「ま、マスター……。もうおよしになられた方が……」
「全然平気です!デュバリィ、要らぬ心配はお止めなさい!」
「は、はい……」
不安気な視線が聖女に注がれる。
時刻は21時過ぎ。マーテル公園を後にした一同は聖女に導かれ、ルーレ方面へと続く街道に程近いバーへと移動し、残念会と名を打った食事会(飲み会?)を開いていた。
10人も座れば満席になってしまう程の小さな店、髭の店主が1人で経営しているらしい。3人は4人掛けのテーブル席に、フィーとデュバリィ、対面に聖女といった位置で陣取っていた。
店内に入った瞬間に店の主人は聖女の姿に目を奪われ、頼んでもいないのに表に【CLOSE】の看板を掲げて完全貸し切りにしてくれた。今はカウンターの中でグラスを磨きながら、うっとりとした様子でこちらを眺めている。
……いやいや、もう止めとけよマスター。結構酔ってるみたいに見えるぞ?……ビール1杯半しか飲んでねーけどさ……。
向かいに座る聖女の様子を窺いながら、アヒージョとバケットをつまみにしてグレープジュースに口を付けた。
「……マスターは普段、ウィスキー入りのチョコレート1つでイイ感じに酔われてしまうのです。……今日はかなり飲まれている方ですわ」
殆ど聞こえない程の小声で、デュバリィがフィーに耳打ちした。
「聞こえていますよデュバリィ!本人が大丈夫と言ったら大丈夫です、余計な事をクラウゼルに言わないように!」
「は、はい!?し、失礼しましたですわ!」
緊張した面持ちのデュバリィが、謝罪しながら畏まった。
……流石の地獄耳だね。
「デュバリィが初めて男性とデートした記念日です。今日はとことん付き合って貰いますよ!」
「……は、はい」
蚊の鳴くような掠れ声で返事を返している。
?、妙に歯切れが悪いな、何だ?
そんな事を考えている間に聖女は2杯目の中ジョッキを飲み干し、3杯目を注文しようとしていた。
「ま、ま、ま、マスター!?マジでお止め下さいまし!これ以上飲まれてはわたく1人では対処出来なくなりますわ!?」
対処って何だ?……もしかしてマスター、酒癖悪いのか?
「デュバリィ、心配無用と言っています!しつこいですよ!」
「わ、わたくしはマスターのお身体を心配して……」
「それこそ要らぬ心配です。自分の身体は自分が1番分かっています!」
な、何だこのあからさまなやり取り……。な、何か今までで最大級の嫌な予感が……。
店の主人が丁寧な所作でお代わりの大ジョッキを手渡すと、聖女は腰に手を当てて、それを美味しそうにゴクゴクと飲み始める。
ゴク、ゴク、ゴク……。
マスター……、惚れ惚れする飲みっぷりだけど……。
次の瞬間、店内の気温が一気に10℃程も下がったかの様な錯覚を覚えた。
な、何か、超激戦区の戦場並みに空気が重たく感じる……。
「……小娘、覚悟を決めなさい……」
デュバリィの声には今までに聞いた事が無い緊張感が含まれていた。
ゴク、ゴク、ゴク……。
「……どうやら『その時』が来てしまったようですわ」
「その時?」
い、いきなり何言ってんだコイツ???
