妖精の軌跡second   作:LINDBERG

19 / 40
大変お待たせしました……(汗)


第19話 感謝は言葉にしないとなかなか伝わらない

「しびびぃぃいい!!?」

聖女の雷撃を受けたデュバリィが、苦悶の声を上げる。

 

はぁ、はぁ……さ、流石は我がマスターですわ。

 

全身を貫く電流の痺れで動く事もままならず、去っていくその後ろ姿を、ただなす術無く見送った。

 

こ、これだけこちらが有利の状況で、あらん限りの力を振り絞って剣を振るっても、一太刀どころか触れる事すら出来ていませんわ。やはりあの御方は人の理からハミ出して……いえ、そこは触れるべきではありませんわね……。

 

先程のやり取りを思い出し、思わず身体を小刻みに震わせた。

 

それにしても、あの小娘は一体何を考えていやがるですわ?折角気配を消して姿を隠しても、あれじゃ導力銃の発火炎で居場所がバレバレですわ。……まったく、空の女神も憐れむド低能でいやがりますわ!今後はわたくしの事を敬意を込めて「デュバリィお姉様」と呼びやがれで……、……い、いえ。

 

そこまで考えて、ふと違和感を覚える。

 

あの小賢しい小娘が、それを計算していない筈がありませんわ。また何か、ロクでもない事を企んでいやがりますわね。……とは言っても、一体どうするつもりでいやがりますわ?

 

小首を傾げる。

 

この状況で小娘が出来る事といえば、手持ちの爆薬でも仕掛けて起爆する位のものですが……、その程度ではマスターに傷1つ付けられ無い事は、先刻のバーを粉塵爆破した時に証明済みですわ。もっと破壊力のある策でなければ、マスターにご満足頂く事は不可能ですわ。ですが……、小娘の細腕でそれ程の一撃を繰り出せるとはとても思えませんし、何らかの策を仕掛けるにしても、この短時間で出来る事など限られていますわ。

 

今回ばかりは、どう考えても期待出来なかった。

 

やはり、あんなイカれたファッキン小娘に頼るべきではありませんわ!ここはわたくし自身の一撃で、マスターにご満足頂くべきですわ!

 

麻痺した身体にムチを打って気合いを入れ直し、覚束ない足取りながらもなんとか我が主の後を追う。

 

あの御方はわたくしを娘だと仰って下さいましたわ。……あの日……家族も、帰る家も、全てを失くしたあの日。一人ぼっちになったわたくしを迎えて下さったご恩、今こそ全身全霊で報いるべきですわ!

 

闇の中でマズルフラッシュが迸り、剣閃の斬撃音が鳴り響いている。どうやらかなり激しくやり合っているらしい。視界が利かない為詳しくは分からないが、先刻のグランドクロスによって十字にくり貫かれた岩壁の方へと向かって、少しずつ移動しているらしい事はうっすらと確認できた。

 

ば、バカですの小娘!?逃げ場の無い壁際に向かってどうするでやがりますわ!!あっさりフルボッコにされて終わりですわ!今日を生きる資格が無い程のアホでいやがりますわ!!

 

心の中で、これまで溜まりに溜まった鬱憤を思い切り垂れ流す。

 

ちぃ……、本心を言えばほっといても良さそうなものですが、わたくしが付き合わせたせいで小娘がグランドクロスされた日には、寝覚めが悪過ぎですわ!わたくしが行くまで何としても持ち堪えやがれですわ、小娘ぇ!

 

今だに全身の痺れが治まっておらず、足を引き摺りながらも懸命に歩を進める。だが、月明かりに照らされた銀髪の小さな影は、徐々に岩壁へと後退ってしまっていた。

 

あぁ……あれはもうダメですわ。あそこまで追い込まれたら、もうどうにもなりませんわ……。残念ですが、ここが小娘の墓場で決定ですわ……。後でキレイなユリの花でも持って来てやりますから、安らかに眠りやがれですわ。

 

目を細めて哀悼の意を表し、1つ息を吐き出す。

 

ふぅ……今にして思えば、そんなに悪い小娘ではなかったですわ。常識が無くて、教養が無くて、胸も無かっただけで、他人を思い遣る事はちゃんと出来る小娘でしたわ。きっと煉獄ではなく女神様の元に招かれるはずですわ。来世ではもうちょっとマシな小娘に生まれ変われるように祈ってやりますわ。

 

デュバリィの中で、フィーは既に亡き者となっていた。

銀髪の影が完全に壁際に追い込まれた瞬間、聖女の全身から紅蓮の烈風が再び立ち上る。

 

