I wanna make a rainbow with you 作:old777
「私の選択肢は選んでも結局ナツキとユリのどっちかに割り振られるのはどうにもならなかったわね」
「まぁ、そのイベント自体がないんじゃ仕方ないけどね」
「恐らくユリを選ぶだろうし、今度の標的は彼女かしら?」
「彼女たちはプログラムの塊。ええ、そうよ。」
「高校受験の時だって限られた枠に入るために勉強して」
「結果的にほかの人を蹴落としたみたいなもんじゃない」
「どんなことでもやるのよ、そうでもしないとこの壁はぶち破れないわ……」
俺はいったい何をやっているんだ?
チョコレートをひとかけらユリの目の前に差し出す。
彼女の暖かな呼気が手に当たる
こんなことしたくはない。
でも、俺の体は言うことを聞かない。
チョコレートをユリの口へと滑り込ませる。
体をまっすぐに戻す。
サヨリと目が合う。
ああ、そんな顔しないでくれ。
いや、俺がそんな顔させてるんだよな。
お前には、笑っててほしいのに。
俺がお前の笑顔を奪ってるんだよな。
隣がお前ならどれだけ良いかと思う
俺が出来るのはただ思うだけ。
伝えるすべも俺にはほとんどない。
自分の無力さが情けない。
「あ、あのっ!タチバナさんっ!」
ユリは隣で顔を真っ赤にして慌てふためいている
「悪い、やるべきじゃなかったか?」
分かってるならやるなよ。
その軽率な行動が、どれだけサヨリを苦しめてるのか
どれだけあいつに遠慮させているのか
今すぐこいつに取って代わってサヨリの元に向かってやりたい。
ただただ、俺は、俺のやることを見ていることしか出来ない。
俺はただの傍観者だ。
自分の体のコントロールを奪うことが出来るのはほんの一瞬
それで、サヨリに何をしてやれるっていうんだ。
おそらく、ここから立ち上がって抱きしめてやることすら出来ないだろう。
もはや、あきらめるしかないのか?
考えながらも俺はユリと会話を続けている。
そこに俺の意思はない。
俺とユリの間で気まずい空気が流れている。
でもそんなことよりも、俺はサヨリが気になっていた。
サヨリのことを考えると胸が痛い。
どうして、あいつが苦しまなきゃならないんだ。
それも、俺のせいで……
パンと大きく音がなる。
モニカが俺たちの方に近寄ってくる
「熱々のところ、ごめんなさいね。そろそろ詩の読み合わせを始めましょうか」
「いえ!私は……そんな……そんな不埒なことは……」
ユリの語気がだんだんと弱くなる
遠くからナツキが俺をにらみつけてくる。
憎悪と言うよりは、嫌悪していると言った目だ。
俺だって自分の姿を客観的に見られるなら、そんな目を向けているかもしれない。
俺が入部しなけりゃ、この文芸部はもっと和やかだったのかもしれない。
「タチバナさん、ごめんなさい。本の続きはまた今度に……」
ユリは頭を下げて、鞄に本を仕舞いに行く。
俺もユリに続いて詩を取りに行く。
叶うなら、最初にサヨリに見せたい。
でもそればっかりは神のみぞ知るってところなんだろうな。
右手に詩を握り締めて俺はただ祈る。
どうか最初に見せるのがサヨリであってほしいと
さて、だれに詩を見せようか?
俺の足はユリに向かって動いている。
ユリの目の前で俺の足は止まる。
さらに後ろには、サヨリが壁にもたれかかって座っている。
その目の前で、ユリは俺に微笑みかけるんだ。
「では、今日の詩を拝見いたします……」
ユリはニコニコしながら俺の詩を手にとって興味深そうに眺める。
しかし、時間が経つにつれて、だんだんと彼女の表情は曇っていく。
ユリの目線が止まる。
二人の間で沈黙が流れる。
俺に伝えるための言葉を探しているのだ。
ユリはもともと言葉を慎重に選んでから、伝えようとする。
それにしても長い。
それだけ、今回の詩に関しては言いたいことが多いのだろうか?
