帝都ヘイムダル ヴァンクール大通り
はぁ、ヤレヤレとしか言いようが無いね……。
前を歩くデュバリィとリィンは、帝都デパートの前を通り過ぎ、飲食店が軒を連ねる区画へと足を運んでいた。
事前に簡単なプランしか決めてなかったけど、まさかあそこまでヒドいとは思って無かったよ……。何で初デートの一発目が道場破りなんだ?……多分原始人でも、もうちょっとはマシなデートプラン立てるぞ?
「ふふっ、良いですよデュバリィ。スタートは上々ですね」
隣に立つ聖女は満足気な顔を浮かべている。
……こっちの聖女もぶっ飛んだ事言ってやがる。なんだ?身喰らう蛇ってトコは、イカれた奴しかいねぇのか?……ん?って事はそこに誘われたワタシは、こいつらと同類だと思われてるのか???
「さぁクラウゼル、ここからが本番です。最善を尽くして下さい」
完璧に気配を断ち切った聖女がフィーに促す。
「……らじゃ」
目を細めながらも取り敢えず応じる。大通りの人混みを利用しながら、2人は追跡を再開した。
「デュバリィさん、一体何処まで行くつもりですか?」
「貴方は黙ってわたくしに付いてくれば良いと言った筈です!」
「い、いや……。出来れば行き先位は教えて欲しいんですが……」
「心配は無用です!貴方は全てをわたくしに任せ、離れずに付いて来やがれですわ!」
「は、はあ……」
遠目で良く見えないが、リィンが困り顔を浮かべているのが簡単に想像できた。
はぁ……ったく、あのポンコツ剣士は。アレでデートしてるつもりなのかねぇ……。こんなんでどうサポートしろってのよ?
思わず盛大な溜め息が出た。
「ふふっ、良いですよデュバリィ。その手の朴念仁はとにかくグイグイ引っ張って行くに限ると、昔から決まっています!」
隣の聖女は何故か満足そうだ、母親の様に柔らかな笑みを浮かべている。
マスター、何だか楽しそうだな……。……っていうか、昔っていつの事だろ?
フィーが目を細めている間に、前を行く2人はレストラン街へと足を踏み入れていた。
ん……ここでも何処の店に行け、とかは事前に指示して無かったけど、リィンは帝国風よりも東方風の料理が好きだとは伝えてあるし……。まぁ、流石にライカ地区の二の舞にはならないでしょ。……多分……。
エレボニアがクロスベルを統合して以降、帝都内でも東方色の強いショップが続々とオープンしており、それは飲食店でも例外ではなかった。
ランチタイムならそんなに値段も高くないだろうし、後は本人達に任せて問題無いでしょ。……多分……。
……そういや、ワタシもお腹減ったな。
ぐぅ~っ、と小さく鳴ったお腹をさすりながら前を見ると、2人は東方料理のチェーン店へと向かっていた。
そうそう、そのままそこの店に入ればOK……って!?
2人はフィーの目論見を見事に外し、1つ隣のラーメン屋へと入って行った。
……ま、まぁ、良いか。ラーメンも一応は東方料理の一種だし、間違っちゃいないか。
聖女と2人並んで店の中が確認出来る距離まで近付き、様子を伺う。だが興味津々で店舗内を見つめる聖女を他所に、フィーの目は外看板に書かれている、とある一文で止まっていた。
……な、何か気になる事が書いてあるんだけど……。いや、気にし過ぎだな。いくらなんでもそれは無いか。……多分……。
自分の考えに苦笑しながらも首を振り、デュバリィ達へと目を向けた。
昼時を少し過ぎた時間。店内はそれほど混雑しておらず、2人はテーブル席で向かい合って座っていた。
おっ、何となくデートっぽい雰囲気だね。
店の外から2人の様子を見つめながらそんな事を考えていると、デュバリィはメニューを見もせずに店員さんを呼びつけた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「表の看板に書いてあった『10㎏ラーメン30分以内にスープも完食で無料』というのを2つ頼みますわ!」
特に何の迷いもなくクレイジーな注文を完了した。
げ、激馬鹿かアイツは!!何で男連れてラーメン10㎏も食べようとしてんだ!?
「ふふっ、良いですよデュバリィ。男は少食より食欲旺盛な女子に惹かれるものです」
……いや、マスター。『惹かれる』っていうか『引かれる』の間違いじゃ……。
「でゅ、デュバリィさん。幾らなんでもラーメン10㎏なんて……」
流石のリィンもコレには黙っていられないらしい。
「お黙りなさい!ラーメンなど所詮は小麦粉と水の塊ですわ。10㎏程度食べられなくてどうします!」
「いや、量もそうなんですけど30分というのが……」
「臆したのですか?帝国男子ならば、食事も闘争の一環と考えて然るべきですわ!」
……いや、メシぐらいゆっくり食べさせてやれよ。
「な、何度も言ってますが、俺は病み上がりで……」
「ラーメン食べれば一発で元気になりますわ!」
……いや、もっと消化の良いヤツ食べさせてやれよ。
「ほ、本当に食べるんですか?」
「当たり前です! しかも、30分で全部食べれば無料ですわよ!」
さっきは奢るとか言ってなかったか?……しかも看板には「30分以内で完食出来ない場合は1万ミラ」って書いてあるぞ。……アイツ、2万ミラも持ってんのかな?