「ゴク、ゴク……、ぷはぁー!!」
聖女は一気にジョッキを飲み干すと、口元の泡を手の甲で拭った。……目が完全に据わっている。
「あ、あわわわ……」
隣ではデュバリィが青ざめた顔を見せ、産まれたての子鹿の様に全身をプルプルと震わせていた。
「……ちょっと化粧を直して来ます。2人共、好きな物を頼みなさい……」
エクスカリバーを思わせる鋭利な視線とは裏腹に、聖女は優しい声色でそれだけを言い残すと、優雅な仕草でRestRoomへと姿を消した。
「な、何をしているのです小娘!?今のうちに自分の装備を確認なさい!!」
フィーの真横で喚きながら、デュバリィは鉄機隊特注の鎧を出現させ、愛用の大剣を手に取った。
「な、なんで?」
「貴方は車に轢かれそうな子供に『危ないからここで遊んではダメ』と言い聞かせてから助けるのですか!?取り敢えず安全な場所に連れて行ってから注意するでしょうが!!」
「い、いや……何の答えにもなって無いんだけど?」
「ともかく時間が有りませんわ!今出来る最大限の準備をなさい!!」
言いながら大急ぎで大剣に携帯用砥石を当てている。
不意にRestRoomの扉が開いた。
!?、おいおい???
聖女は先程迄の淑女然とした装いではなく、以前見た甲冑と兜面で身を包んでいた。……目に見える程に濃密なオーラを全身から発している。
な、何故化粧直しに行って、戻って来たらフル装備???
「デュバリィ!クラウゼル!愉しくなってきたので稽古を付けてあげます!さあ!来なさい!!」
全身から溢れ出した闘気が店内に渦巻き、近くのテーブルや椅子が吹き飛んだ。
な、何言い出してんだマスター!?!?
「小娘、早く構えなさい!!わたくし1人だけでは1分と持ちませんわ!!」
「……ねぇ、2つ聞きたいんだけど?」
「何ですの?」
「あんた、マスターがお酒飲んだらこうなるって分かってたんだよね?……何で先に言わないの?」
「言ったら貴女は、わたくしを置いてさっさと逃げるに決まっているからです!」
「んじゃ、何でマスターの誘いにノコノコ付いて来たの?」
「マスターのお誘いを断る選択肢など、わたくしにある筈が無いでしょうが!」
「……」
……な、何でワタシにも断る選択肢が無いんだ??
「行きますわよ小娘!!全身全霊を掛けて生き残りやがれですわ!!」
……いや、っていうか、店の中で始めるつもりか??
「はぁ!」
気合いと共に聖女が掌を前に付きだす。
っ!?!?
目に見えない衝撃波が店内を駆け抜けると、フィーとデュバリィは揃って壁に叩きつけられ、そのまま床に突っ伏した。店の内装は完全に崩壊し、カウンターの中では店主が直立不動のまま白目を向いて泡を吐いている。
い、痛ってー!?な、何だ今の!?
後頭部をさすりながら身体を起こす。
「き、気を付けなさい小娘!酔ったマスターは、いつものマスターではありませんわ!全宇宙に存在する微細なエネルギー的なモノを扱える、最強のマスターとなってしまわれるのですわ!」
「い、いや……、それって、スター・ウォー……」
「言いたい事は分かりますが、あまり詳しく言うんじゃ無ぇですわ!!」
「ん……、フォースと共にあらん事を……」
床に転がっていた椅子を、ジェダイマスターへと変貌を遂げた聖女に向かって思い切り蹴り飛ばした。
「はっ!」
聖女が再び掌を付き出すと、木製の椅子は木っ端微塵に砕け散った。間髪入れずに今度は閃光弾を取り出し、聖女に向かって投げ付ける。
「ふん!」
聖女の気合いに反応するかの様に、閃光弾は空中で向きを変えてフィーに向かって跳ね返って来た。
ちぃ!?
跳び退く様にその場を逃げ出し、カウンターの中に逃げ込む。直後にすぐ背後で、破裂音と共に閃光が迸った。
「行きますわマスター!!」
閃光で店内が満たされた瞬間を逃さず、デュバリィが大上段に剣を構えて一直線に飛び掛かる。
「甘いですよ、デュバリィ!」
「ぐぎぃ!??」
聖女が手をかざすと、金縛りにあったかの様にデュバリィはピタリと動きを止めた。
「ぎ、ぎぎぎぃ!!?」
それでも鬼の形相で力任せに剣を振り抜こうと試みるが、全身をプルプルと細かく震わせるだけだった。対する聖女は、まるでじゃれ付いて来た子供をあやすかの如く、楽しげに振る舞っている。
にゃろー、同時攻撃ならどうだ?
