「……ねぇ、ホントにこの道で合ってんの?」
「その筈よ……、一本道だから間違えようがないし……」
目の前には無数の木々が乱立し、獣道にすらなっていない険しい草藪が行く手を阻んでいた。サザーラント州の深い森の中を、フィーとサラは目的地へ向かってひたすらに歩き続けている。
今回の依頼主はⅦ組の縁者だ。依頼内容は会ってから直接話すと言われているが……、問題はその場所だ。
「ねぇ、何かますます森が深くなってるんだけど?」
「……」
「さっきから景色が変わらないけど、同じ所をグルグルしてるワケじゃないよね?」
「……」
「ARCUSも通信圏外だよ?」
「……」
「……ねぇ、……ひょっとしてワタシ達って、遭難……」
「……お願いだから、その先は言わないで」
「ん、らじゃ……」
エリンの里か……。
依頼主がエマのおばあちゃんと聞いて、ある程度は覚悟していたが……、これは流石に予想の斜め上だ。
さっきから魔獣には襲われまくるし、かれこれ2時間は歩き通しているのに、目的地が近いのか遠いのかすら今だに分からない。
……ヤベェな、マジで。
隣を歩くサラの顔にも不安が見て取れた、しかも顔色も良く無い。
樹海と言ってもおかしくない森の中、方向を見失ったら待ち受けているのはほぼ確実に『DEAD』だ。……しかも死んでも誰にも見付けては貰えないだろう。
はぁ、こんな依頼、受けなきゃ良かった。
ブツクサと一人ごちながらも、足を止める事は無い。
DEAD OR ALIVE上等!こんな所で死んでられるか!
……
……
……
……更に2時間後。
「……そ、そろそろ、マジにヤバくない?」
「……それ以上言わないで、心が折れる……」
「ら、らじゃ……」
フィーとサラは本格的に命の危機に陥っていた。
まさかエマの実家に行くだけで、こんな事になるとは思ってもいなかった……。食料はおろか水すら持っていない……。
しかもARCUSを駆動しようにも、周辺に妙な力が働いているらしく、さっきからウンともスンともいわない。おかげで魔獣との戦闘は、回復も補助も無しだ。
……こ、こりゃ、マジで終わったかも。
……
……
……
「……、……、……!!、フィー!見なさい助かったわ!」
突然サラが叫び出す、何か見付けたらしい。
「あんな所に居酒屋があるじゃない!あそこで燃料を補給するわよ!!」
い、居酒屋?ど、何処に??
言うまでもなく、回りには木々ばかりでそんなものは存在しない……。どうやら見えてはいけないモノが見えてしまっているらしい……。
「イイじゃない!こんな森の奥に赤提灯の店なんて!きっと渋いオジ様が店長さんに違いないわ!」
サラが近くの大木に向かって突撃を始める。
いやいや!ちょっとサラ!……ったく、……しょうがねぇな。
フィーは双銃剣を一丁取り出すと、サラの首筋目掛けて素早く銃床を振り下ろした。
「店長!生ビール大ジョッキでお願い……ぐぎゃ!?」
くぐもった叫びを上げながら、サラはそのまま地面に突っ伏し、安らかな寝息を立て始める。
……はぁ、だから今日はワタシに任せて、ゆっくり寝てろって言ったのに。
2週間前にトヴァルから無慈悲な通告を受けて以来、サラは昼も夜も無く依頼を受けまくり、短期間のウチにDまでランクを上げていた(流石というか……、恐ろしいというか……、そんなにトヴァルより下は嫌なのかというか……)
とはいっても思いっきり疲労困憊らしく、今朝などは1人でベッドから起き上がるのにも苦労する有り様だ。
それでも今日の依頼をフィーが1人で行くと言うと「教え子の家族に会うのに、アタシが挨拶しない訳にはいかないわ」という事で、弱った身体にムチ打ってまで無理矢理に付いてきたというワケだ。
「……ZZZZ……ZZZZ……」
気持ち良さそうに眠りこけるサラ。一度こうなると、天地が引っくり返っても起きる事は無い。
はぁ……、ワタシが連れてくしかないか……。
横に屈んで何とかサラを背負い上げ、道なき道を1人進むフィー。
ん……、結構重いなサラ……。しかも胸がデカイから、背負い難くてしょうがないや。
「う~ん、お姉ちゃん、ビール追加……、それと砂肝と軟骨も焼いてネ♪……」
……どうやら夢の中で、焼き鳥屋にでも行ったらしい。これがトヴァルだったら、その辺の茂みに放ったらかして、1人で先に進んでる所だ。
うんしょ……、うんしょ……。
気合いで何とか足を動かし続け、懸命に前進を続けるフィー。汗が滴り前髪がおでこに張り付くが、両手が塞がっているために掻き上げる事も出来ない。
さ、サラ……、マジで感謝してよね!!
