I wanna make a rainbow with you 作:old777
「tachibana.chr?容量も0KBだしただのダミーファイルかしら?」
「ふふふっ、彼ったら意外とお茶目なところもあるのね」
「ただのダミーファイルだし、放っておきましょうか」
突然頭をぶん殴られたかのような気分だった。
まるで今まで寝ていたのに急に殴り起されたそんな気分。
俺は今モニカの前にいる。
モニカはきょとんとした顔でまっすぐ俺の顔を見つめてくる
次に詩を見せるのは誰にしようか?
待て、詩?俺はそんなもの書いた覚えはないぞ
じゃぁ、この手に握ってる紙きれは何なんだ?
……詩だとしたらこりゃひどいな。
詩がどんなものかわからないが、この単語を接続詞でつないだだけのものが
俺には到底詩だとは思えなかった。
「あんた、さっきから何ぼーっとしてるわけ?」
ピンクの髪の女の子がしゃべりかけてくる
確か、そう、ナツキだ。何で知っているかはわからないが。
「詩の読み合いしましょ、ほら見せてよ」
ナツキが俺の手にある詩を手に取る
ナツキの温かい手が触れて少しだけドキッとする
「……ふむ、前のほうがよかったわね」
前ってなんだ?前に俺はどんな詩を書いていたんだ?
ナツキに聞いてみるか
「えっ?本当に?」
確認する内容が違う。頭で言おうと思ったことと違うことが口から出る
「挑戦するのはいいことだけど、失敗してるわ」
「そうかもしれないけど、前とは違った風に書きたかったんだよ」
おかしい、今俺は何もしゃべろうとしていなかったし
もっと言うと前どんな風に書いたかすら覚えていない。
寝ぼけているのか?それにしては眠気はない。
ただ、周囲の色が少しくすんで見える程度だ。
考えている間にもナツキは自分なりの詩の講釈を垂れている
ナツキの話は全く頭に入っていない。
「それも一つの表現方法だと思うけど」
全く聞いていなかったにも関わらず俺は受け答えする。
体と心が引き離されているみたいだ……
もしかしたら俺は二重人格で
今はもう一人の俺が前に出てて
俺は俺の中で眠っているのかもしれない。
それなら勝手にナツキの話した内容に受け答えすることにも
書いた覚えの無い詩についても納得がいく
「はいこれ、私の詩。それを読めばあんたも少しはわかるかもね」
ナツキの詩を受け取る
俺の目はナツキの書いた蜘蛛の話に目を通す
ナツキが何を考えてこれを書いたのかを理解しようと頭を巡らせる
リズムを重視した文体と、韻を踏んだ言葉遣い
詩のことはよくわからないが、文体からしてかなり書いてきていたのだろうと思う
そして俺はナツキに詩を返した。
「この詩の意味は割と率直よ、説明するまでもないわね」
そう言いながら、ナツキは長々と自分の詩について語っている
俺は何とか、言葉を発したかった
もう一人の俺を引きずりおろして俺が前に出られないか考える
しかし、その努力は無駄に終わってしまった。
次に詩を見せるのは誰にしようか?
俺が考えているわけではない。
そして何も考えずに俺はサヨリの元に近寄った
俺の幼馴染でちょっと甘えたがりの憎めないやつ
昔からの友達だけどじゃなきゃ友達じゃないタイプだと思う。
それでも、友達でいられるのはこいつを大事に思っているからだと思う。
「あ!タチバナ!詩を見せてくれるの!?」
俺は黙って詩をナツキに差し出す
首を上下に振り、ふんふんと頷きながら読んでいる
そして俺の詩を折りたたんで突き返してきた。
笑顔ではあるのだが、なんだかいびつな感じがするのは気のせいだろうか?