「ARCUS駆動……ジャッジメントボルト!」
フィーが得意とは言えないアーツ攻撃を仕掛ける……が。
「お見通しです、クラウゼル!」
今度は手をかざす事も無く首を向けただけで、雷撃は聖女を捉える事無く空気中に霧散した。
じょ、じょ、冗談じゃねーぞ!あんなのどうしろってんだ!?
思わず眼を見開く。
攻撃手段が無ぇじゃねーか!?先月戦った新型機甲兵よりもやべぇかも。……しかも1番洒落になって無いのが……、マスター、まだ素手の状態なんだよなぁ……。
「う、うがあぁぁ!!!」
デュバリィは気合いの雄叫びと共に何とか金縛りを振り切り、飛び跳ねる様にして1度距離を置いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
だが肩で息を切らし、見た目にも分かる程に消耗している。ほんの数秒ヤり合っただけで、相棒の被害は甚大だ。
や、ヤバい!な、何か使えそうな物落ちてねーか!?
カウンター内の物色を始めるフィー。
「……聖女リアンヌの御霊よ、どうか我を御守り下さい……」
すぐ隣では店の主人が、白目を向いたまま天に向かって祈りを捧げていた。
……いや、それ多分、空に向かって祈ってもムダだよ。……お?
フィーの視線があるモノを捉えた。
んー……、流石にヤり過ぎかな?
束の間逡巡しながら辺りの様子を見回す。
……ま、いっか。どうせもうこんだけ壊れてんだし。
少しだけ口元を歪めると、フィーは他にも何か無いかと更に物色を続けた。
・
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息を切らせながら相対する我が主を見つめる。兜面で表情は分からないが、何故か愉しそうに笑っている様に感じられた。
はぁ、はぁ……しゃ、洒落になってませんわ……。
右手の大剣を力強く握り絞め、早くも疲労困憊といった身体に気合いを入れ直す。
以前マスターがお飲みになられた時は、鉄機隊総掛かりで何とか御鎮まり頂きましたが、その後に3人揃って1週間も寝込んでしまいましたわ。……しかもあの時は確か、カルピスサワーを1杯しか飲まれていらっしゃらなかった筈ですわ。……となると今回は、1~2ヶ月位の入院は覚悟した方が良いやも知れないですわ。
背筋を冷たい物が伝った。
それにしてもあの小娘はカウンターの中で何をしていやがるですわ!?まさか1人だけで逃げ出す算段をしているとは思いませんが……思いたくありませんが。
そんな事を考えながらカウンターに視線を向けると、銀髪の人影がゆらりと現れた。
肩に大きな袋を抱えている。
!?、あ、あの小娘は、一体何をするつもりですわ!?!?
不安気な視線を送り続けていると、娘は肩に担いだ大袋を我が主に向かって投げ付けた。
なっ!?小娘ぇ!!そんな物をぶつけてどうにかなる相手だとでも、思っていやがるのかですわ!?……それに。
「はっ!」
デュバリィの読み通り、我が主は手をかざして袋を木っ端微塵に破裂させた。
ほら見た事かですわ!貴女如きの浅知恵が我がマスターに通用する訳がありませんわ!!
本来はフォローするべき相棒に対して、ここぞとばかりに不満をブチまける。
元々イカれた娘ですが、ここまで来ると哀れでしかありませんわ。……大体あの娘は年長者への敬意が足りてませんわ、今後はわたくしの事を『デュバリィさん』とさん付けで呼びやがれで……。っ!?
