妖精の軌跡second   作:LINDBERG

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第11話 変わろうとしないと人はなかなか変われない

「め……、め……、メビウスぅぅっ……」

 

アガートラム会心の一撃で頭部がキレイさっぱりと無くなり、胴体だけとなった自身の最高傑作にヘルムートがすがり寄る。

「ふふふん♪ どんなもんだい♪♪」

腰に両手を当てたミリアムが、自慢気な顔をフィーへと向ける。役目を終えたアガートラムは再びエネルギー切れを起こしたらしく、空気中に掻き消える様に姿を消していた。

「ん……。凄いね、ホント……」

少しひきつった笑みを返すフィー。

 

いや、マジで凄げーわ。……っていうか、下手したらリィンとヴァリマールよりも破壊力あるんじゃねぇのか?

 

思わず、背筋に冷たいモノが流れた。

 

……こりゃ、一家に一台アガートラムの時代が来たらエライ事になるな……、ん?

 

不意に空気の動きを感じて、周囲の様子を窺う。

見ると、頭部が無くなったメビウスが、再び両手を広げてヘルムートとフィー達の間に立ちはだかっていた。

 

……あ、そか。導力機関は生きてるから、行動不能にしたワケじゃ無いんだ。

 

「よ、よーし!それでこそ私が造り上げた傑作だ!!メビウスよ、奴らを始末してやれ!!」

先程まで『この世の終わり』みたいな状態だったヘルムートが、狂った様に喚き散らす。

フィーはその様子を見つめ、溜め息を吐きながらも両手で双銃剣を取り出した。

 

はぁ、やれやれだね……。まぁ、相手の視界は奪ったから、さっきよりはマシだろし、これならどうとでもなるかな? ……アガートラムはまたお休みだろけど。

 

溜め息を吐きながらも双銃剣を構え、相手の出方を窺う。

 

……

……

……

……ん?、アレ??

 

どういう訳かメビウスは攻撃を仕掛けて来なかった。胴体だけとなった機体は、ジッと動かずにフィー達の前に立ちはだかり、微動だにしない。

「ど、どうしたのだメビウス!?さっさと敵を片付けろ!!」

ヘルムートが懸命に声を張り上げ続けるが、それにも応じないようだ。

 

何で? エネルギー切れ? ……いや、これってひょっとして。

 

フィーは再び、銃口をヘルムートへと向けた。

「ひ、ひぃぃ!!」

恐怖に顔を引きつらせるヘルムートに対し、何の躊躇も無く引き金を引く。

すると、センサーカメラが無くなり、視界がゼロであるにも関わらず、メビウスはその銃弾を自身の身体で受け止めてみせた。だが動いたのはその一瞬だけで、、依然としてこちらを攻撃してくる事は無く、ヘルムートの前から動こうとはしない。

 

……オイオイ、マジかよ。

 

「……ねぇ、フィー? これってさぁ……」

「ん……、多分そうなんだろね……」

2人は揃って少しだけ眼を細めた。

「な、何をしておるメビウスよ!敵を駆逐せんか!!」

「……いや、無駄だよ」

双銃剣をホルスターに収めながら、フィーが呟く。

「無駄とはどういう意味だ!? 私のメビウスはまだ……」

「別に壊れてるって言ってるワケじゃ無いよ。でも、ワタシ達を攻撃するのは多分無理」

「な、何故貴様にそんな事が分かる!?」

「簡単だよ。この場所に置かれてるって事は、メビウスの本来の役目は拠点防衛でしょ? 更に言うなら、最優先で護らなくちゃならないのは、あくまでも製造主であるアンタ。だからこの状況だと、攻撃じゃなくて守備を優先しなくちゃならない」

