「うふふふっ♪」
夜の街道に愉しげな聖女の鼻歌が響き渡る。
周りから見るとフラフラした覚束無い足取りだが、本人の脳裏には一面の花畑を軽やかにスキップしている映像が流れていた。
うふふふっ♪
こんなに楽しい気分は、生まれて初めてかも知れません。身体がフワフワして、まるで空を飛んでいるみたいです!
昔から私がお酒を飲もうとすると、何故か周囲の人達が躍起になって止めようとするので、いつもちょっぴりしか飲ませて貰えませんでしたが、どうやら私はお酒に強い体質の様です。きっと女性がお酒を嗜むのは好ましくないという、前時代的な考えで止められていたのでしょう。
まったく、頭のかたい人達です!250年も聖女やってたら、時にはお酒に溺れてみたくもなります!
……そういえば、ドライケルス達と一緒だった時にも、何度かお酒を酌み交わす機会がありましたが、次の朝になると、何故かヴァリマールの片腕が取れていたり、ゼクトールの頭が消し飛んでいたり、隊が殆ど壊滅状態だったりと、死屍累々の光景が広がっていましたが……、あれは一体何だったのでしょう?
うふふ……、皆頑張り屋さんでしたから、きっと夜中に秘密の特訓でもしていたのでしょうね♪
鎧の隙間から入り込んで来る夜風が、火照った肌を冷やしてくれて気持ちが良い。本当は兜面を脱いでスッキリしたかったが、酔いで顔が赤くなっていると恥ずかしいのでそれは止めておく。
帝都から離れ、魔獣避けの導力灯も疎らな場所。上空を見上げると、夏の夜空に天の川が掛かっているのが見えた。
シチュエーションの良さに更に気分も上がる。
本当に良い夜です。デュバリィも飲めば良かったのに、私に気を使ったのでしょうか?クラウゼルはまだ未成年ですから仕方ないですが、いつかはアイネスとエンネアも交えて5人で飲みに行ってみたいですね。世間で言う女子会というやつです。
!!、そうだ!どうせなら結社の皆で飲みに行くのも良いかも知れませんね。是非とも盟主にも参加頂き、ヨシュアやレン達にも声を掛けてみましょうか?……ふふふっ、とても楽しそうです。そのためにも幻焔計画を完遂させ、サラッと黒達をグランド・クロスしてあげなくてはなりませんね♪
ふふふっ……、デュバリィ達に手伝って貰うプランもある事ですし、今日の稽古は気合いを入れていくとしましょうか!
時刻は22時過ぎ。小振りな木の枝でも振り回しているかの如く、巨大なランスを片手でグルグルさせながら、暗い闇夜の中を千鳥足の聖女が通り過ぎる。付近に居る魔獣や幻獣は、例外無く死んだフリをして聖女の行進を見送った。
・
「ど、ど、どうするつもりですの!?」
「いや、アンタこそなんかプラン無いの?」
帝都に程近いセピスの採石場。周囲は切り立った崖に囲まれ、採掘用の作業機械が数台置かれているだけだ。既に操業も終わり、周囲には民家も人の気配も無い。ここなら多少暴れてもクレアに怒られる事も無いだろうと、聖女を待ち構えたは良いものの……。
「はっきり言って、ワタシ達だけでまともにやっても、秒殺されて終わりだよ?」
「そんな事は分かりきってますわ!そこを貴女の小狡い頭脳で何とかして欲しいですわ!」
「……それ、頼んでるつもりなの?」
……お約束通り、フィーとデュバリィはモメていた。
「そもそも!貴女と一緒に行動して、良かったためしが1度としてありませんわ!!」
「いや、それはどっちかって言うと、こっちのセリフなんだけど……」
ヤレヤレと目を細める。
マジでどうしよ?サラとトヴァルに連絡取ってみるかな?……無理だな、今日は2人でオルディスに行ってるから、来るのに5~6時間は掛かる。
「ねぇ、アンタのお仲間には頼れないの?」
「……アイネスとエンネアには既に連絡してみましたが、マスターがボトルを1本空にしたと言ったら、その後着信を拒否られましたですわ……」
「何でホントの事言うの?マスターが呼んでるからすぐに来いって言えば良かったじゃん」
「わ、わたくしに嘘を付けと言ってるのかですわ!?」
「嘘じゃ無いよ、……意図的な伝達ミス、かな?」
「世の中ではそれを嘘と言いますわ!!」
「細かいな、どっちでも良いじゃん」
「良いわけ無ぇだろでやがります!貴女!もっと社会人としての常識を身に付けやがれですわ!!」
……いや、オメーにだけは言われたくねーよ。
再びヤレヤレと肩を竦める。
「ねぇ、前回はどうやってマスター止めたの?」