「デュバリィ……いけませんよ」
ここで隣の聖女から、今日初めての否定的な意見が上がった。
おっ? ようやくマスターから、まともな意見が出そうだよ。
「……ラーメン屋さんに行ったら、一緒に餃子とザーサイを頼むのがマストです!」
メニュー追加してんじゃねぇよ!!しかもチョイスが独特だわ!!
今更だが今日の依頼は大外れも良いところらしい。時刻は昼過ぎ、夏の太陽が容赦無く肌を照り付けていた。
あ、暑い……。中は冷房効いてて涼しそうだな……。それにお腹も空いたな……。
うらめしそうな視線を送っていると、店員さんが2人掛かりで注文した品を運んで来るところだった。
……アレを食べるのか。
およそ人間サイズとは思えない巨大な器から、顔が見えなくなる程の湯気が立ち上っている。
ん……、何か見ただけでお腹いっぱいになった気がする。
「でゅ、デュバリィさん……、コレを30分で?」
「いきますわよシュバルツァー。潔く覚悟を決めなさい!!」
「今の時間から30分間です……。では、お召し上がり下さい!」
店員さんのストップウォッチがカウントを開始し、2人の過酷な戦いが幕を開けた。
20数分後
「……デュバリィさん、もう諦めましょうよ」
「ぶ、ぶぶざびべずば……(う、うるさいですわ……)」
2人とも真っ青な顔色をしながらも、箸を止めずに麺を啜り続けていた。気のせいか食事前よりもやつれた様に見える。
「さ、流石にこれは無理です。俺なんかまだ半分も食べてませんし……」
遂にリィンの箸が止まった。
「ぶぁばば!ぼっどびばびびべぼべずば!(貴方!もっと気合い入れろですわ!)」
デュバリィはまだ頑張るつもりらしい。鬼の様な形相で滝の様に汗を垂らしながらも食べ続けている。
ただし、両方の鼻から5リジュ以上も麺が飛び出していた……。
いやいやもう諦めろよ……。何処の世界に鼻からラーメン飛び出してまで10㎏も食べ続ける女が居んだよ?
「ふふっ、良いですよデュバリィ。諦めさえしなければ光は必ず射すものです」
マスター……それは天からのお迎えの光って事?
ストップウォッチを持った店員さんが近付いて来た。
「はい、10秒前!…………3、2、1。そこまでです!」
試合終了の合図が告げられた。
リィンは3分の1程度を食べ終え、デュバリィは底が見える程まで頑張っていた。
「ではチャレンジ失敗ですので、お帰りの際に料金のお支払をお願いします!」
コップに水を注ぎ足し、店員さんは厨房へと去って行った。
「……残念でしたね」
「く、悔しいですわ……絶対にいけると思いましたのに……」
「また挑戦すれば良いじゃないですか」
「ええ、そうですわねシュバルツァー。勝つまで一緒に戦い抜きましょう!」
「……いや、俺はもう結構です」
……その流れで「はい」って言うヤツがいるとでも思ってんのか?
「ふふっ、良いですよデュバリィ。己が負けを認めぬ限り、勝負は終わりません」
……何でゴハン食べるのにいちいち『勝負』の2文字が出てくるんだ?
目を細めて隣の聖女を見つめた。
・
会計時……、フィーの予感は的中した。
「いえ、シュバルツァー。わたくしが何とかしますから、気遣いは無用です!」
「いや、だってデュバリィさん、手持ちのミラが全然足りてないじゃないですか」
「こんな事は慣れっこです!皿洗いでも、店内清掃でも、客引きでも、ペンキ塗りでも何でも手伝ってやりますわ!」
「あの、お客さん……。先に帝都憲兵隊に連絡したいんですけど……」
「わたくしが身を粉にしてでも支払いますから、憲兵なんぞを呼ぶ必要はありませんわ!」
「いやそんな事しなくて良いですから、憲兵立ち会いで調書を取って、今日のところはお引き取り願いたいんですが……」
「なぁ!?代金が払えない程度で調書!?ふざけんじゃねぇですわ!」
ふざけてんのはオメーだよ。トリスタ辺りならともかく、こんな街中で無銭飲食したら警察呼ばれるのは当然でしょうが。
「ふふっ、良いですよデュバリィ。この場合はとにかくゴネ続けて、相手を諦めさせるのが上策です」
マスター……そんな迷惑極まりない策は勘弁して欲しいんだけど……。
「と、とにかく。一旦俺が支払いますから……」
「わたくしは奢ると約束しましたわ、女に恥をかかせるつもりですの!?」
鼻からラーメン飛び出してる時点で、恥も何もあったもんじゃねぇんだよ!……ったく。
フィーは双銃剣を1丁引き抜くと、刃先に陽光を反射させてデュバリィだけに合図を送った。
「ここはわたくしが……っ!?」
こちらに気付いたデュバリィに身振りだけで「そこはリィンに任せて一度こっちに来い」とジェスチャーを送る。
