I wanna make a rainbow with you   作:old777

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「なんなのよこれ!?」
「いつの間にかtachibana.chrの容量が増えてる?」
「なんで、いつの間に100KBもの容量が入ってるのよ!!」
「もしかして彼は自分で成長してるっていうの?」
「自我を持って彼が動いているとしたらとんでもないことよ!」
「早急に何か手を打たないといけないわ……」


「……こうなったら最後の手段ね」
「彼女もタチバナと一緒にこの世界からいなくなれるのなら本望でしょ……」


「ごめんなさい……」


Birthday train

 

おい!嘘だろ!

俺はゆっくりと家に歩みを進めている

その足は止まってくれない

時間切れなのか!?

俺にできることはもう何もないのか!?

 

なんで、このタイミングなんだ!

今日だけでいい!頼むから!

ユリとの約束が近くなったから体が自由に動かなくなったのか?

とまれよ!たのむからさぁ!

 

いつものように、念じる

頭が痛くなるほどに念じる

さっきまで操っていたはずの自分と何かをつなぐ糸を必死に探し出す

 

暗闇の中にきらりと光る

テグスのような透明の糸

ピンと張りつめたそれを何とかしなければならない。

 

もう一度

今度はもう二度と俺の体の自由を奪わせないために

必死に意識の中の糸を手繰る

一本一本を正確に手繰っていく

そして

 

全力で引きちぎる

神様の操る運命の糸なんて糞くらえだ

選ぶんだ、道を。

俺の運命は、俺が決める。

あいつのことは俺が守る。

あいつのために、俺はやる。

俺のために、俺はやる。

 

神様には悪いかもしれないけれど。

 

 

これは俺の物語だ。

 

 

ぷつり、ぷつりとテグスが切れる感覚を味わう

これ以上好きにさせてたまるもんか

もう一度、あいつの元に戻って

あいつの隣で笑ってやるんだ。

あいつが俺の隣で笑えるように。

 

 

意識の中で、渾身の力で糸を引きちぎる

心の炎でテグスを焼き切る

炎を駆れ!

準備ができていようがいまいが

これが最後のチャンスなんだ!

もう誰にも俺は止めさせねぇ!!

 

 

 

 

そして

すべての糸が切れた時

俺の足はぴたりと止まった。

 

ゆっくりと目を開ける。

青く高い空。

雲一つない青空が俺の目の前に広がっている

操られていた体から見ていたくすんだ青じゃない。

でも、今俺が欲しいのはこの青じゃない。

ターコイズブルーを求めて、来た道を戻っていく

 

来た道を戻りながらスマートフォンを開く

電話帳をスライドさせて五十音順の最後の方を探す

一番下にあった電話番号をタップする

しばらくのコール音の後電話口からきれいな声が聞こえてくる

 

「あ、タチバナさん。ユリです、どうかしましたか?」

彼女の声はいつもより明るいトーンで、弾むような声色だった

「すまない、今日、急用ができたんだ。申し訳ないが準備を手伝えそうにない」

「えっ……そうですか……家の前まで来てしまったのですが、ご不在だったのはそういうことでしたか」

一気に声のトーンが下がる。

 

罪悪感を少し覚える

しかし、これはもう一人の俺が彼女を選択しただけ。

俺にはサヨリしか見えない。

「ああ、すまないな、そういうことだから」

返事も聞かずに電話を切る。

 

焦る必要はおそらくないとわかってはいるのだが

一つ一つの動作が焦っているかのように素早い。

10分ほど歩いてようやく彼女の家の前に着く

ドアをガチャリと開ける。

 

さっきまでと変わらない部屋の散らかりよう

まだサヨリは部屋にいるのだろうか

階段を静かに上がっていく。

彼女に会いたい思いが俺の足を速める

「サヨリ!」

勢いよく部屋のドアを開ける

 

机の下から踏み台とロープを取り出す

最後に彼に会えてよかった。

でもこれで最後なんだ

踏み台を下ろしてそこに上る

ロープをしっかりと天井にかけてもう一度輪を作る

後は首をかけるだけ。

 

ユリちゃんと仲良くしてるタチバナも見たかったけど

それはかないそうにないや。

「元気でね」

小さくそう呟いた。

 