「鉄機隊3人と新型の戦略兵器数台を相手に、2時間程お暴れになられた後、眠くなられたようでお休み頂きましたわ」
「……超迷惑な聖女さんだね」
「ええ、そりゃぁもう……って、何て事を言いやがるですわ小娘!?」
「本音言っちゃいなよ。溜め込むのは良くないよ?……でも、その話から考えると、後1時間位逃げ回れば、勝手に寝てくれそうじゃない?」
「いえ!マスターはわたくしに日頃の研鑽を示せと仰いましたわ!逃げ回るなど許されません!」
「ん、あそ……。んじゃ、ワタシはこれで逃げるから、後は1人で頑張って」
フィーは軽く手を上げると、デュバリに背中を向けた。
「ちょっ、ちょっと待ちやがれですわ!何を1人で逃げようとしていやがるですわ!?」
大慌てでフィーの肩を掴んで、その場に留まらせる。
「ん?だって本来の依頼内容とは完全に別件だし。それに、そろそろワタシが眠くなってきたし」
少しだけ目をしばたかせた。
「遊撃士なら困ってる人は助けやがれですわ!それにマスターは、わたくしと貴女に稽古を付けて下さると仰っていましたわ!今更逃げられませんわよ!」
「……何で素直にワタシまで付き合わないとダメなの?」
「ツレない事を言うんじゃ無ぇですわ!わたくしと貴女の仲じゃありませんか!!」
いやいや、どんな仲だよ?……はぁ。
深い溜め息を吐き出しながら、周囲の様子を確認する。
後ろと左右は切り立った崖に囲まれており、退路は全く無い。背水の陣を敷くには格好の位置だが、果たしてテンションMAXの聖女にそれが通用するのだろうか?
周辺にはプレハブ式の小屋が1つと掘削用の重機が数台停まっているだけで、他に使えそうな物は何も無かった。
仮に重機に乗って突撃しても、衝突する前にフォースで止められた挙げ句、グランドクロスされて終わりだろうな……。……グランドクロスが何なのかは、今だに良く分かって無いけど。……はぁ。
もう一度溜め息を吐きながら、現状を打ち破るべく頭を働かせる。
とにかく何とか隙を作って、全力の一撃をお見舞いするしかないか……。さっきは後ろから一発ブチ込めたし、何ともならない事も無いかな?……多分。
「!!、……お出でになられましたわ」
緊張を含んだデュバリィの声に促され目を向けると、七色に輝くオーラを纏った聖女が、鼻歌を歌いながらフラフラとした足取りでこちらに向かって来ていた。
……マスター、ご機嫌だね。
目を細めて聖女を見つめる。
「良い場所ですねデュバリィ!クラウゼル!ここならタップリと稽古ができそうです!!さぁ!始めましょうか!!」
聖女を覆うオーラが一段と激しさを増す。……気のせいか背景に東方の千手観音が見えた。
「ど、ど、どうしますの!!?」
「ん、何か考えるから、取り敢えず真正面からいってみようか?」
双銃剣をクルクルと回しながら構える。
「い、良い度胸ですわ小娘!!」
デュバリィも左腕の盾を突き出し、半身になって備えた。
「骨は拾ってあげるからヨロシク」
「……出来れば骨にならないようなプランにして欲しいですわ」
「ん、らじゃ。そんじゃ行くよ!」
2人は同時に地面を蹴ると、ご機嫌な聖女に向かって飛び掛かった。
「ふん!」
聖女が掌を向けると、先刻破壊したバー同様に衝撃波が襲い掛かる。
「ん!」
ジャンプして空中に避けながら、間髪入れずに双銃剣から弾丸を発射する。
「はぁ!」
聖女の気合いと共に、まるで目に見えない壁に阻まれたかのように、銃弾は空中でその動きを止めた。
「行きますわマスター!!」
その間に素早く聖女の左側に回り込んだデュバリィが、雷撃を纏った一撃を繰り出す。
「甘い!」
しかし聖女は片手でデュバリィの大剣をあっさりと受け止めてみせる。
稲妻が迸り、鎧を伝ってスパークしているが全く動じていない。
「なっ!??」
「デュバリィ、全力を出す事を許可します。本気で掛かって来なさい!」
掴んだ大剣をデュバリィごと振り回し、フィーに向かって投げ付けた。
「ん……」
フィーは飛んで来たデュバリィを受け止めようとはせず、触れるどうかのギリギリで避けて、真正面から聖女に向かって疾走する。
「良い判断ですクラウゼル。あのままデュバリィを受け止めていたら、2人揃って格好の的になっていました。……ですが!」
聖女はランスの切っ先をフィーへと向けると。
「貴女1人だけで向かって来ても、私に触れる事すら出来ませんよ!」
ランスを横凪ぎに払って打ち付ける。
「っ!」