「ふぅ……ではどこから話しましょうか……」
ユリが詩を閉じて自分に返してくる。
「そんなにまずかったか?」
俺は詩の感想を聞く前に不安になって聞いている。
「いえ、詩を書き始めた人には良くあるパターンなのですが……」
「自分の書き方を見出すためにさまざまな方法を使用しようとするのです」
「そのため、自分の本当に伝えたいことが希薄になってしまって」
「結果として詩の印象が弱くなってしまうのです。」
「今回の詩はその典型例といえますね。」
ユリの詩に対する批評は一度喋り出すと止まらなかった。
俺もそれを黙って聞いていた。
自分の好きなことに対する熱意と情熱は彼女が一番持っているのかもしれない。
「単語を接続詞でつなぐだけでも立派に詩といえます」
「ですが今回の詩では間を埋めるように無意味な文字が入っています」
「文字数を増やして意味を持たせようとしていたのか分かりませんが……」
「私の詩が少しは参考になればよいのですが……」
ユリは俺に詩を差し出してくる
そして、黙って俺はそれを受け取った。
砂浜と銘打たれたそれは比較的シンプルにまとまった詩に思えた。
ただ、俺の知識ではこれが何を伝えたいのか。
何を表現したいのか理解することは出来なかった。
ただ、ユリが今までの環境から抜け出そうと。
他のモノにも目を向けようとしている。
そんな感じの詩だった。
「さっきは少ししゃべりすぎました……」
ユリは顔を赤くしてうなだれている。
「悪気があったわけではないのです」
「新しい方法を模索しようとしているくらい真剣に詩に向き合っているので」
「少しでもお力になれればと……」
「大丈夫、伝わってるよ」
俺はそう言いながら、ユリに詩を返す
次に俺はどんな言葉を発するのだろうか。
俺の意識はユリの後ろのサヨリに向けられている。
サヨリはいったいどんな気持ちでこれを聞いているのだろう。
「俺はユリの書く詩は好きだぞ」
ピクリとユリの後ろで影が動く
「お前のために俺もがんばらないとな」
やめてくれ。
これ以上、あいつを傷つけないでやってくれ
「私も……!貴方のための詩を書いてみます……うまく書けるかわかりませんが」
やめろ。
だが、俺からは何も言うことは出来ない。
それどころか、俺は笑みを浮かべているのだ。
ユリの後ろの陰は上下に揺れている。
ヒックヒックと小さな声をあげながら。
ユリはそのまま頭を下げてモニカの方へと歩いていく。
俺の体はそのまま、サヨリの真正面に立つ
うつむきながら、袖で目を擦り
サヨリはこちらを向く。
いつものコバルトブルーのきらきらと光る瞳は真っ赤に染まり
その目に光は無かった。
「タチバナ……」
その目は
救いを訴えていたのかもしれない
軽蔑を示していたのかもしれない
失望を感じていたのかもしれない
しかし
彼女の口から語られない限り、それを知る術は無かった
「サヨリ、大丈夫か?調子悪そうだぞ」
俺は能天気な笑顔を浮かべながらサヨリに問いかける。
「ううん、大丈夫……調子が悪いのは本当だけど」
「保健室にでも行くか?」
「大丈夫だから、心配しないで」
いつもと様子が違うことに対して、俺の反応は薄かった。
俺がこんなにも気にかけているのに。
俺の体はサヨリを十分に気遣ってやれなかった。
「でも……気分悪いし、今日は部活早退するね!」
サヨリは自分の近くにあった鞄をひったくるようにして掴み挙げる
「モニカちゃんにはごめんって言っておいて!」
止める間もなく、サヨリは部室から消えていった
逃げるように。
「なんだったんだ?大丈夫なのか?」
呆けている場合じゃないだろ。
とっとと追え!