さよならですわ、小娘。……貴女の事、キライじゃありませんでしたわよ……。

 

デュバリィは静かに瞼を閉じ、胸に手を置いた。

 

……

……

……

「……イグニション」

 

不意に閃光が迸り、グランドクロスでくり貫かれた崖の中腹で爆発が起こる。

 

……え。

 

爆発により岩肌が崩れ、50アージュ四方の巨大な岩盤が轟音と共に剥がれ落ちる。

 

……あ。

 

巨大な岩盤と大量の土砂が、丁度真下に居る聖女の頭上へと落下する。

 

……んま。

 

闇の中で遠目からだが、我が主の身体に巨岩が直撃する瞬間を、しっかりと視認してしまった。

 

……んま。

 

尚も天から降り注ぐ土塊により、我が主の姿はあっという間消えて無くなる。

 

……んま。

 

岩壁が崩れ終わり土煙が晴れると、後には山の様に降り積もった土砂と、それに含まれるセピスの欠片が、月の光にキラキラと照らし出されていた。

 

「nMASTERRRrrr!!!???」

 

夜空に魂の絶叫がこだました。

 

 

 

 

 

 

はぁ……はぁ……はぁ……、……な、なんとかなったか……。

 

息を切らせ、汗と血にまみれたフィーは、落下した巨岩の前で崩れるように膝を付いた。

 

はぁ……はぁ……、やべぇ……、マジで強かった。途中から大分酔いが回ってきたみたいで、足は縺れまくりだったし、頬っぺたが膨らんだりひっこんだりしてたし、戦闘の最中に遠くの山々に視線を移したりしてたけど……間違い無くワタシがヤりあった中で最強だった……シラフだったら確実にヤられてたな……。

 

聖女のランスを受け続けた双銃剣は、歯こぼれを通り越して歪に変形している。両手足は小刻みに痙攣を起こして、立ち上がる事も出来ない。心臓だけが全身に酸素を運ぼうと忙しなく動き続け、ドクン、ドクン、という音だけが耳に響いた。

 

ああ……、こりゃ、明日は全身筋肉痛確定だな……。

 

汗を滴らせながら苦笑いを浮かべた。

 

「こ、こ、小娘ぇぇ!!!!」

そこに足を引き摺りながら、顔から湯気を出して激昂するデュバリィがやって来る。

「や、やり過ぎですわ!!毎度!毎度!毎度!毎度!!貴女は何て事をしやがるですわ!!」

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。……ああ……お疲れ」

「……ああ……お疲れ、じゃねぇですわ!!」

「はぁ……、はぁ……、そういえば、前に50ミラ貸したまんまだったよね? 悪いんだけど、ひとっ走りしてジュースでも買って来てくんない?……グァバジュースね」

「い、いきなり人をパシらせて、マニアックな飲み物を買って来させようとするんじゃねぇですわ!!大体ジュースなんかヘイムダルまで戻らなきゃ売ってませんわよ!!?」

「……神速でしょ?」

「わたくしの神速は、そんな事の為にあるんじゃねぇですわ!! って、そんな事より!マスターが!マスターがぁ!!」

「ん?……ああ、大丈夫でしょ、この位なら」

「大丈夫な訳無ぇだろでやがります!!!!」

「だって、この位やらなきゃ止められなかったし。……ん、大丈夫。多分そのうち『オッス!オラ聖女!』とか言って出て来るって」

「わ、我が主を、どっかの星の戦闘民族と一緒にするんじゃ無ぇですわ!!」

「ワクワクするね」

「何がですの!!?」

星空の下でデュバリィが捲し立てる。

 

はぁ、やれやれ、ホント賑やかだね……。

 

少し肩を竦め、目の前に落下した巨大な岩盤を見つめた。

 

……ん。

 

およそ人の力では動かす事の出来ない圧倒的な質量、重さでいえば1000t以上ありそうだ……。……おそらく、コレの下敷きになって無事で済む生物は、世界中の何処にも存在しないだろう。

 

……あれ?……もしかして、ヤっちゃったかな?