「なっ!?」

「音声認識の装置でも組み込んどけば命令も聞いたんだろけど……、それでも本来の役割を破棄してまで従うかは設定次第だろね?」

「くっ!!」

ヘルムートは怒りに顔を歪めると。

「このポンコツがぁ!!主人の命令に従わぬかぁ!!」

自分を守るメビウスの足を、杖で殴り付けた。

「……ん」

フィーは再び双銃剣を取り出すとヘルムートに狙いを付け、何の躊躇いもなく引き金を引く。

「ひぃ!?」

ヘルムートの顔が一瞬で恐怖に歪むが、メビウスが再び自身の身体を盾にして飛来する銃弾を防いだ。

「な、何なのだ貴様は!? 良くも躊躇い無く人に対して引き金を引けるな!!」

「ん? ゴメン、ちょっとムカついちゃって」

「ちょっとムカついたらその場で銃殺か!! トールズでどんな教育を受けて来た!!」

「常在戦場」

「……ふ、フィー。一応ユーシスのお父さんなんだから、なるべく穏便に済ませてよ……」

ミリアムが躊躇いながらも懇願する。

「ん?……らじゃ」

少し物足りない様子ながらも、フィーは銃口を下ろした。

「フィー?……。……そうか!聞いた事があるぞ! 貴様、西風の旅団で『妖精』とか呼ばれていた娘だな!」

「ん?そだよ」

「ふん、下衆な猟兵如きが私の城を荒らしおって!」

「いや、そっちは大分前に店じまいしてるから、今更言われてもね……」

「何を抜かす!所詮は戦場を渡り歩く死神だろうが!!」

「ん……」

 

猟兵を死神だと理解してて良くケンカ売れるな?人生に未練無いのか、このオッサン?

 

「そっちの娘も知っているぞ!鉄血小飼のガキ共の1人だろう!!」

「うん、そだよー♪」

既にこの手の悪態は慣れたモノなのだろう、ミリアムがあっけらかんと返事をする。

「ふざけおって!下賎な輩共が貴族であるこの私を愚弄しおるか!!」

「……っ」

 

はぁ、ダメだこのオッサン……、話が通じねーや。

 

「どいつもこいつも私をコケにしおって!しまいには自分が造り上げた機械ですら言う事を聞かぬわ!!」

「……ねぇ、本気で言ってるの?」

「何!?どういう意味だ!?」

「メビウスはアンタを守ろうと盾になってるんだよ?ワタシの銃弾に晒されても、アガートラムに頭を砕かれても、アンタをずっと守り続けようとしてるんだよ? 言う事を聞かない? これ以上無く忠実に従ってるじゃん」

「黙れ!私はそんな事を命じた覚えは無い!そもそも、盾になどならずに、貴様達を始末すればそれで済む話ではないか!!」

 

……さっきから思ってたけど、このオッサン良くワタシが銃弾ぶっ放したのを非難出来るな……。自分はヤっちまう気満々じゃねーか……。

 

「それは一番最初の設定をミスった結果論でしょ?メビウスはアンタの為だけに、頭が無くなってもそこを動かないんだよ?」

「……っ」

「機械にはどうせ感情が無いから、そんな事はどうでも良いって言うつもり? それなら内戦の時のケルディックはどう?」

「くっ……その話を持ち出すのか?」

「ん、別にワタシだってこんな事言うつもりは無かったけど、アンタは自分の意向に沿わないって理由だけで、本来守るべき自分の領民を襲わせて、死人まで出したんだよ? それも自分の手を汚さずに猟兵を雇って」