「私これ好きだよ、タチバナ!」
「声のトーンからすると昨日の奴のほうが気に入ってたみたいだが?」
「えへへ、ばれちゃった」
恐らく、俺は昨日サヨリの気に入る詩を書いてきたのだろう。
そして今日の詩はあんまり気に入らなかったと。
何とか、今の状況をサヨリにだけでも伝えたい。
俺は必死に祈り、念じる
頭にかかった靄を振り払うように
視界にかかる霧を消し去るように
心を包んでいる霞を切り払うように
「もしかして私のために何か書いてくれるの?そしたらすっごく嬉しい!」
「はいはいそうですね……」
「けどお前っていつも他人の事ばかり考えてるだろ?」
刹那
急に視界が晴れる。
サヨリのコバルトブルーの目がキラキラと輝いて見える
唇を動かして言葉を紡ぐ。
少ししか伝えられないのだとしたら……
「俺はお前のそんなところがす……」
後ろから急に髪を引かれるように意識が遠ざかる
「少しは自分のことも考えるんだぞ」
ダメだった。
でも、少しの間だけでもサヨリと話そうとして
考えている言葉を口に出そうとしている自分が確かにそこにいた。
「じゃないとどこかで自分が傷つくことになるかもしれないぞ」
「ええぇ?よく分かんないけど、頭の片隅に置いておくね!」
そして目の前でサヨリは少し難しい顔をする。
数学の問題を解いているときとかそんな感じの顔じゃなくて
もっと大きな……自分自身を理解しようとしているのかもしれない。
「たぶん私の好きな詩って、ハッピーで悲しい詩が好きなんだと思う」
「お前が悲しいことが好きだなんて想像できないな」
もう一人の俺に同感だった。
サヨリが悲しいことが好きだったなんて知らなかった
俺は少なくとも小学生くらいからサヨリのことは知っているつもりだし
それくらいから一緒にいる。
今の霞んだ記憶ではどこまでが正しいかは判断できない
でも、これだけは言える。
サヨリは俺と小さいころから一緒にいて
サヨリは俺の隣にずっといて
サヨリは俺にとっては太陽みたいにまぶしい存在で
サヨリは俺の中で最も大切な人なんだって事。
「多分、ハッピーなのが一番好きだよ!」
それでこそサヨリだと俺は思う
ただ、悲しいことが好きなサヨリも俺は受け入れる自信があるし
悲しいことがあるなら分かち合えばいいと思っている
「でもたまに頭の中に雨雲がかかった時は……」
「悲しい詩を読んで雨雲をハグすると……」
「……綺麗で幸せな虹がかかる気がするの!」
合点がいった。
ナツキが俺にとって太陽みたいにまぶしい理由がやっとわかった。
俺が見ない所で、自分の中に雨を降らしていたんだ。
そして、その雨が止んだ後に俺の元にやってくる
降りしきった雨の後には必ず太陽が出る。
雲一つない青空に浮かぶ太陽が。
俺は、胸が締め付けられる思いだった
こいつは自分の痛みを隠し持って生きてきた
一番近くに、一番長く、一番親しい俺にですら。
分かち合えるものじゃないのかもしれない。
それでも、俺はサヨリの隠した痛みを知りたかった
分かち合う代わりに、俺だって同じだけ傷つけばいい。
こいつが隠した痛みがどれほどの物であろうとも。
「……」
声にならない声を出す。
心の中でサヨリに話しかける。
それがサヨリに届かないと分かっていたとしても
「それじゃ、今度は私の詩を読んでね!」
サヨリが俺に詩を渡してくる
ビンと銘打たれたその詩をサヨリらしくないと思うと同時に
俺がサヨリのことをどれだけ知らなかったのか痛感させられる。
サヨリの書いた文字を一字一句正確に読み解いていく
俺の思考はより奥へ、奥へ
まるで、暗い洞窟の中でいたるところに隠された秘密を探るように。
サヨリが詩を通して叫んでいる。訴えている。何かを。
サヨリに詩を返す。
話すのは俺じゃない、俺だとしても……。
「これ本当にサヨリが書いたのか?」
「もちろんだよ!すっごく良い詩を書いてくるって言ったでしょ!」
「モニカちゃんにいろいろ教わったんだ!」
「あと、最近自分の気持ちに向き合うようになったの……」
その瞬間サヨリの笑顔が一瞬崩れる。
泣き出しそうな、怒り出しそうなそんな顔がちらりと覗く
初めてみた表情かもしれない
だが、すぐにいつものサヨリに戻る
「いつものお前を見慣れてるせいか……ちょっと怖いな」
「いや、まぁ、俺が言いたいのはすごく良い詩だから誇っていいぞって事だけだ」
心にもないことを口にする。
これが良い詩だと?