 

急に不安になってきた。

 

ん……でも、全力でヤれって言い出したのはマスターだし……。

……

……

……

……ん。

 

「ん、事故だね」

フィーはそう結論した。

 

「何を1人で納得していやがります!!?人災以外の何物でもありませんわ!!」

「ん、爆薬を仕掛けて起爆したのはワタシだけど、酔ってさえなければ、マスターなら軽く回避出来た筈だし」

「……それも全て計算に入れて仕掛けたんじゃありませんの?」

「ん?……そんな事は……結構あるかな」

「何処が事故ですか、このサイコ娘ぇぇ!!!」

再び夜空にデュバリィの叫びがこだまする。

 

「手伝いなさい!マスターをお助けしますわよ!!」

デュバリィがフィーの手を引いて、無理矢理に立たせようとする、が。

「ん、悪いけど完全にガス欠だから今はムリ」

地に根が生えた様にフィーは全く動こうとしない。

「何を抜かしてやがります!急がないとマスターが!!」

「いや、そんな事言ったって、こんなの1万人位集まらないとどうにもならな……っ?」

不意に落下した岩盤の下から、微かに黄金の光が溢れ出した。

 

……え。

 

光は徐々に強くなり、やがて巨大な岩盤に亀裂が走り始める。

 

……っ。

 

亀裂が岩盤の登頂部にまで達した瞬間、聖なる光が極大にまで満ち溢れ、爆風と共に山の様な巨岩が、粉々に砕け散った。

 

……マジかよ。

 

砂埃が晴れると、ランスを天に向かって突き上げ、神々しいオーラを発した聖女が姿を現した。

 

マスター……、人外にも程があるだろ。

 

フィーはただ無表情にその光景を見つめた。

 

 

 

 

 

 

「……ふふ……ふふふっ……。やってくれましたねクラウゼル、今のは本当に死ぬかと思いましたよ……」

ほんの少しだけ怒気が含まれた聖女の笑い声が闇夜に響いた。

 

……不死身だね、マスター。

 

「私はこう見えても、実は結構長い時間を生きていまして」

 

……うん、知ってる。

 

「一瞬走馬灯が浮かんだのですが……、その余りの量に自分でも驚いてしまいました」

 

……250年分だもんね。

 

夜風に黄金の髪を靡かせながら笑顔で佇む聖女。だが、その頭からは一筋の血が流れていた。

 

流石に無傷とはいかなかったか……。……というか、1000tの塊がモロに直撃して、頭をちょっと切っただけかよ……。……人外もここまでいくと、ドン引きなんだけど。

 

乾いた視線を送ってやった。

 

「ま、マスター!!良くぞご無事で!!」

デュバリィが喜びの声を上げる。

「心配無用です、デュバリィ……それにしても、いつまで分け身の技を使っているのですか?」

「へ?……きょ、今日は一度も使っていませんが???」

不思議そうに我が主を見つめるデュバリィ。聖女には、未だにデュバリィが3人に見えていた。

 

「ふぅ……、良いでしょう。では、とっておきを見せてあげます!」

聖女はランスを地面に突き刺して無手になると、天に向かって高々と右拳を突き上げた。

 

!??、オイオイ!?まだなんかあんのかよ!!?

 

何が起こるのかとデュバリィに視線を向けるが、彼女もただ驚きの表情を浮かべるだけで戸惑っているようだ。

 

!?、コイツも知らないのか??

 

猛烈に嫌な予感がする。

 

「は、早く立ちなさい小娘!な、何かは分かりませんが、マスターがとっておきを見せて下さるそうですわ!!」

 

いや、そんなの頼んでも望んでもいねーよ。

 

「さっきも言ったけど、ガス欠だからしばらくはムリ。1人で頑張って」

「なぁ!??わたくしだって、まだ痺れが抜けてませんわ!!?」

「……アイテムとか持ってないの?」

「この世に麻痺を解除するアイテムは存在しませんわ!!」

 

……あ、言われてみれば、確かに無ぇな。

 

「まんげつ草とか無いの?」

「それは主人公が『はい』と『いいえ』だけで会話を成立させる世界のアイテムですわ!! もっと詳しく言うと『はい』って返事するまで村人が永遠にカラんで来やがりますわ!!」

「……いや、そこは別に掘り下げ無くても良いや」

「いいからさっさと立ちやがれですわ!わたくし1人だけでマスターのとっておきとか、いくらなんでも荷が重すぎですわ!!」

「頑張って背負いなよ、神速でしょ?」

「今その肩書きは、何の意味も持ちませんわ!!」

「……2人共、準備は良いですね」

言い合う2人を他所に、慈悲無き聖女の一言が響き渡った。

「な、何が起こるの?」

「わ、分かりません。ですが、覚悟を決めた方が良さそうですわ!」

 

……1日の間に、何回覚悟決めなきゃなんねーんだよ。

 

「我は鋼!全てを貫く無双の矛なり!」

天に突き上げた拳から光が溢れ出し、真昼の様に辺りを照らし出した。

 

な、何となくリィンがヴァリマールを喚ぶ時に似てる様な気がするけど……、プレッシャーが桁違い過ぎるぞ。

 

「我が名に応え、出でよ!」

光が一際強さを増す。辺りには濃密な気配が漂い、空気が重く身体に纏わりついた。

 

……な、何かは分からんけど、コレはマジで死ぬかもしれん。

「……わたくし、ここを死地と決めましたわ」

 

フィーとデュバリィは互いに一瞬だけ目配せすると、生への希望を断ち切ってフラフラしながらも何とか身構えた。

 

「来なさい!アルグレぉ……」

……

……

……

 

不意に聖女はその動きを止めた。

 

……

……

……

……こ、今度は何だ???