「それの何処が悪い!?汚れ仕事を請け負うのが、奴らに出来る唯一の仕事だろうが!!」

「ん……、ま、確かに何の見境も無く依頼を受ける『北の連中』もどうかとは思うけどね。でもアンタは、ケルディックを焼き討ちする前に、ユミルも襲わせてるでしょ?」

「……」

「アレで万が一リィンのお父さんが亡くなってたら、確実にアンタも終わってたよ?」

「ユミル領主のシュバルツァー男爵か……。直接会ったのは随分と昔の事だが、出来た人物ではあるからな。確かにそうなったら、私の極刑は免れ無かっただろう……」

「ん、法律の話じゃなくて『ワタシがアンタを始末してた』って言ってるんだけど?」

「な、何だと!!?」

「……ふぃ、フィー」

ミリアムが悲しげな顔を浮かべるが、フィーは見て見ないフリをした。

「人を殺すっていう事は、当然その相手にも自分が殺される可能性があるっていう事。それは、例え誰かに頼んだとしても同じ事。そうじゃなきゃフェアじゃないでしょ?」

「ぐっ!?私は領主の抹殺を命じた覚えはない!皇女殿下の身柄を見つけ、こちらに移すよう依頼しただけだ!!」

「同じだよ、アンタが何を依頼したかは関係ない。重要なのは、リィンのお父さんがアンタの雇った猟兵に撃たれて死にかけた、っていう事実だけ」

「……っ!」

「アンタは、ワタシの大切な仲間の家族を奪っていたかも知れない。例えアンタがユーシスのお父さんでも、それだけでアンタを許す事は、きっとワタシには出来なかった。……猟兵はとっくに引退してるけど、アンタを始末する為なら、ワタシは喜んで『シルフィード』に戻ってたと思う」

「……自らの手を汚してでも、シュバルツァー男爵の仇を取るという事か?」

「ワタシの手はとっくに汚れてるよ、これ以上無い程真っ黒にね……。だから汚れ仕事はワタシがやれば良い。……Ⅶ組には居られなくなっちゃってただろうけど……、皆に手を汚させるよりもずっと良い」

「そ、そんなの絶対にイヤだぁぁ!!!」

ミリアムが叫び声を上げながら、フィーの腰に飛び付いた。顔が涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになっている。

「ダメだよフィー!そんな事しちゃ絶対にダメだ!!」

「ミリアム……」

「クロウが居なくなった時、ボクは胸が張り裂けちゃうんじゃないかっていう位苦しかったんだ!でもオジサンが実は生きてたりとか、ルーファスが急に出てきたりとか、色んな事があってウヤムヤになっちゃって……。でも卒業前の旧校舎で、皆とこれでお別れなんだと思ったらまた急に苦しくなって……。自分でも何を言ってるのか良く分かんないけど、あんな気持ちになるのはもう絶対にイヤだ!!」

「……」

「フィー1人がそんな事をする必要なんて無いよ!もし汚れ仕事をしなきゃならないんなら、ボクも一緒にやる!……だから、……だから、そんな1人で何処かに行っちゃう様な事、言わないでよぉ!」

涙を混じらせたミリアムの悲痛な声が、薄暗いドック内に響き渡った。

「ん……、大丈夫だよ、ミリアム」

「……へっ?」

「さっき言ったのは『あの時のワタシだったら』っていう意味」

「ふぃ、フィー……」

「クロウがいなくなった時、心が壊れそうだったのはワタシも同じ。だから、皆に同じような想いをさせる様な真似は絶対にしない。……バカだよねワタシは。西風の時に似た経験をしてるのに、何にも成長してなかった……」

「フィー!!」

涙を流しながら笑みを浮かべたミリアムが、フィーの首筋にギュッと抱き付いた。

「……くるしいよ、ミリアム」

「絶対だよフィー!絶対に、絶対に何処かに行っちゃったりしちゃダメだからね!!」

「ん……、らじゃ」

少しだけ……、ほんの少しだけフィーの口元が緩んだ。

 

 

 

「……ふん、とんだ茶番を見せられたモノだ。……だが……」

ヘルムートがつまらなそうに鼻を鳴らして見せる、が。

「だが……、どうやらユーシスの奴は、仲間には恵まれたらしいな……」

少しだけ目を伏せて、誰にともなくボソっと呟いた。

「……ケルディックの襲撃を命じた時、オットーが亡くなるとは思っていなかった……。これでも奴とは長い付き合いでな……、ケルディックを交易の町と呼ばれる様にしたのは、間違いなくオットーと私だ……」