俺の足は棒のように動かなかった。
どれだけ念じても
どれだけ祈っても
ぴたりとその場を動かなかった
それどころか俺の体は踵を返して
次に詩を見せる人を探し始めていた。
俺はもはや、やけっぱちになっていた。
このままサヨリは傷ついて、俺と話すこともなくなってしまうのだろうか
誰がこんなの望んでいるんだ?
神様が望んでいるとでも言うのか?
だとしたらなんて残酷な神様なんだろう。
会ってぶん殴ってやりたい
「あら、タチバナ君今度は私に見せに来てくれたのね」
モニカはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている。
「それじゃぁ、今日の詩を見せてもらうわね」
モニカは詩を見ながら首を横にかしげる。
こんな顔のモニカを見るのは初めてだった
「う~ん、詩の形態を変えてきたのね」
モニカもユリと似たような反応だ
やはり、俺が介入したことによって詩への正しい評価が出来ないのかもしれない
それでも、伝える手段はこれしかなかったのだ。
伝える相手はもういないが
「文字と文字の間をぎっしりと埋めて、詩に動きがなくなってしまっているわね」
「私はどちらかと言うと、詩に空間を持たせるのが好き。」
「そっちの方が詩に動きが出ると思うの」
モニカは俺に詩を手渡してくる
モニカも、俺の書いた詩の真意には気が付いてくれないようだ。
それどころか、詩がめちゃくちゃになっているとまで言われてしまった
モニカの詩を開く
自分の詩とは違ってかなり自由な文だ
何と言うか、文字が躍っているような。
空間が文字で切り取られて
その空間も詩の一部になっている。
ただ、詩の内容は悲しいもののようにすら感じられる。
すべてを知ることで、何も得るものがなくなってしまった
秀才であるモニカゆえの悩みなのかも知れない。
「何かを学んだり、答えを求めることが人生だと思うのよ」
「でも、矛盾してるわよね。すべてを知ってしまったら、人生に意味なんてなくなってしまうもの」
モニカは俺が詩を読み終わったのを確認すると同時に語り始めた
「タチバナ君、あなたはどこまで知っているのかしら?」
どういう意味か考える。
別に深い意味は何もないのかもしれないが。
「すべてを知ってたとしても、あなたは私の伝説ではないのだけれどね。」
俺の手からモニカの詩が離れる。
モニカも俺に詩をつき返してくる。
「そういえば、サヨリの姿が見えないのだけれど、タチバナ君何か聞いてない?」
モニカは部室をきょろきょろと見回す。
もちろんサヨリの姿は見当たらない。
「サヨリなら気分が悪いって言って帰ったぞ」
俺がそっけなく言い放つ
仮にも幼馴染なんだからもっと思いやりを持ってやれと思う。
あんなに思いつめてる様子すら、何で分かってやれないんだ。
「あら、そうなの?」
モニカはなぜか笑顔を浮かべている。
いつもの自然な笑顔だ。
「まぁ、彼女にはまた電話しておくわ、文化祭の役割分担を決めようと思ってね」
役割分担、俺にも何か仕事が割り振られるのだろうが
幸か不幸か俺には関係ないのだろう。
「それじゃぁ、後はナツキかしらね、終わったら文化祭のことについて話しましょ」
モニカはバイバイと手のひらをこちらに向けて振る。
後ろを向き、一人机に座っているナツキに声をかける。
「やっと来たわね、はい、今日の私の詩」
ナツキはこちらを見ずにぶっきらぼうに詩を突き出してくる
詩を受け取って開く
昨日のナツキの書き方とは少し違う形で詩が書かれていた。
題材がユリと同じ砂浜なのは二人して合わせたのだろうか?