ガチャリと扉が開かれる。

私の名前を呼びながらタチバナが私の部屋に入ってくる

ロープを両手で握ったまま、私の体は彼の方を向いて固定されてしまう。

「タ、タチバナ?」

 

「サヨリ!何してるんだ!」

勢いよくサヨリに抱き着き

勢いそのままベッドに押し倒す。

何もかかっていないロープの輪が静かに揺れる

彼女の乗っていた踏み台は壁まで勢いよく転がる

必死にサヨリを抱きしめる

もう二度と離してしまわないように。

 

ベッドの柔らかな感触が背中いっぱいに広がる

さっきまで冷たかった部屋の温度が一気に上がったように

私の体から汗が流れ出てくる。

ああ、帰ってきてくれたんだ。

「タチバナ、どうして帰ってきたの!?」

それでも聞かずにはいられなかった。

 

「帰ったというか、帰らされたんだよ。」

俺は唇を噛みしめる

「俺はもう帰らないぞ、お前のそばにいる。俺のために。お前のために。」

彼女をぎゅっと抱きしめる

小さなその体はまだ必死に生きようと心臓を動かしていた

 

「でも、ほらユリちゃんが待ってるよ」

彼を抱き返す資格は私にはない。

静かに、彼の腕の中で身動きをせず口を動かす

 

「ユリにはさっき話しておいた。今日は一日、いやこれから毎日でも俺はお前と一緒にいるぞ」

「ユリちゃんに悪いよ!今すぐ帰って謝らないと!」

「いやだ!俺はお前と一緒にいるって決めたんだ。俺のために。」

「なんで!なんでこんなに……私に……」

二人の間に沈黙が生まれる。

二人して互いを理解しようと必死になっている。

 

深い海の底、私の心はまだそこにあった

二度と自力では浮かび上がれない。

いくつものナイフが刺さった小さな私

ずっとそこでめそめそ泣いてたんだよね。

でも……

それを救ってくれる人が来たんだよ。

 

必死にサヨリの心のありかを探していた

彼女の涙でできた水たまり。

海のように大きな水たまり。

そこから聞こえる彼女の泣き声。

鬱を抱え、一人で悩んで、皆の為だけに行動してきた。

そんな彼女の心に触れるために

俺はその水たまりにダイブする。

 

上からかすかに聞こえる水の音

今度飛び込んできたのは氷のナイフじゃない。

まっすぐこっちに向かってくる。

今まで流してきた涙の量

どれほどの深さになってるのかもわからないのに

窒息してしまう前にここから浮上して欲しい。

息苦しいのは私だけでいいのに。

 

息が持つかなんてわからない。

彼女の心はそれだけ深かった。

でもそんなことはどうだってよかった。

彼女が水底で泣いている。

自分を呼んでいるわけじゃないかもしれない。

でも、彼女を救えるのは俺だけだ。

 

私が沈めたんだよ。

私が私自身を水の底に沈めたんだ。

上から何度も涙の雨を流し込んで

深い深い涙の海

水たまりは池になって、そして海になった。

太陽の光すら届かない。

それでも、そこにいる。

 

苦しさに比例して、サヨリに近づいていく

やっと見つけた。

小さく縮こまった彼女。

何かにおびえるように小さく震えている。

何本もの氷でできたナイフが突き刺さっている。

 

彼女の手をそっと握る

握られた手をしっかりと握り返す。

握り返された手からしっかりと温かさを感じる。

小さいころは何度もサヨリから頬にキスをしてくれたことを思い出す。

小さいころ預かってきた口づけを、彼女にそっと返す。

彼の唇から温かさが流れ込んでくる。

流れ込んできた温かさは氷のナイフをいとも簡単に溶かしていく。

 

更にサヨリの手を強く握る

握られた手をさらに強く握り返す。

唇は離さないままサヨリが上体を起こす

上体を起こして、彼の手を放し、彼の背中に腕を回す。

俺も同じように彼女の背中に腕を回してきつく抱きしめる。

 