双銃剣を十字に構えて受け止めるが、衝撃を吸収し切れずに吹き飛ばされてしまう。聖女は容赦なくフィーに詰め寄り、強烈な突きを繰り出した。
「ちっ!」
舌を打ちながら空中で身体を捻って何とか凌ぐ。ランスの穂先が服の一部を掠め取っていく。
「はぁ!」
更に聖女の容赦無い追撃が続く。今度は無手の左手から衝撃波が生み出され、フィーの身体を数アージュも吹き飛ばした。
「ぐっ!?」
全身を駆け抜ける痛みに一瞬眉をしかめるが、視線だけは決して聖女から離さずに集中力を保ち続ける。聖女はランスを構えたまま再びフィーへと肉薄する。
「クラウゼル、貴女は決定的にフィジカルが足りません!その身体で鋼を称する私に1人で仕掛けるなど、浅はかにも程があります!!」
「……」
「やぁ!」
巨大なランスが容赦無く何度も打ち付けられ、その度に全身の骨が粉々に砕かれるかの衝撃に見舞われる。
「っ……」
今まで体験した事が無い程の猛攻に、思わず顔をしかめた。
「貴女は自分と同等程度の相手であれば、その場の状況や戦況を駆使して、何とか打ち負かす事が出来るのでしょう。ですが、圧倒的に実力差のある相手を1対1にしては、食い下がる事すら不可能です!不意を突いての一撃や、スピードを駆使して逃げ回る事位しか出来ないのではありませんか?」
「ん……」
「自分でも分かっているでしょうが、貴女はあまりにも弱く、そして小さ過ぎます!トールズとやらを卒業してから、何も学んでいないのですか!?」
「……」
「本来であれば、貴女程度の実力で私に向かって来る事自体が無謀です!今すぐ膝を付いて許しを乞いなさい!」
「……ふふっ」
聖女の猛攻に晒されながらも、フィーの顔には笑みが浮かんでいた。
「!、何を笑っているのですか!?」
「ん、いや、別に……」
笑いを噛み殺しながらフィーが応じる。
……ったく、不器用な聖女さんだ。そんなストレートな挑発初めて聞いたよ。……でも。
何の前触れも無く、突然に周囲が閃光に包み込まれた。
「っ!?」
完全に不意を突かれた聖女は、成す術無く視界を奪われてしまう。
ワタシの事、ちょっと甘く見すぎだよ!
フィーがその隙を逃す筈も無く、兜面目掛けてありったけの銃弾を連射する。
「痛たたた!?」
目が見えない状態で頭部に集中砲火を浴びる聖女。酔いも手伝って無意識に心の声が口から溢れ出る。
「ふぅ……。ん、どんなもんよ」
全弾を撃ち終えたフィーは、満足気な顔で銃口の硝煙を吹き消した。
「こ、小娘ぇ!?マスターのお顔を傷付けるんじゃ無ぇですわ!!」
少し離れた場所からデュバリィが怒声を発する。
「というかそもそも!騎士であるわたくしに閃光弾なんぞを使わせるんじゃ無ぇですわ!」
「ん、悪く無いタイミングだったよ。不意打ちの才能あるのかもね?」
「そんな才能は望んでいませんわ!!」
「くっ……やってくれましたね、デュバリィ、クラウゼル……」
至近距離から顔面に銃撃を受けた聖女。少しだけフラつきながらも、何とか膝を折る事無く態勢を直した。
「先程投げ飛ばしたデュバリィとニアミスした時、私に見えないように閃光弾を受け渡していたという訳ですか……」
「ん、ワタシが使うのは警戒されてるだろうから、不意を突くにはこれしか無いかなと思って」
「ふふふっ、咄嗟にしてはなかなか良い策です。まさかデュバリィが剣以外を使って来るとは考えていませんでした。ふふっ……それにしても、ARCUSのリンクも使用せずにこれ程の連携を見せるとは……」
聖女は笑い声を上げながら、ゆっくりと兜面を外した。艶やかな黄金の髪が夜風に揺らめいている。
「……ま、マスター」
闇夜に浮かぶ我が主の姿に息を飲むデュバリィ。
「どうやら貴女達を見くびっていたようです。私自身も更なる強さを求めなくてはなりませんし……、ここからは互いに限界を超えるつもりで死合うとしましょうか?」
笑みを浮かべながら巨大なランスを正眼に構えた。
「へ???へっ!?!?!?」
我が主の発言に目を白黒させるデュバリィ。
い、いやいや、稽古っていう話じゃなかったっけ?何で死合うとか物騒な事言い出してんだマスター???
「デュバリィ!クラウゼル!今こそ命を掛けるのです!!」
聖女の身体を紅蓮の烈風が包み込んだ。
こんなとこで命掛けたくねーよ!!
「行きますよ!さあ!耐えてみなさい!!」
急激に周囲の気圧が下がり、聖女から烈風と共に青白いオーラが立ち上る。
「グランド・クロス!!!」
幾星霜を越えた伝説が、夏の闇夜を切り裂いた。