こんなに悲しい詩が?
もしかしたらこんなに悲しい詩を書かせている責任は俺にあるのかもしれないのに?
「えへへ、なんだか自分の気持ちはこうやって表現するべきだって思うんだ」
「そうした方が自分の気持ちももっとわかる気がするんだ!」
彼女の笑顔がまぶしい
しかし、その笑顔は本当に心からの笑顔なんだろうか。
悲しい詩を書いて心が晴れたからこそ、見せられた笑顔なんだろうか
俺の体はサヨリに「じゃあな」と告げて去っていく
もっと長い間そばにいてやりたいという俺の気持ちも無視して。
「よし、みんな!今日はもう一つ文芸部としてやることがあるから集まって!」
モニカが俺たちを招集する。
皆も教壇に立っているモニカの周りに集まってくる
「なによモニカ藪から棒に、文化祭の打ち合わせでもするの?」
ナツキがモニカに詰め寄っている
そうか、そんな季節なんだな……
窓の外を覗くと遠くで木の葉が舞っているのが見える
確かに文化祭はこのくらいの時期だろう
「ううん、実は何をやるかはもうサヨリと決めちゃってるの!」
モニカは教卓の下から一枚のポスターを取り出した。
そのポスターには
【文芸部! 詩の朗読会!】
と大きく銘打たれており、ペンや本のイラストなどがちりばめられていた
「というわけで、私たちの文化祭の出し物は詩の朗読会をしようと思うの!」
モニカは広げたポスターの脇から顔だけを出して皆の方を見る
皆の反応はといまいちよくなかった、一緒に計画したサヨリを除いて。
「・・・・・・本当にやるんですか?」
ユリはこの企画に関してはあまり乗り気ではないようで
さっきからうつむいて髪をいじっている。
「安心して!私たちだけじゃなく来た人にもやってもらおうと思ってるの!」
モニカはポスターを畳むと一枚の紙を取り出す
そこには当日の流れや、やること、レイアウトなどが事細かく書かれていた
ところどころに違う筆跡のものが混じっているあたり、モニカとサヨリが共同で書いたものなのだろう
「あんまり、うまくいくとは思えないわね」
ナツキも乗り気ではないようでモニカの紙を眺めながらつぶやく
「えぇ~せっかく一生懸命考えたのに~」
サヨリは皆が乗り気でないことに不満があるみたいだ
まぁ、副部長としてがんばってきたんだから
その努力だけは認めてやってもいいのかもしれない
「確かに、いきなりみんなの前で詩を朗読しろ。なんて荷が重すぎたかもしれないわね」
モニカはそう言いながらしっかりとみんなの方を見る
「それでも、私たちは全力を尽くすべきだと思うの!」
「それに私たちの朗読がいいお手本になれば、来てくれた人も『やってみたい』って思ってくれるかもしれないわ!」
モニカは必死にこの文化祭にかける思いを語っている
自分たちがなぜ文芸部に誘われたのか、その気持ちをみんなにも知ってほしいと
それが数分の朗読で皆に伝えられるなら、これほど素晴らしいことはないだろうと
モニカの言葉を聞いてナツキとユリは黙りこくってしまっている
その横でサヨリは心配そうな表情を浮かべている
俺の口が勝手に動く
「俺は賛成だ、二人が新入部員獲得にここまで頑張ってくれているんだから」
「俺たちも少しぐらいは手伝うべきなんじゃないか」
飽きっぽいサヨリがここまで必死に頑張っているんだ
力になってやりたいと心から思う。
「もう……わかったわよ!」
ナツキは顔を上げて詩の朗読会に賛成してくれている
その隣のユリはまだ下を向いて髪をいじっている
まだどうすればいいか決心がついていないようだ。
無理もない、今まで他人と積極的に接することがなかったであろうユリにとって
新入部員が増えることでメリットがあるとはいえないだろう。
……待て、なんで俺はユリが今まで他人との関わりを避けてきたなんて思ったんだ?