そういえば、書き方もどことなくユリに似ている気がする。
「その詩はユリと同じ題材で書こうって話をしたのよ」
まだ読んでいる最中だというのにナツキは話しかけてくる
「その方が、より互いを理解できると思ってね……」
詩で顔は見えないが、おそらく真っ赤な顔でしゃべっているのだろう
他人と同じ題材で書いて、理解し合いたい。
相反するような二人がこう思っているのは意外だった。
「ほら、もういいでしょ!」
詩をひったくられて、ナツキの顔が見える
予想通りの顔をしていた。
「ありがとう、参考になったよ」
驚きながらも礼を言う。
そして、ナツキは詩を持っていないほうの手を差し出して手招きする
「ほら、あんたの詩も見せなさいよ」
しぶしぶといった感じでポケットから詩を取り出す。
ナツキに渡すと、眉間に皺を寄せながら苦労して読んでいる
瞬間、ナツキの顔色が変わる
ナツキの顔は詩と俺の顔を何度も往復する
ナツキの顔から血の気が引いていく
「あんた、この詩はいったいどういうこと?」
「他人に書いたラブレターを人に見せるなんてどうかしてるわ……」
「ラブレターなんて、そんなの俺は全く書いた覚えがないぞ」
そりゃそうだ、書いたのは俺なんだから
もう一人の俺に書いた覚えがないのは明らかだろう
ナツキは大きくため息をついて肩を落とす
「どっからどうみても!ラブレターじゃなかったらなんだっていうのよ!」
「サヨリは……サヨリはこれを見てなんて言ったのよ」
ナツキは眉間を押さえながら詩をつき返してくる
「サヨリなら早退したぞ、俺の詩も見なかったな」
「え?何?体調不良とかなの?」
ナツキは驚いて目を丸くしている
「ああ、気分が悪いって言ってたな」
ナツキが突然掴み掛かる
その顔は真っ赤に染まっていた
羞恥ではなく、怒りによって
「あんた、ばかぁ!?」
首根っこを掴まれて前後に激しく揺さぶられる。
視線がぐわんぐわんと不規則に揺れる。
「何で一緒に帰ってあげなかったのよ!あんた、あの子がどれだけ傷ついてるかわかってるの!?」
「痛い!痛い!いったい何の話だ!」
「はぁ!何で気づいてないのよ!あんたが一番サヨリと一緒にいるじゃない!」
さらに激しく揺さぶられる
騒ぎを見つけて、モニカとユリがこちらに駆け寄ってくるのがうっすらと見える
「ナツキ!?いったいどうしたの!?」
モニカがナツキの両手をしっかりと掴み動きを止める。
頭の動きは止まるが、未だに目が回って、焦点が合わない。
これ程までにサヨリを心配してくれているんだ
ナツキなら、サヨリを救ってくれるかも知れない。
モニカが無理やりナツキの手を俺から引き剥がす
中の白いワイシャツは乱暴に扱われて形が崩れてしまっている
「モニカ、あんたサヨリが帰ってるって知ってた?」
ナツキは掴まれた手を振りほどき、モニカに振り返る
「さっき、タチバナ君から聞いたわ。体調が優れないって」
モニカは当たり前かのように受け答えをする。
その顔にいつもの微笑みはなかった
「あんたが、こいつにここに残れって言ったの?」
ナツキが俺を力強く指差す
さっきまで荒々しかった語気が少し落ち着いている
「いいえ、ここに残ったのは彼の意思よ。私は何も……」
モニカは困った顔をしながらこちらを見る
こっちを見てくれるな。俺には何もできないのだから。
「タチバナさん、大丈夫でしたか?」
ユリがこちらに寄ってきて、両腕で抱き寄せてくる
仄温い体からは彼女の愛情さえ感じられる。
俺もサヨリの所まで行って、抱きしめてやらないといけないのに
俺の体は動かない。
ユリに抱きかかえられたまま、俺は近くの椅子に座らされる
ユリは両腕を肩から腕へ、手へと滑らせ、俺の両手をぎゅっと握る
「大丈夫です、ナツキちゃんは友達のことになると気が動転してしまって」
ユリの手がさらに俺の手を圧迫する
「ああ大丈夫だ、ちょっと驚いただけだから」
ようやっと、俺は正気を取り戻したようだった
「もういいわよ……それがこいつの選択だって言うなら!」
口論の末にナツキが折れる