他人が見たら身の毛も弥立つ程の形相で、眼前を睨み付けるフィー。……次の瞬間、周囲に居た魔獣達が、一目散に逃げ出した。
……
……
……
……更に1時間後。
はぁ、はぁ、はぁ……。
はぁ、はぁ、はぁ…………。
はぁ、はぁ、はぁ………………。
サラ……、明日からお酒は控えて……。
重たい荷物(サラ)を背負い、汗だくのフィーが懸命に歩を進める。普段見せる閃光の様な動きはナリを潜め、フラフラと足取りも覚束無い。
限界は目と鼻の先だ。
……
……
……
……っ?……な、なんだ、アレ?
ふと見ると、前方に青い光を放つ細長いオブジェが姿を現した。
何かは分からないけど、人工物なのは確かみたいだ。
や、やった!……あとちょっとだ。
嬉しさの余り、思わず早足になった。
……
……
……
……えーっと……、どうすりゃ良いんだ、コレ???
サラを背負ったまま、フィーが首を捻る。
高さ約3アージュ、石柱の様だが材質は不明、仕様用途も不明。特別危険な感じはしないが、どう使うのかが全く分からない。スイッチやレバーといった類いの物も付いていない。
だが、この青い光には見覚えがある。トールズ旧校舎の異変で見た光と、同じ種類の様に感じた。どう考えても魔女の里へ入る為の装置なのだろうが……。
触っても大丈夫なのかな?……まさか、侵入者避けのトラップとかだったりはしないよね?
サラを背中におぶったまま、恐る恐る手を伸ばす。
……
……
……
特に何も起こらない。
触っただけじゃダメなのか……。
今度は強めに叩いてみた……。
何も起こらない。
思い切って殴りつける……。
何も起こらない。
蹴飛ばしてみた……。
何も起こらない。
双銃剣を引き抜いて刃を立ててみた……。
何も起こらない。
……
……
……
ど、ど、どうしろっていうんだ???
思わず頭を抱える。
物理的な衝撃じゃ意味無いのかな?それならアーツで……って、そういやARCUSは使え無いんだった……。そんじゃ合言葉とか?……分かるワケねぇだろ、そんなの!
「なーにしとるんじゃ?おぬし」
不意に背後から声を掛けられた。
反射的に跳び跳ねる様に距離を取り、双銃剣を構えて斜に構える。跳び跳ねた勢いで振り落としたサラの事は気にも止めない。
歳の頃10歳前後といったところだろうか?幼児と言ってもいい外見の少女が、こちらを見つめていた。
子供?こんな場所で?……。
……いや、あり得ないでしょ。しかも「おぬし」とか言っちゃってるし。
……
……
……
……『もののけ』の類いか?
先手必勝、双銃剣を抜いたフィーが、風を巻いて飛び掛かる。
「な?な?なんじゃ!?いきなり!???」
少女は紅蓮に彩られた魔導杖らしきものを取り出すと、フィーの一撃を見事に受け止めて見せる。
ちぃ!?今のは完全に捉えたと思ったのに。
だが追撃を緩めたりはしない、勢いそままに双銃剣の連撃を仕掛ける。
「なっ???ちょっと待てぃ!!おぬし何か勘違いをしておるぞ!?」
少女の方も、魔導杖を振り回す様に応戦して来る。
更に間隙を縫って、アーツ攻撃らしきものを仕掛けて来るのだが、その駆動速度が尋常じゃない。殆どノータイムで発動している。……トヴァル以上だ。
なかなかやるね……。コッチは歩き通しで体力が心許ないし、悪いけど、一気に決めさせて貰うよ。
閃光弾を取り出し、少女の眼前で炸裂させた。
「うぎゃ!?目、目が見えぬ!??」
そのまま素早く背後に回り込み、背中に爆薬を張り付ける。
「な、なんじゃ!?なにをしとる!??」
そのまま転がる様に距離を取り。
「イグニッション」
少女が爆発の炎に包まれた……。
地面を抉り、周囲を吹き飛ばし、轟音が森の中に響き渡った。枝木で休んでいた鳥の群れが、一斉に飛び立って行く。
「ん、一丁あがりだね」
爆発を見届けたフィーが、双銃剣をクルクルと回しながらホルスターに装着し、満足げな笑顔を浮かべた。
「なにが『一丁あがり』じゃ!?このくそガキゃあぁぁ!!!」
爆煙を掻き分け、少女が再び姿を現した。
「なにを考えとるんじゃ貴様!?妾じゃなかったら今頃は血肉の塊になっとるぞ!??」
スカートの裾を焦がしながら、悪態を喚き散らしている。
……ちぃ、しぶといな。
再び双銃剣を取り出し、身を屈めて構えを取った。
「イヤイヤ、待てと言うとろうが!?得体の知れない相手は問答無用で惨殺か!?フィー・クラウゼル!」
っ!!?