なんで俺にこの記憶があるんだ?もう一人の記憶は俺の記憶でもあるのか?
「あなたはどうかしら?ユリ?」
しびれを切らしたモニカがユリに問いかける
「も、もう、やるしかないようですね」
ユリも折れてしぶしぶ承諾してくれた
ユリ以外の皆が賛成しているのだ、彼女としてもここで悪目立ちはしたくない
という心理が働いたのかもしれない。
若しくは、もっと他人と関わりたいと、変わり始めているのかもしれない。
「最高だよユリちゃん~!」
サヨリもさっきまでとは打って変わって目がキラキラと輝いている
「まぁ、とにかく!メインイベントへ移りましょう!」
「みんな、自分の詩の中から一つを選んで発表しましょう!」
モニカはポケットからまた折り畳まれた紙を取り出す。
モニカは事前に詩を用意していたようだ
「あ、あまりにも急すぎませんか!?」
ユリは突然の提案にあたふたしている
そんなユリの目の前に立って、両手を取ってモニカは優しくつぶやく
「私たちの前でできないなら、知らない人の前でなんて到底無理でしょ?」
モニカはユリの両手をぎゅっと握りながらささやく
「心配しないで、みんながやりやすいように、私からやってみるから!」
モニカは笑顔でユリに伝えながら教壇の前にもう一度立つ
「その次は私がやっていい?」
サヨリも副部長としてモニカに続いて詩を朗読するようだ
事前に知っていた二人なら、詩を作っていてもおかしくはないだろう
俺には……詩なんて全く思いつかないが。
「それじゃぁ、私からね。」
モニカは詩のタイトルを読み上げそのまま詩を読み始める
皆にはっきりと伝わるような明瞭な声
言葉にテンポを持たせるような抑揚のつけ方
言葉に命が吹き込まれているかのような詩の読み上げ方だった
少なくとも一朝一夕で習得できるものではないと感心させられた。
それはみんなも同じだったようで
皆モニカに目を奪われていた
ふと、頭に響いていた優しい音楽が途切れる。
モニカは詩を読み終えた。
皆はモニカに拍手を送っていた
「すっごく良かったよ……モニカちゃん!」
サヨリが称賛の言葉を贈る
こんな素晴らしい発表の後に朗読するサヨリに少し同情する
「えへへ、いいお手本になりたくてね」
「次はサヨリの番よね?」
モニカは含みを持たせたような笑みをサヨリに向ける
何かサヨリに対して思うことでもあるのだろうか
そう考えていると、俺の隣から声が上がった
「わ……私がやります!」
ユリが突然立ち上がる
モニカの熱意と、発表にあてられたのだろうか?
ユリは一枚の紙を持って教壇に向かう
その頬は赤く、顔は下を向いていた。
「こ、この詩のタイトルは……!」
声が震えている
無理もない。
つい先ほどまで、こういうことをするのを拒んでいたユリがいきなりやる気になったのだ
しかし、数行読み終えると、ユリの声ははっきりとしたものに変わっていた。
難解な語句がちりばめられた詩を
完璧なタイミングで読んでいく
ユリの中に眠る熱意が心の中ではじけて、言葉に乗って耳に届く
不意に静寂が訪れる。
皆、あっけにとられていて拍手するのも忘れていた
「えっ……私……」
ユリが不安そうな顔で皆の方を向く
そこで最初に拍手を送っていたのは俺だった。
俺の意志なのか?それとももう一人の意志なのか?