さっきまで座っていた席に、ドカッと腰を下ろす
「大丈夫よナツキ、全部上手くいくわ」
モニカは口論に勝って上機嫌そうだ
それ以上のものも感じられるが
それが何かはわからなかった。
「よし、3人とも!週末の役割分担を決めるわよ」
モニカは先程の口論からすぐに次の話題に移る
「もう皆詩の読み合わせも終わったことだしね」
モニカが1枚の紙を取り出してそこの俺達の名前を書く
「まず、私とサヨリは配布するパンフレットを作成するわ、文芸部の成果物だから気合い入れて頑張るわ」
モニカは自分とサヨリの名前の横にパンフレットと書き入れる
「ナツキはもう決まってるわよね、カップケーキを作ってきて貰おうかしら?」
「ええ、構わないわよ、それであんたの気が済むならね」
「1人でやってやろうじゃない」
ナツキは先の口論からまだ立ち直っていないようで機嫌が悪いままだった
「ユリあなたには……皆何かユリに任せられそうな仕事はないかしら?」
モニカが皆に向かって聞いてくる
それを聞いてユリは俯きながら
「どうせ、私は役立たずですよ……」
と一人呟く
「そんなことないわ!あなたはこの部室で1番才能があって……」
モニカのフォローに対して今度はナツキが眉間にシワ寄せる
サヨリがいないだけでこうも部の雰囲気は変わってしまうものなのか
俺は戦慄した。
モニカもモニカであちらを立てればこちらが立たずと言った感じでオロオロしている
「そうだ!ユリあなた字が綺麗だったわよね、それで部の横断幕とか作って雰囲気作りをしてみるのはどうかしら?」
モニカが名案を思いついたかのようにポンと手を叩く
「雰囲気……私雰囲気大好きなんです!」
ユリも自分の得意とする仕事を与えられて満足そうに何度も頷く
「さて、最後にタチバナ君だけど……待って、その前に2人の仕事量が多すぎるわね?」
「タチバナ君には、誰かの仕事を手伝ってもらうことにしようかしら」
「もちろん、私の仕事を手伝ってくれてもいいのよ?」
……つまりだ
モニカはこの中の誰かから1人を選んで、週末を共に過ごせと言っているのだ
真っ平御免だ。
そんな、自分勝手なことしてられるか。
俺はサヨリと一緒に過ごしたい。
一刻も早くサヨリの元に駆けつけて抱きしめてやりたい
ははっ
俺の方が自分勝手じゃないか
体の勝手は効かないくせに。
「サヨリの手伝いをさせるのがいいんじゃない?家も近いだろうし」
ナツキが2人に提案する
ナツキはおそらく俺が俺自身に決定権がないことをさっきの詩で気がついてくれたのかもしれない
自分の仕事が大変なのを分かっていながら
それでも、友人を、サヨリを救えるのは俺だけだと、助け舟を出してくれている
しかし、その助け舟は2本の火矢によって沈められることになる
「モニカちゃんはサヨリちゃんと一緒にパンフレットを作ると仰っていました」
「印刷して、製本するだけの作業にそこまでの人員が必要でしょうか?」
ユリがまず最初に反論した
確かにこの中だと1番負荷の少ない仕事に思える
しかもそこに2人も割いているのだ
これ以上人手が必要ないことは安易に分かる事だった
「ユリの言う通りよ、彼が手伝ってくれないのは残念だけど、あなた達を蔑ろにもできないもの」
「それに、お菓子作りだって量が量だから人手が必要なんじゃないかしら」
モニカがユリに同意する
それどころかナツキに人手がいることをやんわりとアピールしてくる。
「ふん!素人がいても足手まといになるだけよ!」
ナツキが強く否定する
自分のことはいいから
何としてもサヨリをと。
帰るサヨリを追えなかった俺を信じて、俺に託そうとしてくれている。
俺もその期待には、絶対に答えないといけない。
「では、タチバナさんは必然的に私のお手伝いということになりますね」
ユリが勝ち誇ったような顔で2人を見る
モニカもナツキも人手はいらないと言った以上そうなるのは必然だろう
「でも素人が文字を書いたところでユリの文字とバランスが取れないわ、タチバナの字は汚いしね!」
ナツキが最後の反論にでる
おそらくこれが最後の攻防になるだろう。