 

……

……

……

……z

……

……

……

……zz

……

……

……

……zzz

……

……

……

「……zzz……zzzz……Zzzzzz……」

 

聖女は、立ったまま天に向かって拳を突き上げ、安らかな寝息を立てていた。

 

……

……

……

「た、助かった……」「い、生き延びましたわ……」

 

2人は盛大に息を吐き出しながら、力が抜けた様に地面へと倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

はぁ……ったく、傍迷惑にも程があるだろ?何なんだこの依頼は。

 

寝転んで夜空を見上げながら、胸中で悪態を垂れ流すフィー。視線を横に向けると、聖女は先程と変わらずに右拳を突き上げたまま眠りこけている。微かに「zzz……」という可愛らしい鼾が耳に届いた。

 

……なんちゅう寝姿だよ、天に還ろうとしてるのか?……っていうか、いっその事、もう還ってくれないかな。

 

更に視線を遠くの方へ向けると、マスターがグランドクロスした山々が目に入る。

 

これって……もしかして、地図を書き変えなきゃならねぇヤツじゃねーのか?……や、やべー、クレアにバレたら結局怒られちゃうよ。

 

思わずブルッと身震いする。

 

「……ふぅ、ようやく痺れが抜けてきましたわ」

隣ではデュバリィが身体を起こし、全身の動きを確認していた。

 

……コイツもホント頑丈だな。……主従揃って『いよいよ』だな、マジで……。

 

「世話になりましたですわ、小娘。わたくしはそろそろマスターをお連れして帰参する事に致します。報酬は後日、ギルド宛に送金させて貰いますわ」

首をコキコキしながら、主の元へと近付いていく。

 

いやいや、帰るってどうやって帰るつもりだ?マスター寝てんのに。……あ。

 

「あ、そか、転移陣を使えばすぐに帰れるんだもんね」

「……前にも言ったかもしれませんが、転移するには結構な体力が必要なのです。今使っても1セルジュ位移動したら倒れますわ」

「んじゃ、どうするの?」

「勿論こうします……。ふん!」

デュバリィは一つ気合いを入れると、ぐいっと背中に聖女を背負った。

「……ねぇ、まさかとは思うけど、それで帰るの?」

「まさかも何もそのつもりですが、何かおかしいですの?」

「……」

 

いやいや、何処まで帰るのかは知らねーけど、おかしいなんてもんじゃ……。っていうか、体力余ってるんじゃねーのか?

 

無感情な視線を送ってやる。

「ご心配無く、これはわたくしにとって、今日を頑張ったご褒美の様なもの……い、いえ、なんでもありませんわ」

デュバリィは少しだけ頬を赤らめ、目を逸らせた。

 

……ああ、ようするに、マスターとピッタリ密着してたいから背負って帰ろうってワケね。……もう、好きにしてくれ。

 

「……では、これで失礼しますわ」

別れの言葉を口にするデュバリ、それに対し。

「ん……、つーかさ、もう2度と帝国には来ないでくんないかな?」

フィーは永遠の別れを希望した。

「な!? 去り際に何て事を言いやがるですわ!??」

「だって、面倒事しか持って来ないしさ。付き合うのもそろそろ面倒クサくなってきたし。……ハッキリ言って『もう死ねば良いのに』と思ってるんだけど」

「小娘!思ってる事をハッキリ言い過ぎですわよ!!」

「いや、ハッキリ言わなきゃ伝わらないのかな、って」

「くっ……本当に無礼な小娘ですわ……。……っ……」

「ん?」

「いえ……、……確かに面倒事に巻き込んだのはすまなかったと思っていますし……、……その……」

「?」

「……ありがとうですわ」

「!?、へぇ、アンタからそんな台詞が出て来るとはねぇ」

「ど、どういう意味ですの!?」

「ん、いや別に……」

「まったく、一言多い小娘ですわね……。……ですが」

デュバリィはフィーを真っ直ぐに見つめると。

「……遊撃士ですか、……貴女に似合っているかどうかは分かりませんが、頑張っているみたいですわね」

少しだけ口の端を持ち上げて見せる。

「……ん」

フィーはそれには何も応えずに、俯き加減に目を伏せた。

「では、次があるかは分かりませんが、これで……」

そう言い残すと、白銀の鎧を背負った影は、風の様に闇夜に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

……ふぅ。

 