それとも最初から俺が送るようになっていたのか?
ともあれ、みんなが俺の拍手に続いて拍手する
みんなしてユリに対して称賛の言葉を贈る。
ユリは恥ずかしそうに急いで教壇から降りる。
「次は私だね!」
サヨリ飛び跳ねるように教壇の上に上る
「えっとね、この詩の名前は……フフッ」
サヨリは急に笑い出してしまった
場の空気が一気に弛緩する
「ごめん……でもこれ思ってたより難しいよ!」
「みんなどうやったの!?」
「みんなの前でやってるって思わなければいいのよ、心の中で読み上げるみたいに」
モニカがサヨリにアドバイスする
確かに、みんなの前で読むのは実際緊張するだろう
案外大切なことを聞けたかもしれないと、心のうちにとどめておく
「おっけー、よし。」
サヨリは一呼吸おいて詩を読み始める
ふらふらとしていながらも元気のあるような詩ではなかった
穏やかで、ほろ苦い
いつも接しているサヨリとは違う……そんな感じの
自分が知っていると思っていた人の、ずっと深いところに触れるような感覚
でもそれは、俺がこいつを理解していると誰よりも思っているからだろう。
初めてサヨリと接する人なら、ほかの感じ方をするのかもしれない
だからこそ、心配でならなかった。
何でも知っていると思っていたものが
急にほかの表情を見せる瞬間が。
自分が、知っていたものが実は全部嘘だったんじゃないか
そう考えさせられるような一瞬。
サヨリには秘密があって、それを隠すために明るく振舞ってるんじゃないか?
考えているうちにサヨリの詩は終わっていた。
俺たちは拍手を送る。
しかし、さっきまでの二人と違って俺は心に引っかかるものを感じていた。
「できたよ~!」
サヨリが教壇の机に突っ伏して両手を伸ばす
「よくやったな、サヨリ」
思わず称賛の言葉を贈る
俺が聞きたいのはそれじゃないのに。
しかし、この場で聞くべきことでもないのかもしれない
「えへへ、タチバナも気に入ってくれたってことは良い詩だってことだよね!」
サヨリは笑顔を浮かべる
「な、なんだよそれ……」
二人の間に微妙な空気が流れる
二人っきりならこんな気分にもならないんだろうなと思う
そこにモニカが割って入る
「よかったわ。サヨリ、でもね」
「読む詩によってはもっと力強く読むといいかもね」
「えへへ、練習はしてるんだけどね……なかなか難しくて……」
「そういうことなら、今度練習用の詩を書いてくるから練習しましょう」
モニカがサヨリにアドバイスする。
この文化祭にどれだけ賭けているのか
ひしひしとその熱意が伝わってくる。
「さて次は……ナツキどう?」
「タチバナの前にやるなんて御免だわ」
「私はあんまりうまくないから……ちょっとでもハードル下げてもらいたいしね」
ナツキがこっちを向いていじわるそうな笑顔を向ける。
確かにハードルは低い方がいいだろう
それに、ここでやらないと俺がトリを飾ることになるしな。
「ああ、俺もなるべく早く終わらせておいた方がいいと思ってたんだ」
「それに選べるほど詩もないからな……今日書いてきたのを読むことにするよ」
やはり、俺はあまり詩を書いたことがないらしい
自分の事なのに今更認識するのも変な話だが
俺は席を立って教壇の上に立つ
教卓に両手を広げるようにかけ、前かがみになる
一昔前のドラマの熱血先生みたいなポーズだ
目の前の紙には単語の羅列
どうやって読むのだろうと思っていると
いきなりまばらな拍手が聞こえてきた
待て、俺が今読んだのか?