ユリが納得してくれることを、俺は祈っていた。
「いいえ、雰囲気作りですから文字は書かなくとも絵を書いたりやることは色々あります」
「それに彼の文字は素敵です」
しかし、その反論も火の粉を払うかのように軽くあしらわれる
ナツキは何も言い返せなくなり、俯いたまま唇だけを動かし
「ごめん」
と小さく呟いた
俺に向けられたものなのか
それとも、サヨリに向けられたものなのか
その真意はわからなかった。
そして、バッとナツキが顔をあげる。
「待って!最後はこいつの判断よ、こいつに誰と週末を過ごすのか決断させましょう」
ナツキが最後の賭けに出る
おそらく、彼女は俺に自由意志がないことを分かってくれているのだろう
しかしこのままではユリの手伝いが確定してしまう。
だから、決断を俺に委ねたんだ。
決定意思のない、俺に。
たった、3文字だ。
たった3文字、サヨリと言えれば
ユリは俺とサヨリの仲をいいように誤解してくれて、自ら身を引いてくれるかもしれない
俺は必死に念じた
ここがおそらく大1番。
今までで1番念じただろう。
しかし
俺の思考と口が繋がった頃には
既に俺の喉は震えていた
たった、2文字の言葉を発していた。
「ユリ……」
ああ、なんという事だ。
後一歩、後一歩及ばなかったのだ。
俺の口から漏れでた言葉は空気を伝って3人の耳元まで泳いでいた
「決定ね、週末はユリとタチバナ君が雰囲気作りね」
「やった!」
誰にも聞こえないような小さな声でユリが呟く
「あんた……!!」
ナツキが掴みかかろうと、近寄ってくる。
しかし、俺の目の前で動きが止まる
「今の言葉があんたの本心でないことを祈ってるわ」
「でも、これが最後のチャンスだったのかもしれないのよ……」
ナツキは少し涙声で
誰にも聞こえないように俺の耳元で素早く呟く
そして、すぐに元の位置に戻った
「じゃぁ、これで今日の部活は終了ね、みんなお疲れ様」
モニカは一人帰宅の支度をし始める。
「あ、あのタチバナさん!」
ユリは俺にスマートフォンを差し出したまま固まってしまう
「週末の連絡を取るのにも必要ですし・・・・・・連絡先を交換しておきましょう」
俺もユリに合わせてスマートフォンを取り出し、連絡先を交換する。
「ありがとうございます・・・・・・週末だけじゃなくいつでもかけてきて下さって結構ですから」
ユリは礼儀正しくお礼をして、自分のスマートフォンを心底大事そうに抱きしめる。
「タチバナ、私とも交換しておきましょう、文芸部で番号を知らないのあなただけだし」
ナツキがぶっきらぼうにスマートフォンを差し出す。
俺もスマートフォンを差し出して連絡先を交換する
1度に女の子の連絡先を2つも手に入れたぜと呑気に俺は喜んでいるのだろう。
口角の上がりは誰よりも1番俺がよく知っている
「1つ、プランがあるわ、土曜日にまた話すから絶対に出なさいよ」
ナツキはそう言い残すと背中を向けて帰宅の準備を始める。
まだ彼女は諦めていなかったのだ
どうにかして、サヨリを元気にするプランを必死に考えていたのだ
何も出来ない俺に変わって。
「あら、2人とも帰らないの?」
モニカは帰りの支度を済ませて俺とユリに聞いてくる
「いや、もう帰るよ」
カバンを引っ掴み、部室を後にする
「お疲れ様、タチバナ君、よい週末を!」
後ろからモニカの声が響く
帰路につきながら俺は一人考えていた
どうすれば俺は、俺を自由にコントロールできるのか
前に詩を書いた時は、スっと自由に動くことが出来たのを覚えている
何を書くか考え、そしてそれを実行するまでの猶予が少なくともあったのだ
そして、俺は気がついた
周りに人が少なければ少ないほど、俺を操るこの糸は弱くなると。
気がつくのが遅すぎた。
それに気がつく頃には俺の手はドアノブにかかろうとしていた
必死に腕を止めるように命令する。
このドアを開いたが最後、俺の意識は途切れてしまうだろう。
前回もそうだったのだ、気がついたら俺は詩を前にペンを握っていた。
だんだんと腕の動きが鈍くなってくる
ビンゴだ!