破裂した袋から大量の白い粉が空中に霧散し、店内はホワイトアウトしたかの様に完全に視界が利かなくなっていた。
こ、小麦粉!?こ、これが狙い……あの小娘、やはり侮れませんわ……。
視界を奪った状態から、攻撃を仕掛ける策と踏んだデュバリィ。タイミングを合わせて自分も動くつもりで身構える。……しかし、一向にフィーが飛び掛かる気配が感じられない。
!?、何をしていやがるですわ!?このチャンスをみすみす逃すバカが何処にいやがるですわ!!今後はわたくしを『デュバリィ様』と様付けで呼びやがれで……っ!?
不意に目の前の白煙を切り裂き、フィーが顔を見せた。……白眼を向いた店の主人を左肩に担ぎ、こちらに向かって来ている。
な、な、な!?!?
「行くよ!付いて来て!!」
デュバリィの横を通り過ぎながらフィーが叫ぶ。
「へ???」
思わず釣られてデュバリィも動き出す。
「ちょっ、お待ちなさい小娘!貴女まさか、マスターを放って逃げるつもりですの!??」
「ん?まぁ、近いけど、ちょっと違う」
フィーは店の玄関扉を開きながら振り返り、ホルスターから双銃剣の片割れを引き抜いた。
い、一体何を!?!?
デュバリィの疑問を他所に、店外へと飛び出しながらフィーは1発の弾丸を店内に向かって発射した。銃弾は火花を撒き散らしながら、一直線に白煙の中へと吸い込まれていく。空気中に霧散した小麦粉に火花が燃え移り、小さな炎が灯る。炎は更に周囲の小麦粉に連鎖し、空間をあっという間に駆け抜けていった。
「!?!?!?」
瞬間的にフィーの狙いを理解したデュバリィは、大慌てで店外へと飛び出した。直後に背後から衝撃波と爆発音が鳴り響き、そのまま数アージュも吹き飛ばされる。
「ぎゃああぁぁ!?!?」
悲鳴を上げながらも懸命に受け身を取るデュバリィ。体勢を立て直して振り返ると、先程までバーが在った場所には爆炎だけが立ち込めていた。
「ま、ま、マスタぁぁぁ!!!?」
デュバリィの絶叫が夜空に響き渡る。
ふ、粉塵爆破!?!? な、なんて事をしやがるですわ小娘ぇ!!
「ん、上手くいったみたいだね」
横から声が聞こえ振り向くと、予想通りの人物が満足気な表情を浮かべていた。
「あ、貴女は!!自分がたった今何をしたのか、分かっていやがるのかですわ!!?」
「ん?、空気中に一定濃度の可燃性粒子が漂ってると、ちょっとした火花でも強力な爆発が起こって……」
「粉塵爆発の原理を分かっているのか確認した訳じゃ無ぇですわ!! マスターが!マスターが!!?」
「ん、それは大丈夫みたいだよ」
「へ?」
フィーに促されて首を向けると、まるで散歩でもするような足取りで、爆炎の中から鎧姿の聖女が現れた。
「……さ、流石は我が主ですわ……。見ましたか小娘ぇ!貴女如きがどのような策を企てても、我がマスターに通じる筈が……な???」
突然、前触れ無く我が主の身体がグラりと傾く。何かが背後から頭部を急襲したらしい。危うく膝を付きそうになる手前で何とか踏み留まってはいるが、痛そうに兜面の上から後頭部をさすっている。
い、一体何が???……はっ!?