唇と唇を離し肩で息をする。

サヨリと一緒に、再び呼吸をする。

「えへへっ」

彼女が笑う、今までの笑顔とは違う、心からの笑顔

つられて笑顔になる。

なんだ、笑わせてもらっているのは俺の方じゃないか。

 

彼が笑ってくれる。

私でも彼を笑わせることができる。

今までの仮面の笑顔じゃない。

心の奥から面白くって。

小さいころはいつもこうやって二人で笑っていたのに。

大きくなって忘れちゃってた。

 

笑う彼女の頬をそっとなでる

恥ずかしそうに顔を赤らめる。

そんなところが好きだった。

 

私のことを思って、考えて

すべてをかなぐり捨てて来てくれる。

そんなところが大好きだよ。

 

やっぱりまだ気を使われるのは、少し心が痛い。

私の中の雨雲もまたすぐに現れるだろう。

それでも。

彼に照らされてこんなにきれいな虹がかかるなら。

私は太陽の隣にずっといたいって、そう思うんだ。

 

多分、これから先もこの鬱病と戦い続けることになると思う。

でも私はもう一人の私と戦う気はもうないよ。

他人のために自分を犠牲にしようとする私も

自分のために、彼を独占しようとする自分勝手な私も

どっちも私なんだから。

分かり合えないって思う、それでも付き合っていかなきゃ。

それに、私は一人じゃないんだ。

 

「なぁ、明日は文化祭だな。」

唐突に話しかけてみる。

他愛もない話をするのも久々のように思えてしまう。

 

いや、もしかしたら初めてなのかもしれない。

ずっと今までやってきたことは実は全部嘘で

今ここにいる俺だけが本当の俺なのかもしれない。

でも今は、それでいい。

彼女のぬくもりに触れられれば、それ以上は何も望まない。

 

「うん、文化祭だね」

確かめるように、噛みしめるように彼の耳元でつぶやく

こんなにも二人の距離が近いと

声を出さなくても、言いたいことがばれてしまう気がして

少しだけ恥ずかしい。

 

「一緒に楽しいもの見て回ろうぜ」

「タチバナと一緒ならどこでも楽しいけどね」

「よせよ、恥ずかしい。」

「本当のことだもん」

 

互いに見つめ合う

ターコイズブルーの瞳に

ブラウンの輝かしい瞳に

引き込まれる。

 

「そういえば、まだ伝えられてなかったね……」

俺の腕の中でサヨリが恥ずかしそうにもじもじとする

「私ね!タチバナのことが!」

とっさに唇で五月蠅い口をふさぐ。

驚いたようにサヨリが目を真ん丸くする。

伝えられなくてもわかってるけど。

こういうことは、俺から伝えなきゃカッコつかないよな。

 

背中に回していた腕を両肩に持ち替えてまっすぐに見つめる

彼女の目は右左に泳いでいる

「サヨリ」

彼女の目がまっすぐこちらを見る

口にしなくてもわかってることを口にする

「サヨリ、好きだ。俺と付き合ってくれ」

互いに分かっていたとしてもやっぱり口に出すと恥ずかしい。

 

何年も、何年もの間待ち侘びた言葉だった

たった三文字の言葉がなんでこんなにもうれしいのだろうか。

「私も、タチバナの事大好き」

まっすぐ彼の目を見て言い放つ

嘘偽りのない真実の言葉

 

「フフッ……んふふふ」

サヨリが笑い出す。

さっきとは違う恥ずかしさを内包した笑い方

こっちまで恥ずかしくなってくる。

キスまでしておいて何を言っているのだといった感じであるが。

 

「ねぇ、タチバナ、初デート楽しみにしてるね」

「そういえば、明日の文化祭が初デートか」

「そうだよ~、おいしい物いっぱい食べようね!」

「お前の頭にはおいしい物しかないのか……」

あきれた、だけどそれもサヨリなんだ。

俺がいつも見てきたサヨリも、彼女だ。

 

グゥ~とサヨリの腹が鳴る

「ははははは」

思わず笑ってしまった。

さっきまで死のうとしていた彼女の体は

生きようとおなかを鳴らしているのだ。

 