その隣で聖女は笑みを浮かべたまま胸元で十字を切っていた。
「!?!?!?」
マスターの仕草を見て、デュバリィの顔色が一気に青ざめた。
「そ、そ、そうですか!ではお言葉に甘えさせていただきます!わたくし、ちょっと花を摘んで参りますので、会計を宜しくお願いしますわ!」
その場をリィンに任せ、神速を駆使して悟られぬように店外へと抜け出し、デュバリィは2人の元に合流した。
「お、お許し下さいマスター!わたくしは精一杯やっているつもりですわ!」
第一声と共に頭を地面に擦り付けるデュバリィ。通行人が何事かと振り向くが全くお構い無しだ。
「顔を上げなさいデュバリィ。私は別に怒ってはいません」
「ま、マスターっ!!」
「ですが、いつも言っているように、出された食事は感謝を込めて全て食べ切るのが礼儀です。帰ってからお仕置きが必要ですね」
「ひぃぃぃ!!?」
「ん、マスター。その辺は今いいから、ちょっとだけ黙っててくれる?」
「!?、……す、すみませんクラウゼル、ここは貴女にお任せします……」
聖女はしょんぼりと肩を落とすと、フィーの後ろで小さくなった。
「こ、こ、こ、小娘ぇ!!!我がマスターに対してなんですの、その無礼な態度は!!?」
「ん、リィン待たせてるから時間無いし、今回はそういうのパスで」
「な、なぁ!?」
「事前の打ち合わせの時に、細かい事決めようとしたら『貴女からの指図は受けませんわ!』とか言うから任せちゃったけど、これはヒド過ぎ。何で道場破りの後ラーメン10㎏に挑戦してんの?」
「わ、わたくしは、ちゃんとシュバルツァーの事を考えてプランニングしましたわ!」
「どこが?」
「わたくしと彼との共通点は剣です。ですので、まずは緊張をほぐす意味合いでヴァンダールの道場に向かいましたわ。……まさかオリエ・ヴァンダールがあれ程の使い手だったとは予想外でしたが……」
「……んで?」
「その後は貴女の助言に従い、東方料理の店でお腹をいっぱいにしようと」
「何でこの店選んだの?隣に東方料理のチェーン店があるでしょ?」
「東方といえばラーメンしかありませんわ!これ程老若男女から喜ばれる食べ物は、この世に2つとありませんわ!」
「ん、あっそ。……んじゃ、10㎏に挑戦したのは?」
「病み上がりと聞いていましたので、とにかく量が必要だろうと思いまして」
「……」
こ、コイツなりに考えてはいるんだな……内容はともかくとして……。
「そ、そもそも貴女!アドバイザーみたいな顔して喋ってますが、貴女自身は恋愛経験あるんですの!?」
「ん、全然ないよ。でも、リィンとは夜のヘイムダルで食事してからホテルに行った事ある」
「!!?、なぁ!?!?!?」
「あ、そういえばホテルに入る前に『絶対、フィーを守る』とか巡回神父に向かって宣言してたっけ」
「う、う、嘘ですわ!!貴女は嘘を付いていますわ!!」
「ホテルに着く前におっ始まっちゃってさぁ、制服はビリビリになるし血はいっぱい出るしで大変だったよ」
「ぎゃああ!?そんな話聞きたくありませんわ!!」
デュバリィが頭を抱えて天を仰ぐ。
……その一方。
「はぁ、はぁ……く、クラウゼル。その話、もっと詳しく聞かせてはくれませんか?お願いします!」
妙に息遣いの荒い聖女が、フィーに懇願していた。ボタボタと鼻血が溢れ落ちている。
マスター……何想像してんだ?
「デュバリィ。ここは私に任せて、そなたは早くシュバルツァーの元へ戻りなさい」
何を任せろって言ってんだ?
「なっ!?ズルいですわマスター!わたくしももっと詳しく聞きたいですわ!」
「先程は聞きたくないと言っていたではありませんか?」
「そんな意地悪言わないで下さいませ!マスターはズルい!ズルいですわ!」
「ん、悪いけど詳しく話すつもりは無いよ」
『なぁ!?!?!?』
聖女と神速は同時にガックリと肩を落とした。
「そんなのいいから、早く戻って。リィン待ってるんだから。次は予定通り適当に身体を動かしてから、マーテル公園に向かうプランでヨロシク。あんまりヒドい時はまたフォローするから」
まぁ、これがフォローになってんのかは良く分かんないけどね。
「くっ……。そのうち力ずくでも聞き出してやりますわ!」
デュバリィは来た時と同様、持ち前の神速でリィンの元へ去って行った。
「……クラウゼル、私だけにこっそり教えてはくれませんか?」
「ん、マスター。人のプライベートを無理矢理聞き出すのは野暮だよ」
「や、野暮……」
美しい聖女の顔を、再び暗い影が包み込んだ。
マスター……、分かりやすい性格なんだね。
その様子を見ながら、フィーもやれやれと肩を竦めた。