一つ息を吐き出すと大の字になって寝転び、夏の夜空を見上げる。

 

ありがとう、か……。猟兵時代じゃ考えられない言葉だな……。

 

ふと見ると、流れ星が一筋細い糸を引いていた。何故か不意に、西風の事を思い出す。

 

皆元気にやってるかな?……それと。

 

少しだけ目を細め、遠くの星々を見つめる。

 

……団長、ありがとうって言って貰えたよ。……ワタシは、団長に言え無かったね……ごめんなさい。

 

ちょっとだけ夜空が滲んで見えた。

 

……まだまだ新米の遊撃士だけど、何とか頑張ってやってるよ。変な依頼人ばっかりだし、猟兵の頃よりも命張ってる様な気もするけど、ワタシは大丈夫だから。……だから。

 

ほんの少しだけ、口の端を持ち上げた。

 

……だから、何も心配しないで、ゆっくり休んで。……お父さん……。

 

フィーは頭の後ろで手を組むと静かに目を瞑り、そのまま眠りに付いた。

……ほんの少しだけ、嬉しそうな寝顔だった。

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

……あ、頭が痛い。

 

大陸某所にある、身喰らう蛇のアジト。

聖女は自室のベッド上で、早朝から酷い頭痛に苦しんでいた。

 

昨日何があったのか、さっぱり思い出せません。確かシュバルツァーとのデートの後に、デュバリィとクラウゼルを連れて食事に行った筈ですが……痛っ。

 

あまりの痛さに頭を擦ると、天辺に瘤が出来ていた。

 

うぅ……、何かとてつもなく巨大な物で、頭をド突かれた様な気もしますが……全く思い出せません。……そういえば寝ている最中に「よ、鎧のままでは眠りにくいですわよね……」とか「はぁ、はぁ……、ちょ、ちょっとだけなら良いですわよね……」とか「こ、こ、これがマスターの……何と神々しい、見事な薄紅色ですわ!」とか「……んま、んま、nMy MASTERRRrrr!!!」とか聞こえた気がしますが、一体何だったのでしょう?妙に荒い息遣いが、耳に残っているのですが……。それと、何故かベッドがちょっとだけ湿っていますが、私はそんなにも寝汗をかいたのでしょうか?

 

不思議そうに首を傾げていると、自室の扉をノックする音が耳に入った。

「おはよう聖女さん、書類をお持ちしましたよ」

少年の声が、扉越しに聞こえてきた。

「おはようございます、カンパネルラ。申し訳ありませんがまだ身支度の最中ですので、扉の下から入れて頂けますか?」

「?……了解。……珍しいね、聖女さんが朝寝坊なんて」

カンパネルラは聖女の希望通り白い封筒を扉の下から差し込むと、見えないにも関わらず深々と一礼しその場を去った。

 

ふぅ、カンパネルラには悪い事をしてしまいました。折角持って来てくれたのに、自室にも招き入れ無いなんて……。後で何かお詫びをしましょう。

 

ベッドから降りて封筒を回収し、中身を確認する。

 

えーっと、処理部隊からの請求書?……何でしょう、心辺りが全くありませんが?

 

続いて金額を見る。

……

……

……???

 

……た、体調不良のせいか、目が霞んでいる様です。

 

ゴシゴシと目頭を擦ってからもう一度確認する。

……

……

……

 

……

……

……

……な、な、な、な、何ですかこの金額は!!??

 

額面には、家1軒軽く買える程の金額が記されていた。

 

ま、ま、マジですか!??い、一体何が起こったらこんな請求書が回って来るのですか!???

 

請求書には『処理済み』の記載がある。この記載があるという事は、私が何かを依頼し、既に処理部隊が何らかの作業を終わらせ、後は支払いだけの状態という事だ。

 

は、払えない事はありませんが……、わ、わ、私のへそくりが……。次回のボーナスと合わせて、カルバード辺りに隠れ家でも買おうと思っていたのに……。

……

……

……

……ああ、ダメ。頭が働かない。……もう一眠りしましょう。

 

聖女は請求書の事を無理矢理頭から追い出すと、再びベッドの中に潜り込み、今日は1日寝て過ごそうと決めた。

シーツが妙に湿っぽかったが、気にもならなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。