「え、えへへ……」

サヨリも恥ずかしそうに笑う。

「そういえば、学校から帰ってから何も食べてないや……」

サヨリは自分のおなかをさする

「金曜日から何も食べてないのか?」

「食べられるような状態じゃなかったし、なんでかおなかも空かなかったから」

「はぁ……しかたないなぁ、昔みたいに何か作ってやるよ」

 

サヨリの両肩から手を離し

自分の太ももをパンパンと払う

「やった~、タチバナの作る料理、私大好き~」

無邪気に笑う彼女がいる。

さっきまでの濁ったターコイズブルーの瞳は

今まで以上の輝きを放っていた。

 

「俺がお前の料理を食べたことはないけどな」

「え~、確かにそうだけど~、私だって毎日お料理するんだよ!」

「特に卵料理は得意なの!毎日作ってるからね~」

「ハイハイ、それじゃぁそのお得意の卵料理とやらを作りに行こうか」

 

二人して階段を降りる。

階段を降りる音が子気味よく

二人して階段で連弾をしている気分になる。

前を歩く彼の背中を見つめる。

昨日まではもう二度と触れられないと思っていた彼の背中。

今ならば手が届く。

 

「と、その前にだ。」

俺は階段の下で歩みを止める。

その二段くらい上にサヨリが立っている。

俺の目線よりも高い位置にいるサヨリに物珍しさを覚えながら

階段の下の惨状を見渡す。

 

「まずは、ここのお片付けから始めないといけないな」

物置からは、物という物が床に散らばっているし

リビングには何日前のものかわからない洗い物が貯まっている。

 

「えへへ~もっと頻繁に来てくれていたら、こんなに汚れなくて済むのにね~」

「俺に掃除を押し付けようとするな」

「え~いいじゃん!ケチ!」

「まぁ、これから先、ここまで部屋が汚れることはないだろうけどな。俺綺麗好きだし」

暗に頻繁に通って掃除してやると伝えてやる。

彼女は能天気な笑顔を浮かべる。

 

「それじゃ、物置はとりあえず任せたぞ!」

「タチバナは何をするの?」

「洗い物のお片付け、後はとりあえず米でも炊こうかな。冷蔵庫に何かしらあるだろ?」

タチバナは背中を向けて腕まくりをしている

少し寂しい気もするけど、明け放たれたリビングの扉から見た彼の背中はとても心強く見えた。

 

二階にもう一度上がり赤く染まりかけた部屋を見る

もうそんなに時間がたっていたのか。

彼といると時間の流れは何倍にも早く感じる

足元で転がっている踏み台を拾い上げる

天井から吊るされたロープを手に取りほどく。

もうこんなの必要ないかもね。

 

両手に抱えて慎重に階段を下りていく

カチャカチャと食器のオーケストラが聞こえてくる。

もちろん指揮者はタチバナだ。

彼の鼻歌が聞こえてくる。

小さかった時によく彼の隣で聞かされた。

彼のとっておきの唄。

今になって聞けるなんて思ってもみなかった。

 

上機嫌に食器を洗う。

貯めこんだ食器がみるみるうちに減っていく

思わず鼻歌を歌う。

俺のとっておきの唄。

彼女の耳に届いているかなんて気にしていない。

自分の為だけに歌っていた唄。

彼女のために歌うようになった唄。

歌い終わるころには、食器はすべて片付いていた。

 

「ふぃ~お片付けおわったよ~」

ふらふらとした足取りでサヨリがリビングに入ってくる

「もうだめ~」

カウチソファーにそのまま寝っ転がって両手を投げ出す

そんなサヨリの近くまで歩いて近寄る。

首だけを動かしてこちらを見る。

「お前も手伝うんだよっ!」

額をぺチンと叩く。

 

「ひゅいっ」

素っ頓狂な声を上げてソファーから上体を起こす。

叩かれたところが少し痛む

「何か、食べたいものとか作りたいものあるのか?」

タチバナが右手を差し出してくる

しっかりと握ってソファーから立ち上がる。

「タチバナは何が食べたいの?」

私の食べたいものよりやっぱり彼の食べたいものがいいな。

彼のために、私を抑える。やっぱりその気持ちは消えないし。

それこそが私なんだ。

 

