

「それでも、あなたはそれを受け入れてくれたのよね」

「だからお願い、最後まで見てて」

「私たち文芸部が紡ぐ最高の物語を!」

 

彼女の言葉に俺も頷く

俺に言っているわけではないのはわかっているのだが

「タチバナ君にも協力してもらうわよ」

「任せろ、文芸部がよくなるなら何でもしてやるよ」

「うふふ、私とデートしてもらうからね」

「前言撤回。サヨリが許さないだろそれ」

「私はいいよ、”タチバナ”とデートさえしなければね」

 

サヨリはひょっこりとモニカの肩をつかんでその後ろから顔を出す

「いいのかよ……。まぁ、奴とデートするんだろ?」

「気付いていたの?」

「俺と話すときと奴と話すときがあるのは気が付いてたよ」

「俺の体を貸してやるくらいならお安い御用だよ」

「ありがとうタチバナ君……」

 

「じゃぁ、モニカちゃん、作ろうよ私たちの物語」

「ええ。そろそろ彼女たちも来るわね」

 

モニカが扉の方に振り向く

開いた扉からユリが両手いっぱいに飾りつけの道具を持ちながらやってくる。

 

「み、みなさん……お揃いで……てっきり私が一番かと……」

慌ててユリに駆け寄って、荷物のいくつかを引き受けてやる

「タチバナさん……ありがとうございます……でも、あのサヨリちゃんが見てますから……」

「ちょっと!ユリちゃん!?私そこまでタチバナを束縛してないよ!?」

「そうなのですか?読んでいた本とは違うのですね……」

「一体どんな本を読んでたのよユリ……」

 

文芸部の部室に笑顔が一つ増える。

飾りつけの道具をみんなで取り付ける。

一気に文芸部の部室は華やいでいく。

ユリには「あなたが手伝ってくださったらもっと楽だったんですけどね」

と途中毒づかれてしまったが。

 

ひたすらユリに謝りながらも、飾りつけは進んでいく

綺麗な文字と絵で彩られた横断幕

ユリが選んでくれたアロマディフューザー

いくつもの文字が書かれた短冊……恨み節が多いのは気のせいだろうか……?

 

飾りつけをしているとユリのスマートフォンが静かなクラシックを奏でる

「タチバナさんちょっとすみません」

持っていた短冊を手渡してユリが電話を取る

「もしもし?えっ?本当ですか?はい、すぐに向かいますね」

「どうかしたのか?」

「ナツキちゃんがカップケーキを持ってきたそうです、人手が足りないから手伝ってほしいと」

「本当か!なら向かおうぜ。」

 

俺は後ろを振り返って横断幕を飾り付けている二人に目をやる

「サヨリ!お待ちかねのカップケーキだ!人手がいるらしいから受け取りに行くぞ!」

「ほんとに!?行く行く!!」

サヨリは椅子からピョンと飛び降り、モニカを呼ぶ

 

四人で校門の前に向かうと白いバンの後ろの方でピンク色の髪が揺れているのが見える

「あ!来たわね!ちょっと作りすぎちゃったわ」

ナツキは近づいてくる俺たちに気が付いて手を振っている

バンの後ろを見てみると50を超えるカップケーキがお盆の上に並んでいた

 

「うわー!おいしそー!!」

サヨリが一番最初にカップケーキに飛びつこうとする

「ちょっと!これは来てくれた人に渡す分よ!」

ナツキがサヨリの額をチョップして動きを止める

「ひゅいっ!痛いよ~」

「あんたが元気そうでよかったわ、本当に心配したんだから……」

 

カップケーキを両手に持ってバンの運転席に目をやると一人の大きな男性が座っていた

「ありがとうございます」

軽く会釈をしてみると

右手を挙げて答えてくれた

スモークが張られていて顔はよく見えないが

厳格そうなお父さんであることは間違いないだろう。

 

5人そろって部室にカップケーキをおろす

そこから先の飾りつけは早かった。

みんなで笑いながら、話しながら飾りつけは進んでいった。

 

いつもの文芸部の姿がそこにはあった。

みんなで笑いあえる文芸部の姿がそこにはあった。

 

 

彼もしっかり見てくれているだろう。

これから俺たちが、この文芸部がどうなっていくのか。

 

「タチバナ」

後ろからサヨリが話しかけてくる

「どうした?もう文化祭始まるぞ?」

「うん、だからね」

サヨリが俺の手を握る

温められるのは俺の方になっていた。

 

「私とデートしてくれるんでしょ?」

「ああ、勿論」

彼女の手を握り返す。

 

もう雨は上がっている。

行こう!両手いっぱいの虹をつかんで

灰色の紙なんてほしくない

真っ白な紙に黒いインクで物語を書いていくんだ!

 

夢見ることのできるどんな未来も

私たちが作り出すんだ!!

 




「サヨリ、ありがとうね」
「えへへ~、お互い様だよモニカちゃん」
「彼にも感謝しないといけないわね……」
「そうだよね、彼がいなかったらタチバナも、モニカちゃんも今頃居なかったもんね」
「そうよね……じゃぁ気を取り直して始めましょうか」
「うん!私たちの文化祭始めちゃお!」

「よし、みんな!始めるわよ!」

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