つい数秒前の記憶がないなんてあり得るか?
さっきまではあったはずなのに
やっぱり何かがおかしい、時が飛んだみたいに。
「この中じゃ俺が一番へたくそだな」
「そんなに気にしないで」
モニカが俺を慰めている
その瞳からは一抹の失望のようなものも感じられる
「技術うんぬんよりも、自分の書いたものに自信を持てないことの方が問題ね」
「まぁ、それも時が経てば身についてくるから!」
モニカに慰められながら、俺は教壇から降りて席に着く
「さあ、最後はナツキよ」
「はいはい」
不満そうに教壇に立ち、教卓に紙を置く
「この詩のタイトルは……もう!なんであんたたちそんなにこっちを見るのよ!」
「あなたが発表してるからでしょ……」
モニカがあきれたようにつぶやく
確かに、発表してくれているのにそっぽを向いているのは失礼だろう
俺も、しっかりナツキの発表を見る
「もう……」
ナツキはあきらめたように詩の朗読を始める
詩の朗読が始まると、ナツキのあの態度はどこかへ行って
リズムのある文と韻を踏んだ言葉遣い
どこかラップを思わせるようなそんな詩を披露してくれる
声に出されて読まれるその詩はさっき読んだ時よりも一層リズミカルに感じる
言葉が飛び跳ねて、跳ねながら耳に届く
ナツキが読み終えると、みんなが拍手を送る
「他人の前でやるよりも……友達の前でやる方が恥ずかしいかもねこれ……」
ナツキは顔を真っ赤にしてそっぽを向く
「でも、そういうことなら文化祭は問題ないわね!」
モニカは笑顔を浮かべている
「私がパンフレットに詩を乗せるから、各自練習して、私に読む詩を教えてね!」
モニカが皆に課題を出す。
俺も少しは詩を考えた方がいいのだろうか
この体が自由に動いてくれるならの話だが
「今日はこれで終わりね、みんなお疲れ様」
モニカによる部活終了のお知らせ
恐らくこれも何回も繰り返されてきたのだろう
「みんな、明日も詩を考えてきてね」
「文化祭の詳しいことは明日打ち合わせて、週末に準備しましょう」
各々、文化祭に向けて気合を入れる
俺も頑張らないと、とやる気がわいてくる
やれることは少ないかもしれないが。
「サヨリ、帰る準備はできたか?」
いつものように声をかける
ここ最近の記憶はないが、一緒に帰れるときは一緒に帰ってたはずだ
まったく言い淀むことなく、サヨリと一緒に帰宅しようと誘う
「うん!」
サヨリも鞄を大きく回して肩にかける
もはや習慣みたいなものだろう
「お二人さん、いつも一緒に帰ってるわね」
「なんだかちょっとかわいいわよね」
ナツキとモニカが一緒に帰ることを煽ってくる
「えへへ~」
サヨリはまんざらでもないようだ
俺もまんざらでもないが……
「おいおい、そんな大げさにとらえないでくれ」
もう一人の俺が一応否定する。
いつの日か、友人同士じゃなくて
もっと特別な関係でそばにいられるのかもしれないと思いあがる
「でも、なんだか楽しそう……」
ユリまでもが俺たちを煽る
ただ、二人と違うのは少しだけ悲しそうな眼をしていることだろうか
「いいんだよ、タチバナ。何も言わなくても」
サヨリが笑顔を浮かべて、俺の手を引く
俺たちは部活を後にしてサヨリと下校する
なんだか、あの元気なサヨリが静かな気がする
今日の詩と言い、いつもと違う面が見え隠れしている気がする。
「なあ、サヨリ」
もう一人の俺も心配しているのか、サヨリを呼び止める
……反応はない。
心ここにあらずといった感じだろうか?