「う~ん」

頭をひねる、特に思いつかないわけではない。

ただただ、彼女の作ったものなら何でも嬉しい。

「冷蔵庫にあるもので何か作るか……」

お前の作るものなら何でも嬉しいよなんて臭いセリフ恥ずかしすぎて言えなかった

 

二人して冷蔵庫の中を覗き込む

卵と食パン、調味料とニンジンや玉ねぎなどの野菜。

冷凍庫には凍った鶏肉や冷凍されたブロッコリー

「最後に買い出しに行ったのはいつだ……?」

「えへへ……覚えてないや……」

 

少ない頭を必死に巡らせて何か作れないか考える。

そして思い出す。

彼女の大好きだった料理を。

「オムライス……オムライスにするか?」

 

「うん!私オムライス大好き!それがいい!」

私の得意料理のオムライス。

今までだって何度も作ってきたし、食べてきた。

きっと今日のオムライスは今までで一番おいしく出来上がる。

 

タチバナがお米を研いでいる間に、まな板と包丁を用意する

「危ないから取り扱いには気をつけろよ」

まったく、私をなんだと思っているのだろう。

オムライスだけなら、タチバナにも負けないくらいいっぱい作ってきたのに。

でも、心配してくれてやっぱり嬉しい。

 

俺の横でまな板と包丁が子気味良い音を立てている

最初は心配して彼女の手元を見ていたが

その手際の良さに見とれていた。

いい奥さんになるだろな、なんて思うけど

やっぱり口には出せない。

 

 

さっき抱き着いてキスまでしたのにやっぱり臭いセリフを言うのは恥ずかしい。

 

研いだお米を炊飯器に入れて炊く

サヨリの方も食材を切り終わったようで

ボウルに食材を混ぜて一息ついている。

 

「こうやって一緒にお料理つくるのって初めてだよね」

「大抵お前がめんどくさがって、俺に押し付けてたからな」

それを聞いてサヨリがぷうと頬を膨らませる

「むー、だってタチバナの方がお料理上手だったし!」

「それはお前が分量図らずに料理つくってたからだぞ」

「今でもあの、しょっぱいホットケーキは忘れてないからな……」

 

昔話に花を咲かせる。

一緒に登ったジャングルジムの話

部屋のほとんどを片付けさせられた大掃除の話

一緒に回った修学旅行の話。

とにかく、昔話には事欠かなかった。

 

二人ソファーに腰かけながら他愛無い話を続ける

こんな時間が一生続けばいいなって思う。

大人になっても、おばあちゃんになっても

ずっとあなたの隣にいたい。

それが許されるのかはわからないけど。

今この瞬間だけは許されてもいいよね?

 

ピピピピ、ピピピピと炊飯器のご飯の炊ける音がする

二人同時にソファーから起き上がる

ソファーの跡が二人より添って座っていた事を認識させてくれる。

一人だと広かった家も、二人だとちょどいい大きさに感じるね。

 

サヨリが切ってくれた鶏肉を油が引かれたフライパンの上で手早く炒める

ニンジンと玉ねぎを加えてさらにケチャップをかける

その横で必死にサヨリは卵を溶いている

チャッチャッチャとボウルと箸がぶつかる音が響く

 

炊飯器から茶碗に盛ってそれをフライパンに入れる。

ケチャップをさらに入れて簡単なケチャップライスを作る。

いつの間にか卵を溶いていたサヨリがお皿を手渡してくれる。

細長くケチャップライスを盛り付ける。

手早く二人分作って、サヨリにフライパンを明け渡す。

卵の部分は自分が作りたいそうだ。

 

よく作ってるから失敗しないよ。

よく作ってるなんて言わないけどね。

綺麗なフライパンに油と卵を入れる。

いつもより緊張してるのは、きっと他の人に作るから。

大切な彼に食べてもらいたいから。

 

ある程度焼けてきたら、フライパンをトントンと手前に叩いて卵を集めてくる

火を止めて盛られたチキンライスの上にそっと乗せる。

上手にできた。

いつもより。

もう一つも同じように作る。

私のためのオムライスも、同じくらい大切にしないといけないもんね。

 

サヨリが作ったオムレツをナイフで真ん中から切り分ける

トロっとした卵が中からあふれ出してケチャップライスを包むように流れ出す

「おおおー!」

思わずテンションが上がって声が出てしまう

「えへへ~、どうどう?おいしい?」

「まだ切っただけだぞ……それに仕上げが残ってるだろ」

ケチャップを取り出して文字を書く

……あれ?意外と文字書くのって難しいぞ?