遠い彼方を見つめる様に、ヘルムートが語り出す。

「……先代から領主の役割を受け継いだ当初、私はクロイツェン州をもっと豊かにしたいと考え、とにかく物流の発展に力を注いだ。町長の息子だったオットーと2人でマーケティングからロジスティクスまで、当時は寝る間も無い程に勤しんだものだ。……無論、先行投資を募った貴族達からは厳しい意見も上がったが、総合的な利回りの良さと利権に関する甘い蜜をチラつかせて黙らせたりもした。……奴とは、ある意味で戦友と言っても過言ではない関係だったのだ」

「……ん」

 

意外……でもないかな。性格に難があるとしても、このオッサンはルーファスとユーシスのお父さんだ。元々はかなりのヤり手だろう。

 

「だがある時期を境に、オットーと私の意見に食い違いが生じ始めた。あくまでも商人を中心にした町作りを主張する奴に対し、私の利益を重視した方針は合わなかったのだ……」

ヘルムートの表情に暗い陰が帯びる。

「奴の主張が理解出来なかった訳ではない、町作りの要は人であり物や金では無い。だが、利潤を出して見せなければ、投資している貴族達を黙らせる事は不可能だったし、小うるさい役人共に渡す賄賂も捻出しなくてはならなかった……。それに私の最終的な目標は、四大名門の中でアルバレアがトップに立つという事にあった。ケルディックを交易の町に作り代えるというのも、その過程に過ぎなかったのだ」

「……」

「その後、オットーとの軋轢が埋まる事はなかった。奴は商人としては、余りにも清廉過ぎたのだ。そうこうする内にあの鉄血が台頭を始め、貴族の立場は徐々に追い込まれていった。貴族派革新派といった派閥が出来上がる頃には、もうオットーの事を省みる余裕すら私には無くなっていた。そして……あの内戦が始まった」

「……」

「北の猟兵にケルディックを襲わせたあの日、私の半生は無意味なモノに成り下がった。だがどうしても、自分が作り上げた町が、私を裏切るという事態に我慢が出来なかったのだ。その結果、オットーを……友を永遠に失い、ルーファスに裏切られ、そして、ユーシスに終わりを告げられた……」

「……」

「今の私に残されたのは、余生では使い切れない程の金と、それを狙って群がって来るハイエナ共だけだ……」

そう言い終えると、ヘルムートは疲れたように、そっと目を伏せた。

 

……ああ、そうか。

 

唐突に理解した。

 

内戦での派閥争い辺りからおかしくなり始めたのかと思ってたけど……、このオッサンは、ずっと前から壊れてたんだ。

友達とすれ違い、家族には目もくれず、ただ自分の目的の為だけに突き進み。その結果、誰も信用出来なくなって、……最後には全てを失った。

……そりゃ、自分を裏切る事のない、機械イジりに没頭するワケだ。

 

同情は全くしなかったが、少しだけ目の前に居る年老いた男が哀れに思えた。

 

「……ユーシスに伝えるが良い。お前が危惧しているような事態にはならん。下らん心配をする暇があるなら、領地運営をしっかりやり遂げろ、と」

「ん、らじゃ。……他には?」

「……お前は、間違っても私の様にはなるなと伝えてくれ」

「ん、わかった。……それで?」

「?」

「アンタはこれからどうするの?」

「ふん、貴様には関係なかろう!」

「これからもここで、新しい機甲兵でも造るの?一応ワタシは遊撃士だから、ギルドに報告しなくちゃならないんだけど?」

「くぅ!?好きな様にするが良い!ここは領邦軍の施設だ、どうせ何も出来はするまい!」

「ん、民間人保護の名目を拡大解釈すれば、危険な兵器を製造してるアンタを、ギルドで拘束する事も出来るんだけど?」

「ぐっ!……」

「っていうか、誰も乗る事が無い独立思考型の機甲兵を造って、最終的にどうしようっての?1人で戦争でも始めるつもり?……そんな事やってるから、友達が逃げていくんだよ」