夜空を切り裂く様に銀色の飛翔体がクルクルと回転しながら飛んで来て、隣に立つ娘の手元に収まった。
「ふふん、上手くいったね♪」
双銃剣を掲げながら上機嫌な顔を浮かべるフィー。
「こ、こ、小娘ぇ!!後ろから不意打ちとは卑怯ですわよ!!?」
「え?そんな事言われても、真正面からいったら全部止められちゃうし……」
「人としてやって良い事と悪い事がありますわ!?」
「いや、それを言ったら、マスターは人外じゃん」
「わ、我が主を化物呼ばわりするんじゃねぇですわ!!」
「別にそんな事言ってないよ。ただ人類の枠からは飛び出してるなぁ、って」
「ぶ、無礼な事言うんじゃねぇですわ!?確かに人類じゃ無いかも知れませんが、それも込みで我がマスターですわ!!」
「聞こえていますよ、デュバリィ!」
体勢を直しながら地獄耳の聖女が、少しだけ不機嫌そうに応じる。
「別に何を言われても気にしませんが……、少しお仕置きが必要なようですね!」
兜面の向こうで我が主の双眸が、危険な光を放った気がした。
「ひ、ひぃぃ!??な、何故わたくしだけが??そもそも先に言い出したのは、この小娘で……へ???」
ふと横を見ると、フィーの姿は何処にも見当たらなかった。
い、一体何処に??
「ん、マスター、もう一杯いっときなよ」
「っ!?!?」
不意に聞こえた声の方へ視線を移すと、何の躊躇も無く我が主の兜面を下半分だけ抉じ開け、無理矢理にバーボンのボトルを口に捩じ込むフィーの姿が目に入った。
「こ、こ、こここここ……」
我が主は特に抵抗するでもなく、されるがままに60度以上もあるアルコールをゴクゴクと飲み込んでいる。
「小娘えぇぇぇ!!!!???」
再び夜空にデュバリィの絶叫が響き渡った。
「ん、良い飲みっぷりだね」
フィーはニヤリと笑いながらそれだけ告げると、兜面を元通りに直してから、すっかり空になったボトルを持ってデュバリィの側まで身を引いた。
「ななな、何て事をしていやがります小娘ぇぇ!!!怖いもの知らずにも程がありますわ!!?」
「ん?、中途半端に飲むから暴れ出すんだよ。あれだけいっとけば、後は大人しく寝てくれるって」
「それは一歩間違うと永遠に覚めない眠りですわ!アルコール中毒を甘くみるんじゃねぇですわ!!」
「大丈夫だって……、人外だし」
「その一言で全てが片付くとでも思っていやがるのかですわ!!?」
「……う、ううっ……」
『っ!?』
獣の様な呻き声に、2人は言い争いを止めた。
「うううっ……」
「ま、マスター!?お、お加減は如何ですの??」
「ん、気持ち悪いなら全部ゲロった方が良いよ?」
「お黙りなさい!マスターがそんな事をなさる筈がありませんわ!!出てくるとしても、きっとマシュマロとかですわ!!」
「いや……、それはそれでどうよ?」
「うううぅっ……」
「大体飲ませた張本人が、白々しく心配してるんじゃねぇですわ!!」
「大丈夫だって。サラなんか毎朝『頭痛い……もうお酒止める……』とか言ってるけど、その日の夜には完全に忘れてまた飲んでるし」
「学習能力が皆無の酒飲みと、我がマスターを一緒にするんじゃねぇですわ!!!」
「うううぅぅっっ…………。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
うがああああぁぁぁ!!!!!!」
『!?!?』
この世のモノとは思えない咆哮と共に、聖女の全身から凄まじいオーラが噴出する。
「……うふふっ……、あははははははっ!!」
そして心底楽しそうな、我が主の高笑いが辺りに響き渡った。
「あ、あ、あ……」
初めて目にする主の異様。世界の終わりでも目撃したかの様に、デュバリは声にならない呻き声を漏らしながら、その場に崩れ落ちた。
・
「ん~~、とても良い気持ちです!!こんな気分になるのは、獅子戦役以来やも知れません!!」
マスター……、ロゼと同じ様な事言ってやがんな。
背後の炎に彩られながらやたらとハイになった聖女を、目を細めて見つめる。
「クラウゼル!先程の不意打ちはなかなかでしたよ!誉めて上げます!」
弾んだ声でフィーを称える聖女。心の底から楽しそうな様子が、鎧を着ていてもしっかり伝わって来た。
ん、双銃剣の事言ってんのか?それともバーボンの事言ってんのかな?