サヨリに向けて書いた文字はぐちゃぐちゃで

読めるような文字ではなかった。

 

「……タチバナ、私も愛してるよ」

オムライスの文字を見てニッコリと笑いかけてくれる。

どうやら何とか伝わったようでよかった

 

「次は私の番!」

タチバナからケチャップをひったくる

もう一つのオムレツにナイフを入れて、そこに文字を書く。

私が今まで、彼に何毎回も言ってきた言葉。

そして、これからもずっと言い続ける言葉

ありがとうって言葉にハートを添えて彼に届ける。

 

「サヨリ……ありがとうな。それにしてもきれいに書けるな……」

タチバナに私の気持ちが通じる。

でも、ちょっと悔しそう。

そんな時は、いっつも少しからかってあげるんだ

「えへへ~、タチバナの文字最初なんて書いてあるのかわかんなかったよ~」

「ノートの文字も汚いもんね~」

「もうお前、宿題写させてやらないからな。」

「えええ~!ごめんごめん!それだけはゆるしてよ~!」

 

暗くなった外に光が漏れないよう、サヨリがカーテンを閉める。

二人笑いあいながら、向き合うようにしてダイニングテーブルはさんで座る。

半熟の卵が照明に反射してきらきらと輝く。

その上には互いに伝えたい言葉。

片方には愛情を

もう片方には感謝を

 

「「いただきまーす」」

二人して一緒に食べ始める

書いてくれた文字を消さないように

端っこから食べ進める。

いつものよりすごくおいしい。

彼が作ってくれてるからなのか

彼と一緒に食べているからなのか

今までで一番おいしいオムライスを彼と一緒に堪能する。

 

「ふう、うまかった……」

サヨリと一緒に食卓を囲むなんて何年ぶりだろう

小学生以来囲んだ記憶が無かった

中学のころになると恥ずかしくて一緒にお昼なんてとらなかったしな。

サヨリはケチャップを口元につけながらもぐもぐとオムライスを頬張っている。

こんな所は小さい頃と変わらないんだなと安心する。

 

「ごちそーさまでした!」

こんな元気にこの言葉を言うのも久々だった。

世界一おいしいオムライスは、すぐに目の前から消えてしまった。

でも、消えてしまうのなら、また作ればいい。

今度は一人で作って食べさせてあげたいな。

 

そっとタチバナが私の頬に指を添える

頬についていたケチャップを指で掬い取り

そのまま、口の中に入れてくる。

互いに顔がケチャップみたいに真っ赤になる。

恥ずかしいのならしなきゃ良いのに……。

 

やるべきじゃなかったかと少し後悔する。

サヨリは俺の指を咥えたまま動かなくなってしまった。

そういう俺も、指を引き抜くタイミングを失ってしまっていた。

二人の間で奇妙な時間が流れる。

時間にして数秒だったのだろうが

とても長い時間に感じられた。

 

「んふふ、はははっ」

沈黙に耐えられなくなり

咥えていた指を離して

タチバナを指差して笑う。

「タチバナ、顔真っ赤」

自分のことは棚に上げてタチバナを笑い飛ばす。

「お前だって、真っ赤じゃねーか」

負けじと彼も言い返してくる。

 

真っ赤な顔で二人片付けを始める。

私がお皿を洗っている間にタチバナは隣でお湯を沸かしてくれている

彼の横顔を見るたびに、死んじゃわなくてよかったって

少しだけ、ほんのちょっとだけ思う

でも、そのほんのちょっとが無かったら

今頃私の足は地面についてなかったかもしれない。

 