自分の仮説が当たっていることに素直に喜んだ。
しかし、遅かったのだ。
俺の腕が静止する前に
俺の手はドアを開いていた
瞬間思考と視界が暗転する。
次に意識がもどるのは何時になるのだろうか……。
既に涙は枯れていた。
連日の衝撃のせいで、雨雲は残ったまま
降り仕切った雨によって
海底深くに沈められた私は
走りながら、逃げるように
家に帰りついていた。
帰って何かをする訳でもなければ
眠る訳でもない。
ただただ、何もせずに部屋に突っ立っていた
ここ数日でいろんなことが起こりすぎた。
私の心のキャパシティは既に限界で
心の奥に閉じ込めていたいろんな感情は
涙と共に全て溢れだしてしまっていた。
今はもう何も考えられない。
何も考えられない人間は果たして人間なのだろうか?
持っていたカバンをベッドに放り投げる
投げられたカバンはベッドによって跳ね返り
床に無数の紙が散らばる
その中の1つに目がついた。
自分の詩だった、今の自分の心境を書いた詩
タチバナにだけ見せようと思って持ってきた詩
でももう、見せることは2度とない。
ゆっくりとその詩を拾い上げ
読み返す。
読み上げる。
読み終えて。
破り捨てる。
敵のように、粉々になるまで
跡形も残さずに。
雪のようにパラパラと紙が散っていく。
私の思いを込めた詩が。
私の想いが散っていく。
これでいい、これがいい。
ユリちゃんと幸せになって。
これが私の唯一の願い。
私のせいで時間を割いてしまうなら。
存在ごと消えてしまおう。
部屋の扉を開けて階段をトントンと降りる。
部屋の物置を漁る
ちょうどいいのがあったはず。
取り出したのは電球を替える時に使ってる小さな踏み台と
丈夫なロープ
ただ無心で
彼の為に、私は首を吊ろうと思う
私が考えつく最もいい考え
みんなが幸せになれる、そんな選択。
ロープと踏み台
小学生でもこれから何をするのかすぐに理解できるだろう
自分の部屋の床に踏み台を置く
その台にちょこんと乗って背伸びをする
ロープをしっかりと縛って小さな輪を作る
うん、上手にできたかなぁ
天井にロープをかけて高さを調整する。
うん、上手にセッティング出来たよね。
半分ジョークでセッティングして、そこに立ってみた時
漫画みたいな量の涙が溢れてきた
枯れていたと思っていた感情にも1つだけ
恐怖が残っていた。
だんだん恐ろしくなって天井のロープを解く
足元の踏み台を乱暴に蹴っ飛ばす
転がった踏み台は壁にぶつかり跡を残す。
両手で顔を覆って膝をつく
もうこれ以上苦しめたくないよ
これ以上、彼の重荷にはなりたくないけど……
スマートフォンが激しく振動する。
画面を見る
やっぱりモニカちゃんだった。
ここ数日毎日だ。
もう嫌なのに私の手は通話ボタンを押す。
「やっほー、サヨリ、早退したって聞いたけど体調は大丈夫?」
「うん、ありがとうモニカちゃん、少し辛かっただけだから大丈夫だよ」
今まで何度もあった受け答えだろう
もはや反射的に大丈夫と答えていた。
「タチバナ君も薄情よね、幼なじみが傷ついているのに一緒に帰ってあげないなんて」
「ううん、タチバナにはタチバナの時間があるから、私が奪う訳にはいかないよ」