首を傾げながら目を細める。
「あ、あ、あ……」
その横では尻餅を付いたデュバリィは、声にならない声を上げ続けていた。
「気分も乗って来たので、そろそろグランド・クロスでもいってみましょうか!」
聖女はノリノリな様子でそう宣言した。
……だから、グランドクロスって何だ?カラオケの十八番か何かなのか???
「2人共、行きますよ!」
聖女は右手に愛用のランスを出現させると。
「さあ、耐えてみなさい!!」
全身から紅蓮に煌めく烈風を立ち上らせた。
あ……、やっぱそういうヤツなんだ……。
苦笑いを浮かべながら周囲の様子を確認する。
街道に続く帝都の街外れとはいえ、それなりに建物なども建っている。更にバーの爆発を聞き付けたのか、野次馬も集まり出していた。
ん、流石にマズイかな?
「ま、マスター!?御鎮まり下さいですわ!!こんな場所でそれはマジで洒落になりませんわ!?」
「構えなさいデュバリィ!鉄機隊筆頭としての日頃の研鑽の程、今こそ私に見せてみなさい!!」
聖女の身体を覆う烈風が、一段と激しさを増した。
「お、お、お言葉ではありますがマスター!!わたくしは今がその時では無いような気がしますわ!?」
「いえ、今こそその時です!!」
「絶対に今ではありませんわ!!!」
「ん、悪いけどその前に、今すぐ場所を変えるよ」
「へ???」
座り込むデュバリィの手を引いて無理矢理立たせると、フィーは一目散にルーレへと続く街道を駆け出した。
「ど、何処に向かうつもりですの?」
「ん、まだ全然決めて無いけど、これ以上ここでヤるのはダメ。……またクレアに怒られる」
「あ、貴女は!一体何の心配をしていやがるですわ!!?」
スピードには絶対の自信を持つ2人。脇目も振らずにグランドクロス圏外まで逃げ出すと、そのまま帝都の街を後にした。
・
「わ、わたしの店が……」
1番の被害者であるバーの主人は、跡形も無くなった自分の店を見つめながら、真っ白な灰になっていた。
な、何故こんな事に……。店始まって以来のすごく綺麗な女性が可愛い女の子を2人連れて入って来たから、気を利かせて貸し切りにして。綺麗な女性がトイレに行ったと思ったら、入れ代わりに全身を甲冑に包んだすごく怖い人が出て来て。その人が店をメチャクチャにしたと思ったら、今度は銀髪の可愛い女の子がわたしの店を吹き飛ばして……。
……
……
……
……夢だ、夢に違いない。
そんな事を考えていると、横から少しくぐもった美しい声色が聞こえて来た。
「ご主人、御迷惑を掛けましたね」
首を向けると、全身を甲冑で覆った怖い人が、片手に巨大なランスを持って立っていた。
「あ、あわわ……」
思わず口の端から、絶望の呻きが零れ落ちる。
「店の事なら何の心配も要りません。既に結社の処理部隊を手配しましたので、明日の朝には元通りになっているでしょう。諸々の支払いについては、私のポケットマネーで済ませます」
そう言いながら怖い人は、金色に輝く一枚の小さなカードを差し出して来た。
結社身喰らう蛇 第七柱
鋼のアリアン・ロード
お、黄金の名刺???……厳つい名前の他には、連絡先も住所も何も書いてないけど……。
「今日起こった事は全て夢だと思って、帰ってゆっくりお休みなさい。では私は先を急ぐので、これで失礼します」
それだけ言い残すと、怖い人はフラフラとした千鳥足で街道の方へと去って行った。
……
……
……
帰って寝よう。
聖女リアンヌの魂を信奉するバーの主人は、怖い人に言われた通り全部夢だと思い込む事に決め、力無い足取りで家路を歩き出した。