サヨリが洗い物を終えるのと同じくらいに電気ポットがカチリと音を立てる

二人分のお湯が沸く

戸棚からインスタントのコーヒーとクリーミングパウダー、砂糖を取り出してくる

テーブルの上に置き、マグカップを二つ並べる。

赤と青のペアマグカップ、昔はこれでよくジュースなんかを飲んでいた。

片方にはインスタントのコーヒーだけを

もう片方にはコーヒーにパウダー、砂糖もたっぷり入れる。

お湯を注ぐとたちまちコーヒーの香りが部屋中に広がっていく

 

リビングを見ると小さな頭がソファーの向こうからひょっこりとこちらを見つめている

両手にマグカップを持ち、ソファーの元まで向かう。

彼女とその隣にマグカップを一つずつ置いて一息着く

その一連の動作を彼女は目でじっと追ってくる

そして、自分の隣をぽんぽんと手で叩いて座るように催促してくる

もう片方の手には文化祭の冊子が握られていた。

 

ソファーに座ると彼女の肩が俺の肩によりかかる。

「あちちっ」

手元でコーヒーをフーフーと冷ましている。

そんな動作の一つ一つがかわいらしかった。

 

「タチバナ、明日の文化祭どこ巡ろっか?」

冊子を開いてタチバナに見せる。

二人の距離がさらに縮まる。

小さな冊子を二人でめくる。

この間のタチバナとユリちゃんみたいに

小さな冊子だと顔がくっつきそうなくらいに近づいて

彼の声がすごく近くで頭に響く

 

「とりあえず、サッカー部の模擬店には行ってやらないとな、友達が来いってうるさいし」

模擬店のページをぱらぱらとめくって、屋外の模擬店ゾーンを指差す。

「から揚げとポテトだっけ?去年食べておいしかったなぁ」

「今年は一緒に食べに行けるな」

「私と一緒に向かって、からかわれたりしないかな?」

サヨリがコーヒーを机に置いてこちらを見る

その瞳には不安と期待が入り混じっていた。

 

「ただの幼馴染に見えるだけだろ、友達も知ってるしな」

「たしかに、そうだよね!」

「だから、ちゃんと、『彼女と文化祭回ってるんだ』って伝えに行ってやらないとな」

しっかりとサヨリの目を見つめる

スッとサヨリの目は冊子へと落ちる

彼女の赤い耳が眼前に広がっている。

 

「他にも演劇部とかあるんだね、去年は見れなかったんだよな」

「じゃぁ、今年は一緒に見ようよ!毎年体育館がいっぱいになるくらいの大盛況らしいよ!」

「人が多いところは苦手なんだよなぁ」

「えー、ちょっとだけでも良いから見てみようよ~」

 

二人して夜がふけるまで文化祭の出店の事で語り合う

食べ物の事ばかり話すサヨリと

見世物の事ばかり話す俺

正反対のように思いながらも

一緒に楽しみたいという思いは一致していた。

 

2杯目のコーヒーを飲み終えたあたりでサヨリの頭が前後に揺れ始める

ふと近くの時計を見る

夜の10時になっていた。

サヨリと過ごすと時間がこんなに早く過ぎてしまうことに正直驚いていた。

 

「サヨリ……そろそろ寝るか?」

反応が薄い。

そういえばさっきから俺ばかりが話しているような気がする。

タイミングよく頭が動いていたので黙って聞いているものかと思っていたが

 

「えっ……うん、なあに?」

眠い目をこすりながらタチバナの方に振り返る

彼の輪郭がぼやけている

目を開けていられない

安心して少し、うたた寝しちゃってた。

 

「もう眠いんだろ?ほら、明日も朝早いし、今日はもう寝ようか」

冊子をぱたんと閉じる

「うん、今日はありがとう、夜道気を付けてね?」

「何言ってんだ?俺はお前の家に泊まる予定だぞ?」

 

一気に目が冴えてくる

「えっ!?そんな!悪いよ……」

「俺がそうしたい、それに、俺はこのソファーで眠るから安心してくれ」

「えっと、そうじゃなくって……」

まっすぐ私を見つめるタチバナの目は本気だった。

テコでも動かないと、その目が訴えている

 

「うう……わかったよ……」

ついに私は折れてしまった。

「無理を言ってごめんな、それでも俺はお前から離れたくないんだ」

申し訳ない気持ちは消えないけれど

それ以上に心が温かい。

 