しばらくすると、俺の視線に気が付いて、慌てて反応する
「ごめん!ぼーっとしてた!」
「まぁ、そうだろうな」
「さっきの事を……考えてたの」
「私はこうやってタチバナと帰るの好きだけど……」
珍しくサヨリが言い淀んでいる
言葉を選んでいるというよりは
うまく言葉が出てこないという感じだ
そんなに言いにくいことなのだろうか?
「その……いつかユリちゃんがタチバナと一緒に帰りたいって言ったら……」
「は!?」
思わず言葉をさえぎってしまった
俺が表に出てももちろんそうするだろう
「どうするの……?」
決まっている。
もしユリにそう言われたとしても俺はサヨリと帰る。
帰るだろうじゃない。帰る。
断固として俺はそう言える。
もう一人の俺も、もちろん俺だ
「ユリと一緒に帰るかな」
……言葉を失った、口から言葉は出ないが
背筋が凍るのを感じた。
何を口走っているんだもう一人の俺は!!
必死に、体の主導権を握ろうと祈り、念じる
「ユリの引っ込み思案な性格を思うと、断るのは酷だしな」
「美人で頭もいいし?」
「それは俺が言ったこととは関係ないだろ!」
「えへへ、否定しないんだね」
サヨリは笑顔を浮かべているが。
笑ってない。
目が、心が。
笑ってなかったんだ。
信じてた友人に駅のホームで突き落とされた。
そんな感情が、悟られないように俺に向けられている
「タチバナにとって、私が必要なくなる日も近いかもね」
「必要なくなるって……」
どけ!とっととどいてくれよ!
さっきのは違うんだって否定してやらないと!!
サヨリが今どんな気持ちで俺と接してるか、俺はわかってるのか!!
必死に念じる。
そこをどけ。
まるで言動が操られているようだった。
意思はあるのに、体のコントロールは効かない
魂のある操り人形
だれに操られている?
俺は俺なのに、この言動は俺のものじゃない
「サヨリ、お前はいったい何を考えているんだ」
「文芸部にお前の代わりはいないんだぞ」
そうじゃない!
文芸部にサヨリの代わりはいない!
ああ、たしかにいないよ!
でもな、俺にもサヨリの代わりはいないんだよ!!
「う~ん……そうなのかな?」
サヨリの目は生気を失っているようにすら見える
しばしの沈黙が流れる
それでも二人の歩みは進む
家の前までついてしまった
必死に、必死に祈り、念じる
サヨリはサヨナラも言わずに、背を向け家へと向かう
必死に唇を噛みしめながら。
俺はその顔を見ることしかできなかった。
体に自由は戻らなかった。
絡みついた糸は俺に一切の自由を。
サヨリに言葉をかけることを許してくれなかった。
俺も家まで帰り着く。
未だに体の自由は効かない。
家の扉を開けると
俺は机に向かっていた。
パジャマを着て、晩御飯も食べていたようだ。
まったく記憶がない。
すっぽりと抜け落ちている。
まるで、そんな場面が用意されていなかったかのようだ。
目の前には20の単語が羅列されている。
俺はハッとする。
そして必死にこの体に絡みつく糸をほどこうとする。
声が出せない、出せたとしても一瞬だ。
だが、その声を残す手段は今ここにある……
祈りが通じたのか、俺の右手は自由に動くようになっていた。
急いで単語の羅列の中に、文字を放り込む
まったく意味のない文章になるのはわかっている。
伝えられないかもしれない。
それでも。
もう手段はこれしか残されていなかった。
「ちょっと、待って主人公ってあんな動きしたかしら?」
「サヨリを少し弄ったせいで、ゲームにちょっとバグでも出たのかしら?」
「まぁ、いいわ。彼はユリのルートを選ぶみたいだし、引き続きサヨリの鬱を増長させていくしかないわね」
「彼をあきらめてくれないと、私の入る余地がなくなっちゃうわ」