「これは私の趣味の様なものだ、貴様なんぞにつべこべ言われる筋合いは無い!」

「さっきも言ったけど、ワタシは遊撃士だから、つべこべ言う筋合いはあるんだってば」

「くっ……」

思わずヘルムートが押し黙った。

 

……はぁ、あんまり追い込むと、このオッサンはまた暴走しちゃいそうだしな。適当な落とし所に持っていってやるか。

 

苦笑いを浮かべながら溜め息を吐く。

 

「ん……。そんじゃ、ワタシ専用の機体を造ってよ」

「な、な、何だと!?」

「それなら今日見た事は黙っててあげる。ま、ミリアム次第だけど?」

チラリ視線を横に飛ばした。

「うん?ボクは別に誰にも言うつもりはないよ、今日は情報局のお仕事とも無関係だしね♪」

ニシシっと白い歯を覗かせる。

「ん、さんくす。……だってさ。どうする?捕まるか造るか、2つに1つだよ?」

「くっ……ひ、卑劣な……、これだから猟兵という輩は……」

「どうする?」

「っ……」

ヘルムートは、ほんの一瞬だけ考え込んでみせたが。

「……ふん、良いだろう。どうせ先の短い余生の暇潰しのつもりだ!貴様の望み通り、専用の機甲兵を造ってやる!」

選択の余地が無い、無慈悲な二択を受け入れた。

「ん、そんじゃヨロシクね。たまに様子見に来るから」

「ふん、好きな様にするが良い。1年程時間は掛かるだろうが、RX-78をベースに、貴様だけの専用機甲兵を製造してやる!」

「ん……取り敢えず、その形式番号はもう使わない様にお願い」

「?……、何故だ?形式番号など何でも良かろう?」

ヘルムートが首を傾げる。

 

……確信犯じゃねーのかよ。

 

 

 

「そんじゃ、帰ろっか?」

「うん、ボクお腹空いちゃったよ♪」

2人は揃って、来る時に通ったダクトへ向けて足を進め始めた。

「ま、待て!貴様達は何処から出ようというのだ!?」

「ん?もう一回間接外して、ダクトから帰るつもりだけど?」

血だらけの左肩を鷲掴みにしながらフィーが応える。

「……別に止めはせんが、裏山へ続く隠し通路がある。今後も来るつもりなら、それを使うが良い」

ヘルムートが近くの壁に近付いて手を添えると、急に壁が動き出して空間が現れた。

「……」

 

……このオッサン、さては砦のあちこちを改造してやがるな。……人間、金と時間が有り余るとロクな事やらねぇな……。

 

思わず目を細める。

「ふん、いつまでもこうしてないで、さっさと行くが良い」

「さんくす。それじゃ、また来るから」

「……約束は守れよ」

「ん、そっちもね」

フィーとミリアムは横並びになると、裏山に続くという薄暗い通路へと足を進めた。

 

 

 

「にししっ♪」

暗がりの中、ミリアムが笑みを浮かべている。

「?、どうかしたの?」

「にしっ♪フィーは優しいねぇ。何のかんの言ってても、誰も傷付かない様に上手くまとめたし♪」

「ん、そだね」

「これなら定期的にユーシスのお父さんの様子も確認出来るし。無理に熱中してるものを取り上げちゃうよりも、よっぽど良かったと思うよ?」

「ん……ワタシの仕事は増えちゃったけどね」

「だいじょーぶ!ボクも時間が空いた時には、様子を見に行くようにするから♪」

「ん、さんくす」

「フィー1人だけで抱え込む必要なんて無いんだからね?」

「ん……頼りにしてるよ」

「にししっ、うん♪任せてよ!」

通路内には夏の外気が漂い始め、蒸し暑い空気が全身を包み込んだ。

 

ふぅ、サラ達ならもっと上手くやれたのかも知れないけど。……ま、これで良かったかな?