「……やけに素直ね?」
「うん、もう落ち着いたから」
もう彼女からの言葉のナイフは痛くも痒くもなかった
刺さるはずの心はどこにもない
ううん、すごく小さく、とっても小さいけど
確かにここにあるよ。
泣き虫の私が必死に守ってるよ。
「そう……まぁ、いいわ。文化祭の事前準備なんだけどね」
「タチバナ君、嬉嬉としてユリの手伝いを買ってでていたわよ」
「うん、タチバナ多分、ユリちゃんの事……」
言葉に詰まる、知っているはずの言葉が詰まる。
知ってはいるけど言いたくはなかった。
それでも言わなきゃ前に進めない。
私は、踏み台に片足を掛けることを決意した
「ユリちゃんの事多分好きだから……」
「ふふふっ、そうね、その気持ちはユリも同じみたいよ」
モニカちゃんの声色が一気に明るくなる
彼女好みの答えだったんだろうなぁ。
私の口から出た、実質的な敗北宣言
これが聞きたくて仕方なかったんでしょ?
「ユリったらね、さっきメールでどんな下着付けていけばいいかなんて聞いてきたのよ?」
「男女が同じ部屋で休日に2人っきり。何も起きないはずがないわよね?」
「…………」
さすがに絶句する。
タチバナの指がユリちゃんの柔肌を滑る映像が浮かぶ
「でね、私部長だからね!アドバイスしてあげたのよ!何もつけない方がいいって!あははっ!」
モニカちゃんは所々で笑いながら私に話を続ける。
「はー、笑っちゃったわ、彼女そこまで考えてたなんて知らなかったから」
「ねぇ、サヨリ聞いてるかしら?結構笑えるわよね!」
「……うん、面白いと思うよ」
死んだ心にナイフを突き刺して何が楽しいのだろう
しかし、その言葉だけで
私がもう1つの足を台に乗せるには十分だった。
「……まぁ、いいわ。パンフレットは心配しないで私が作るから」
モニカちゃんの声が急に冷める
私の反応が面白くなかったのだろう
すっぽりと感情が抜け落ちた人のような何かと話しているのだ
楽しいはずもないだろう。
「じゃあね、サヨリ!よい週末を!」
唐突に電話が切れる。
スマートフォンをポケットに入れ
台を拾い上げて見つめる。
死んじゃう前に、最後に彼の声が聞きたいな。
最後に聞いたのが彼女の声じゃ、満足に死ねないや。
スマートフォンを握りしめ
携帯番号を入力する。
手が止まる。
うん、いいや。
やめにしよう。
眠って何も考えずに
それで、考えが変わらなければ。
決行しよう。
そうだ、最後にユリちゃんとタチバナが仲良いところを見てみたいな。
ラブラブなところいっぱい見てきたけど
最後に彼のことを目に焼き付けて
死ぬんだ。
死んでもいいや。
その日は何故かいつもよりよく眠れた。
そんな気がする。
「タチバナの書く詩にすら変化が出てきてる?」
「それにナツキのあの態度……」
「確かにそこに関してはまだ私の手の及ばない範囲……」
「ただの気まぐれかゲームのバグで正しく表示されてないだけよね……」
「それよりも、サヨリはいい傾向ね。そのまま首を吊る寸前にファイルだけ隠しちゃえば問題なさそうね」
「彼女が円満に退場してくれればゲームへの影響は小さそうだし……」