飛び掛かろう構えていたフィーが、思わず動きを止めた。
あれ、ワタシの事知ってるの?……いや、怪しい相手に変わりは無い、こういう相手は取り敢えず無力化しとくに限る。
決意新たに両眼から鋭い光を放った。
「な!?何故そこまでヤル気満々なんじゃおぬしは!?今までどういう教育を受けて来おった!?」
「ん?……常在戦場」
「……これじゃから、エマのヤツを士官学院なんぞに入れるのは反対じゃったんじゃ……」
エマ?……委員長の事知ってるの??
「アンタ、何者?」
警戒は緩めないが、取り敢えずコンタクトを取ろうとしてみる。
「ふぅ……、ようやくまともに話が出来るのう。妾はエリンの里の長で、緋のローゼリアと呼ばれる者じゃ。ロゼと呼んでくれて構わんぞ」
ローゼリア?
ブレイサー手帳に書いた依頼相手と同じ名前だ。
「ん、エマのおばあちゃんと同じ名前だね」
「同じ名前も何も、妾がエマの祖母じゃ」
「祖母?」
改めて相手の姿形を視認する。
……
……
……
双銃剣を力強く握り直した。
「お、おぬし全く信用しておらんな!?」
「いや、だって……。子供じゃん、アンタ」
「ふふふっ、人を見た目で判断するとは、まだまだ未熟じゃのう。こう見えても齢800歳じゃ」
800歳?、……冗談のつもりか?
「でも、エマのおばあちゃんっていうのは嘘でしょ?」
フィーの目線は少女の真っ平らな胸に注がれていた。
「胸の有る無しで血縁関係を推し測るでないわ!そもそも、エマとは血の繋がりが有る訳でもないしのう。というか、妾は今でこそこんな姿じゃが、元々は絶世の『ないすばでぃ』じゃからな!」
……ホントかよ。
「ふーん。んじゃ、アンタが今回の依頼主って事で良いの?」
言いながらようやく双銃剣を収める。
「そうじゃ、おぬしの事はエマから色々と聞き及んでおるぞ。『可愛い妹分だから宜しくお願い』とか言っておった。遠い所良く来たのう、歓迎するぞい。いきなり襲い掛かって来るとは、夢にも思わなんだが……」
「ん、ゴメン」
「……『ごめんで済めば警察は要らない』とはこの事じゃな」
ロゼが呆れ顔で見つめる。それでも、エマからフィーの事をある程度聞かされていたお陰か、怒ってはいない様子だ。
委員長……、何を言ったんだろ?
「ん……そんじゃ、早速依頼内容を聞きたいんだけど?」
「おお!そうじゃったな。立ち話もなんじゃし、里にある妾のアトリエに来るが良い。実はここにある転移装置の調子が芳しくなくてのう、迎えに来たという訳じゃ」
あ、やっぱしその手の装置なんだ。
「ん、らじゃ。そんじゃ、よろしくね」
「では、妾の身体に掴まるが良い」
「ん……」
フィーがロゼの肩に掴まる。
「うむ、参るぞい!」
ロゼが魔導杖を掲げると周囲の空間が湾曲し、目の前の景色が徐々に移り変わっていく。光の渦に溶け込む様に、2人はその場を後にした。
青い光を放ち続ける壊れた転移装置の傍らには、気持ち良さそうに眠り続けるサラが1人で取り残されていた。