 

1つ大きく息を吐き出し、フィーとミリアムは足並みを揃え、光の射さない通路をただ真っ直ぐに前へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

「……ふっ、なかなかやるな、レーグニッツ」

「……君こそ、学生時代以上のキレじゃないか、ユーシス」

山間の切り立った崖のすぐそばで、男2人は向かい合っていた。

マキアスは所持していた弾薬のほぼ全てを撃ち尽くし、ユーシスが手にする騎士剣は見るも無惨な程に刃こぼれを起こしている。

互いに全身のあちこちから流血しまくり、体力も尽きて意地だけで立っている状態だ。周辺はマキアスが使用した爆薬のせいで山崩れが起き、あちこちで粘土質の地層が顔を覗かせていた。

シュトラールは少し離れた場所で草を食みながら、呆れた様にその光景を眺めている。

 

「心地良き傷みと言うべきか……。まさかお前がここまでやるとは思ってもいなかったぞ」

「ふん、こちらの台詞だユーシス。領地運営で身体が鈍っているのかと思ったが、どうやら鍛練は欠かしていなかったようだな」

互いに相手を称えながら、傷だらけの2人の顔には笑みが浮かんでいた。

「……ケリを着けるぞ!マキアス・レーグニッツ!!」

ユーシスが騎士剣の切っ先を真っ直ぐに突き付ける。

「……望むところだ!ユーシス・アルバレア!!」

マキアスが銃口を真っ直ぐに突き付ける。

火花が散るように互いの視線が空中で交わると、2人は同時に地面を蹴った。

「やあああぁぁ!!」

「うおおおぉぉ!!」

本能のままに咆哮を上げ、ただ真っ直ぐに相手に向かって突撃する。

相手を倒す為では無い。相手を認め……、そして、認めて貰うための勝負だ。

 

日に照らされ、2人の影が交わるその瞬間。

「超ジャイアントがーちゃんパーンチ!!」

「ぐほぉ!!?」「がはぁ!!?」

 

突然、すぐ横の崩れた土砂の中から巨大な銀の拳が出現し、マキアスとユーシスを2人まとめて殴り飛ばした。

2人は揃って数アージュも弾き飛ばされ、そのまま仲良く崖下まで滑落して行った。

 

 

 

 

 

 

「にししっ!ようやく出られたね、フィー!」

「ん、まさか出口が崩れて塞がってるとは思って無かったよ」

土塊を押し退け、全身を真っ黒に汚した2人が、眩しそうに日の光に目を細める。

「……あれ?シュトラールだ!」

ミリアムがすぐ近くの木陰で佇む、ユーシスの愛馬を見つけて駆け寄った。

「どうしたの?こんな所で?」

鬣を撫でながらミリアムが楽しそうに問いかけるが、シュトラールは何故か崖下の様子を仕切りに気にしているようだ。

「そっちに行ったら危ないよ。ボク達はこれからバリアハートに帰るつもりだから、シュトラールも一緒においでよ♪」

ミリアムが無理矢理手綱を引っ張ると、シュトラールは渋々といった様子ながらも、それに従った。

「ん、そんじゃ、帰ろっか」

「うん♪アルノーが車で待ってくれてるハズだよ♪」

「お腹空いたな……」

「ボクもペコペコだよ、ユーシスん家に行ったら、お風呂借りてからご飯食べさせてもらお♪」

「ん、さんせい」

2人は、何故か崖下の様子ばかりを気にし続けるシュトラールを連れて、山を下って行った。

 

 

 

崖の下ではマキアスとユーシスがARCUSでSOSの発信をしていたが、通信圏外で誰にも届きはしなかった。

その後2人は一昼夜崖下をさ迷い、ボロボロの状態ながらも何とかバリアハートへと帰還した。

 

サバイバルを共にした2人の間に、熱い友情が生まれたかは誰にも分からない。


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