「そ、それならさ、タチバナ……」

「昔みたいにさ、一緒のお布団で眠りたいな~……なんて」

「……わかった、俺がわがまま言ってるんだ、お前のわがままにも全力で付き合うぞ」

言ってしまった。

彼のぬくもりを失いたくないからって

とても大胆なことを言っている気がする。

 

二人で入る私のベッドは小さくて

顔と顔が限りなく近くって

嫌でも意識してしまう。

 

「なんだか、小学生以来だな。ちょっと懐かしい」

タチバナが沈黙に耐え切れずに口を開く

「うん……こんなに大きくなってから一緒のお布団で眠るなんて思ってなかったよ」

「お前が、提案したんだろ。」

「えへへ……そうなんだけどね……」

 

心臓がバクバクと音を立てている

その音は私の耳元まで届いている

多分、彼の耳元にも届いているのだろう。

そう考えてしまうと、鼓動はさらに早くなる

さっきまで閉じかけていた、瞼も閉じてくれる気配がない

 

「少し、肌寒いな」

彼の体はおっきくて、掛布団もかかりきっていなかった

「こうすれば少しは暖かいかな」

彼の腕が私の後ろに回ろうとする

しかし、その腕は途中で止まって

そのまま私の腕をなぞって手を握る。

 

「うん、すっごく温かいよ」

彼の手からぬくもりが伝わる

私の手の冷たさでは、彼の心は冷たくはならない。

それどころか、私の心を温めてくれる。

一つ分の陽だまりの中に二つの体が収まったように。

 

「俺も、すごくあったかい。」

彼女の手から伝わる冷たさを

必死に温めてやる、彼女の心をあっためるために。

一つ分の陽だまりに彼女の手を引いて抱きしめるように。

 

 

「月明かりが、少しまぶしいな」

タチバナの顔は窓から差し込む月明かりに照らされている

「こんな時、なんて言うんだったかな」

タチバナが難しい顔をしている。

「ああ、そうだ思い出した。」

「月が綺麗ですね。」

 

聞いたことがあった

彼の顔を見ていられなかった

それでもつないだ手では寝返りを打てなかった。

そして、彼の耳に届くか届かないかの小さな声で小さくつぶやく

 

「死んでもいいわ」

 

さっきまでとは違う。

違う意味を持った同じ言葉

 

「なんだか、文芸部っぽいな」

「ほんとだね」

二人笑い合う

このまま時が止まればいいのに

 

彼の隣で眠る今日は、どんな疲れ切った日よりもよく眠れた。

 

彼女の寝息が耳元で聞こえる。

手はつないだまま、少し瞼を開く。

ああ

俺が守りたかったのは、この寝顔だったのかもしれない

これからずっと、こいつの寝顔を守ってやりたい。

 

彼女の頬にそっとキスをする。

彼女の口元がだらしなくにやける。

いい夢見ろよって思いながら。

俺はもう一度瞼を閉じる。

目が覚めた時、もう一度彼女の顔があることに安心しながら。

 

 

 

私は夢の中で宇宙を漂っていた。

 

暗い夜空に浮かぶ幾億の星々。

 

白い雲のような星雲が光ったり縮まったりしてあたりを明るく照らす。

 

私しかいないはずの空間に、誰かが立っていた。

 

栗色の長いポニーテール

木綿のような大きな白いリボン

太ももまである黒い二ーハイソックス

ピンク色の上靴

スラっとした長い四肢

 

モニカちゃんの後ろ姿だった。

 

何もせず。

 

ただ何もせず。

 

私に背を向けて立っていた。

 

そして、私が宙に浮きながら彼女に近づくと

 

彼女はこちらを振り向いて

 

「ごめんなさい」って言いながら、指を鳴らす。

 

その言葉を聞いた瞬間に。

 

私の四肢はちぎれ

 

二階から落としたジグソーパズルのようにばらばらと崩れていく

 

腕が、足が、腿が、腰が、胸が、顔が、目が

 

すべて、すべて崩れていく

 

私が最後に聞いたのは

 

彼女の声だった。

 

私が最後に見たのは

 

彼女の顔だった……。

 





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